河童の皿箱
2026-05-28 22:20:38
6548文字
Public 遊戯王:短め(2026年)
 

IC&IO

A.D.R.A.S.T.E.I.A.とグラフレアの話

 A.D.R.A.S.T.E.I.A.――それは、迅雷帝国ドゥムドゥークが誇る、最新鋭の武装兵器。かつて強襲部隊ドゥームズを率いた指揮官、ドラスティアの戦闘データと自我をインストールし、蓄積され続けた技術の粋を結集させた、最高傑作である。
 しかしながら、熱心にグラフィティアートを学ぶ神芸学都アルトメギアの一生徒にして、かつてドゥームズより逃亡した離反者――そして、国家の希望たるグラフレアは、A.D.R.A.S.T.E.I.A.に頭を悩ませていた。
 神の力の内より、ドラスティアの声がするのだ。あの頃のような、穏やかな兄の声が。しかし、姿はない。返事をすれば、そっと笑い声がして。そこに兄が居る様な気がしても、やはりあるのはこの時計のみ。花火玉を結びあげるその間も、兄は馬鹿にすることもなく、「お前はそうして居たのだな」と。弟たる花火師は、それでもなお、兄にこれまでの生活の話や、友の話をした。けれど、やっぱり兄はそこには居ない。それもそうだ。神の力に染められた兄は、破壊衝動に飲み込まれ……激戦の末に、目の前で自爆をしてしまったのだから。ここにある時計は、あくまでも彼の自我をシミュレーションしたもので本当に兄ではない――そう思っていても、弟は兄の声に応え続けるほかになかった。
 これを手にして、にわかに胸の内にこびりついた感情があった。それはどうにもシクシクとした痛みばかりを訴えて。喉元やれ鼻頭にあがって来たそれを抑え込んでは、部屋に置いた普通の時計をちらりと見た。「兄さん。ちょっと、飯食ってくるよ。腹減って来ちゃってさ」と。見送る声をあとにして退室して扉を閉めれば、兄の声はしない。弟は溜息をついた。こんなの、滑稽だろう。兄のような何かをずっと連れているというのは。けれど、何にも代えがたい兄だった。そしてあの時計は、ずっとずっと求めていたような声で喋りかけてくるんのだ。
 弟は食堂に向かう道で考えた。なんとか何とか頭をひねった。あの時計を捨てたいわけじゃない……というか、国から……いや、何よりも。兄本人から託されたものだ。それに、あの頃のように、兄の声から逃げたいわけじゃない。ただそう、どっちかって言ったら。

 「……顔が見たいな」。

 花火を見た時に、兄はどんな顔をしているのだろう。課題に悩んでいるとき、どんな顔で覗き込もうとしているのだろう。あれが仮想の兄だとわかっていても、それでもやはり、兄の面影を見てしまっているのは確かで。
 体そう。あの時計に、体があれば。少しだけ自由に動けるような。それか、ホログラムで表示出来たら……スプーンに掬い上げた豆を一口。パンをちぎってまた一口。その間にも、芸術家の卵は課題と解決に向けて、いくつもの空想を巡らせた。すっかり空になった皿に、満たされた腹に、花火師はひとつの結論を導き出した。皿を返却して、早速とばかりに部屋に戻り、兄のような何かを引っ掴んでは、午後の授業をほっぽりだして、列車に飛び乗った。