花は真摯で饒舌で

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
前半ハ視点、最後のみウ視点。

花の色と花の数。



「ウツシ教官……!?」

名を呟けば、ますます胸は甘い鼓動の激しさを増し、同時に、きゅっと締めつけられるような切なさも覚えた。
妙に気が急いて、わたしは片手の脇に花瓶を抱えると「はい!」と慌てて引戸を開く。

黄昏時の里の空はすっかり日も落ち、深紫色こきむらさきいろをした宵闇に染められていた。
その中でも、目の前に立つあなたの笑顔が、優しく細められた金色の双眸が何よりまばゆく見えるのは、幻覚なのでしょうか。

「やあ愛弟子! 今日もお疲れさま! 急に来ちゃってごめんね、今大丈夫かい?」
「は、はいっ! はい、もちろんっ!」
「良かった、ありがとう! って、おや? それは……

必然のように、あなたの視線がわたしの片脇に抱えた花瓶を捉える。
指先が震えていることが、ばれませんように。
 
「それ、花瓶? 何かお花を飾るのかな?」
「えっ、あ……!」

しまったと思ったけれど、特別隠すことでもない気して、ああ、でも──と迷いの思考がぐるぐる巡り、自分はどんな顔をしてしまったかと心配になる。

花瓶からわたしの方にまた視線を戻してくれたあなたの笑顔は、何かを察したようにも見えた。

あなたはすぐに「ちょうど良かった」と、ふんわりと柔らかな花笑みを浮かべてくれて、わたしは頬に熱が集まるのを感じながらそれを見つめ続けるだけ。

ちょうど良かった、の言葉の意味が、まだわたしの脳には届いていない。

「愛弟子。ふふっ、良かったらこれも、一緒に飾ってもらえるかな?」
「え……? あっ……!」

驚きのあまり、思わず妙に高い声が溢れ出てしまったのは恥ずかしい、けれどそれ以上に驚いた。

目の前のあなたが、わたしの前に差し出してくれた、1輪の花。

茎にはあなたの瞳の色と同じ、金色の組紐が可愛らしく蝶結びにされた、鮮やかな赤色のガーベラ──先ほどわたしがもらったものと、同じ花。

「ウツシ教官、これ……! この、お花、わ、わたし、に?」
「うん! カゲロウさんのところで、特別品としてお花が売られていてね! 1輪だし、良かったら飾ろうとしてたお花と一緒に飾ってもらえたら嬉しいな!」
「一緒に……

思わず、ぽつりと復唱してしまう。大好きな人がくれる花は、1輪でこんなにもわたしの心を満たしてくれる。

最初にもらった同じ色をしたガーベラの花束もとても綺麗で、確かに心は癒された──のに、いつの間にかわたしは強く片手を握りこんでいた。
同じ花を同じ花瓶に飾ることを躊躇する、身勝手な我儘が胸の内に立ち込める。

わたしの表情の変化をすぐに見つけてしまったウツシ教官の眉が、たちまち八の字に下がってしまう。

「あっ、あれ? ご、ごめん、迷惑だった……かな?」
「ッ!? そ、そんなことあり得ません!」

必死に否定して、わたしはそのまま「ごめんなさい!」と一礼する。どんな顔をしてしまったのか、考えたくもなかった。

この顔の理由を説明することは、膨らみ続ける大好きなあなたへの想いを説明するのと同じなのが、とてももどかしい。

「ご、ごめ、なさ……! ち、ちょっと、嬉しすぎちゃって……!」
「えっ? ふふふっ、そうだったの? そう言ってもらえるのは……俺も、すっごく嬉しいな」

蜂蜜のようにとろりと蕩けた瞳のあなたが笑ってくれて、わたしの胸は高鳴りながらも、ほっと安らいでいく。

両手であなたから花を受け取ることができて、声無き吐息が溢れるほど、ただただ嬉しかった。
あなたの手の温もりが花の茎に伝わっているのも、とても嬉しかった。

「ありがとう、ございます、ウツシ教官……! 大切に飾りますねっ!」

早く花瓶にと思う反面、あなたのくれたお花は別に飾っておきたいと思う気持ちも高まって、けれど──今は、ルームサービスさんにと思い、一旦流し台の方へ踵を返した。

ルームサービスさんは流し台の前で、にこにこしながらウツシ教官に一礼し、わたしの方を見つめていた。

「そちらのお花も、大切に飾らせて頂きますニャ! 花瓶はそちらですニャね!」
「うん! よろしくね。む、結んであるこの組紐は、外さないでくれる?」
「了解ですニャ! お任せ下さいニャ!」

わたしが脇に抱えていた小ぶりの花瓶と、大好きな人がくれた1輪の花。

それをしっかり受け取ってくれたルームサービスさんは、先ほど渡した花束と一緒に手際良くまとめ、わたしはその光景を見て少しだけ胸が痛んだ。

(ああ──花が、一緒になっちゃった……)

ルームサービスさんの手で束ねられた組紐付きのガーベラと、そうではないガーベラ。

そして、これから花で彩られる花瓶に水が満たされていく様を見つめながら、ぼんやりそんなことを思い、わたしは再びウツシ教官の方に戻ろうと再度、踵を返した。

「ウツシ教官。よ、良かったら、上がって行きませんか? お花もすぐ飾ってくれると思いますし、見ながら一緒にお茶でも……
「わあ、お誘い嬉しいよ! ありがとう! 本当は、そうしたいんだけど……

夕空に映えそうなほど寂しそうに、あなたの笑顔が陰る。それだけで、心に微かな刺痛しつうが走った。

「ごめんね愛弟子、まだ任務が残ってるんだ。ちょっとした偵察任務だから、すぐ終わるとは思うんだけど」
「あっ、そう、なんですね! お忙しいのにごめんなさい、ありがとうございました!」
「あ、あの、愛弟子。良かったら、なんだけど……
「は、はい!」

心臓を震わせるように、あなたの優しい低声がわたしの鼓膜を甘く撫でる。心地良くて、全身の骨が柔らかくなって潰れてしまいそう。

あなたは申し訳なさそうに、また眉を下げていた。

「良かったら、その……また、改めて見に来てもいいかな? お花」
「! も、もちろんです! しばらく夜の依頼はないので、この時間には帰ってますので!ウツシ教官のお手隙の時にでも……!」
「そうなんだね、ありがとう! じ、じゃあ、また声かけるね?」
「は、はい! ありがとうございます! いつでも、お待ちしてますので!」

胸を震わせる歓喜と共に『いつでも』なんて言ってしまって図々しかったかな、と微かに後悔しながら、わたしはまた頭を下げる。頬が燃えている気がして恥ずかしかったから。

けれど、じゃり、とあなたが三和土たたきを一歩後退した音が聞こえて、思わず反射的に顔を上げてしまう。

「じゃあ愛弟子、俺そろそろ行くよ! お花、またゆっくり見に来るね!」
「はい、お待ちしてます! 任務、お気を付けて!」
「ありがとう! またねー、愛弟子!」

あどけなく手を振りながら元気いっぱい、どこか満足げに踵を返したあなたは、宵闇の彼方へと駆けて行く。

わたしはそれを土間に降りて、玄関先で見送って──闇の中に溶けていくあなたの背中に、きゅっと胸が切なくなって。

……ウツシ教官」

今度は両手を握りこみ、夜風の中に名を呟けば、切なく締めつけられていた心は、またたく間に踊り出す。

この時、規則的な水車小屋の重低音は、わたしの耳に入らなくなっていた。

先ほど見たあなたの柔らかく晴れやかな笑顔で、優しく寄り添い包んでくれるあなたの春陽しゅんようの声で、わたしの中がいっぱいに満たされる。

両手を解き、日向ぼっこをしてきた後のような心地でゆらりと水車小屋の中に戻ると、土間でルームサービスさんが待ってくれていた。

その両手には、わたしが先ほど手渡した花瓶に、火焔のように情熱的に咲きこぼれる、赤色のガーベラたち。

そのうちの1本には、ちゃんと金色の組紐が結ばれたままで、胸を撫で下ろす。

「お待たせですニャ、できましたニャ! どちらに置きますかニャ? ご自身で飾りますかニャ?」
「あっ、そうだね、そうする! 素敵にしてくれてありがとう!」

ルームサービスさんからガーベラの生けられた花瓶受け取った刹那、ふわりと鼻腔をくすぐ馥郁ふくいくたる香り。

その香りに、わたしはむずむずして、思わず唇を噛み締めた。
大好きな人を想う、甘い、熱い想いが高ぶって、足のつま先からむずむずしてくる。

大好きな人が1輪の赤色のガーベラを贈ってくれるより先に、名も知らぬ男の人がわたしに同じ花を持って来た。
たからこそ、改めて愛しい人への想いの強さを知って、こんなにも心が華やいでいるのかも。

花瓶を落とさないように気を付けながら土間から框に上がり、わたしはそのまま一直線に畳の間に向かった。そこには福引で当たった品物を飾っている飾り棚がある。

三段ある飾り棚の中段、飾ってあった原石や置物を少しだけずらして、花瓶を中央に置いて、飾り棚から一歩、大きく後ろに下がる。

全体の棚の中で特に目立つ、燃えるように赤い、赤いガーベラの花。
そしてあなたのくれた花に結ばれた金色の組紐の、さり気ない存在感。

……ふふっ、素敵」

自然と口から言葉が溢れ、口角が上がり、想いがますます燃え猛る。

しばらく花たちを眺めているうち──ふと、気付いてしまった。
ハンターとしてのさがか、花瓶に生けられたガーベラの花数を無意識に数えてしまっていたようで。

……7本と、1本……赤い、お花」

足せば8、末広がりで縁起の良い数、などと考えながら、またわたしはふと思いを巡らせた。

ウツシ教官が、花を持って来てくれたタイミングのこと。

わたしがちょうど花を受け取った時に、全く同じ花を、1輪。

カゲロウさんの雑貨屋さんで売っていたと言っていたから、もしかして、わたしのところに来た男の人が花を買うところを見たのでしょうか。

(──なら、あの人が、わたしに花を渡すところも……?)

そこまで考えて、どくん、と大きく心臓が震えた。

あなたにとって、わたしのところに誰かが 花を贈りに来るというのは、どういった意味があるのでしょうか。

(……数は違うけど、同じ花、だった……)

どくん、どくん、と鼓膜の中に、自分の心音が重く響く。
水車小屋の音なんて、もはや何も聞こえない。

あなたにとって、わたしに花を贈るとは、どんな意味があるのでしょうか。

わたし、わたしにとっては、あなたが贈ってくれる花は、この世の何よりも──

……ウツシ教官……!」

思わず、また、ぽつりと名を呟いた刹那、想いが、限りなく広がっていく。
顔も体も、心の奥底も、わたしの全てが炎の如く熱くなる。

思わず、自分で自分を抱きしめてしまうほど。

今のわたしは、この花よりもずっとずっと、赤いかも。

いつの日か、わたしも、大好きなあなたに花を贈れたらと、鮮赤に高鳴る心が一途に願う。

あなたのためなら散ることさえも厭わない、わたしだけが持つ、2つとない花を。

@acadine