ながひさありか
2026-04-28 00:08:39
23259文字
Public STR-Phaidei
 

【サンプル】僕を葬る

「来世も会いに来いって、君が言ったんじゃないか」

2026/5/5・西2ヒ52b・IRL(ファイモス)スパコミDay1発行の新刊です。
※原作程度の残虐な描写が一部含まれます。
※カバーは全面ホロ箔のためサンプル画像はイメージです。
組版サンプル:https://www.pixiv.net/artworks/143513901

二月の無配のブラッシュアップ版です。
108642回ベース、永劫回帰中の各種エピソードの捏造、1ページ後の二人に続きます。1ページ後で終わるので概念上はハピエンですが、基本的には苦しみたい人向けです。
通販は事前を5/2の21時~でBoothにて。残りはイベント後に。
https://arikam.booth.pm/items/8204961

帰郷ラブラブ農家系配信者が公開されてひっくり返ったので、間に合ったらこの続きのラブラブ無配かコピーがイベント当日あると思います。


#1 --- 新世界にて


 目を覚ますと、全てがすっかり新しくなっていた。
《救世主》を相棒に託し、ナヌークに向かって焼け落ち、それからどれほどの時間が流れたのかはわからなかったが、ともかく、相棒とナナシビトのみんながうまくやってくれていた。
 滅んだ都市は殆どすっかり元通りになっていて、本でしか読んだことのない場所にだってもう、いつだって行けるようになっていた。朝の訪れなかったオンパロスには昼夜が戻っていて、それにもまだなんとなく感覚がついていかない。もう少し落ち着いたら、オンパロス中を旅に出てもいいかもしれない。最近はそんなことを考えている。平和だった。
 新世界で、アグライアをはじめとした黄金裔のみんな、両親や村の人たち、オクヘイマで共に生活を送っていた人々の姿を、懐かしく眺める日々を送っていた。時折終わらない日々を悪夢として見ることはあったが、目を覚まして市場に出れば、平和な一日が始まっていて、僕の悪い考えは本当にもう、過去になってしまったのだと実感する。手の震えを拳を握って誤魔化し、タベルナや果物店で軽食を買い、食事にする。エスカトンの頃には手に入らなかった食材を使った料理が最近は多く、三千万の輪廻でも味わったことのないものを口にする機会が増ええた。これも新鮮な体験だった。
 そうして日々を過ごしながら、オクヘイマから人々が去って行くのを見つめている。人々はそれぞれの故郷や目的地へ笑顔で向かっている。家族や友人、あるいは師や弟子を伴って。その姿がひどく眩しかった。
 両親や、村のみんなが先へエリュシオンへ帰るのを見送った。僕も収穫の時期には村へ帰るつもりだったが、今はまだ、オクヘイマの懐かしい自宅で、窓の外に朝が訪れ、昼になり、陽が傾いてまた夜になる生活を、新鮮に眺めている。
 そうしているうちに、半年が経っていた。
 なんとなく気まずくて、モーディスと顔を合わせられない。新世界で過ごした二週間程度はそう思っていたのに、いざ顔を合わせてしまえば、もうモーディスの顔を見ない生活は考えられなかった。四百万一回目以降、「僕」は全てのモーディスと肩を並べていた。その記憶をすべて保持しているせいか、モーディスを愛した事実と、傍にいたいと感じる欲求のほうが、彼を殺した後悔を上回っているのだろう。まるで最初から魂に刻まれていたかのように。
 モーディスに赦された記憶があるからか、気まずさよりも、モーディスに会って、くだらない話も真面目な話もしたかった。罪悪感を優に上回る幸福感とでも言えばいいのだろうか、モーディスにすべてを赦されていることに、今は昔本当に昔の話だほど、苦しみは覚えない。
「珍しい食材が手に入ったってきいたから貰って来たよ」
「そこに置いておけ。後で確認する」
 世界が平和になって以降、モーディスの自炊は、趣味と言うよりライフワークの一部に置き換わっていた。
 モーディスがバルネアの図書室にも市場の屋根の上にもいない時は、オクヘイマの共同食堂の調理場にいることが殆どだった。今日も朝の鍛錬の後、市内を散歩し、正門で顔馴染の旅商人と話をしていると、「モーディス様にぜひ」と聞いたことのない食材を預かった。
 それをもって食堂に行くと、百人分の食事を、黙々とものすごい速度で作っているモーディスの姿があった。ここで作られた食事はアグライアの運営する孤児院や老人ホーム、昏光の庭オクヘイマ支部で療養中の患者さんたちに配給されている。かつてオンパロスの守護者をやっていたモーディスは、今やオクヘイマの調理場の守護者をやっているというわけだ。
「昼がまだなら食べていけ。お前の分は避けてある」
 貰った食材を指定された棚に置くと、大鍋を振るいながら、モーディスが僕を一瞥した。
「ああうん、ありがとう。なにか手伝おうか?」
「いらん。じきに終わる」
「じゃあ少し待たせてもらうよ。君も食事はまだなんだろ? 食卓を整えて来る」
 モーディスが作った料理をスタッフたちがあわただしく取り分けて行く様子を横目に、二人分の食器を持って、隣の黄金裔専用食事処へ向かう。今では僕とモーディス、それからアグライアと彼らの侍者たちぐらいしか出入りをしていない場所だったが、モーディスがレシピ開発をしに籠りたくなった時や、アグライアが執務に疲れた時なんかにも利用されている。
 ここにはモーディスが暇にあかせて作ったおやつが冷蔵庫や棚に常備されていて、決まった時間になると、余ったものは市内で配られることになっていた。今日はキメラの顔の形をしたクッキーが丁寧に梱包された状態で、棚に置かれている。
 かすかに蜂蜜のにおいの残る室内で食器を並べ、飲み物をセットしていると、モーディスが二人分の食事を持って部屋に入って来た。トマトとガーリックのいい香りのする魚介たっぷりのスープ、皮ごとハーブと焼いた小さなじゃがいも、種を丁寧に抜かれた黒とグリーンのオリーブ、チーズにきゅうり、トマトと葉野菜のサラダ、表面が黒焦げになるほどよく焼かれた羊肉の塊。いつものようにメーレに羊乳を注いだグラスをモーディスに差し出し、僕は水の入ったグラスを自分の前に置いて、椅子に腰を下ろした。
「この後の予定は?」
「先ほどの食材の調査と研究だ」
「なるほど、それは重大な仕事だ」
 モーディスに軽口を言いながら、サラダの上にのったチーズをよく崩して野菜と和える。モーディスはナイフで塊肉の焦げた表面を削り、かなり大きめのサイズに肉をカットしていた。
 オクヘイマで暮らす間、僕を含めた黄金裔は殆ど毎食、こんな風にモーディスに食事を作ってもらっていた。その生活を何千万回もしてきたからか、二人で食卓を囲むことに違和感はなく、落ち着きすら感じていた。ただ、並ぶ食事は数も種類も以前よりずっと豊かになっていて、窓からモーディスの美しい顔に差し込む光が、ミハニの黎明から本物の陽光に代わっている。
…………………
 モーディスは自分の調理の出来栄えに満足しているのか、微かに微笑みを浮かべながら食事を口に運んでいた。その嬉しそうな表情を凝視していることに僕は何度も気づいて、その度に、モーディスの反応を恐る恐る伺ってしまう。幸いにも、モーディスは僕の不遜な視線には慣れっこで、何も気にする様子もなく食事を続けている。それにほっとするのと同時に、いたたまれない気分にもなった。
 少し前、まだモーディスの両親がオクヘイマにいる間、一度挨拶に伺った。
 よくよく考えると、「これ」ってなんだ? と気づいたのは、モーディスによく似た美しい顔立ちの、ゴルゴー王妃にはちみつクレープを渡した瞬間だった。モーディスは僕のことを「救世主の噂は知っているだろう。俺の背中を任せてやってもいいと思った男だ」なんて両親に説明していたが、それがどういう意味なのかは今もよくわかっていない。王と王妃は驚いた表情をしていたので、もしかするとクレムノス王家にとってはかなり重要な話だったのかもしれないが、モーディスはその意味を教えてくれないし、なんとなく聞きづらくて聞いていない。
 そういうわけで、挨拶は済ませていたが、からと言って、そこから今日までどうなると言うこともなく、半分程度の輪廻でそうだったように、ただの戦友、腐れ縁の知人、気の置けないライバルのような関係で、こうして日々を送っている。
 まあでも、それでいいじゃないか、とも思っていた。僕の中に芽生えた「君の図書館にもう一度連れて行って欲しい」と言う願いは拒絶されず、いつでも来ていいと言われたんだから。
 だけど、図書館の主は両親と共にクレムノスには帰らず、今日もオクヘイマで数人の侍者と共に、のんびりとした暮らしを送っている。
 いつクレムノスに戻るんだ? と聞けば、じっと僕の顔を見つめて、「もうしばらくのんびりさせてもらう」と真顔で呟いて終わりだった。モーディスの淡々とした表情からは、相変わらず真意が読めない。モーディスは僕の考えていることや隠したいことは「下手な芝居だ」と言って簡単に読み取ってしまうのに、僕はこれほど長く君といても、まだ君のことがわからない。そのわからなさは特に不快ではなかったが、ただわからなかった。
 僕とモーディスはこんな感じだったけれど、それでも十分、僕は幸せだった。モーディスも別に、僕とこれ以上関係を変化させたいとは思ってもいないだろう。僕は時折、かつての輪廻の記憶を現実と混同させて苦しむことがあったが、こうしてモーディスの顔を見て、食卓を囲めば落ち着く程度の衝動だった。
 そもそも、最古の記憶と繰り返す輪廻の大半で、僕とモーディスが深い仲になったことがあったのは、あくまであれが終末世界だったからだろう。終わりが見えているからこそ、少しこう、感傷的 ロマンチックな関係になっていたのだろうと思う。きっと。

 もうすぐ収穫の時期だった。散々先延ばしにしていたけれど、両親からも、一度帰ってこないかと催促の連絡も来ている。なのに、もうすぐ帰るから、とずるずるオクヘイマでの滞在を伸ばしていた。
 今日も僕は、エスカトンの頃のように、人々の小さな諍いを諫めたりして、だけど平和に暮らしている。もう戦うことはないかも、なんて言いつつ、日に一度モーディスと手合わせをし、夕方にバルネアに行き、夕食を一緒にとって、しばらく休んでからもう一度バルネアに行く。以前は「日に一度しかバニオをする時間がない」と嘆いていたアグライアも、今は日に三度のバニオを楽しんでいて、時々、僕たちの一度目のバニオで鉢合わせることがあった。
 僕とモーディスが二人で訪れるたびに、なんとなくアグライアは言いたいことがあるような表情をしていたが、結局なにも言わずに湯から上がり、「ごゆっくり」と僕たちの前から去って行ってしまう。その度に、モーディスが僅かに眉を寄せ、僕へ視線を向ける。その視線には勿論気付いていたけれど、なにも言わなかった。なんとなく、モーディスの欲しがる言葉が脳裏に浮かんだような気がしたが、それを口にする機会は訪れないだろうと思っていた。多分、永遠に。
「指輪の準備にはこれほど時間がかかるものなのか?」
……はい?」
 僕とモーディスの関係は変わらないし、今のままが一番いい。そう思っていた――思い込もうとしていたのは、どうやら僕だけだったらしい。
 その日、朝からモーディスに呼び出された僕は、少しだけ苛立った表情をするモーディスに示されるままリクライニングチェアに腰を下ろし、布をゆるく纏っただけのような姿のモーディスの顔から、なるべく視線をずらさないように、必死になっていた。他のどこを見ても困ったことになりそうだったからだ。
「先週も両親からいつ結婚 、、するのかと催促が来た。指輪が出来上がっていないのだろうと返しておいたが、いつ出来上がる予定だ? サプライズをしたがっているのだろうと黙っていたが、どうなっている?」
 モーディスの真剣な眼差しに、君は何を言ってるんだ? ――と、正直に零すことも出来ず、本当に困惑して、押し黙ってしまった。結婚? そう問い返せば重大な失敗をおかしたことになる気がし、黙ったまま、頭をフル回転させていた。
「今更言い訳をするなよ、新兵 、、――いや、もうそう呼ぶのは不適切か。お前はもしかすると、俺より歴戦の猛者と言えるだろうからな」
「、」
 あまりにも懐かしい呼ばれ方に、ぎくりと体を硬直させた「僕」を、モーディスメデイモスが、ふ、と挑発的に瞳を細めて見つめた。その表情は新世界になってからも、以前も、そう珍しい表情でもなかったが、なんとなく、僕の中にいる「 カスライナ」を見つめているような目と声だった。
 それに、心臓を直接つかまれたような感覚がする。心臓が君の第十胸椎を貫いた時と同じように縮んで痛み、急速に頭の芯が冷えて行く。硬直したまひじ掛けに置いていた手にそっとメデイモスの熱い手が触れて、反射的に、手を引きそうになる。
 僕は、君が触れて良い人間じゃない。確かに君は赦してくれたけど、それでもだ。
 そう口にしそうになるのをなんとか耐え、触れられた手に視線を落とし、メデイモスの金色の瞳から逃れる。……逃れられるわけもない。皮膚を突き破るような感触に、ただ居心地が悪くなるだけだった。
「ずっとお前に聞きたいことがあった。お前は、一度でも俺の体を焼いたか?」
 見たくない、と思っていたのに、顔を上げてしまった。そんな話をする君が、どんな表情をしているのかわわからないのが怖かったからだ。答えない僕に、メデイモスは穏やかに微笑んでいる。僕が答えられないのを知っている顔で、なんでそんな意地悪なことを言うんだよ、君らしくない、と文句を口にしたかった。しかし、それを口にするのは簡単なことではなかった。言い訳を口にしようとした瞬間、喉がわななき、震えて、音が言葉にならなかったからだ。
 目と鼻と喉の奥が全部同時に痛んで熱い。くしゃり、と顔が歪むのがわかる。君に赦されたって、僕のしてきたことがなくなるわけじゃない。ケファレは全てを覚えている。その通りだ。僕は三千万回を超える回数殺してきた君の死に顔をすべて覚えている。君を殺した前後の記憶は燃え尽きて、滲み、薄れて、思い出せないことだってあるのに、君を殺した事実だけは全部はっきりと、血の熱さや空気の臭いまで思い出してしまう。
「なん、で……、っ、そん、なこと、聞くんだ」
 どうにか身を引こうとした僕の手を掴み、メデイモスが笑って強く引く。そのまま僕を無理やり抱き寄せたかと思えば、君の熱から逃れようと暴れる僕を力強く抱きしめ、優しく髪や背中を撫でてくれる。……懐かしい、感触と熱さだった。懐かしいと感じることに胸が熱くなった瞬間、それを上回る寒気で体が震える。触らないでくれ。頬を摺り寄せてくるメデイモスの、その肌のすべらかさと温かさに力が抜けそうになるのを、心が拒絶している。本当は君を抱きしめ返して、一年も百年も謝罪を口にしたかった。君はそんな言葉は聞きたくないと怒ったふりをするんだろう。だけど、そうしなければならないような気がした。
 君の真意がわからない。僕のしてきた全てを赦してくれていることは知っている。だけど、どうして赦してくれるのかが、僕にはわからないんだ。
……ファイノン、俺を焼いたか?」

(以降略)


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