サブさぶれ
2026-05-09 09:51:51
15375文字
Public パロディ
 

bitter sweet bitter,bitter【高校生現パロ】

高校生現パロです。
①bitter sweet bitter,bitter (スグリ視点の話)
②甘くて苦くて、それでも甘い(アオイ視点の話)
③嗚呼、君よ。檸檬の味は未だ知らないで(①②の数週間後の話。アオイ父視点)


甘くて苦くて、それでも甘い


 バイト先の常連君が気になり始めたのは、高校一年生のクリスマス直前。毎週月・水・金と通っていたのが、ぱったり来なくなってから。
 クリスマス仕様に飾りつけたお店、見て欲しかったのに。気付いてくれるかなって思って、いつもの席の窓辺に一番大きいツリー(百均のだけど)飾ったのに。のんびり屋さんチックな笑顔で「わぁー」って喜んでほしかったのに。
 いなくなって初めて、寂しさを覚えた。



 常連君の名前はスグリ君。最新設備の整った進学校に通ってる、同学年の男の子。重たい黒と綺麗なすみれ色の髪の毛が特徴的で、注文するのは決まって特製クラブハウスサンド、ガトーショコラ、それからエスプレッソ。ものすごく美味しそうに食べて、食事が済んだら静かに読書を始める。或いは勉強を始める。黙々と、私しか存在を知らないみたいに、ひっそりと。
 自己紹介しあったのは確か、彼が通い始めてから数ヶ月後。教科書に貼られていた付箋を見て、うっかり「そっちのテスト範囲ってどこまで?」と聞いてしまってから。彼はひどく驚いた顔をしていた。そりゃそうだよね。突然店員からタメ語で話されるとか、失礼極まりないもんね。でも、スグリ君はほわっと笑って答えてくれた。

「きっかり、百ページまでだよ」

 ありとあらゆる罪を許してくれるんじゃないかって思っちゃうほど柔らかな笑顔を携え、彼が小首を傾げた。優しくておっとりした声色で受け入れてくれた。
 以降、私たちは主に勉強のことでささやかな交流を持つようになった。
 夏は「暑いね」って言って期末の結果を教えあって、秋の初めは「数学難しくない?」って互いに文句を垂れて。選択科目何にしたか聞いたり、歴史の勉強が一番好きだって打ち明けてもらったり。不意に目があった時は、はにかみながら小さく手を振ってくれた。スグリ君の笑顔には、周りの空気を温かくほぐす効果がある。だからなのか、マスターもオーナーも(態度には出さないけど)同僚のペパーも、彼のこと、すごく気に入ってた。
 ときどきペパーの試作品クッキーお裾分けしたり、逆に「コンビニので悪いけど、この前のお礼」とクリーム大福貰ったり。私たちは良好な関係を築けていた。自惚れなんかじゃなく、確実に。
 なのにどうして、突然来なくなったんだろう。どうして何も言ってくれなかったんだろう。どうして連絡先の交換してなかったんだろう。どうして——こんなにも、喪失感を抱えているんだろう。


 ぽっかり穴があいた心を隠して毎日を過ごす。クリスマス、お正月、バレンタインが目の前を素通りしていく。勿論ホワイトデーの予定も空白。何事もなく、最寄り駅に降りる。バイトもない日はますます空虚で、今日もまた、目新しい〝何か〟がないか探してしまう。キョロキョロ、辺りを見回す。何かに、誰かに、きっと出会えると期待して。

「あ、」

 目を引いたのは、数十メートル先。人の波に揉まれて流れていった、鮮やかな紫。一度見たら忘れられない、月の瞳。
 髪型変わってるけど、見間違えるわけない。スグリ君だ。やっぱりこの駅使ってたんだ。ここが最寄りだったんだ!
 急いで背中を追いかける。追いついて、「久し振り」って声かけて、ほわわと笑った君に「うん、久し振り」って言ってもらうため。逆方向へ向かう人たちに小さく謝りながら追いかける。追いかけて、追いかけて——別の路線へ続く改札を通ったのを、見送った。
 なんで? ここで降りるんじゃないの? コサジに通える範囲に住んでるんじゃないの? そっちって県境方面だよね? 何の用があってそっちへ行くの、どこへ向かおうとしているの。なんで、どうして、どうして?
 色々考えていたら、いつの間にか私も同じ電車に乗っていた。
 カタンカタン、同じリズムに揺らされている人を見る。金色の瞳を独占してるのは参考書。相変わらず勉強を頑張ってる姿に、何故だか心臓が痛んだ。
 どこへ行くのか不安な私を乗せて、電車は田園地帯を突っ切っていく。かれこれ三十分以上は経っている。スグリ君は顔を上げない。私も端っこの席から動けないでいる。風景はどんどんのどかになっていく。
 私の最寄り駅から約五十分。スグリ君が立ち上がったのは、聞いたことない駅名が告げられた直後だった。「え、ここどこ?」と言いかけた口を塞いで、降車した彼の背中に続く。間近で見た男の子の背中は、窓辺の席に座っていた時よりずっと大きく見えた。
 温かい春風を切って、スグリ君がずんずん歩いていく。まばらな降客の影に紛れ、ゆっくりこっそり後を尾ける。スグリ君の姿が消えたのは、駅から徒歩五分足らずで辿り着いた、情緒ある商店街の一角、個人経営と思しき小さな書店だった。色褪せた緑色のテントとガラス戸には『北上書店』と書かれている。
 本を買いに来たのか、とも思ったけど、本なら駅ビルに入ってる全国チェーン店で事足りるだろうから、多分違う。じゃあ、ここがお家なのかな。小さな書店で生まれ育った姿を想像する。確かに、穏やかで読書家なスグリ君っぽい。
 ガラス戸越しに覗き見てみると、スグリ君はオシャレな格好をしたお婆さんといくつか言葉を交わし、鞄を下ろしてエプロンをつけ始めていた。あれ、もしかして。

「バイト……?」

 お婆さんが奥へ消えていったのを見計らって、そろそろと引き戸を開ける。古い紙の匂いに満ちた空間に入り込むと、人の気配に反応したスグリ君が顔を上げた。バチン、目が合う。まっすぐな瞳に心臓が跳ねる。鼻先がツンと痛む。体温が急上昇する。
 彼の口がは、と開いた。何か言いそうな彼を遮り、わざとらしく声をたてる。

「ぐ、偶然、だね! スグリ君、ここでバイトしてたんだー」

 偶然なんかなものか。知らない町まで尾けてきたくせに。スグリ君にだってそれは理解できただろう。けれども、彼は何も言わない。下唇を痛々しく噛んで、開きっぱなしだった参考書とノートに視線を戻してしまった。
 何でもいいから彼の言葉がほしくて、会えたら言おうと思っていた単語たちを繋ぎあわせてみる。

「久し振り。元気してた?」
……別に、普通」

 ぼそぼそ声が返ってくる。スグリ君がコサジに通い始めたばかりの頃のオーダーも、確かこんな感じだったっけ。懐かしいな、久し振りだから緊張させたかな、相変わらず落ち着く声だな。くすぐったいことをアレコレ考える。会話できた安堵で、つい以前と同じテンションで話し続けてしまった。

「そっか、じゃあよかった! ねぇ、そっちの学校って今」
「仕事中だから。あんまお喋りしてらんない」

 不愉快さを全面に出した声でピシャリと拒絶される。鋭い視線が向けられる。たった数メートルしかない距離の間に、大きな壁が聳え立っているような心地を覚えた。

「だよ、ね。邪魔してごめん……

 あれ、スグリ君ってこんな感じだったっけ。こんな、温度のない声を出す人だったっけ。睨みつけてくるような性格だったっけ。——そもそも私、そこまでスグリ君のこと、知ってたっけ。
 手足の感覚が遠くなる。コンクリートの床がゆらゆら滲む。キャパシティーオーバーを悟る。
 私は店から飛び出して、来た道を走って戻り、タイミングよく来た帰りの電車に駆け込んだ。一秒でも早くこの町から離れなければならない気がして、離れないと自分が壊れちゃう気がして、スグリ君のいる町から逃げ出した。



 電車に揺られながら、ぐるぐる考える。
 会えて嬉しかった。話せて安心した。元気がなさそうな顔してて、息が苦しくなった。そっけなくされて、悲しかった。でも、また会いたいって望んでる。もっと一緒にいたいって願ってる。
 お気に入りのスカートに涙がポタポタ落ちていく。フラミンゴピンクがところどころ鈍い色に染まっていく。泣きながら、心に空いた穴や突飛な行動、好き勝手湧き上がる多彩な感情たちの理由を、源流を探す。考えて考えて、果てにスグリ君の笑顔を思い出す。そして、ひとつの落とし所をつけた。

「私、スグリ君のこと、好きなんだ……

 自分でも気付かない内に、彼の笑顔や穏やかな性格に惹かれて、恋してたんだ。だから、こんなにも寂しくて苦しかったんだ。
 オレンジ色に染まる枯れた田畑をぼんやり眺める。これからどうしよう。どうすべきなんだろう。また睨まれたり、冷淡な声を向けられるのは怖いし悲しいし、嫌だ。だけど、これっきり終わってしまうのはもっと嫌だ。
 悩んだ末、私は生まれたばかりのこの恋を、大切に育てていこうと決めた。



 それからずっと、北上書店に通い続けている。さすがに毎日は時間的にも交通費的にも厳しいけど、できる限りスグリ君に会いに行った。勉強と仕事の邪魔するわけにいかないから、挨拶程度にしか話せないけど、それでも、彼に会いに行く。スグリ君は私が来店するたび驚いたような表情を浮かべて、小声で「いらっしゃい」と言って、一応受け入れてくれる。ぶっきらぼうな態度は変わらない。寂しさと切なさが心臓を突き刺す。

「これ、ください」

 さして興味もないファッション雑誌を逆さまに渡す。雑誌の名前は『Kiss』。逆さまにしたら……なんて駆け引きでも何でもないことを仕掛けてみる。

「八百五十円です」

 案の定、通じてない。けど、顔を上げてこっちを見てくれた。お会計だから当たり前って分かっているのに、情けないほど胸がときめく。好きの気持ちが心の傷を埋めていく。また次もささやかな告白を試みようと、無駄な気合いを入れてしまう。
 火曜と木曜。北上書店に続く道しか知らない町へ行って、一冊ずつ本を買う。

『キセキの絆 第一巻』
『みどりの丘のうつくしい物語』
『画家の一生』
『数学の奥深い世界』
『きらきらぼしのおともだち』

 気付くはずないと分かってるのに、気付いてほしくて、でもやっぱり気付いてほしくなくて、回りくどい方法を選択し続ける。

『大自然と共に生きて』
『すき焼き完全攻略』
『キルトのある暮らし』

 通うたび、顔を見るたび、声を聞くたび好きになって、強欲にもなっていった。君に触れられたくて、わざとお釣りが出るように支払いをする。長い指が手のひらに当たると、胸がドキドキして熱くなる。また好きになる。また恋をする。また苦しくなる。その先を求めてしまう。

『愛染明王写真集』
『シーソーゲーム 第三巻』
『手相入門』

 今日は「る」の本を探さなきゃ。低いところ、高いところ、ジャンルも値段も関係なく、伝えたい言葉を作るピースを求める。

「あ!」

 あった。『流浪刑事』って文庫本。いつから置かれてたのか分からないハードボイルド小説は、背表紙の端を白く変色させていた。ほしい本は見つけた。けど、私の身長じゃギリギリ届かない場所に入ってる。どうしよう。踏み台貸してって言いたいけど、勉強の邪魔になっちゃうかな。やっぱり別の本探そうかな。うろうろ惑っていると、背後に誰かが近づいてきた気配がした。

「どれ」
「えっ」

 振り返ると、あと数センチで抱き着けるほどの距離までスグリ君が迫っていた。驚きと緊張で息が止まる。もう秋の暮れなのに変な汗で背中がぐっしょり濡れる。ドギマギする私に反して、彼はツンと涼しい顔をしていた。

「欲しい本、どれ?」

 目の下に黒い隈をこさえた人が訊ねてくる。私が一生懸命手を伸ばしていた場所はどこか、鋭い視線で辿ってる。「話しかけるな」とバリアーを張っていた人から声をかけてくるなんて思ってもみなかったから、咄嗟に反応できない。跳ね回る心臓を落ち着かせて、ギュウギュウにしまる喉から声を絞り出した。

「い、一番上の、『流浪刑事』ってやつ……

 褪せた紺色を指をさすと、狙いを定めたスグリ君が私にもう一歩近付いた。エプロンを付けた胸が私の三つ編みを掠める。全身が心臓になる。流れ込んできた優しい石鹸の香りに、肺さえも魅了される。ときめきに溺れかけてる私を尻目に、スグリ君は難なく高い場所にある本を取り出した。

「はい」

 電灯の明かりを受けた瞳が一番星よりまばゆく輝く。これ以上スグリ君を浴びたら致死量に達してしまうんじゃないかと怖くなって、慌てて顔をそむける。緊張して震える手で本を受け取るのが精いっぱいだった。

「ありがと……

 スグリ君は何も言わない。黙ってレジの奥に戻って、勉強を再開させる。至近距離に喜んだのは私だけだって、抱き締めたい衝動に駆られたのも私だけだって、私への気持ちなんてカケラもないんだって、はっきりと知らしめるかのように。
 ——もうダメだ。これ以上耐えられない。我慢してられない。この恋が実らなくてもいい。ただ、君の優しいところと笑った顔が好きだよ、と伝えたい。引き裂かれそうなほどの「大好き」を届けたい。一瞬でいいから、私を意識してほしい。
 今の回りくどいやり方じゃ全然ダメだ。もっとストレートで、だけど彼にガードされない、魔法みたいな方法を探さなくちゃ。古い本で溢れた棚に都合のいい知恵が入っていないか見渡してみる。すると、一冊の本と目があった。

「あ」

 見つけちゃった、打開策。そして、次に買う本も。



 決戦当日。十一月の第二木曜。あいにくの天気だけど、勿論雨天決行。どのタイミングで切り出そうか。振られたら怖いからやっぱりやめようか。ううん、ダメダメ。ちゃんと伝えなきゃ。
 ぐるぐるうろうろ店内を練り歩く。時々彼を盗み見る。何故か分からないけどいつも以上に目が合う。狭くて何のBGМもない店内中に、私の心音が響いている。酸素も薄い気がする。決意が固まったのは十八時前。帰りの電車の時間が迫ってきた頃、ようやくレジまで足を動かせた。

「これ、ください」

 手渡したのは『絶対伝わる♡ ドキドキ! ラブレターの書き方♡』ってタイトルの古い本。蛇に似た目が一瞬見開いて、すぐに興味なさげに伏せられた。やっぱりラブレターの本を手渡すだけじゃ伝わらない。分かってた。だから、用意していた言葉を添える。

「この本読んで、ラブレター書いたら……。スグリ君、読んでくれる?」

 書くより先に受け取ってくれるか聞くなんて、我ながら臆病が過ぎる。でもこれで気持ちは伝わったはずだ。
 おっかなびっくりな告白を聞いた彼はどんな反応を示すだろうか。上目遣いで様子を窺う。喜んでくれるか、それとも——。スグリ君は、ドキドキしすぎて熱暴走を起こしかけてる私を苦しそうな表情で見つめていた。

「そんなん、彼氏に渡せばいいべ」

 きつく睨まれ、吐き捨てられる。彼氏。……彼氏? 何で今その単語が出てくるんだろう。全く意味が分からない。意味は分からないけど、事実無根だ。慌てて訂正する。

「か、彼氏なんていない! 好きな人なら……、いる、けど……

 すぐ目の前に。綺麗な黒と紫の髪をかすかに揺らして、広い肩をギュッと縮ませて、視線の意味も乙女心にも気付いてくれない、温かかったのに急に冷たくなって、なのにやっぱり優しい素敵な人が、ここにいるじゃない。
 恥ずかしい台詞を放ったせいでどんどん熱を帯びていく顔に、スグリ君のうるんだ声がぶつけられる。

「じゃあそいつに頼めば」

 これだけ言ってるのに、どうして分かってくれないの。俯いたままの人に歩み寄る。

……だから、頼んでるでしょ」

 君に、好きな人に、ラブレターを読んでほしいって、最初からお願いしてるでしょ。
 ここまで言って、スグリ君はようやく顔を上げた。ぽかんと口を開けて、大きな眼で私を見る。一気に薔薇色に変わった顔には、沢山の星が輝いていた。最初に砂糖入りのエスプレッソを飲んだ時と同じ、宝物を見つけたようなキラキラした顔。思えばこの時から、君のこの表情が好きだった。
 続きの言葉がするりと出てくる。

「スグリ君。ラブレター、読んでくれる?」

 改めて気持ちを告げる。身体が熱い。手のひらと背中にものすごい量の汗をかいている。
 スグリ君は眉尻を下げ、ハクハクと口を開けて浅く息を吐き出していた。視線を左右に忙しなく動かし、時折私を見ては、また目を逸らして溜息を吐く。
 告白したのはいいけど、この後ってどうすればいいんだろう。全然考えてなかった。返事を催促するわけにもいかず、顔の前で手をもじもじさせて彼の反応を待つ。黙って、スグリ君を見つめ続ける。電車の時間はとっくに過ぎていた。
 気まずい沈黙を破ったのは、少し上擦った男の子の声だった。

……俺が書いたの、読んでくれるなら」
「え、」
「あ、いや……

 再び俯いた人は頭を乱暴に掻いた。乱された髪が落ちる。落ちた髪が汗ばむ額に貼りつく。やがて、彼が勢いよく私に向き直った。コサジで見ていたおっとりした表情でも、さっきまでの険しい面立ちでもなく、凛としたかっこいい顔。ときめく私を前に、スグリ君はゆっくり喉仏を上下させてから、ハッキリとした口調で言った。

「帰り、まだ大丈夫なら、今すぐ書いて渡したいんだけど。……平気?」
「じゃ、じゃあ、私も……。今書く」
……んだば、奥から椅子持ってくんね」

 スグリ君は一瞬だけ私の好きな顔で微笑んで、すぐさま立ち上がって、店の奥へと消えていった。ドタドタ廊下を渡る音の合間に「売れ残りって言ってた便箋、全部買っていいー?」と訊ねる声が聞こえてくる。在庫がどれくらいあるのか分からないけど、思いの丈が全部書けたらいいな。
 さて、今のうちに『絶対伝わる♡ ドキドキ! ラブレターの書き方♡』を読んで、最高のラブレター仕上げなくっちゃ。