kanaco
2026-05-16 21:25:49
26254文字
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【十二信】片想いラヴァーズ

《十二信》未成立十二信。「好きなヤツがいる」と聞いて失恋したと思い込む信と、盛大に勘違いしている十二と、巻き込まれた王九。両片想いの信一と十二が通じ合うまでのおはなし。


「俺、信一が好きな人って龍兄貴だと思ってた」

 九龍城砦。龍捲風と信一の住居にある、リビングルーム。
 
 突然やってきたと思えば、食卓のためのテーブルに何の遠慮もなく突っ伏した若者が、覇気のない声で言った。

 龍捲風の食卓テーブルでは、龍捲風と信一、そして十二の席が決まっている。それは十二が架勢堂に入る前のこと。短期間ではあるが、十二が居候していた頃の名残だ。十二は今だって『ここは自分の席』と疑わない場所に、脱力したように座っている。

 龍捲風は「ンン?」といつもより気の抜けた返事をして、広げた新聞紙の端から顔を覗かせた。十二が横を向いて、龍捲風を恨みがましい目で見つめてくる。机にくっつけている頬がペタリと潰れているのが子供っぽくて、龍捲風が小さく笑うと、十二がムッとしたような顔をした。

「笑い事じゃないよ、龍兄貴」
「恋愛の話か。相談相手を間違えているぞ」

 十二はますます子供っぽく顔をむくれさせた。龍捲風が「信一はどこへ行った?」と聞くと「ちょっと疲れたって言って、自分の部屋に戻った。少ししたら九龍城砦のパトロールに行くってさ」と返事がくる。十二はそのまま先ほどの会話を続けた。
 
「だって、兄貴くらいしか言える人いないじゃん」
「信一ももう21だ。好きな相手がいてもおかしくないだろう」
「おかしくないけど、一大事だ」
「信一が?お前が?」
「俺が。あと、龍兄貴が」
「俺?」
「信一に好きな人、だよ兄貴」

 どうしてそんなに落ちついているんだよ、と言わんばかりに十二は目くじらを立てる。ほんの僅かに目を見開いた龍捲風は「ふむ」と宙を見て思案した後に、十二へ視線を静かに戻した。

「変な虫なら、お断りだが。信一のことは信頼している。芽の内からそう干渉することもあるまい」
「いんや!そんなノンキなこと言っておいて、兄貴は信一が「これ彼氏!」って紹介してきたら、速やかに静かに絶対に始末するね。だったら早いうちから摘むべきだ」
「お前、俺をどういう風に見てるんだ」
「龍兄貴なら、信一を幸せにできる。あいつ、兄貴のことがめちゃくちゃ好きだろ」

 龍捲風は首を傾げた。十二のことは少年時代から知っている。その年齢にしては堅気で思慮深く、俯瞰しながらも物事を進めることを好む。失敗をすることはあれど、己の方針について背くような行動をしない、どちらかといえば真っすぐな性根の持ち主だ。

 ところが恋愛ごとに関しては風変りな態度を取る、と龍捲風は前々から思っていた。

 
 子供の頃から、信一のことが好きだと龍捲風に宣言をしている。
 それなのに、何故か信一は龍捲風とくっつけばいいと思っている。

 
「お前が何を勘違いしていたのか知らんが、信一はそういう意味で俺を好きなわけじゃないだろう」
「そうらしい。だから困ってるんじゃん」
「困る?」
「信一の好きなヤツが誰なのか分からない」
「分かったらどうするんだ」

 十二は一度口を結んだ。
 
 誰か分かれば。
 
 信一が泣いていた理由も分かるかもしれない。
 酷い顔をしていたその訳が。

 どうにかしてやることが、できるかもしれないのだ。好きな子にあんな顔をされてしまっては、平常心ではいられない。心をかき乱されてしまう。
 
「信一のことを大切にしてくれる人なら、後押しする」

 ぐずぐずとしていた十二の目が、急に真っ直ぐな眼差しに変わった。どこか思いつめたような表情をしているのは、本心だからだろう。その考え方は昔からブレていないらしい。
 
「お前は、まだ信一のことが好きなんだよな?」
「そうだよ」
「変なヤツだ」
……俺のことを好きになってくれるなら、そりゃ飛び上がるほど嬉しい。そうなれば良いって思ってるし、手を抜いているつもりもない。でも信一に生まれている感情を否定したくはない。だから龍兄貴が相手だったら、尊重しようって思ってたのに」
「俺がお前のお眼鏡に適っているらしいのはありがたいが、お前が信一の相手を決めるのか」

 横暴なことだな、と龍捲風が言った。非難めいた言葉であったが、その言い方はどこか面白がっている風があった。

「お前が気に入らないヤツだったら、どうするんだ」

「そんなの決まってる」

 十二は即答した。
 
 
 「潰す」

 
 端的かつ、明朗な回答であった。

 表情の冷たさは、十二の多面性を知らない人間が見ればギョッとして怯えるだろう。十二の瞳孔がグッと大きく見開くのを見ながら、龍捲風はフンと鼻を鳴らした。10代の最後。少年と青年の過渡期でウロウロとする十二は、黒社会らしい物騒さを隠さずに見せる程度には染まっているらしい。しかし十二はすぐに獰猛な顔を引っ込めると、口を尖らせて子供っぽい表情で膨れた。
 
「ずっと龍兄貴のことが好きだと思ってたんだ。そしたら違うって。もぉ!兄貴、ちゃんと信一の気持ちを掴んでおいてよ」
「おいおい、俺が信一にフラれたみたいに言うんじゃない」

 呆れたように言えば、十二はまだ納得いかないような顔をして訊ねた。
 
「兄貴、やっぱ落ちつき過ぎなんだよな。どう考えても、彼氏なんて許せんってタイプなのに。……もしかして信一の好きなヤツ知ってるの?誰?」
「信一がお前に言わないのに、俺が言うわけはないだろう」
「うっ、それはそう」

 確かにフェアじゃない、と十二は言うと眉間にしわを寄せて目を閉じた。ウンウンと唸っているのを見るに、心当たりを探しているらしい。龍捲風は新聞紙に視線を戻したが、いつまでも十二の頭がテーブルに転がっているので、一区切りがついたところで席を立った。

 それから温かいお茶の入った急須と小さめな湯呑を持って戻ると「まぁ、茶でも飲め」と、十二の目の前に置いた。十二がノロノロしながらも素直に体勢を起こしたのを見て、十二専用である黄色い縁取りの湯呑を前に押した。

「まぁ、なんだ」

 助け舟を出すように、一言だけ添えた。
 
「外にいるとは限らんぞ。灯台下暗し、とはよく言ったものだろう」

 龍兄貴の言葉に十二はポカンとして、口を丸く大きく開けた。

 それから熱いお茶をゆっくりと喉に流し込んで、コトンとテーブルに置いた。

 また、真剣に考え始める。

 外にいるとは限らない。
 じゃぁ、信一の内にいるということ。
 身内?
 信一の身内と言えば、もちろん龍兄貴だ。

 ところが、龍兄貴は信一の恋相手ではないと言う。信一と龍兄貴が口を揃えて言うのだから、そこに嘘偽りはない。
 
 龍兄貴以外の、信一の身内?城砦の中の誰かだろうか。

 確かに広く見れば内かもしれないが、身内かと言われるとさすがにしっくりこない。

 無理難題にぶち当たったかのような渋い顔をした十二は、突然目を大きく見開いた。心臓がバクバクと鳴り始める。
 
 え?

 まさか……うちの大佬???

 信一と龍兄貴は義理の親子とはいえ、血よりも濃い絆で結ばれた父と息子である。そして十二の最も敬愛するボスの虎兄貴は、龍捲風の義兄弟だ。信一は幼い頃には龍兄貴に引き取られたので、虎兄貴との親交も古く、実質の伯父と甥っ子のような関係といっても過言ではない。

 十二は衝撃の事実に、サァーッと血の気をひいた。

 虎兄貴は誰もが認めるイイ男であるし、広い視野にて俯瞰かつ合理的に物事を判断するに長け、黒社会にて確固たる地位を築きながらも、商才でも幅を利かせている。色町を取り仕切る王として憧れの的であるし、男性的な魅力も申し分ない。その人格を最も近くで感じ取っているのは、大佬の側近である十二自身だ。

 十二の落としどころは、こうだった。
 
 気に入らない相手ならば、潰す。
 認めざるを得ないほどの相手であれば、応援する。
 
 でも。

 ずっと恋煩いをしている幼馴染みの想い人が、自分の組のボスだなんて。

 そんなの。

(ふ、複雑すぎる)

 信一の恋を応援してやりたい。
 幸せだと笑うならば、自分の気持ちを押し殺したって良い覚悟だった。
 それくらい、惚れ込んでいる。
 
 でも。
 片思い相手と自分のボスが恋人同士だなんて、耐えられるだろうか。
 
 ずっと唸っていた十二が、突然石になったようにピシリと固まったのを龍捲風は訝しげに見た。十二はそれにも気がつかずに、顔面蒼白の顔のままフリーズをする。変な空気に染まったリビングで、カチカチという時計の音だけが響く。

 やがて十二は、ギギギ……と油を挿していないブリキのようなぎこちなさで龍捲風を見た。そして消え入りそうな声で「俺、帰る……」と言った。
 
 部屋に入ってきた時よりも、もっと落ち込んだように肩を落とす若者を見送った龍捲風は、誰もいなくなった部屋で一人首を傾げた。
 
「本当に、不思議なやつだ」
 
 ポツンと独り言が響く。
 
 しかしその日の夜、龍捲風は義兄弟から電話を受けて合点がいったのだ。虎からの電話の内容は、こうであった。
 
「城砦から帰ってきてから、ウチの坊ちゃんが俺を見て溜息ばかりつくんだが……
 
 しかも、どうも食欲もない。
 腹が痛いわけでも、熱があるわけでもなさそうだ。
 
「龍兄貴、何か知らないか」
 
 龍兄貴はしばらく考えた後、ふむ、と納得した顔をした。

 それから。

 「あいつ、面白いな」と言って、虎をますます困惑させたのだった。