彼方の作品倉庫
2026-05-27 12:13:09
13239文字
Public 利こま
 

【長めのサンプル】室町かれいどすこーぷ

書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
全部で4話あります。


能ある鷹のエモノ


「はぁぁぁあああ〜……
 やたらと長い溜息が落ちる。落とさずにいられない、が正しい気持ちだった。おかしいな、今は幸せ絶頂のはずなのに。
 先日、利吉さんと想いが通じ合った。念願叶って始まった交際である。「今時の若者ですらしない」と揶揄されるような清いお付き合いのまま、既に半年が過ぎようとしていた。
 あまりの進展のなさに、吉野先生からは「何か悩みや不満が? 十を過ぎた子でも普通、もっと進もうと意識しますよ」などと心配される始末である。こうやって周りからせっつかれるの、苦手なんだけどなぁ……
 遅々として進まない関係は、利吉さんとも納得の上である。仕事の関係で、彼との仲を深める時間がなかなかとれないことはどうしようもない。
 フリーの忍者は不安定な職である。城勤めとは異なり、自ら仕事を取りに行かないといけないのだ。利吉さんは人気があるから依頼が舞い込む方だから、まだマシなのだろう。
 それでも自分の都合で仕事を選り好みしたり、他の人と予定をすり合わせたりするのは難しいと思う。何もかもを一人でこなせる器用さと身軽さがある一方、なかなか融通が利かなくなる。それは承知しているし、不満がある訳ではないのだけれど……
「不仲を疑われるの早すぎるよぉ……
 飽きられたのかな、とか。愛想を尽かされたんじゃないか、とか。あることないことどころか、ないことばかりの噂を耳にしてしまうのだ。もちろん忍術学園内ではなく、近くの茶屋での話である。事情をよく知っている学園のみんなは、そんなことを言わない。
 ちょっと何回か、一人で食べに行っただけなのに。最初に利吉さんとお出かけした時にあたたかく見守ってくれていた店員さんも、今では憐れみの視線をこっそり投げてくるのだ。あんな空気の中、もう行けないよぉ……。せっかく美味しい団子だったのに。
 ゆっくりゆっくり、僕達のペースで進んでいるだけなのだ。なのに世間一般のスピードより遅いくらいで、こんなに好き勝手に推測されるなんて……
……僕だって、もっと進みたいですよ」
 機会があれば、もう一歩くらい踏み出したい気持ちはある。単に、その機会がないだけで。今の歩調が、心地いいだけで。彼が……利吉さんが、こちらに手を伸ばしてくれさえすれば。僕に拒む理由はないのだ。ないの、だけれど…………利吉さんにその気配が全くないのも事実だった。
 タイミングを掴みあぐねているだけなのか、それとも本当にその気がないのか。極端な例だけど……「肌を重ねて熱を分け合うのは嫌だ」、とか。そういう身体より心を優先したい考えがあるなら、僕は拒否などしない。利吉さんの意見を尊重したいし、僕だってがっつきたい訳ではないのだから。
 でも……ほんの少しだけ、不安がないことも、ない。僕といて、何を考えているのか。何を思っているのか。今まで通りな利吉さんの心を読み解けずにいる。「もう一歩くらい進みたい」という気持ちも、それが原因になっている気がする。
 恋仲になったというのに、何も変わらない。彼は忍務をこなして、僕は事務の仕事をして。偶に会って、お出かけして。ただ、それだけ。
 変わらないことに安心はあるけど、変わらなさすぎることに不安になる。彼に大切にしてもらっている証拠なのに、贅沢な悩みなんだろうなぁこういうの……
――小松田君?」
 呼びかけに振り返ると、そこにいたのは山田先生だった。そういえば、今日は出張の予定が入っていたような。これから出られるようだ。
「えらくボーッとしていたようだが、何かあったのか?」
「いえ、何でも! 出門票にサインお願いしまぁす」
 いつもの様子を装い、山田先生へ用箋挟クリップボードを差し出す。息子利吉さんとは異なり、サラサラとすぐに名前を書いてくれるから助かる。なんで面倒がるのかな、あの人は。規則を守ればいいだけの話なのに。
「ありがとうございます!」
…………
……? 山田先生こそ、どうかされましたか? それとも僕に何かご用でも?」
 じぃっと僕を見てくる目には、なぜか一瞬だけ心配の色が映った気がした。それに、困ってるような……迷ってるような? 何だろう。そんなぐるぐるしているような印象を受けた。
「確認したいんだが、その……利吉とはどうなんだ?」
 突然の抜き打ちチェックに面食らった僕は、思わず「ひょえぇっ⁉」と訳のわからない鳴き声を上げてしまった。こ、恋人の身内から直球で進展を訊ねられるほど、恥ずかしくて怖いことはない……
「いやあの、えーと、その、り、利吉さん、です、か⁉」
「そうだ。小松田君を困らせたりしておらんか?」
「そそそそんなことは全く‼ よ、よくさせていただいています!」
 本音とも社交辞令ともつかない定番の言葉が飛び出した。そんな気を遣わせてしまうような言葉じゃなくて! しかも、こんなわかりやすすぎる動揺までしたら逆効果だよぉ……
「それならいいんだが……本当に大丈夫か? 何か無理強いされたり、脅されたりとか……!」
「あのぉ……利吉さんのお話ですよねぇ?」
 現状の僕達からは、おそらく最も縁遠い言葉の羅列に、思わず確認を取る。無理強い? 脅し? 少なくとも、僕といる時はそんな素振りはないけれどな……
 ドジをしちゃった時とかに怒られはするけれど、それはいつものこと。何もなければ優しいし、ただ穏やか〜に時間を過ごしてることがほとんどだ。そもそもこの半年、彼と会えたのも両手で数えられるほどだし……
「利吉さん、どうかされたんですか?」
 山田先生の狼狽うろたえっぷりに、逆にこっちが冷静になってしまった。ここまで彼をおろおろさせるなんて、一体何があったのだろうか。見当もつかない。
「いや、何もないに越したことはないんだ。ただ……利吉の“癖”が出てやしないかと、それが気がかりでな」
「くせ?」
 親を悩ませる悪癖なんて、彼にあっただろうか。あの実直な利吉さんに、強要や脅迫に結びつくような癖が? ……まったく心当たりがない。
「癖というか、傾向というか。ちょっと……いやかなり厄介なヤツで……。えぇい、この際だ。遅かれ早かれ、小松田君も知ることになるだろうから先に教えておこう」
「え? は、はい。ありがとうございます……?」
 勢いに負けて僕は、首を傾げながらも礼を述べた。山田先生、半分ヤケになってないかなこれ……
 利吉さんがいないところで本人の秘密に触れるのは、やや後ろめたさがある。しかし同時に、その背徳感に高揚する自分も少なからずいた。
 いけないとわかっていることを、こっそりと試すような。ダメだとわかっていることを、ワザと実行してしまうような。イタズラ心を抱いた子供みたいに、僕の好奇心に“制止”の文字は存在しなかった。
「他の者……特に本人には言わないように。私から漏れたと知られたら、後々面倒だからな」
「わかりました……!」
 自分としては神妙な面持ちで返答したつもりだったのだが、それを見た山田先生は「あのねぇ……」と言いたげに呆れ顔になってしまった。すみません、そういう雰囲気じゃなかったんですねぇ。
 咳払いをひとつ。そして山田先生は、静かに言葉を紡ぎ始めた――……


     ◆◆◇ ◆◆◆◆ ◆◇◇◆


 小松田君も知っての通り、私達の実家は氷ノ山の山奥にある。獣が多いこともあり、食料調達の一環として狩りもおこなってきた。利吉も幼い時分よりたびたび伴わせ、狩りの方法などを仕込んできた。
 あやつは昔からなかなか筋がよくてな、始めて三日ほどで兎を獲ったんだ。初めての獲物に大層喜んで、妻にも見せびらかしたり……っと、すまん。少し脱線した。
 とにかく、見る間に上達していって、様々な動物を狩って。……ある日、森から帰ってこないことがあった。
 朝から出るのは珍しいことじゃない。しかし、昼には必ず帰ってきていた。それが日が傾き、夕方になっても戻ってこない。山の日暮れは早く、気温もすぐに下がる。私と妻は方々ほうぼうを探したが見つからず、あれこれと最悪の事態もよぎりかけたその時――ひょっこりと近くの茂みから利吉が顔を覗かせよったんだ。
 あまりにも平然としておって、「怪我はないか」などという私達の心配もあまり理解しておらんでな。つい怒鳴ったりも……まぁそれはいいか。それで何をしていたのか訊ねると……利吉はこう言いよった。

『鹿を追っていました。朝に見かけて、ずっと。なかなか隙を見せなくて、追っている内にどんどんと山奥へと入ってしまって……。つい先程、ようやく仕留められたんです。ご飯ですか? 適当に木の実を摘んで……そう言えば、お腹が空きました……

 それを聞いた私は、驚きと嬉しさを覚えたものだよ。子供ながらに立派な体躯の鹿を仕留めた腕前。警戒心の強い野生の獣を前に怯まない胆力。空腹と時間を忘れるほどの集中力。一度狙った獲物は逃すまいと諦めない不屈の精神。一朝一夕では積み重ねられないその力は、利吉が持って生まれた才能と言わざるを得なかった。
 忍者として恵まれている。そう思って喜んだんだ。……実際に、その様子を私が見るまでは。



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