kanaco
2026-05-16 21:25:49
26254文字
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【十二信】片想いラヴァーズ

《十二信》未成立十二信。「好きなヤツがいる」と聞いて失恋したと思い込む信と、盛大に勘違いしている十二と、巻き込まれた王九。両片想いの信一と十二が通じ合うまでのおはなし。

「十二が縁談!?」
 
 九龍城砦で悲鳴に似た大声があがったのは、何の変哲もない、穏やかな昼下がりであった。

 大声の主である信一の口を、架勢堂の組員である青年・俊昊は慌てて塞いだ。虎兄貴の使いで龍兄貴へ届け物に来ただけであったのに、寄り道と世間話をしていたら、うっかり自分の上司の個人情報を漏らしてしまった。それだけでもヒヤリとしているのに、信一に騒がれては被害が広がる可能性がある。話が巡って自分がバラしてしまったと知れれば、若頭の怒りに触れるのは必須だった。

「ちょっと!大声出さないでくださいよ信一さん」
「ふぉめん」

 信一がフガフガと口を動かして謝罪をした。俊昊はハァーと息を吐いて手を退ける。十二が抱える部下の中で一番若い故に、少しだけ甘やかされているとはいえ、さすが不味い気がする。俊昊がそう焦ったのを感じたらしく、信一も同じように息を吐いて、ヒソヒソ声で仕切り直した。

「十二が縁談?」
「そうです。昨日したんですよ」
……だってアイツ、まだ19だぞ。20歳にもなってない」
「でも機会ゼロってこともないでしょ。なんてったって、若頭ですから」
「そうかもだけど、なんだってまた急に……
「架勢堂の取引先のお嬢さんが若頭に一目惚れしたらしくって。大佬も若頭も思いにもよらなかったみたいなんですけど、如何せん、太客なもんで無下にもできないってことで、あれよあれよと縁談の準備が進んだみたいで」
「縁談……
「写真を見せてもらったんですけど、可愛いお嬢さんでしたよ。おっとりしていそうな、優しそうな雰囲気でした。でも一目ぼれしたっていってすぐに行動するんだから、けっこう押しが強いのかな」
「可愛い……
「若頭も角に置けないですよね~。でも若頭カッコいいからなぁ。並んだらお似合いだったし」
「お似合い……
「楽しみっすよねぇ……って、ちょっと、信一さん俺の話を聞いてます?」

 自慢の上司の未来について楽しく想像をしていたのに、信一がぼんやりとした顔でボソボソとただ復唱するので、俊昊は非難めいた声を出した。「あなたが聞いてきたんでしょ!」と言うと、信一はらしからぬ浮かない顔をして「ああ、うん、悪い」と歯切れ悪く返事をした。俊昊は首を捻った。なんだか、様子がおかしい気がする。そう言わんばかりの視線に、信一がたじろいだ。俊昊はますます怪しんだ。

「若頭から聞いてないんですか?」
……聞いてない」

 俊昊はへぇ、と返事をした。架勢堂の若頭・十二と九龍城砦の藍信一は幼馴染と聞いているし、組は違えど今でも親友のような間柄だ。下っ端である俊昊にさえ、常識のようなものだった。そのうえ十二は九龍城砦の出身であるから、架勢堂の仕事に関することを除けば、プライベートを城砦の住民に無理には隠さない。それ故に、信一が十二のお見合いについて全く知らないのを意外に思ったのだ。
 
「信一さんたちって恋バナとかしないの?」
「男同士でか?あんまりしねぇな」
「うーん、確かに若頭はそういう話に興味がなさそうか」

 俊昊が納得していると、信一が落ち着きなく煙草を取り出した。ところがライターの火がなかなか点かず、イラついたように何度もカチカチと鳴らす。やっと火がつけば、長く吸いこみ、やけにゆったりと煙を吐いた。

「信一さん……なんか顔色悪くない?」
「あー、朝から腹の調子が悪くてさ」
「ええ?具合悪くて煙草吸うとか、何なのさ」

 若頭に怒られますよ?と咎めると、信一がクスンと鼻を鳴らして情けない顔をした。

 それからこの話はもうお終い、とでも言わんばかりに「龍兄貴なら理髪店にいるから行ってこい。俺も用事があるから、またな」と告げた。俊昊が素直に頷いて、廊下の奥から階段へと消えた。それを見守っていた信一は彼の姿が見えなくなると、また意識してゆっくりと煙を吐き出した。

 
 やれやれ、衝撃が強すぎる。

 
 動揺を見せないつもりだったのに、できていない自覚はありだった。信一は吸い始めたばかりの煙草をもう揉み消してしまうと、俊昊と反対の方向へ歩き始めた。

 十二が縁談……、お見合い、可愛い女の子、一目ぼれ。

 お似合い。

 考えれば考える程、モヤモヤとした気持ちに苛まれた。理由は分かっている。大雑把に言えば、問題は大きく2点だ。

 十二が、縁談について何も教えてくれなかった。

 言われてみれば、十二が恋愛に関する何かを信一に話したことはなかった。廟街を牛耳る架勢堂の若頭であるから、女との接点は自分よりも多いと信一は思っている。信一にとって城砦の女たちは親戚の距離感に近い。恋愛対象には遠いのだ。一方で十二のテリトリーは外に開けている。だが、浮いた話を本人や周りからも聞いたことがなく、例えば好みのタイプを聞いたとて、食いつきが悪い。だから女や恋愛に興味がないのかと思っていた。

(俺に黙ってただけ、だったのか)

 本当はそれなりの恋愛経験を持っているのかもしれない。もちろん、信一に話す義務などない。それでもどうにも釈然としなかった。何も知らなかったことが、酷くショックだったのだ。
 
 もう一つの問題も、信一にとって大事であった。

 それは。
 
 
 十二のことが好きだったのだ。

 
 もうずっと前からだった。

 信一はパタリと足取りを止めた。意識をしなくても、床を見つめてしまう。うつむいた顔を上げるのが億劫に感じて、しばし靴と睨めっこをしていると、ドンっと後ろから何者かに叩かれた。頭を上げないまま、押された勢いそのままに前へと体がグラリ傾く。

「どうした?そんなとこに突っ立ってると、ジャマだぞ」

 確認するために振り向く必要もないほど、聞き慣れた声。信一が頭を重そうに動かして振り返れば案の定だ。話題の十二少が不思議そうな顔をして信一を見つめていた。

「おいおい、ヒデー顔」

 十二は信一の顔を見ると一瞬呆けて、素直な感想を述べた。信一は十二の顔を見て、余計に虚無感に包まれた。いつも通りのノンキな表情が腹立たしくさえある。信一が不機嫌であるのをどう考えたのか、十二が腕をのばして首の左側を触った。

「熱はねーな」
……ないよ、体は何もない」
「その割には、立っているのも辛そうに見えるけどな」

 腹でも痛い?部屋で休んだ方がいいんじゃないの?と、十二が気を回した。信一は眉間に皺を寄せると「別にいい」と答えた。少しばかりつっけんどんな声に、十二が納得のいかない顔をした。納得いかないのはこっちの方だ、という気持ちがムクムクと湧いてきて、信一は自分が思っているよりも棘のある声を出した。

「十二、俺になんか言うことあるんじゃねぇの?」
「あ?お前に言うこと?」

 十二がキョトンとする。何か怒らせるようなことをしたっけか……と、腕を組み律儀に目まで閉じて、首を傾げながら考えるポーズをする。それから「あ!」と閃くと、少しだけ罰が悪そうな顔をした。

「一昨日、お前んちの冷蔵庫からお前の名前が書いてあるアイス食ったわ」
「どぉーでもいぃ……

 恨めしそうな目と、恨めしそうな声。十二がギョッとしたのを見て、畳みかけるように信一は口を開いた。

「縁談、お見合い、可愛い女……

 まるで地を這うような低い声。十二が信一に話す義務などないことは理解している。しかし「なんだよぉ、水臭いじゃん」と、軽いテンションで問い詰めることができないほどの不満がある。

 信一は話題を出せば、十二がこの深刻な雰囲気を払拭するように、昨日のことを話すだろうと思っていた。理由は分からなくても信一が不機嫌であることを感じ取って、ご機嫌取りをするかもしれない。十二は相手の怒りをヘタに刺激しないよう、上手に振舞うのが苦手ではない。ことさら、信一のことに関しては。

 ところが信一の予想に反して、十二の反応は静かだった。
 
……何で知ってんの」

 十二がボソッと呟いた。小さい声であったのに、低い音の響きは信一の耳にしっかりと届く。まるで心臓を刺すような声だった。信一がハッとして十二の顔を見れば、能面のような無表情と向き合う。怒っているのか、不快なのか、疑問に思っているだけなのか。その顔から感情が読み取れない。

 信一は心の中で(うっ)と怯んだ。十二は表情管理が豊かだ。そして本音と建て前を分けて上手く演じる。しかし、信一は十二の感情を読み取るのは得意だと自負していた。瞳を見れば、分かる。表情筋は動かせても、目の奥の動きや輝きは雄弁だ。それなのに、信一は今まで向けられたことのないような無感情を浴びせられ、困惑をした。何を考えているのか分からない表情は、不気味さがある。

 ……なんだよ。
 文句があるのは、こっちなのに。

 そう思いつつも妙な空気に耐えられず、信一は自分で空気を払拭するように喋りだした。これではスムーズに会話が進まない、と判断し無理やり明るい声を出す。

「ちょこっと耳に挟んだだけ。なんだよ、世間話の範疇だろ。そんな顔をすることか?」
……誰に聞いた?」
「誰だっていいだろ、別に。それで、どうだったんだよ?」
「どうって」
「だって、会ってきたんだろ?ご令嬢とやらとさ」

 一目惚れされるなんて坊ちゃんも角に置けないねぇ、とわざとらしく揶揄すれば、十二の目は僅かにチラチラと動いた後、スッと元に戻った。フゥと息をつくと共に、十二の顔があからさまに退屈そうな表情に変わる。その話はウンザリだ、とでも言いたげにして、肩を竦めた。

「どうもこうもねぇよ、会って来ただけ」
「見合いまでしてきて?感触は?」
「感触とか関係あるか。女を作る気なんてサラサラないってのに」
……お前、その太々しい態度で出向いたんじゃないよな?」
「まさか!虎兄貴の面を汚すようなマネはしねぇっての。丁重に断ってきたわ」
「え、もう断ったの?」

 信一は抱えていたイラつきがスッと消えたような気がした。断った、と聞いただけで胸が軽くなったのだ。先ほどまで作り物だった調子の良い口調が、自然なものに切り替わる。信一はニヤっと何かを含んだような顔をして、意地悪そうに言った。

「なんだよ、もったいねーの!」
…………
「お金持ちのお嬢さんだったんだろ?しかも得意先のさぁ」

 
 すごいチャンスだったんじゃねぇの?
 
 
 興味津々の顔をして聞くと同時に、信一の頭にふと、どうして十二は断ったんだろう、という疑問がよぎった。女に興味なし?恋愛に興味がない?言わないだけなのか。それに今だけの話なのだろうか。それとも……

「別に」
 
 ほんの少しの間、思考力が宙へ羽ばたいていった信一の耳に、またボソリとした呟きが届いた。うまく聞き取れなかった信一が「ん?」と意識を戻して十二を見る。不思議そうな表情をした信一の瞳を、十二の濁り無い瞳が真っすぐに見つめていた。やけに大人びた視線へ吸いこまれそうになる。信一はまた思考をピタリと止めた。
 
 十二は信一の様子に構わず、更にボソリと言った。
 
 
「だって俺、好きなやついるから」
 
 
 「だから必要ない」という言葉は、信一の耳にやけに大きく響いた。

 ところが言葉の内容を理解するには、少々時間がかかった。難しい言葉ではない。なのに咀嚼が難しい。いっそ知りたくなかった、しかし聞き逃してはいけない重要なこと。

 
 好きなやつがいる。

 
 シンプルなその言葉の意味を理解してしまえば、次にやってきたのは頭をガツンと殴られたような衝撃だった。それは縁談などと言う、その後の行方が不確定なものとは違う。十二が今抱えている、シンプルで強い感情だ。

 信一は呆けた表情をして、目をパチパチと瞬いた。
 
 (あれ?)

 視界がぼんやりと歪む。瞬きに合わせて、ボタボタ頬に何か落ちてきた。信一は自分が泣いていることに気がつかなかった。思考がそこまで回らない。よく分からないままにボーっとしていれば、反対にとても慌てたような声が目の前から飛んでくる。

「え!?なに!どうした」

 十二は目を大きく見開きながら驚愕すると、突然泣き始めた信一の腕を引っ張った。信一のような有名人が廊下で泣くのは、目立って仕方がない。十二は焦ったようにすぐ近くの空き部屋へ信一を押し込むと、零れる雫をパタパタと床に落とす顔を上げさせて、その頬を袖でグイグイと拭った。

「マジでどうしたんだよ?お前今日おかしいぞ」

 肌を擦り過ぎては赤くなってしまう。しかし信一の涙腺は壊れたように止まらない。十二がらしくもなく動揺して、ひたすらにオロオロしている。信一はそれが自分のせいだと思いつつも、まるで他人事のように見つめるしかなかった。

 (どうした、と言われても……

 だって、今。
 十二が誰かに片想いをしている、というのを知ったわけで。
 十二が信一にそれを打ち明けたということは、対象は信一ではないわけで。
 つまり信一の恋は叶わない、ということで。

(そんなの)

 信一はとても気落ちして、初めての気持ちを噛み締めた。それは今まで、好きな人の好意と嫌いな人の敵意しか受け取ってこなかった信一にとって、感情の方向が一致しないという切なさだった。

……いや、ごめん。情緒不安定で笑えるな」
「いや、笑えるか。なんだよその死にそうな顔」
「死にそう?……そうか」

 信一は緩慢な仕草で頷いた。

……実は俺も好きなやつがいてさ。共感したってか、気持ちが引きずられたかも」

 信一はたまらなくなって、自分が抱えているものを少しだけ吐き出した。そして十二の顔を見ながら伝えたものの、涙のせいで世界が歪み、十二の顔が強張ったことには気がつかなかった。緊張したような面持ちをした十二は、信一の両肩を慰めるように擦りながら言った。

「泣くなよ。お前の片想いは、俺とは状況が違うだろ」
……?どういう意味だ?」
「龍兄貴はさ、お前のことをすごく大切にしてるだろ。信一の感情を無下になんてしないし、きっとうまく納まるって」
 
 思いがけない言葉に、信一は訝し気な顔をした。涙さえパタっと止まる。
 
「龍兄貴?なんで兄貴の名前が出てくるわけ?」
「え、だってお前が好きな人って龍兄貴のことだろ」
……?俺そんなこと言った?」
「いや、聞いたことはねぇけど……だって、そうなんだろ?」

 「信一を見てれば、分かるし……」と十二は歯切れが悪そうに、らしくもなくモゴモゴとし始めた。ずっとそう勘違いしていたらしい十二を見て、信一は泣き腫らした目のまま呆れたように口を開いた。
 
……龍兄貴のことはそりゃ大好きだけど、そういう意味とは違う」
「え……
「恋愛感情とは違って。それはまた、別のモン」

 十二は唖然として、慎重に繰り返した。

 「…………龍兄貴じゃ、ない?」

 青天の霹靂、とでも言わんばかりだった。先ほどの信一と同じようにしばし茫然として、意味を咀嚼しようと試みている。信一にはそれが分かったが、十二がどうしてそんなに衝撃を受けているのかは分からなかった。だから数秒後、十二の雰囲気がガラリと変わったことにも脳がついていけなかったのだ。
 
 じゃぁ、と続いた十二の声はやけに静かで、信一は自分でも気がつかずに喉を鳴らした。場の空気が今、一番張り詰めていた。十二の強い眼差しが信一を真っすぐに捉えて、視線を逸らすことを許さない。

「お前の好きなヤツって、誰?」

 怖い表情だった。しかし、切羽詰まった表情だった。
 
(俺の片想いは、もう終わった)
 
 信一は思い出したように、再び涙をパタパタとこぼした。
 十二の固い表情がさらに重々しさを増した。
 
「お前を泣かしているのは、誰」
 
 十二の声が、地を這うように低くなる。信一はうっ……と言葉に詰まった。振られた直後に告白しろっていうのか。そんな勇気や意気地はない。それにもし言ってしまえば、今の関係すら壊れてしまうかもしれない。
 
 
 「言えよ、信一」

 
 十二の語尾が強くなる。
 明確な怒りと、僅かな焦りが見える。

 優しいヤツ、心配してくれてるんだろう。

 信一はそう受け取って、ほんの少しだけ心が和らいだ気がした。
 
 でも、信一は。
 
 
 お前だよ。

 
 なんて、やっぱり言えなかったのだ。