秘めたる想慕の雪月花

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
ハ♀視点。

心の声が聞こえているのかと。



幼い頃、冬だっただろうか。

里に小米雪こごめゆきが降り積もり、一面がふわふわの銀世界になった日のこと。

わたしは誰かと一緒に遊びたくて仕方なかったけれど、仕事が忙しい両親とはどうしても遊べなくて。

そんな時、あなたはわたしの家に来てわたしの両親にも許可を取り「一緒に遊ぼう!」と誘ってくれた。

そんな雪遊びの楽しい時間は、あっという間。銀世界を赤々と照らす斜陽は、あまりにも切なかった。

──あと、もう少し……もう少しだけ、一緒にいたかったのに……

そんな思いで密かに落ち込むわたしの近くにやって来たあなたは、にこにこと穏やかに笑っていて。

きっと『今日は帰ろう』とか『また来ようね』とか言われるのだろうと思っていたら。

『ちょっとだけ茶屋に寄ろうか! 一緒におしるこを食べてから帰ろうよ!』

そう言って、わたしの小さな手を繋いでくれた。

雪にまみれて、いっぱい笑って遊んで、わたしの体は湯気立ちそうなほどぽかぽか。
けれど、散々雪に触れていたのだから手だけは冷たかったはず。

それでも迷わず、何の躊躇いもなく幼いわたしと手を繋いでくれたあなたの手は、不思議ととても温かった。
あなたもわたしと一緒に、雪だるまや雪うさぎを作ったりして、たくさん雪に触れていたのに。

本当に、心から幸せを感じた。たくさん遊んでお腹も減っていたし、甘いものも欲しかったし、何よりあなたとまだ一緒にいられるから。

小さな願いが叶ったあの時、とても、とても嬉しかった。

そして月日が経った修行時代にも──そんなことがあった。

あの日は、月明かりがないのにとても明るく感じられた星月夜ほしづきよ

なかなか思ったような結果に繋がらず、自分の無才や無能を思い知りながら、焦ってひたすら訓練をしていた。

修練場で、からくり蛙を相手に夜遅くまで訓練して、立っていられないほど疲れきってしまって。

汗でどろどろのまま、わたしは地面に仰向けに寝転がった。
風が心地良くて、未熟な自分の心音や呼吸がとても耳障りで。

そんな音と風に包まれて、大の字で無数に瞬く星空を眺めていた時。

その星空を背景に、あなたの笑顔が映った。

『お疲れさま。そろそろ、少し休まないかい?』

驚きから、大きな瞬きを繰り返すわたしを覗き込んでくれている、あなたの穏やかな笑顔。

特に柔らかに細められた金色こんじきの双眸が、星明りを背にしていてもとても際立ち眩く見えて、不思議だった。

あなたと一緒に並んで座って、星空を仰いで、隣に座るあなたが差し出してくれたのは先ほど同じ、竹水筒。

ちゃんと水を飲むように促され、あなたに面倒をかけてしまっていることへの新たな自己嫌悪にさいなまれながら、竹水筒を傾けて極上の冷たい水を味わった気がする。

深くため息をついたわたしに、あなたは優しく語りかけてくれた。

『今日は三日月だから、星の光の方が明るく感じるねえ、愛弟子』
『はい……そう、ですね』

どうしてわたしが、夜更けに修練場にいることが分かったのか。

それを尋ねようとしたけれど、それより早く『ねえ、愛弟子』とあなたは言葉を繋げてくれて。

『愛弟子はさ。三日月が満月になるのに、どのくらいかかると思う?』
『えっ?』

あまりにも予想外の質問にびっくりして、わたしは思わず裏声で応答してしまった──が、師の問いにはすぐに考えなくてはと、弟子のさがで思考が巡る。

あなたの横顔は、三日月を捉えて優しいまま。
何となく、とても安心して、わたしは夜空を仰いだ。

『んー……どのくらいでしょう。1週間、とか?』
『ふふふっ……。実はね、そんなに早くないんだ。三日月から数えれば、12日、かな』
『えっ、10日以上? そんなに?』

驚いて、思わずあなたの横顔を見やってしまった。

わたしの視線を感じたのか、あなたは横顔のまま金色の瞳だけをきょろりと動かし、優しく撫でるようにわたしを一瞥して──また夜空を仰いで。

『あんなに細いけれど……三日月も書いて名の通り、新月からあの形になるまで、3日もかかるんだよ』
……

無言のまま、わたしは夜空を彩る三日月を仰ぐ。
いつしか、自己嫌悪よりも優先して、あなたがこんな話をしてくれた意味を考えていた。

あなたは、きっと、とっくに気付いていたのだと思う。

わたしの心の奥、根深く広がる焦燥感に。

わたしが沈黙していると、あなたも同じ月を仰ぎ、またゆっくりと優しい声を聞かせてくれた。

『愛弟子、大丈夫だよ。思った通りにいかないことも、時間をかけることも、決して怖いことじゃないから』
『! え……?』
『それぞれが、それぞれらしく最大限に輝くためには必ず、それぞれ時間が必要だし、必ずどこかで暗闇に差し掛かる。時にはその暗闇の中で転んでしまったりして、思った通りにはいかないものなんだ』

いつの間にか、わたしはまた、柔らかな低声を聞かせてくれる大好きな師匠の横顔に魅入っていた。

あなたは夜空を見上げたまま微かに、記憶を辿るように目を伏し、どこか自嘲気味に、緩やかに口角を上げる。

『全てを差し置いて、いて生まれた輝きは、とても不安定で──軸の細い、か弱いものだからね』

そう呟いたあなたの、満月のような金色の瞳は、星に寄り添うように浮かんで控えめに輝く細い三日月を見つめ続けていた。

『正直、昔の俺は……今のキミのレベルになるまで、倍以上の時間がかかったよ』
『ええっ……!? じ、冗談、でしょう?』
『ははは、本当だよ。当時はすごく焦ったんだ。早く強くなりたいのに、ずっとこのままでいたくないのに、どうしよう……って、怖くてたまらなくて、色々なことをやったよ。こんな風に、夜遅くまでの特訓もよくやったものさ』

懐かしむように笑いながら、驚くわたしを横目で一瞥したあなたの視線は、また夜空へ。

星灯りの夜空に、小さな満月が2つ浮かぼうとしているようだった。

『本当に焦ったし、怖かった……無茶をして怪我をしたり、体調を崩したりもした。とても愚かなことをしたけど、それは俺にとって必要な時間だった……今ならはっきりそう言える。今の俺になるために……里の、キミの教官になるために、必要なことであり、時間を要することだったんだ、ってね』
『必要な、こと……必要な時間……ですか』
『うん。だから慌てることはないし、怖がらなくて大丈夫。その時が来れば、キミはしっかりと輝く。キミの才という月は、確実に満ちようとしているから、安心してほしい」

あなたの言葉に、わたしは驚いていた。わたし自身も気付いてなかったことを、あなたは的確に教えてくれた。

わたしは──怖かったのかと。

そう気付いた時、自分の中で全てが腑に落ちた気がした。

ずっとこのままだったらどうしようと、わたしはとにかく焦っていた。

早く強くなりたい、強くならねばならない、なのにどうして思い通りにいかないのかと。

わたしは、どんなに小さくてもいいから『自分は確実に強くなっているのだ』という、自分自身で納得できる成長の実感のようなものが欲しかった。

同時に、こんなに時間をかけてしまっていることも、焦っていることも否定せず、共感してほしかった気持ちもあったのでしょう。

複雑に混じり合った心を引きずり、こうして必死に、夜更けまで努力する日々。

けれど、成長の実感なんてものは何も得られていない。
こんなわたしじゃ、共感なんてしてもらえない。

やればやるほど空回って、こんなことじゃ駄目だと、不安になる一方で。

……ウ、ツシ、教官』

火傷してしまうかもと思えるほど、目頭が熱くなった刹那、世界が滲んでしまった。

あなたの顔もじわりとぼやけて、けれど、とても優しい顔をしてくれていることは手に取るように分かる。

『今の、一緒にこうしている時間も、必要な時間なんだよ。俺にとっても、キミにとってもね』
……そう、なんでしょうか?』
『もちろん! この後、ちゃんと休む時間だって、ね?』

先に軽やかに立ち上がったあなたは、わたしに手を差し伸べてくれた。

『一緒に帰ろう? 愛弟子。今日も本当に頑張ったね。一生懸命頑張った分はちゃんと、一生懸命休もうね?』

あなたの言葉は、とても不思議だ。

何よりも温かくて、深く沁み渡るように優しくて、わたしを支配していた焦燥感という、冷たく屈強なものを溶かしてくれた。

炎のように熱いわたしの双眸から、細く涙が伝う。

きっとみっともない顔をしていたはずなのに、あなたは何も言わずに微笑んだまま、優しく手を差し出し続けてくれていて。

あなたの手を掴んだ時、わたしは自分の中に隠していたはずの想いが溢れそうになった。

咄嗟に息を呑み込んだのは今でもよく覚えている。

喉を滑った空気の塊が大きくて、ほんの少しだけ胸が痛んだことも──昨日のことのように。

@acadine