彼方の作品倉庫
2026-05-27 12:13:09
13239文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】室町かれいどすこーぷ

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
全部で4話あります。


室町恋愛裁判


「小松田ぁぁぁあああッ‼」
 昼下がり、忍術学園全体に響き渡るような利吉君の怒号が轟いた。確か彼は、小松田君を探していたような……あ、やっぱり。小松田君の部屋から出てきた。……めちゃくちゃ、顔が怖いけど。
「随分とお冠だけど、どうかしたのかい?」
「土井先生……! いえ、ちょっと! 個人的なことで!」
 個人的なことでここまで怒るのか。小松田君のドジや天然に振り回されてイライラしているのはよく見かけるが、今日はそれを上回る不機嫌さだ。その原因が気になるところだが、彼の血走った目が怖くて訊ねづらい。
「小松田君どこに……!」
……あれ? そういえばさっき、客間の方に向かっていたような……
「本当ですかッ⁉」
「うおっ⁉」
 急に距離を狭めてきた利吉君は、私の両肩を掴んで鬼気迫る顔を近づける。怖い怖い怖い! なんで私が尋問されるような真似されなきゃいけないんだ!
「さっきとは⁉」
「ほ、本当についさっきだよ。ここに来る直前――
 すると利吉君は、「ありがとうございます!」と手短な礼を残して走り去っていった。人の話を最後まで聞く余裕もないようだ。
 大丈夫かな小松田君……。今の利吉君、人でも殺しそうな勢いだったけど。学園内で刃傷沙汰や流血沙汰は勘弁してほしいところだ。
……はぁ、仕方ない」
 心配六割、不安三割。そして残り一割の興味を胸に、私は彼の後を追った。


     ◆◆◇ ◆◆◆◆ ◆◇◇◆


 一方、客間にて。
「り、り、り、利吉さぁん〜ッ‼」
 ……こちらもこちらで、怒りに染まった声が響いていた。怒り慣れてない声だが、普段ののんびりとした小松田君からすれば、珍しく怒気を孕ませている。
 それを耳にした利吉君は、更に怒りを増して部屋へと突撃した。……これ、本格的にマズくないか?
「小松田君……!」
「利吉さん!」
「私のいない間に、随分と仲良くやっていたようだねぇ?」
 場の不穏さが一気に増した。主成分は、利吉君が垂れ流している不機嫌な空気である。その雰囲気を受け、私は反射的に気配を消す。とりあえず成り行きを見守ろうと思ったのだが……いやいや、ちょっと待て。その言い方はまさか――
「私がいない寂しさを紛らわしてた? それとも、会いに来ない恋人なんてもう飽きた? 大層懇ろな相手ができたようで……これでも恋人なのに、こそこそ逢瀬だなんて水臭いなぁ。私にも紹介してよ」
 まさかの浮気疑惑ぅ⁉ しかも小松田君に⁉ ありえなさすぎる単語と人物の組み合わせに、一瞬自分の耳を疑ってしまった。空耳や幻聴じゃないよね⁉
「それはこちらの台詞ですよぉ‼ 僕のいないところで、だ、誰かと仲を深めようとしてますよね⁉ しかも仕事以外で! 心当たりがないとは言わせませんよ!」
 今度は利吉君に浮気疑惑が⁉ いやでも、利吉君は忍務で女性相手から情報を得ることがあるだろうし、その手法としてたらし込む方法もある。それを間違えたんじゃ……あ、これ言えない雰囲気ですね。
「ふざけたことをッ……! 贈り物を貰ったり一緒に出かけたりして、それを喜んでいるのはどこの誰だ? 私というものがありながら、何をぬけぬけと……!」
「何言ってるんですかぁ! 利吉さんだって随分と甘い言葉で口説いてるの、知ってるんですからね! ぼ、僕だってあんな情熱的にユーワクされたことないのに!」
「このヘッポコ事務員が‼」
「利吉さんの人たらしぃ‼」
「はーいストップ。そこまで」
 ヒートアップした頃合いを見計らい、私はようやく二人の会話に入り込んだ。これ以上は駄目だよ。関係修復は取り返しのつく内にしないと、後々面倒になるからね。
「土井先生……! 邪魔しないでください!」
「そうです! これは僕達の問題です!」
 だが、それで止まらない二人である。その勢いのまま怒りの矛先を、今度は私に向けてきたのだ。うーん、遠慮がない。
「とにかく一旦落ち着いて。冷静に話し合おう」
「冷静になんて!」
「なれません!」
「山田先生と吉野先生を巻き込んで大っぴらに臨時裁判問注所を開くのと、私だけで内々に済ませるの、どっちがいい?」
 途端――びしり、と二人が硬直した。私の制止を無視してまで舌戦を繰り広げたいんだろう? だったら手心を加える必要はない。心ゆくまで言い争ってもらおうじゃないか。――学園の保護者達の前で。このまま遠慮なく。
「いや、あの」
「そ、それは待っ――
「どうせなら証人として、奥方様とお兄さんそれぞれの身内も呼ぼうか?」
『後者で是非よろしくお願いいたします土井先生』
 にっこり笑ってトドメを刺すと、二人は声を揃えて共に頭を下げた。ようやく収まったか、この猪どもめ。全く、こういう喧嘩トラブルは生徒だけにしてほしいところである……
 だが場を預かった以上、きちんと解決まで導くつもりだ。さて――ここに開廷させてもらうよ。
「はい、任されました。――それで? まずは……利吉君から話を聞こうか。何だって小松田君が浮気したと?」
「こちらです」
 彼がスッと差し出したのは、一冊の書物だった。題名はない。雑記帖の類だろうか。でも見た目は、どこにでもあるような普通の物だ。
 だが、それを見た小松田君には小さな反応があった。ギョッとした後、利吉君とは反対方向に視線を逸らしたのだ。なんでそれがここに、という心の声まで表情からダダ漏れ漏れである。……うん、もうちょっと隠す努力はしようか。
「小松田君の部屋にありました。彼の物です」
「中を見ても?」
 持ち主に確認を取るが、「いや、えっと……」と鈍い相槌しか返ってこない。煮え切らない様子に苛立ちを募らせた利吉君は了解を得ることもなく、その書物を開いてしまった。
「あ!」
「腹を括るのが遅い。ここまで来たら無駄な抵抗だろ。それとも、まだ保身に走る気なの?」
「だから、僕は浮気なんて――!」
「百聞は一見に如かず。土井先生、どうぞ」
 適当に開いたページを眼前に突き出されては、読まない訳にもいかない。受け取った私は、紙面に綴られている文章へ目を通した。これは……日記か? 日付は書いてないけど……

『備品の買い出しについて来てもらった。購入中、いつの間にか別の店で田楽豆腐を買っていたみたい。分けてもらったので食べると、とても美味しかった』
『突然の訪問。偶然通りかかったので、とのこと。門の前で少しだけ話して、すぐにまた出立した。元気そうで何より』
『お土産に手拭いを貰った。安物だと言っていたけど、これそこそこ有名な店の商品だったような……。気づかないフリをしておこう』
『久しぶりのお出かけ。行きつけの茶店が満席で入れず。別の店探しの時間も楽しかった』
『昨日は外泊。二人だけの時間がとても心地よかった。もっと長くいたかったけど、我侭は言わない。次が楽しみ』

 ……何、この……日誌と報告書の中間みたいな記録は。日記にしては文章が硬すぎるし、連絡事項にしては個人的な感想が入り混じっている。そんな違和感がそこかしこに散らばってるけど……小松田、普段はもっと普通の文章が書けるはずだけどな……
「わかるでしょう? 誰かと逢瀬を重ねて、恋しく思っている相手がいるんです。しかもこれだけの記事があることから、頻繁に交流している事実も伺えます」
 確かに、ひとつの記事は三文前後ほどと少ないが、その総量は多い。一記事=一日もしくは一回の逢瀬と考えると、かなりの回数だ。
 でも小松田君がこんなにも誰かと会っているのなら、もっと噂になっていてもいいはずなのに。そんな話は聞いたことがないし、その瞬間を見たこともない。外出も、以前と頻度は変わってない気が……
「どうやら私は、飽きて捨てられたようです。まぁそうでしょうね。恋人を放置して仕事ばかりの人間より、簡単に会えて甘やかしてくれる人間に惹かれるのは自然なこと。どれだけ愛を囁いても冷めるでしょうね」
 ははっ、と自嘲気味かつ嫌味な言葉と共に乾いた笑いが落ちる。だいぶやけっぱちだな利吉君……。隣で俯く小松田君も、パニックになって上手く弁明できないみたいだ。うーん……とりあえず、助け船を出してみるか。
「小松田君、これって君の物なんだよね?」
「ひゃい! そ、そうです……
「ここに書いてることは、本当にあったこと? 個人的な日記とみていいんだね?」
「はいぃ……
 今にも消え入りそうな声。羞恥からなのか怒りからなのか判別しづらい赤い顔で、小松田君は肯定する。とりあえず意思疎通はできそうだ。なら早速、気になったことを訊ねよう。
「じゃあ、日記にしては日付が書いてないのはどうして?」
「それ、は……
「そして相手の名前や素性も書かれていない。個人的な日記なら、もっと詳細に書いててもおかしくないよね?」
「土井先生、無駄な質問ですよ。彼が言葉に窮しているのも、何か後ろめたいことがある証拠です。きっと言い訳が思いつかないんです」
「決めつけはよくないよ、利吉君。事実確認は必要だし、不明点は詳らかにすべきだ。判断は全ての情報を揃えてから――忍務だってそうだろう?」
 もうどうでもいいと言わんばかりに投げやりな態度の利吉君に、私は冷静に諭す。一応は頭に血がのぼっている自覚はあるらしく、苦虫を噛み潰したような顔で引き下がった。本当に、小松田が関わると一気にらしくなくなるなぁ。普段の冷静沈着な君はどこに行ったんだい?
 まぁ……大体の真相は察したけど。日記の不自然な内容も、小松田君の動揺も。そして、彼がすぐに答えを言わず口を閉ざしている理由も。
 だけどこれは、私から言うべきことではない。私はあくまで話を整理するだけ。当事者同士が、きちんと言葉を交わすべきだ。
「小松田君、私は君を責めたりはずかしめたりしたい訳じゃない。もし君が誤解だと主張したいのなら、その背を押したいだけだ」
「で、でも……
「最後は自分自身の言葉で説明しないと、説得力がないだろう? 大丈夫、利吉君も怒りたいんじゃなくて、ただ真実を知りたいだけなんだから。そうだよね、利吉君?」
「そんなの今更――
「ねっ……?」
 反論を許さぬ威圧感を醸して繰り返すと、「は、はい……」と素直な返事をしてくれた。そうだよ、人の話は最後まで聞きなさい。
 そのやり取りで決心がついたのか、小松田君はゆっくりと顔を上げた。そして幾度も言いあぐねようとする口を捩じ伏せ、私が手にしている日記を確と見据える。



(サンプルここまで/各話の続きは本編にて)