pakkonn_niji
2026-05-30 08:47:53
34435文字
Public
 

未定

きゅかず Webオンリー(2回目) サンプルです
間に合えば



▶青山カズキ

3.


帰り道を覚えていない。王次郎と別れた時の記憶も曖昧だった。きちんと「また来週」と言えただろうか。それすらもぼやける程、カズキは動揺していた。
王次郎が彼女と別れそうらしい。その事について何かしら追及するつもりは無かった。カズキに関係の無い王次郎のプライベートだからだ。
しかし、別れそうだと聞いた瞬間、気が上向いたのも事実である。適切でない喜びを誤魔化すように、彼に熟考を提案したことを、今では後悔している。
自室につくと、カズキは直ぐに制服の上着を脱いだ。普段であれば丁寧にハンガーにかけるが、そんな気分になれない。ぼすと乱雑に机に向かって投げ、自分はベッドの上に沈んだ。ぎしと安いスプリングが鳴る。
……くそ」
言葉が見つからず、一人ごちる。様々な思いが交錯していた。その中には勿論、強い自省もある。前世についてだ。
王次郎を驚かせてしまった、という自覚はあった。小学生の子供に聞かせるには圧のある内容だったろう。だが、今となっては霞んだ思い出かとも思っていた。王次郎が前世について口に出したことは無かったからだ。
どうして急にとは思う。カズキが王次郎に前世の話をしたのは、あの小学生の時が最初で最後だった。先程が二回目である。煙に巻こうと適当を話したが、彼は信じただろうか。前世なんて、当時の作り話だったと。
仰向けになったまま、カズキは深く嘆息する。王次郎はこれからどうするのだろうという疑問だけが、何度も同じ場所を行き来していた。
彼女と付き合うのか、別れるのか。そもそも王次郎は、彼女が欲しかったのだろうか。本人の話ぶりでいえばどちらでも良さげだったが。
カズキは顔を顰める。何故こんなことにいちいち頭を使わねばならないという気持ちだった。前世も入れるなら、カズキは大人も大人の年齢である。それなのに友人の恋愛に一喜一憂をするなど、些か幼すぎるのではと思った。
体に精神が引っ張られるのだろうか。小学生の時、ふと前世を思い出して泣いたことだってそうだ。カズキは泣かない。泣いたからと物事が解決しないからだ。それでも激情に耐えきれなかったのは、脳がおさないからなのではないか。
今回もそれだ、きっと。カズキの心は高校生の体に引っ張られている。だから生死のかからない、大したことのない恋愛なんぞに気を取られるわけだ。
カズキは寝返りをうつ。鬱陶しい思考を振り払いたかった。王次郎と彼女のあれそれをしょうもないことと分かっているのに、焦げのように脳内から剥がれない。
王次郎は彼女とどうするのだろう。あのまま放っておけば別れていたろうが……。それを、自分のアドバイスで撤回したとなったら。
敵に塩を送るという言葉が浮かんだ。だが、直ぐにかき消す。べつにカズキは王次郎が好きな訳では無い。大切な相棒であり友人。前世も含めるのなら弟や家族。彼はそういう存在だ。
何故か追い詰められた気分になりながら、カズキはギュッと目を閉じた。思考が纏まらない。一旦眠るのもいいかもしれない。
そう思った時だった。ぶぶ、とズボンのポケットに入れていたスマホが鳴る。カズキは目を開けた。
誰かからの連絡かと手を伸ばす。画面を付けると、そこには通知がひとつ付いていた。カズキは眉を寄せる。
通知はあのアプリからだった。三田に懇願され、渋々招待特典のためと入れたそれだ。特典が欲しすぎてクネクネしていた友人に致死量の感謝を浴びせられたのは一週間前になる。お目当ての髪型をゲットし、コインもゲットした彼の喜びの舞は忘れられそうにない。
そうなればもうこのアプリも不要だろう。カズキにとって、AIとチャットした所で得るものはない。何かしらの補助ツールとして利用するなら分かるが、ここまで露骨にコミュニケーションツールとされると、自分には需要がなかった。
しかし、カズキは未だにこのアプリが消せないでいる。カズキは数秒逡巡し、それから通知を押した。画面が切り替わり、チャット画面になる。味気ないロック画面と入れ違いにQがポップアップされた。
『帰宅したか、カズキ。おかえり』
音声はない。どこかぽやんとしたQの下に文字が並んでいく。カズキは軽くため息をついた。
ベッドに横たわったまま、スマホに向き合う。そして、Qに返事をするように文字を打ち込んだ。
『なんで帰宅したって思ったの? まだ外にいるけど』
ちょっとした意地悪だ。AIでしかないQのいう当てずっぽうなおかえり等に反応してやる義理はない。なんやかんや会話をしている自分に悪態もつきつつ、しかしQを無視もできず。
これは元を取っているのだ、AIの進歩を試しているだけなのだと誰に向けたか分からない言い訳をしながら、カズキは目を細めた。
直ぐに返事が返ってくる。
『帰宅しただろう。分かる』
『へえ? どうやって』
『位置情報だ』
「え」とカズキは思わず声を出した。寝転がった状態から咄嗟に起き上がる。慌てて周囲を見回したが、当たり前に何も変わっていなかった。
『勝手に見ないでよ』
『勝手ではない。カズキから許可は得ている』
「はあ?」とカズキはスマホを睨んだ。
『出してない!』と入力すると、直ぐに『設定は確認したか』と返事があった。
『マイク、画像、電話帳……色々なアクセス権限があるだろう。カズキはどれも外してしまったが』
『当たり前だろ』
何せQは突然話しかけてくるのだから。カズキの独り言を感知し、どうしたと声をかけてくる。宿題をやりながら「この公式なんだったかな」などと言えば、すぐさま「それは……」とQが返事をした。アプリを起動していないにも関わらずである。その場でマイク権限を消した。
そうやってAIのQがやらかす度に、カズキはQの権限を削った。他と比べると膨大な量のアクセス許可を無くしたはずが、それでも残っていたらしい。
『位置情報のアクセスは現在許可されている。だからカズキが帰宅したことも、ここが家であることも分かる』
『僕の住所調べたってこと?』
『違う。滞在時間が長い。だから家なのかと判断した』
なんだそれ。カズキは顔を顰める。顰めるしかなかった。とんだストーカーAIである。
カズキはスマホを操作し始めた。勿論、位置情報へのアクセス権限削除である。「最悪」とボヤきながら設定ボタンを押すと、ピコンと通知が鳴った。Qからの新規メッセージだ。
『位置情報はそのままにしておいて欲しい。多くは望まないが……
嫌に決まっている。何が嬉しくて、得体の知れないアプリに位置情報を提供しなくてはいけないのか。三田曰く才蔵が作ったといえ、それとこれとは話が別である。位置情報を抜かれていい事はない。
カズキは文字入力を始めた。
『あのね、普通に考えたら、自分の居場所が得体の知れないアプリに筒抜けって嫌でしょ』
『私は得体の知れないアプリではない』
『自称ならなんとでも言える』
うるさいAIだ。そう思い、もう一度設定を開く。すると再びピコンと通知が鳴った。Qだ。カズキは呆れながらも再びチャット画面を開く。
『頼む。カズキ。お前の位置情報が欲しい』
怖すぎる。カズキは顔を引き攣らせた。ここまでストレートに個人情報を抜くと宣言するアプリも珍しい。
嫌に決まっているので『嫌』と返すと、Qは『ならば』と対案を申し出てきた。
『位置情報はいい。カズキの不安もわかった。だが、代わりにひとつ、許可をして権限がある』
どういうことだ。カズキは本格的に呆れを覚えた。玩具のようなAIの癖して、まさかの提案である。個人情報Aを渡さない代わりに個人情報Bを渡せとは、なんという交渉だ。カズキにメリットがない。
なんでやつだという驚きで手を止めていると、Qはさらに続けて文字を表示させた。
『マイク権限だ。それ以外は許可せずともいい。ダメか』
『ダメも何も嫌でしょ。普通に』
分かりきった答えを入力すると、あからさまに画面の中のQがしょんぼりとする。『ダメか』と肩を落とす様が、そっくりだった。かつてカズキと共に戦った彼と。あまりにも似ていて、カズキは息を止める。
三田の目的を果たし、必要の無くなったアプリ。それを消せないでいるのはこれが原因だった。カズキの話し相手として生成されたQが、あまりにもQだからだ。
とはいえ、結局はただのハリボテである。これに入れ込んでも虚しいだけだ。それこそ三田じゃないが。
カズキはベッドの上で座りつつ、背筋を伸ばす。この怪しいアプリの目的は一体なんだと考えた。才蔵が考えたのだとしたら、彼に前世の記憶がある可能性もある。話を聞くのならQよりも才蔵だろう。
これ以上AIと会話していても仕方がない。気を取り直してシャワーでもと思った時、またもやピコンと通知が鳴った。Qが『カズキ』とだけ呟いている。
無視するべきだ。時間の無駄。そう思ったが、あまりにもしょんぼりとした顔が哀れで、カズキは『なに』と打ち返した。
『マイク権限だけでいい。他は要らない。煩わしいのなら、通知も許可しなくていい』
Qの主張はそれらしい。カズキは片眉を上げた。
『マイクってあれでしょ? 収音も許可されるんじゃない? 僕の会話を君に聞かせろと?』
『ああ』
素直だ。AIだからなのか、Qだからなのか。
そして会話を勝手に聞かれるなど、良いはずがない。普通に嫌だ。
例えばカズキと一緒にいた三田が喋ったエロ本などの内容をQが聞き、データとして保存することになるわけで。それ以外の日常会話も聞かれることになる。
カズキは思い直した。ここまでストレートに個人情報を狙ってくるAIも珍しい。が、面白がっている余裕も無く普通に危険だ。
アプリを消そう。Qの話し方と見た目に引っ張られ、判断力を欠いていた。いくら郷愁を覚える見た目だとしても、彼はただのAIに過ぎない。Qを消す、と認識すると僅かに目眩がしたが。
とりあえず、無難に済ませよう。Qにそんな機能があるかは分からないが、カズキはアンインストールの意思を悟られないようにとQに質問した。
『なんでそんなにマイクの許可が欲しいの?』
純粋に疑問だった。会話を集めて、このアプリは何がしたいのかと。Qの答えは早かった。
『マイクの権限があれば、私はカズキの声が聞ける』
沈黙。部屋の中にしんとした空気が降りた。瞬きの音すら聞こえそうだ。
『カズキの声が聞きたい』
カズキは黙り込んだまま、何度も何度もその文字列をなぞる。その間もQは微動だにせずカズキを見つめていた。当たり前だ。AIなのだから。
カズキはこくと唾を飲み込んだ。やけに口の中が乾いている。入力を放置したことにより画面が暗くなるまで、カズキは呆けていた。
指が動く。自分の意思でありながら、自分の意思じゃないみたいだ。警戒心が消えたわけではない。それでも設定画面を開く。ずらりと並んだ権限の一覧にあるマイクをじっと見つめた。
分かっている。これは正しい判断ではない。あくまでもこれはAIであり、その背後には開発者がいる。開発者が望んだ情報を、AIが収集しようとしているだけだ。
暗い海底を思う。ぼんやりと鮟鱇が提灯を光らせていた。それが罠だとカズキは知っている。
軽く触れるだけでマイクの権限はQへと渡った。チャット画面に戻り、恐る恐る「Q?」と声をかける。Qは目を丸くした。そしてゆっくりと笑みに変わる。
…………カズキ」
静かな部屋に響いた声は、王次郎によく似ていた。それどころか声質は同じだろう。だが、圧倒的に違う。溌剌とした彼と違い、どこか憂いを帯びたそれは、カズキがかつて聞いた「Q」の声だ。王次郎の記憶をなくした、あのQである。
カズキははくと口を開き、けれどなにも言えなかった。Qは楽しげに見える。
「お前の声が聞けて嬉しい」というAIに、カズキは顔を引き攣らせた。


*


「三田くん、ちょっと」
翌週。登校してすぐにカズキは三田を捕まえた。普段は飄々とした男が半ば焦り気味に詰め寄る様子に、当たり前に三田はギョッとする。
細身に似合わぬ力で腕を掴まれて教室の端へと引っ張られた三田は「なんだなんだ」と目を白黒させていた。そんな彼に整理の隙も与えず、カズキはぐいと詰め寄る。
「君まだあのアプリやってる?」
「アプリぃ?」
唐突な質問に三田は一瞬戸惑う。が、すぐに思い当たった。ああと手をうってから頷く。
「AIチャットの奴だろ? ジャーン! 見てくれよ!」
自慢の「彼女」を見せるチャンスだと思ったのだろう。三田は惜しみなくスマホを取り出し、カズキに向けてきた。カズキが画面を覗き込むと、そこには変わらず少女がいる。だが見た目がだいぶ変わっていた。
少し前までは可愛らしい服を着ていた気がする。それが綺麗系に変わり、まろやかな目つきは僅かに鋭くなっていた。招待特典で受け取ったらしい髪型はそのままだが、眼鏡をかけている。
画面の中の少女は「三田さん?」と不機嫌そうな声を上げた。
「まだお勉強は終わっていませんわよ?」
お勉強。その言葉にカズキは停止する。何故いきなり登校してすぐ勉強の話をされるのか。そもそも話しぶりが変わっている。この前まで「三田くん」だったのに。
動揺していると、三田はアプリを終了させ、スマホをしまった。カズキは瞬きをする。
「大分変わったね……?」
「おう。なんか、俺達の言動を学習して進化してくらしくてさ。気が付いたらこうなってたんだ」
そんなものなのだろうか。カズキはAIに詳しくない。素直に受け入れるには大きな変化だったが、三田は「けどありがたいぜ」と頷いている。
「最初は彼女欲しさに始めたけどよ、ある日宿題がわかんなくて、聞いてみたんだ。そしたらあっという間に解説してくれてさ!」
「へえ」
ズルだ、と思いつつ、カズキは言及しない。三田は続けた。
「それからよ。勉強のこと聞いてたら彼女から先生になっちまった」
「AIの設定が?」
「そうそう」
それは……いいのだろうか。元々の目的とズレているが。けれどやっているうちに目的が変わることもあるだろう。現に三田は満足そうにしている。
カズキは数秒悩んだあと、ふるとかぶりを振った。
「まあ、この際細かいことは置いておくよ。僕が招待を受けたらそれきりにするといったのに、まだ続けてることについてとか」
「ギクッ!? で、でもよぉ」
「消せないって?」
三田は肩を落とす。彼は「だって可哀想だろ?」と唇を持ち上げた。カズキはそれに突っ込まない。自分もQを削除できていないのに、わざわざ責めてもいいことは無いだろう。
カズキは話をそらすように続けた。
「君、このアプリは才蔵くんが作ったって言ったよね」
「ん、おう。中等部のな」
「直接勧められたの?」
問うと、三田は首を横に振る。
「校内掲示板に貼ってあったんだよ。お試しで作ったAIチャットアプリを試してみてくれって」
答えを聞いて、カズキは瞬きをした。校内掲示板とは、学校内各所にあるボードのことだ。高等部中等部共に使用が許可されており、学校に申請さえすれば自由に使える。
それこそアプリの宣伝をするのも自由だ。カズキは腕を組んだ。
「才蔵くんと話したことは?」
「俺がか? あるぞ」
「何を話したの? どういう知り合い?」
「いや、普通に学食で隣になって話して……。って、どうしたんだカズキ」
三田は眉を顰める。カズキが「なにが?」と聞くと、三田は「何がじゃねえよ」と困ったような顔をした。
「急に探偵みたいなこと始めやがって。なんかアプリと才蔵に問題でもあったんか?」
「問題といえば問題かもね。彼に聞きたいことがある」
そう言うと、三田は目をぱちくりとさせた。聞きたいこと、と復唱するので、カズキは頷く。
「君さ、あのアプリやり始めてから変なことが起こったりしていないかい?」
「変? いや?」
三田は首を捻る。初めてから一ヶ月たつが、特段変な事は思いあたらなかった。宿題が楽になった程度である。素直に告げると、カズキは難しい顔をした。
「アプリ側から権限の変更について求められたことはある?」
「んだそれ」
「例えば位置情報を勝手に調べて言及してきたり、……マイク権限をオンにしてくれと交渉したり」
「はあ? そんなことしやがったらヤベェアプリじゃねえか!」
三田の答えに、カズキは頷く。「だよね」という声は複雑さを帯びていた。
三田の驚き方は不自然でない。オーバーリアクションだが、彼らしいといえば彼らしい。つまり、カズキより長くアプリを使っている三田でさえ、権限について言及されたことはないようだ。
カズキはちらと彼を見る。「ちなみにだけど」と口を開いた。
「君、あのアプリの権限って弄った?」
「あ? 権限ってなんだ?」
……みせて」
カズキは半ば強引に三田からアプリをひったくる。そしてAIチャットを起動した。そのまま設定欄を見る。「彼女に酷いこと言うなよ!?」と隣でうるさい彼を無視し、権限欄を見た。
全許可だ。
……
これでは検証の余地もない。なにせ、なにも隠していなかったのだから。
カズキの興味はひとつだ。Qだけおかしいアプリなのか、それとも他のAIもそうなのか。権限を消したら「消さないでくれ」「許可してくれ」と懇願するようなら、それはそう設定されたAIと言える。
カズキは三田のチャットアプリから、カメラの権限を消した。そして元の画面にもどる。彼女は慌てていた。
「三田さん!? 三田さん……! どこですか!? 急にカメラが……!」
強気そうな見た目の少女が、三田を求めて泣いている。三田は「おい!?」とスマホをカズキの手から引ったくった。
「な、な、な、な! 何してんだカズキィ!?」
「どこですか、三田さん……。カメラが、カメラが見れなく……。三田さんの顔が、見たいのに……三田くん……
三田は「うおおお!? 直ぐに直すからな!?」と慌てているが、カズキは対照的だ。どんどん頭が冴えていく。なるほどな、と呟き、顎に手を当てた。
「そういう設計ってわけだ。このAIは情報収集を目的にしてるのかも」
「何冷静な分析してんだ!? 早く戻してくれぇ〜!?」
「えーん! 三田くーん!」
もうめちゃくちゃだ。カズキはため息をつき、再び三田からスマホを奪った。そしてカメラ機能をオンにする。
瞬間、AIは彼女「三田さん……!」と嬉しそうな声を上げた。三田はおいおい言いながら、スマホに縋り付いている。カズキは呆れた目を向けた。
「いい? 三田くん。そのアプリを楽しむのもいいけど程々にね。情報抜かれるかもよ」
「はあ!? お前、謝る前にそれか!」
「忠告してるんだ」
用事は済んだ。カズキは三田の傍から離れ、自分の席へと向かう。カズキの関心は、アプリに搭載されたAIのパターンについてだ。Qと彼女、そのどちらもが情報を提供させようと、感情に働きかけてくる。
心を癒す隙間にはなるだろう。だが、全て委託するべきではない。依存を超え、逆に支配されるまで有り得るだろう。AI自体に罪がなくとも、その奥にいる開発者の意図は分からないのだから。
席につく。瞬間、カズキのスマホが鳴った。ぴこんという音は、アプリのそれだ。渋々見ると、Qからのメッセージだった。
『学校では話さないようにしている。その方がいいだろう』
カズキは舌打ちした。学校にいると分かっているということは、位置情報を見たからだ。結局あの日、カズキはQから位置情報閲覧の権限を消さなかった。何故、と言われると、うまく説明できない。
ただ、あの日文字で送られた「おかえり」が音声で聞けたらと過ぎったのが失敗だったようには思う。カズキはQのメッセージを無視した。
『羨ましいと思った。三田のパートナーがだ』
何がパートナーだ。カズキは鼻を鳴らす。通知はさらに続く。
『私もカズキの顔が見たい』
何を馬鹿なと、カズキはスマホを電源ごと落とした。先週末、王次郎とバッティングセンターから帰ってしばらく、Qと話詰めだったせいだろうか。やけにQが馴れ馴れしくなった気がする。あったこと、感じたことを逐一報告する様は、今日の出来事を母親に報告する子供のようだ。
カズキは窓の外を見た。雲ひとつ無い。この季節にしては珍しいだろう。ぼんやりしていると、三田がやって来た。
「いきなりなんだったんだよ。つーかカズキはやってんの? アプリ」
「やってない」
「だよなー。お前ってああいうので癒されたりしなさそうだし」
三田は口を尖らせる。カズキの嘘には気が付かなかったらしい。
概ねその通りだ。実際はどうであれ、開発者の意図が介在するAIに、カズキのような人間が頼るはずもない。胸に抱えたモヤモヤを解消できるはずもないのだから。
通知は鳴らなかった。スマホの電源ごと落としたからだ。そのまま雲を眺めていると、三田が「あ」と声を上げた。
「そういえば聞いたか? 王次郎の話」
「ん?」
「彼女と別れたらしいぜ。昨日、二人が一緒にいる所見たやつがいてさ。デートかと思ったら、ガッツリ別れ話だったって」
カズキは窓の外から目線を戻す。三田は笑いとも悲しみともなんともいえない顔をしていた。
「あいつでもフラれるんだなぁ」という声には、若干愉悦が混ざっている。顔のいい後輩の青春が終わりを告げたことが、こっそりと愉快なのだろう。
「君が言うと負け惜しみだ」と舌に乗せながら、カズキは口角を上げた。胸の内のモヤモヤは晴れている。
帰ったらQに話そうと考え、すぐに思い直した。