秘めたる想慕の雪月花

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ハ♀視点。

心の声が聞こえているのかと。



追憶の世界に、浸りすぎてしまっていたらしい。

「──愛弟子? どうしたんだい、考え事?」
「! あ……

今の時間にわたしを引き戻したのは、『今』も大好きなあなたの、あの頃と変わらない優しい声。

わたしは反射的に笑ったが、顔が炎より熱いことが妙に気になってしまった。

「ご、ごめんなさい、ぼーっとしちゃってましたね」
「大丈夫かい? 疲れが出たんじゃ?」

気付けばいつの間にか茶屋に着いていて、あなたは少しだけ眉を下げ、心配そうにわたしの顔を覗きこんでいた。

「無理はしないでね? 疲れていたら、今度でもいいんだよ?」
「やっ、だ、大丈夫、です! 一緒に食べたい、です……!」

しまった、と思ったけれど、一度出た言葉は引っ込まない。

あなたは少し驚いた様子で小さく目を見開き、一度、ぱちっと瞬きをして──すぐに「嬉しいな」と、見開いていたはずの目をとろりと柔らかに細めて蕩けさせた。

その笑顔に胸がトクトクと高鳴って、林檎色の顔をしているであろうわたしは、つい視線を外してしまう。

露台席から夜空が、いつかのような三日月が見えたのは、そんな時で。

今日は星月夜なのかと妙に懐かしく、高鳴り続けている胸の奥が、ふんわりと温かくなった気がした。

(……あなたと、二人。夜空が、月と星が見える席がいいなぁ……)

わたしが呟いたのは、あなたへの想いが燃え上がる心の奥深く。誰の耳にも届かない。

わたしの動きと言葉が一瞬止まったのを見たあなたは「ふふっ」と、吐息混じりに柔らかに微笑んだ。

「あっちの席にしない? 今日は夜空が楽しめそうだし、どうかな?」
「! は、はい! わたしもあそこがいいです!」
「ふふふっ、良かった」

あなたと一緒に、星灯りと里桜さとざくらの中、涼やかな夜風に撫でられながら、露台席で向かい合う。

あなたは夜空を軽く仰ぎながら、片手でおもむろに、口元を覆っている鎖帷子くさりかたびらを下ろした。
その仕草を見ると、特別なあなたを見ることができた気がしてますます顔が熱くなり、賑やかに胸が高鳴る。

わたしがあなたに見惚れていると、あなたはゆっくりと視線を絡めてくれた。

「愛弟子、今日は三日月だ。たくさん星が出てるから、星灯りの方が明るく感じられる日だね」
「! は……い」

想いと驚きが絡み合って、ぶるりと胸が震える。
いつか聞いたものととてもよく似た、大好きなあなたの言葉。

まさか、あの時のことをわたしと同じタイミングで思い出しているのでしょうか。それとも、あなたへの想いと共に追憶に浸っていたわたしの賑やかな心の声が、聞こえてしまったのでしょうか。

本当に、不思議な人だと思う。わたしは思わず食い入るように、訝しげにあなたを見つめた。

……ウツシ教官、もしかして、聞こえてます?」
「うん? 何がだい?」
「わたしの、心の声……とか……
「んんー?」

昔と変わらない満月の双眸で優しく微笑みながら、あなたは不思議そうに、わたしに首を傾げる。
ずるい、顔がますます熱く、赤くなってしまいそう。星月夜なのが幸いだった。

不思議そう──だと思ったけれど、あなたの表情はどこか悪戯っぽくも、星月も恥じらうほどあでやかにも見えた。

「ふふふっ、どうしてそう思うの?」
……だって。……うう、いえ、何でもないです……!」

理由を語れば、きっと、わたしはあなたへの想いを語ってしまう。
胸がけたたましい脈動を続けて、熱くて、破裂してしまいそうだ。

目の前の席に座るあなたは「ふふっ」と笑ってくれたけれど、妙に寂しげにも見えた。

「キミの心の声、かあ。聞こえたら凄いよね! ちょっとでいいから、聞こえたらいいのになぁ」
「えっ! だ、だめです! 恥ずかしい!」
「ははは、そりゃそうか。ちょっと残念だなあ」

言葉通り、あなたの笑顔から寂寥せきりょうは影を潜め、悪戯っぽい残念そうな様子に変化した。
どこか意味深にも聞こえて、想像力が豊かに働きそうになる。

茶屋のオテマエさんが、木製のお盆に湯気立つ湯呑みを2つ乗せてやって来てくれたのは、そんな時だった。

「ウツシは心の声まで聞きたいのニャ? 相変わらずニャねえ」

呆れた様子にも聞こえたけれど、ウツシ教官は何も気にしていない様子。むしろとても嬉しそうに笑いながら「まあね!」と大きく頷いていた。

即座に返答してくれたことは嬉しいけれど、えも言われぬ気恥ずかしさもある。

ウツシ教官の雷声かみなりごえにも大仰な返答にもとっくに慣れている様子のオテマエさんは「やれやれニャ」と、わたしたちの前に湯呑みを配り置いてくれた。

先ほどの、わたしの心の声が聞こえてるのか、なんて会話そのものが、よく考えれば少し恥ずかしい。
口を尖らせて咄嗟に『だめ』が言えて良かった。

ただでさえわたしの心の声を、こんなに的確に読み取ってしまうあなた。

嬉しいことや助かることがほとんどだけれど、聞こえてしまったらすごく困ることが、1つだけある。

……ん? 愛弟子? ふふっ、どうしたの、大丈夫?」

いつの間にか、また、わたしはあなたを見つめてしまっていた。
すぐに取り繕うように「何でもないです」と笑いながら答えて、思わず湯呑みの縁を片手の指でなぞって。

「ウツシ教官と、早くおいしいご飯が食べたいなぁと思って! お腹空いちゃいましたし、何と言っても特選焼肉定食ですから!」
「はっはっは! そうだね、俺もお腹と背中がくっつきそうなんだ! ふふっ、キミと一緒だし、楽しみだよ!」

朗らかに笑い合いながら、わたしは少しだけ切なくて、少しだけほっとした。悟られなくて良かったと信じたい。

心の深層、この声だけはまだ、聞こえないでほしい。

これだけはわたしが自分の意志で、言の葉に想いを込めて紡ぎたい。

わたしは昔からあなたのことが、こんなに、こんなに大好きだから。



@acadine