花は真摯で饒舌で

MHRウ教×ハ♀。両片想い。
前半ハ視点、最後のみウ視点。

花の色と花の数。

慣れない花の香りがする。里の桜ではないことは分かるけれど、何の花かまでは分からない。

空の彼方から宵闇が近付く黄昏時、わたしは早朝から大社跡へ採取に出て、やっと里に戻って来たところだった。
こんなに時間がかかったのは、古龍を目撃してしまい、そのまま狩猟になってしまったから。

何とか無事に全てを終え、疲労困憊な中、ようやく帰還することができた。

聞き慣れた水車の重低音が、里の見慣れた水車小屋がやっと見えてきたと思った矢先──早く休みたいわたしの視界には、アロイ装備を纏った見慣れないハンターの男性が立っていて。

何かを待つように周囲を見回し、そわそわとして落ち着かない挙動だ。

そんな彼から先ほど気付いた花の香りがより濃厚に漂ってくるので、わたしは思わず眉をひそめながら、何事かと歩み寄る。

「あの……この小屋に、何か御用で? ここ、今はわたしが暮らしているんですが……

意識して穏やかに声をかけると、男性は「あっ!?」と反射的な裏声を発しながら身体を縦に跳ねさせ、わたしの方に体ごと振り返った。

彼はわたしより若そうな、あどけなさの残る黒髪の男性で、新緑色をした双眸を真ん丸に見開きながら、こちらをじっと見つめている。

花の香りが、ますます濃くなった。

その香源であろう方向に視線を向ければ、彼の片手には、斜陽よりも赤色のガーベラが集まった小ぶりな可愛い花束が握られていて──それに気付いてしまったことと、なぜ彼が花束を持ってここに立っていたのかを察してしまい、妙な後悔を覚える。

「あの……わたしに、何か御用ですか?」

わたしの問いに、男性は「あ…………!」と、掠れた声で言葉を濁していた。

斜陽の中で見てもよく分かるほど、彼は顔を真っ赤に染めてわたしを見つめていたので、自惚れだろうとかき消そうとした先ほどの予測が、嫌な確信に変わっていく。

こういうことは、初めてではない。里の英雄、救国の英雄と呼ばれるようになってから、たまに起きるようになった。

その度に、わたしは「違う」と叫びたくなる。

英雄と呼ばれることになった狩猟の数々は、みんなの力があってこそ成せたもの。百竜夜行の撃退も、その淵源を絶つことができたのも、何もかも。


──愛弟子

──俺はいつでも、キミを見守っているよ


そう、特に、大好きなあの人の支えがあってこそ、成し遂げられたこと。
それなのに、みんな勘違いをするのだ。わたしだけの力で成せたことなのだと。

わたしの中で巡る想いに気付けるはずもなく、目の前にいるハンターの男性は突如として深くこうべを垂れ、わたしの目の前に勢い良く両手を突き出してきた。

「あ、あのっ! これっ!」

目の前に咲いた、鮮やかなガーベラの花束。疲弊していたわたしはほんの一瞬だけ心癒され、思わず苦笑してしまう。

上擦った大声のせいで、その声の主たる目の前の男性の心臓がどれほど震えているかを否応なしに察してしまって、言葉に迷う。

「えっ、と。これは……わたしに、お花を?」

懸命に平静を意識しながら尋ねると、男性は深く頭を下げたまま、こくこくと頷いた。

わたしの広角はますます引きつって、どうしたものかと思考が巡る。
受け取る理由はないし、本心は受け取りたくなかった。

けれど、ここでわたしが拒絶したらこの人は、この花たちはどうなるのだろうと、妙な方向に憂いが込み上げて。

(ああ……こんな時、あなたが来てくれたらな……)

慣れない花の香りの中でも鮮やかに脳裏に浮かぶ、大好きな人──ウツシ教官の姿。
未だ告げられていないままの、深まるばかりの片道の想い。

あなたが来てくれたら。この子は俺の大切な人なのでと、相手に告げてくれたら。

そんな夢物語が脳裏を過ぎって、思わず、目の前に咲くガーベラの花を見つめたまま「ふふっ」と小さな笑声をこぼしてしまって、それが相手に誤解を与えてしまうこととなった。

花を見たわたしが、花の存在を受け入れたがゆえに、笑ったと思ったのでしょう。

花をわたしに突き出していた男性は撃たれたように顔を上げ、わたしの手の中に花束を押し込めてきて──わたしも反射的に、それを握ってしまう。

流れるような動きで男性は大きく一歩後退すると、顔色や表情を見られまいとするようにまた大きく頭を下げた。

「と、と、突然、すみませんでしたっ! ありがとうございますっ! それじゃっ!」
「あっ、待って! ごめん、違っ……!」

必死に呼びかけても、さすがは同業と言うべきか、彼は特に俊足だと思う。
あっという間にたたら場前の広場の人混みの中へと消えて行ってしまった。

姿が見えなくなってから、すぐ追いかければ良かったのかと気付いても手遅れだ。

……はあ。……悪いことしちゃったな」

追いかけようと思えば追いかけられたかもしれないのに、わたしの足は動かなかった。

ああ、やってしまったな。
誤解をさせてしまったかもしれない。

もしもまた来たら、ちゃんと説明して、謝らなきゃと思う一方、両手の中のガーベラの花が目につくと、一旦はこれで良かったのかもとも思えた。

(あの人も、もしかしたら……前みたいに……)

思い出すと、無意識に溜息が漏れる。 

かつて、わたしにこんな風に花束を持って来てくれた男性がいた。

受け取れないと伝えた時、その人は──わたしの見えないところで、花を捨てた。

その現場を見たわけではないけれど、集会所の露台席から見える川に、見覚えのある花びらや、まだ生きている色の茎が流れていて、すぐに気が付いた。

気が付いて、その時食べていたうさ団子を飲み込めなくなるほど後悔した。

(……お花は、何も悪くなかったのに)

当時の心境に胸が引き絞られながら、手の中の小さな花束を見やり、今回は守れただろうかと少しだけほっとした。

この花をくれたあの人の気持ちに応えることができないのは、やはり──心から申し訳ないけれど。

疲労感で思考が堂々巡りを始めそうになったので、わたしは思考を止めるように花束を持ったまま、水車小屋へ大きく歩を進める。

うさ団子に使う製粉の袋持ち運べるよう、わたしが不在の日中は常に開けっ放しの玄関引戸げんかんひきどから、土間へ入った。

「ただいまぁ……」 

後ろ手で、本日の営業は終了と言わんばかりにさっさと玄関引戸を閉める。

疲労感の露呈した情けない声になってしまったことが恥ずかしかったが、それを気にしているのはわたしだけだったらしい。

畳の間から「おかえりなさいませニャー!」と、アイルーのルームサービスさんが、とても朗らかな笑顔で髭を揺らしながら、かまちに立って出迎えてくれた。

「今日もお疲れさまでしたニャ! ご無事で何よりですニャ……っと、素敵なお花ですニャね!?」

わたしの手の中の小さな花束を見て、ルームサービスさんが素直な感想を伝えてくれた。

花を持って来てくれた人のことを思うと少々複雑なので、反応した表情が苦笑いになっていないかを心配しつつ、わたしは土間の炊事場の方へ向かう。

「ねえねえ、確かどこかに使ってない花瓶あったよね? どこだったっけ? 知ってる?」
「ああ! それなら玄関脇の棚にありますニャ! よろしければ、それがしが生けましょうかニャ?」
「あ、ホント? 助かるよ。じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「了解ですニャ! お任せ下さいニャ!」

框で姿勢を正して元気良く応答してくれたルームサービスさんが、とても頼もしく見えた。
彼に「ありがとう」と花束を渡してから、せめて花瓶は用意しようと先に玄関脇の棚に向かう。

どこにあるやらと視線を配り、棚の最下段の引戸収納を開けて、やっと見つけた。
千草色ちぐさいろの、背が低く、ころんとした丸形の陶器の花瓶。

「そうそう、これだこれだ。良かったー、見つかって」

独り言もほどほど「よいしょ」と両手で花瓶を持って立ち上がる。
何となくほっとしている自分がいて、複雑な気分だ。

既に土間の流し台前で、踏み台に乗って待機してくれているルームサービスさんの方に戻ろうとした、その刹那。

「おーーい! 愛弟子、いるかーい!?」

先ほど、さっさと引戸を閉めた玄関から、正確にはその向こう、外から響く、溌剌はつらつとした大声量。

わたしの心臓は大きく震え、そのまま、水車小屋の音に続くように高鳴り始める。
この声の主を、外に立つ気配を、わたしが間違えるはずがない。

@acadine