冥土うさ
2026-05-07 11:01:46
Public 光鱗の逃亡者
 

讃歌

FF14二次創作 / ラザハンで催される“婚礼の儀”について
ヴリ×光♀(よそ)、ミド×主(うち)前提
お誕生日プレゼント



 街全体が浮かれたような楽しげな雰囲気が漂う中、当初の目的であったバザール方面へ足を進める。本日の主役でもある太守の姉を肩に乗せる観光客は、当然ながらそんな中でも目立っていた。すれ違う人々は二度見、三度見として立ち止まり、振り返る。
「ヴリトラは上手くやっているようだね。皆、幸せそうだ。」
 その言葉を聞いたアジュダヤが、我が事のように嬉しそうに目元を細めた。ついでのように頬に角を擦り付け、感情を表してくる。愛らしい仕草に思わずその小さな頭に手が伸びた。
「母さん!」
 聞き慣れた少年の声だった。
 アジュダヤと揃って振り返った先に、いつもより少し着飾ったアウラ族の少年が立っていた。
 同じように振り返っていた街の人々が、どう見ても「母親」とは呼び難いその観光客に目をむいて、その先の光景を凝視していた。
「来てくれたのだな! 招待の文を送ったのだが、誰も母さんの居所がわからず返ってきてしまって……今までいったいどこに!────」
 少年はヴァルシャンという名のアウラ族で、豊かで深い緑色の頭髪と、赤い瞳が特徴的な少年だ。太守の付き人として人々と接していたが、その正体は天竜の一翼、ラザハン太守ヴリトラその者だった。
 少年の肉体は錬金術師が作り上げた精巧な人形であるが、まるで生きているかのように動き、わずかながら表情もあった。やや興奮した様子で捲し立てる少年に向け、人差し指を口元に当てて見せる。それだけで、ハッとなった少年は口を閉ざした。
「ふふ、私は根無草なのでね。」
……母さん、」
「ここではその呼び方は無しだ、ヴリトラ。」
……あなたこそ、この姿の私をそう呼ばないでくれ。」
「おや、すまないな。太守殿。」
 その言い草に、ヴリトラは呆れたように肩をすくめて見せた。竜としての名前も、“太守”という呼称も、大して変わりはないからだ。
 とはいえその少年の正体も、太守の正体もラザハンの民皆が知るところだ。その太守様が“母さん”と呼んだ観光客の話は、あっという間に街中を駆け回るのだろう。

 太守である少年と、その姉である小竜を連れた観光客は注目の的だったが、自身はマイペースに買い物を続けていた。声は抑えてもそわそわと落ち着かない様子のヴリトラに、姉とカウンター向こうの店番が心の内でエールを送っていた。
「あの、今日は────」
「ヴァルシャン。」
「え、あ……
 ヴリトラの話を遮り強引に話し始めた相手のその瞳を見て、彼は言葉を飲み込んだ。
 灰にも、黒にも、そして七色に輝いても見える不思議な瞳だ。
 ヴリトラがまだ仔竜であった頃、父であるミドガルズオルムからその不思議で魅力的な鱗を持つ竜の話を聞いていた。特別な強さはないが、その言葉ひとつひとつに重みと説得力があり、あの父ですら逆らえないことがあったと。しかし、愛情はとても深く、優しく美しい雌竜であったのだと。その血肉は父と共にあり、糧となって魔力は子供たちにも受け継がれている。
「お前のつがいとなる相手はヒトの子だろう?」
……ああ。」
「覚悟はあるのか?」
 ────なるほど、これは“逆えない”。
「ヒトの生は竜にとってほんのわずかなものだ────お前たちにとってほんの瞬きの間に、ヒトは老いて朽ちる。」
「わかっている……。私も、彼女も。」
 英雄とも呼ばれる人だ、そう易々と命を落とすこともないだろう。そして、強い心の持ち主だ。なにか不測の事態が起きたとして、ヴリトラの身に何か起きたとしても、心を折られるようなことはないと信じている。
 それは逆の立場となっても同じこと。ヴリトラにはラザハンの民がいる。大切な人がいずれ老いて静かに永い眠りについたとしても、不慮の事故や悪意に見舞われて命を落としてしまったとしても、ヴリトラが彼らを残してたった一人を追いかけることはあり得ない話だった。
「────そうか。」
 その人はそう言って口元にわずかな笑みを浮かべ、目を伏せただけだった。