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豆炭々炬燵
6607文字
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その他 漫画系
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満天をつれて
レゾンデートル骨董店にようこそ二次創作…!!
彼の作品への愛が迸りました。目一杯の感謝(と幻覚)を添えて。※2巻要素含みますご注意!!
1
2
3
小説家を目指す少女と意地っ張りなインク壺の話
人気のない森の中、あてもなく歩けば長年深く愛された館が静かに出迎える。香り高く見目麗しい輝く陽の光を受け誇らしげに咲くバラたちに誘われ、何の前触れなく現れた誰にも聞いたことも無ければ見たことのない建物の全貌に目を瞬かせた。
一歩また一歩進むたび、まほろばにでも迷い込んでしまったかのような言い表し難い感覚が背中を撫ぜる。
されど、心のどこかで思ってもみなかったことを期待する好奇心に彩られた手が不安と戸惑いを引き連れ品の良い歌声を披露する扉の取っ手を握ってしまうのは至極致し方ないことであり、その扉は寄る辺を求め彷徨うものたちを優しく迎え入れ閉ざされることは無い。
敷地から出た途端、細かな金色の意匠が施されたインク壺が少女の手の中で氷のような体を煌めかせた。老若男女問わない人間たち由来の喧騒。以前と比べ多少雰囲気が変われど玉石混交した世界に相違ない。思いを馳せるのも程々に、セシルは意識を殊更大事に抱え持ち運ぶ少女に戻した。
今までの持ち主とは毛色が違いすぎるどころか、よもやインク壺に弟子入りを懇願する人間がいるとは思わなんだ。
自分の意思とは関係なく景色が流れ揺られる中、周囲の目を気に掛けながら小声で話し掛ける少女に耳を傾ける。どうやら目的地である少女の自宅に着いたらしい。いくつかの扉を潜った先、こじんまりした部屋に足を踏み入れるや少女は小説家を志しているにしてはやけに真新しい机の一角にセシルをそっと置いた。
本来の姿のまま視線を巡らす。壁一面を埋め尽くす書物の量は、少々偏りが見られるものの資金繰りに難儀したであろう痕跡が要所要所見受けられる。その点に置いては悪い気はしない。が、買い揃えただけで使用した様子のない綺麗な文具たちにやや眉を顰め嘆息しかけた矢先。
「今日からよろしくお願いしますっ」
相手から返事が返ってこないのを分かっているだろうに。正面に立つや神妙な面持ちで深々お辞儀をする少女にセシルは春に融ける雪のように微笑みそっと皮肉めいた了承の言葉を心の中で呟いた。
最後はいつだったか幾度目の透明な体を満たす宵の音。浸されたペン先が宵を吸い上げ、まっさらな紙に物語が綴られるのを間近で眺める懐かしい心地に耽る。
月日が経つにつれ使い込まれた文具たちは少女の色に染まり、随分と小説家らしく雑然とした机周りになってきた光景に今までの持ち主たちと重なる。
少女が寝ている間に彼女が書いた小説を黙読しては、再び自分に会うため健気に書き続ける姿に相反する感情がセシルに囁き掛けてくる。
――
ひたむきに努力し続けていれば、小説家になる果てなき夢も叶うだろう
――
骨董店に来た時から分かッていた筈だ、この子は小説家の役割を持ッて産まれてきたわけじゃない
武器以外の道具生をないと思っている融通の利かないどこかの誰かさんとは違う、なんて思っていたが存外未練がましく【数多の小説家が使用していたインク壺】としての矜持を手放し損ねたらしい。
たらればや、もしもを連ねようが薄っすら分かっていた望んだ結末を得られない夢物語を見させてしまった責任が鈍く重い杭となってセシルの心に刺さる。
数え切れない夜を文字とシワがついた紙の海で眠り、何度挫けようとも悔しくて涙で頬を濡らそうとも物語を書き続け、何度目かの春が巡ってきた頃、かつて少女だった者が大人の片鱗を匂わす乙女となった彼女が生み出す物語をセシルは信念顕現して黙読するようになった。
固唾を飲み此度の出来を窺うメガネ越しの眼差しがにわかに泳ぎ出したかと思えば、端正な横顔に向かって何か言いたげに口を開いては閉じる弟子に師匠はただ一言。
「言いたいことがあるなら早く言ッて」
つっけんどんな物言いで先を促した。
その突き放すような口調にすっかり慣れたとはいえ、胸の奥で渦巻いている感情をどのような言葉にすればいいのか言い澱む乙女をセシルは決して急かしはしない。数多くの物語を書いてきたお陰か豊かな語彙が随分と増えた脳内の引き出しを一個いっこ引っ張っては戻し、戻しては引っ張り出すをくり返しているのが目に見えているからだ。
そして、たっぷりと時間を掛けたのもあって一切の迷いが無くなった乙女の目が片時も逸らされずセシルを見つめた。
「私の役割セシルさんが言った通り小説家じゃないみたい」
寂しげに揺れる瞳。吹っ切れたにしてはか細い声音とほろ苦い笑顔。
儚く今にも消えてしまいそうな乙女に金色がかったセピア色の瞳孔が窄まる。普段であれば皮肉交じりな言葉のひとつやふたつ、人に近しい姿の恩恵で話すなんてわけないのに一向に喉奥から出て来やしなかった。
ようやく言葉らしい言葉が出たのは、乙女が勢いよく謝罪とともに頭を垂れたときだった。
「ごめんなさいっ」
「何で謝ンの」
「ありがとうございましたっ」
「いや、こわ
…
。情緒不安定にもほどがあるでしょ」
投げ掛けた疑問に応えてくれないを通り越し、何の脈略もなく今度は礼を述べる乙女の言動にセシルはドン引きした。だが、ドン引きするだけで如何にか相手にも分かるよう言葉を急ピッチで脳内から搔き集めているのか頭から湯気を立ち昇らせている乙女の傍に寄り添う。机を挟んで座っていたため自分が座っていた椅子を持ち、未だ目を合わせてくれない彼女の隣に椅子を置き優雅に腰を掛けた。
セピアの瞳は片時も逸らさず責めもせず乙女を見続ける。唯々、彼女自身の口で言葉で話してくれるのを待ち続けた。
静寂の波が引いて行ったのは窓辺から差し込んでいた夕陽がとぷんと夜に飲み込まれ始めたときだった。
「
…
前々から自分の役割が小説家じゃないって分かってて
……
。沢山書いて悩んで、辛くて悲しい時も数えきれないくらい。それでもめげずに何度も応募して時にはアポなしで出版社に直接持ち込んだりもしたっけ」
「そうだな」
「我武者羅に頑張って頑張って、書いて書いて書きまくって。だけど、結果は笑っちゃうくらい全然駄目。そこで私は気付いたんです。セシルさん私と初めて出会ったとき私にこう言ってくれましたよね? “人間は道具と違って色ンなこと出来ンだから幅広く手ェ付けてみたら?” って。もしかして、初めから私の役割が小説家じゃないことを見抜いてたのかもって」
「
……
」
「でも、自分の役割が小説家じゃないって私自身が納得できるまで付き合ってくれたんですよね? それに対しての謝罪とお礼、です」
「
……
そう」
「色々あって入社した会社での仕事は思ってた以上に私に合ってて楽しいし、今度職場で仲良くなった人が家に遊びに来てくれるんです。私が書いた小説を読んでみたいって、ふふ照れちゃいますね」
「
――
キミは」
「少しの間だけど私に夢を見させてくれてありがとうございますセシルさん。そして、これからも是非よろしくお願いしますっ」
「え、何勢いスゴ
…
」
鳴りを潜めていたシリアスが驚き明後日の方向に飛んで行ってしまった。
乙女の言い分としては小説家じゃなくても小説を書き続けていくのは何ら問題ない、今後ともハッキリ言っていて下さい師匠、とのことらしい。
一人だけすっかり吹っ切れた様子に嘆息吐いてしまう。が、乙女の花が綻ぶような柔らかな笑顔がセシルの心に深々と刺さっていた杭を悉く引き抜いて行ったことなぞ彼女が知る由もなく。
そして、セシルもまたそのことをわざわざ当人に伝える道理もない。
「ま、これからもよろしく頼むよ」
あの日心の中で呟いた言葉を今度こそ乙女に向かって言ったのだった。
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