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彼方の作品倉庫
2026-05-27 12:13:09
13239文字
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利こま
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【長めのサンプル】室町かれいどすこーぷ
書き下ろしの話について、長めのサンプルです。
全部で4話あります。
1
2
3
4
真昼の月
潜入するには、新たに道具が必要となる場合がある。端的に言えば服装や雑貨の調達だ。
女装をして侍女や下女として潜り込む場合には、主人の趣味に左右されることもある。目立たず、しかし相手の好みからは外れず。違和感なく溶け込むには、丁寧な下調べと丹念な事前準備が大切なのである。
そしてまさに今、私はその小道具を入手すべく近くの町を訪れていた。当日の状態に慣れるべく、既に今から女装もしている。歩き方や所作、僅かな仕草に至るまで完璧な女性になりきらねばならない。それがプロというものである。
並び建つ店舗の中、私は早速とある商品に目をつけた。見世棚に陳列された扇子だ。店先で立ち止まり、どれを購入すべきか物色する。
今度の潜入先の主人は、扇子にのめり込んでいるらしい。下働きの者にまで所持を勧め、時には自らの物を下げ渡したり買い与えたりしているとか。話し相手を求めて、興味を持ってもらうべく行動しているのだろう。
ならば対策は簡単だ。その主人が注目するような扇子を準備して臨めばいいのである。相手の趣味や嗜好に合わせて懐へ潜り込み、こちらが有利になるよう行動を促す
――
“風流で取りいる術”が効果的だろう。今回はその趣味を利用させてもらう。しかし
……
。
(さて、どうしたものやら
……
)
扇子ひとつと言っても、質素な物から高価な物までピンキリである。使用されている素材も多種多様だ。主人はどれでも喜びそうだが、だからこそ逆に選ぶのが難しい。
屋敷では誰もが扇子を所持している。その中で私は、ワザと目をつけられる必要がある。そうしないと、求めている情報に行き着くまで時間を浪費しかねないからだ。できる限り無駄は避けたい。
(派手さで目を引くべきか? いや
……
ただの下働きが持つには相応しくないし、目立つのは御免だ。ならば質素寄りか?
……
これでは逆に地味で、目に留まらないかもしれないな)
たかが扇子。されど扇子。世間の流行や相手の好みなどはある程度把握している。しかし、それらが上手く噛み合う商品が見当たらない。
こんな時、もっと服飾関係に詳しければ迷うこともないのに。どこかに専門家でもいないものか
――
。
「
――
どうかされましたかぁ?」
……
耳馴染みがありすぎる、間抜けた声。顔を上げると、見覚えしかない忍術学園のお気楽事務員がそこにいた。
どうしたもこうしたもない
――
と、吐き捨てかけた愚痴をぐっと飲み込む。そして私は、屈託のない笑顔を浮かべる小松田君を見遣り
……
密かに首を傾げた。
(なんだ? いつもと様子が
……
)
私を見るや否や、勢いづいて質問の雨あられ
……
というのが定番なのに。一年は組の乱きりしんに負けない好奇心を爆発させるかと、思ったのに。
「ご自分用のをお探しですか? それとも贈り物でしょうか?」
まるで見知らぬ他人に話しかけているかのようだ。まさか
……
山田利吉
わたし
だと、気づいていない?
ふと、自分の現状を思い出す。そうだ、今の私は女装していたのだ。しかも今回は、普段の女装とは異なる装いと髪型である。気づかないのも無理はないのかもしれない。
だが
……
いくら変装しているとは言え、この至近距離で見抜けないとは。学園の正門前で、あれだけ顔を突き合わせているのに。
……
まぁ私の変装の腕がいい所為もあるか。
「えっと、自分用です。ですがどれも素晴らしいので、思わず目移りしてしまいまして
……
」
「ここの商品、質も造りもいいですからねぇ。僕も大好きです」
「おや。小松田屋の坊ちゃんにそう言われると、お世辞でも嬉しいねぇ」
「本当のことですって。お世辞なんかじゃありませんよぉ」
小松田君の隣にいた男性が、気をよくしてからからと笑う。おそらくこの店の主だろう。店の奥から二人して出てきたのを見るに、小松田君はこの店へのお使いを頼まれた
――
といったところか。
「もしお困りでしたら、お手伝いしましょうか?」
どうやら商品選びに迷っているところを見て、手助けしようと考えたらしい。確かに、彼の実家は扇子屋だが
……
果たして、見繕うことなどできるのだろうか? 妙な物を選ばれても困るのだけれど
……
。
しかし、ここで時間を浪費するのも避けたい。事実、準備は他にもあるのだ。こうなったら彼の申し出に賭けるのもいいかもしれない。
「そう、ですね
……
。では申し訳ありませんが、お願いできますでしょうか?」
「喜んで! まずざっくりで構いませんので、どのような物をお求めですか?」
「そうですね
……
派手すぎず、しかし地味すぎず。ただ、通な方の目には留まるような物だと嬉しいのですが」
……
改めて言葉にすると、自分でも「割と無茶振りしてないか?」と思ってしまう。こんなざっくばらんな要望からの絶妙なチョイスを、彼に任せて大丈夫だろうか。頼んだ身で言うのも何だが、不安が膨らんでしまう
……
。
「普段使いですか?」
「えっと
……
“使う”と言うよりは“見せる”でしょうか? 持ち歩きはするのですけれど」
「鑑賞用ですね。見せる相手はお決まりですか?」
「はい。詳しくは言えませんが、目上の方に」
「ということは、場所も決まってますね。合わせる服装などは?」
「今着ているものです」
「わかる範囲で大丈夫ですので、その相手方の好みなどはご存知ですか?」
「確か、動物や植物の絵を好まれています。多少ですが、文学にも精通していたかと思います」
い、意外と根掘り葉掘り訊いてくるぞ
……
? 単に、さっと選んでくれるものだと思っていたのだが
……
もしかして、認識が甘かったか?
潜入するにあたって、見目や服装などそれなりでいいと思っていた。そもそも女中というのは、必要以上に
身
み
形
なり
に気を遣わないものである。動きやすさを第一とし、雇い主に失礼のない程度の体裁さえ保っていれば咎められることもない。そこに変装の基準を置くのは自然な考えだった。
「だったら色合いは
……
いや、こっちの方が
……
。地紙も
……
」
しかし小松田君は、服装や状況を考慮した上で最適な品を吟味してくれていた。独り言を零しながら、いくつかの扇子を見比べている。そのやけに真剣な眼差しは、学園の事務に従事している時でも見たことがない。
扇子屋の血が騒いでいるのか、それとも生真面目な気質ゆえなのか。
山田利吉
普段
では見ることが叶わない彼の様子に、思わず目が釘付けになる。
(小松田君、こんな
表情
かお
できるのか
……
)
いつもなら無駄に明るくて、陽気で、ご機嫌で。こっちの気分なんかお構いなしに、ヘラヘラと付き纏ってきて。それが神経を逆撫でしてくることも珍しくなくて。
出入りのサインを貰おうと奔走する姿は見かけるも、そこに今のような空気はない。目の前の事柄のみに集中を注ぎ、全神経を傾け、知識と経験で培った感性を発揮して、静かに事に当たる様子なんて、見たことが
……
。
(なぜ、だろう)
その眼差しから。その横顔から。目が、離せない。
(サンプルここまで/次の話→)
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