燈 ともしび
2026-05-31 21:13:15
10141文字
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ぎゆさね【夢を噛む】【愛を噛む】【運命を噛み砕く】

キ学軸。転生もの。🍃→🌊→🍃と視点が変わります



【愛を噛む】🌊視点

「さねみに会いたい」
 小さい頃の自分はそう言ってはめそめそと泣き、両親や姉、周囲の大人達を困らせたらしい。
 その頃の友達に『さねみくん』も『さねみちゃん』もおらず、両親の困惑は酷いものであったろうと想像出来る。父親も母親も、そして姉も真面目で優しい人達だった。俺の不思議な言動を子どもだからと馬鹿にするような人達ではなかった。だからこそ真剣に探したのに見つからず、困惑したのだろう。当人の俺も実は良く分かっていなかったのだから無理もない。
 会いたい、会いたいと願い泣いた『さねみ』は現実の人間ではなかった。物心ついた時からずっと俺の夢の中に出てきた相手だった。真っ白で、しなやかで、くるくると変わる表情がとても魅力的で。
 今思えば、あれは初恋だった。俺は、夢の中でしか会えない相手を好きになってしまったのだ。
 そして、小学校の高学年に上がる頃には『さねみ』のことを口に出すのはやめた。願っても乞うても会えない相手だとその時には自分でも分かっていたので。
 それでも、街を歩けばつい探してしまっていた。どこかに『さねみ』がいるのではないかと思ってしまった。
 それはもう呪縛だった。俺は『さねみ』という人物に雁字搦めにされていた。


「不死川実弥です」
 体育教師として新卒で入職した学園で、俺は『さねみ』と出会った。出会ってしまった。
 夢の中で会っていた『さねみ』はもう少し若い、17から20歳くらいの少年のような人物だったが、目の前に現れたのは『さねみ』を大人にしたらこうなるであろうという青年だった。
 夢の中よりも低い声、高い身長、綺麗に筋肉のついた身体。
 それでも俺の細胞全てが叫んでいた。
『これは、俺のさねみだ』と。

 でも現実世界の『さねみ』は俺に全く関心も興味もないようだった。話しかけても会話が続かず、せっかく同期だというのにいつまでも馴染めない。

 そして、不死川先生と仲良くなれない代わりにまた俺は夢を見るようになっていった。
 『さねみ』は夢の中で俺に優しい。多分きっと、俺のことを好いていてくれたのだと思う。
 少年のようだった『さねみ』は不死川先生のように青年に近い容姿になり、俺の腕の中へ素直に身を寄せてくれるようになった。
 指先が触れ、手を繋ぎ。顔と顔を寄せ合って唇を重ねた。何度もキスをして『さねみ』の口から甘い吐息が漏れ出す頃、初めて身体も繋げた。しなやかな身体をこじ開けて、ひとつになって。愛おしくて夢中になった。
 『さねみ』の呪縛はどんどん深く強く、俺を縛り付けていった。これは、俺の。俺だけの『さねみ』だ。俺だけのもの。
 それは同時に現実世界の不死川先生に対しても劣情を抱いてしまうことになった。

 相変わらず仲良くはないが、気付けばいつも不死川先生を目で追ってしまう。
 無理矢理どうこうするのは犯罪だから出来ないし、しない。俺は無理矢理不死川先生を抱きたいのではない。俺は不死川先生と恋がしたいのだ。
 不死川先生を大切にしたい。愛したい。そして出来れば夢の中の『さねみ』のように俺のことを愛して欲しい。
 無理なのは分かっている。『さねみ』と不死川先生は同じではない。でも心が、身体が叫ぶのだ。
 欲しい、欲しいと叫ぶのだ。

 夢と現実の境目が曖昧になってきて気が狂いそうだった。


 夢の中で俺は布団の上にいて、ひどく衰弱していた。これは医師でもない素人の俺でも分かる。もうすぐ俺は死ぬのだろう、と。

『多分、あと数日』
 弱って起き上がれなくなった俺はそんなことを弱々しい声で言った。さねみはその手を握りしめてひたすらに泣いている。いやだ、そんなことを言うなと。でもあと数日というのがやがて現実になることは二人とも分かっていた。
『泣くな』
『泣くな、さねみ』
『俺は笑っているさねみの顔を覚えていたい』
 俺は最期にそう言い、うっすらと笑いながら眠りについた。
「ばか。俺より先にいくな。ばか」
 さねみはその身体に縋って。そして。
「必ず、お前ともう一度」

 ああ。分かった。

 俺たちは昔、本当に居たのだろう。そして出会って恋に落ちて、共に亡くなって。
 多分、さねみも俺もこの時に願いという名の呪いをかけてしまったのだ。お互いを好きなあまり、生まれ変わって再び出会えるように。そして、それまでも、その後もお互いしか愛せないように。
 これが呪いでなくてなんだというのか。心も身体もあの頃の二人ではないのに、それなのにこうして出会って俺は狂おしいほどの恋情に囚われている。
 俺は気付いてしまったからもう逃げられないのだ。逃げる気はないけれど。だって小さな頃にもうさねみに囚われていたのだから。さねみしか愛せない。
 さねみは不死川先生なのだろうか。きっと多分、昔のことは覚えていないに違いない。それなら不死川先生はまだこの呪いから逃げられるのだろうか。
 逃げて欲しい。
 でも同じくらい逃げないで欲しい。
 俺は強欲で酷い人間だ。


 それから俺は今まで以上に不死川先生から距離を取った。近くにいれば触れたくなる。それは出来ない。
 なのに、その頃から不死川先生のほうから俺に近寄ってくることが多くなった。
 何か言いたげな態度、視線。
 初めは無視した。期待しても無駄だから。
 でも行動を起こしたのは不死川先生からだった。俺に挨拶やひとこと二言話しかけてくるようになった。明らかに俺に対する態度が軟化していた。
 俺は同僚としての距離を保って接した。
……つもりだった。やはりどこか恋しい気持ちが漏れていたに違いない。

「不死川、明日は暇だろうか?」
「ア?」
「良かったら、その……飲みに行かないか? 俺と」
 とうとう俺からそう誘いをかけてしまった。
 ダメだ。流石にこれは断られる。
 そう思っていたのに、不死川先生は
「分かった。いいぜ」なんてあっさりと受け入れてくれてしまった。

 そうなったらもう止まれなかった。
 美味い地酒の話などで盛り上がり、お互い気楽な独身同士。日本酒好きな共通点。
 そのうち二人で飲みに行くことが増えた。そしてどちらかの家でサシ飲みすることも増えた。

 その日は珍しい地酒を口実に不死川先生を自宅に誘い込んだ。
 酒は好きだが、強くない。
 そのことを俺はもう知っていた。

 楽しく話をして、酒を進ませて。そして予想通り不死川先生は飲み過ぎて寝てしまった。
 だから、その時のことは記憶にないだろう。

「さねみ」
 と『不死川先生』に呼びかけてしまったことも。
 片腕だけで身体を抱き寄せてしまったことも。

「もう、二度と離れない。愛してる」
 と、閉じた目蓋にキスしてしまったことも。

 不死川先生は気持ち良く寝てしまっていたから、記憶にない。
 これは、俺だけが知っている。