痛っ、とブレイブアサギ号のミーティングルームに声が響く。ロイとドット、ウルトが振り向いた。視線を一身に受け、更に目の前の状況に、さしものアメジオも動揺する。ちょうど自分の着るベストのボタンの高さにあった、椅子に座ったリコの髪が引っかかってしまっていたのだから。
悪いことに、絡まったのは結われたお団子の部分だった。リコが慌てて外そうとするも、状況は一向に動かず、周りにも焦りが伝播する。
「ど、どうしよ、ごめんねアメジオ」
「いや、謝るのはこちらだろう」
アメジオは動かずにいるしかなかった。非常事態とは言え異性の髪に触れるのは気が引ける上、勝手が分かる訳もない。
目を落とせば、ボタンに絡んだ髪を解こうとする指の細さ、爪の小ささに驚く。頬や耳、首の輪郭線の円やかさをどうしてか見ていられず目を逸らす。家族でも恋人でもない相手のパーソナルスペースに食い込んでいるのが忍びなく、息をするのも躊躇われた。
「お団子解いたらどうかな」と、ロイ。
「今それをやってるんだろ」ドットが言い返す。
「ハサミ持ってくるか?」ウルトが提案する。
「お願い! 切っちゃうのが一番早いし」リコが頷き、また痛そうに顔をしかめた。
「髪を切るのは論外だろう」アメジオが諌める。
そこへ。
ニャア、とじれったそうにマスカーニャが声を上げ、リコとアメジオに近づく。鋭い爪の一閃。
次の瞬間には、リコの髪はアメジオから離れていた。
「わ……すごい! マスカーニャ、ありがとう!」
「助かった。礼を言う」
リコもアメジオも緊張が解け、周りもほっと胸を撫で下ろす。流石マスカーニャ! とロイが感心していた。ウルトは腕を組み、俺様が動くまでも無かったな、と満足げだ。
どこか得意そうなマスカーニャの手には、アメジオのベストのボタンがあった。
気づいたリコは目を丸くし、アメジオのベストを見、ボタンがひとつ無くなっているのを確かめ、たっぷり数秒固まって、叫んだ。
「そっちを切っちゃったの〜!?」
マスカーニャはどこ吹く風で、手の中でボタンを転がしている。ちょうはつするような目線を受けたアメジオは苦笑した。事態を逸早く収めたことを鼻にかけているのか、こちらを不甲斐ないと嘲笑っているのか。
高そうなスーツのボタンを……というドットの呟きに、リコは顔を青くする。ベストの生地は無事のようだが、ふたつのボタンの片方が無いのはどうにも目立つ。こんなすがたのアメジオをそのまま帰してしまったら、皆さんに何て言われるんだろう。そう思うと、ひとりでに身体が動いた。
リコはマスカーニャから菱形のボタンを受け取るとアメジオに向き直り、頭を下げた。ほつれたお団子が揺れる。
「ごめんアメジオ! ボタン、すぐ直すから!」
「いや、そこまでさせるわけにはいかない。このままで良い」
アメジオにしてみれば、リコの髪が無事で済んだのなら、ボタンを留めた糸を切られたぐらいなんでもなかったのだが。
「そんなわけにいかないよ! ベスト脱いで!」
強い視線で見上げられ、一瞬ひるんだ隙に、ジャケットにリコの手がかかる。勢いに流されるようにあれよあれよとアメジオはシャツ姿にさせられ、リコはベストを奪い取ってミーティングルームを出ていった。
「ま、待て」
真に持ち去られたのは心の余裕だろうか。ジャケットを手に、アメジオは後を追いかけて行った。
ロイとドットは顔を見合わせる。
「あのびしっとしたスーツを脱がせるなんて……」
「リコ、強……」
「あいつがリコに弱いんじゃねえか?」
「そうかな。アメジオも慌てたりするんだね!」
「ちょっと親しみ湧いたな」
「それより腹減った。おやつねえのかなー」
ウルトの声にポケモンたちも皆反応する。ロイもドットも無性に甘いものが欲しかったので、揃ってダイニングキッチンへ向かうことにした。
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