ながひさありか
2026-04-28 00:08:39
23259文字
Public STR-Phaidei
 

【サンプル】僕を葬る

「来世も会いに来いって、君が言ったんじゃないか」

2026/5/5・西2ヒ52b・IRL(ファイモス)スパコミDay1発行の新刊です。
※原作程度の残虐な描写が一部含まれます。
※カバーは全面ホロ箔のためサンプル画像はイメージです。
組版サンプル:https://www.pixiv.net/artworks/143513901

二月の無配のブラッシュアップ版です。
108642回ベース、永劫回帰中の各種エピソードの捏造、1ページ後の二人に続きます。1ページ後で終わるので概念上はハピエンですが、基本的には苦しみたい人向けです。
通販は事前を5/2の21時~でBoothにて。残りはイベント後に。
https://arikam.booth.pm/items/8204961

帰郷ラブラブ農家系配信者が公開されてひっくり返ったので、間に合ったらこの続きのラブラブ無配かコピーがイベント当日あると思います。


INTERLUDE --- #0


……蜂蜜をかけすぎじゃないか?」
 一口にしては随分と大きなパンケーキを口に運んでいたメデイモスは、カスライナの言葉にぎろりと視線を向けた。
 テーブルの上にはかなり大きめの蜂蜜の瓶が置かれていて、運ばれて来た際には満タンだったそれは、今や半分ほどになっている。瓶にぶどうのマークがかかれている通り、ぶどうの香る蜂蜜だった。
 メデイモスはカスライナを睨みつけただけで何も言わず、パンケーキをばくりと飲み込み、時間をかけて咀嚼すると、ザクロジュースで完璧に流し込んでから「人の嗜好にケチをつけるな」と諭すように口にした。

 夕食前に少し甘いものが食べたい、と定期的にハニーケーキの宣伝を行っているカフェに寄ったメデイモスは、数分前に店を訪れらしいカスライナに「あれ、君もおやつを食べにきたのかい?」と声をかけられた。
「僕も結構待ったんだ。せっかくだし座ったらどうだい?」
 その問いかけを無視するか数秒悩んでいると、店員に気を使われてしまい、カスライナとの相席を促すように、カスライナの座る向かいの、空いた椅子が引かれる。
 おやつ時の店内は混んでいて、カスライナの向かいに座るのでなければ、半時針は待たなければならなそうだった。のんびりとおしゃべりをしているオクヘイマ市民を、クレムノスの王族のために店から追い出すような店員は、この店にはいない。ここはあくまで庶民的な店で、オクヘイマ貴族御用達ではないからだ。
 メデイモスとて己の特別待遇を望むわけもなく、分け隔てない接客に、むしろ好感を抱いていた。そういうわけで、待つのは吝かではなかったのだが、相席の提案も断りづらい空気だった。同じ黄金裔と言うだけで、さほど親しくはないカスライナと相席させられたことにはやや文句を言いたくなったが、今回は黙って席についてやることにした。

 そういうわけで、こうして同じ席でパンケーキをつついている。
「別に君の好みにケチをつけたわけじゃないさ。ただ意外だなと思っただけだよ。甘いものは好きじゃなさそうだって言われないか?」
「言われたことはない」
「え、本当かい? ……ああでもそうか、君は王子様だから、クレムノスの人たちは畏れ多くてそんなこと言えないか」
 カスライナはメデイモスに言いたいだけ言って自己解決すると、ようやく自分のはちみつクレープに手をつけた。来週いっぱいはぶどうフレーバーの蜂蜜が季節限定メニューらしく、カスライナのクレープからもぶどうの香りがしていた。
「新兵」
「おっと、約束と違うな。僕が勝ったら《救世主》って呼ぶ約束だろ?」
…………《救世主》」
「そんなに嫌そうな顔しなくても。でも意外と義理硬いんだな。なんだい?」
「貴様は、何故俺に声をかけた」
 ナイフでクレープを切り分けていたカスライナはメデイモスの疑問に、ぱちぱち、と青い瞳をまたたせ、不思議そうに首を傾げる。
「何故って、同僚だから?」
 同僚、の言葉にメデイモスは片眉を跳ね上げたが、カスライナは気にした様子もない。
「それに、火を追う旅を続けるうちに、僕たちは幾度となく肩を並べるかもしれないし、背中も預けるかもしれないじゃないか。だからなるべく早く仲良くなっておきたい、と思うのは君にとってそんなに不思議なことかい?」
「戦場以外で慣れあう必要性を感じない」
「うーん、それって僕がクレムノス人じゃないからか?」
……どういう意味だ?」
「どうもなにも、だって君の率いるクレムノスの孤軍はかなりの統率が取れてるんだろう? 君の命令に逆らう兵はいないって話だし、それってつまり、普段から君と君の兵の間にはある種の信頼関係があるってことだろ。君は王子として兵たちの暮らしのことも良く知っているんだろうし、全員は無理でも、リーダー格の性格や戦闘スタイルは熟知してるんじゃないか?」
 メデイモスは眼前の、軽薄そうな笑みを浮かべたまま、ぺらぺらと話す男の瞳の奥に、冷たくメデイモスを分析するような光が宿っていることに気付いた。どうやら見た目通りの軽い男ではないようだ、とカスライナの双眸を数秒見つめ、手許へ視線を落とす。
 たっぷりの蜂蜜がひたひたになっているパンケーキを切り分けながら、「世間話をしたいのであれば、貴様から暮らしだの嗜好品だの開示してみせてはどうだ」と続けた。
「貴様が俺と肩を並べる実力があるのかどうか、まだ俺は知らん。アグライアやトリスビアスの過大評価の可能性だってあるだろう、オクヘイマには我がクレムノスの民とは違い、腑抜けしかいないはずだからな」
 メデイモスはパンケーキを口にし、ふん、と鼻を鳴らす。
 蜂蜜シロップでひたひたになったパンケーキの甘さが脳に強烈に染み渡り、鍛錬での肉体的疲労と、元老院とクレムノス人の生活や待遇について話しあい、オクヘイマ市民との歴史的軋轢によるクレムノスの民の諍いを諫めたりで蓄積した精神的疲労が、癒えて行く気がした。
「確かに。まあでも、世間話をするより、僕たちは腕を確かめ合った方が手っ取り早いだろ。この間は決闘せずに勝敗を決めることになったし、ここ一週間は珍しく平和だ。君が僕の実力を知らないように、君だって僕の力量は知らない。それに、僕はオクヘイマ人ではないけど、既に聖都の一員だ。『腑抜けしかいない』なんて言われるのは心外だよ。そういうわけだから、明日何もなければ決闘しないか? 手合わせでもいい」
「いいだろう。吠え面をかかせてやる」

   *

……決着がつかなかったと言うのに、何故お前の言うことを聞く必要がある」
「おかしなことを言うな。君は僕に勝つことはできなかっただろ? だったら、『僕が負けなかったら一つ言うことをきいてくれ』と言った約束を守るべきだ。まさかクレムノス一の戦士が、たかが剣士に勝てなかったからって、約束を反故にはしないよな?」
 ああいえばこういう男だ、とメデイモスは眼前の男の妙なかたくなさと屁理屈にため息をついた。まるで舌から産まれたかのような男とこれ以上言い争うのも面倒になり、「今回は折れてやる」と頷くと、アグライアに住居と共に与えられた石板をカスライナに差し出した。
「まだ操作に慣れていない。連絡先を登録したいのであれば、お前がやれ」
 引き分けの場合は言うことを聞かん、とメデイモスは確かにこの男には言わなかった。であれば、屁理屈だろうがなんだろうが、聞いてやるしかない。
そう考えていたが、カスライナは差し出された石板をすぐには手に取らず、ええと、と困惑の声を上げた。
「君、案外不用心だな。僕が君のメッセージや通話履歴やディアディクティオの閲覧履歴を勝手に見たらどうするんだ?」
「見られて困るようなやりとりはしていない。お前たちオクヘイマ市民はクレムノス人を疑っているのだろうが、俺は王位継承者として、アグライアと交わした契約を違えはしない」
「あーその、前にも言ったと思うけど、僕はオクヘイマ出身じゃないから、君たちと聖都市民との歴史的軋轢については正直なところあまりわからないんだ。僕にとってクレムノス人は基本的に書物の上でしか知らない人々で、強い戦士が多い都市というか、身内の結束が強いんだろうなとか、まぁ、そのくらいの認識さ。そりゃ、初めて会った時に『クレムノス人』って呼んだのは悪かったけど、仕方ないだろ? オクヘイマでは嫌と言うほど悪口を聞くから……
 唐突にばつの悪そうな顔をする男を、メデイモスは無言で石板を差し出したまま、妙なやつだな、と無表情に見つめた。
ほんの数秒前まで飄々と軽口を叩いていたくせに、反省の色を顔に浮かべ、気まずそうに視線を彷徨わせている。
(新兵、と言うのは確かに正しいようだ)
 アグライアに勝敗の条件を提示された際、相対する男については軽く聞いていた。《救世主》などと大層な名を背負ってはいるが、歴戦の猛者と言うわけでもなく、オクヘイマに来てまだ日の浅い若い男で、大した戦争も経験していないらしい、と。
 それにしては随分と筋がよかったが、とメデイモスは三日三晩、決着のつかなかった決闘を思い出しながら考えた。三日で決闘が中止されたのは互いの体力が尽きたわけではなく、近隣都市からの救援要請があったからで、カスライナは聖都防衛を、メデイモスは救援隊の指揮を担当するためだった。クレムノスの孤軍の有用性を――メデイモスの命令を厳守し、余計な諍いを絶対に起こさないと市民にアピールしてください、とアグライアに指示され、今回の配置になっていた。
 そうして市民を保護し、帰還した翌朝。市場でばったり出会った男に、「決闘前の約束を覚えてるか?」とメデイモスは問われた。
『僕が負けなかったら連絡先を交換しよう』
 なんだそのふざけた約束は、と決闘前に失笑したメデイモスに、カスライナは瞳と口角を吊り上げた生意気な表情で「まあ、君が僕に負けなかったら連絡先を教えてあげるよ」と宣った。
 いらん、とメデイモスが応え、両の拳を合わせて打ち鳴らしたのが決闘の合図だった。結果は前述の通り、メデイモスの予想は外れ、決着がつかなかった。

 ――メデイモスは回想から浮上し、未だに石板を受け取るべきか悩んでいる男の胸に、ぐっと石板を押し付け、握らせる。
「そんなことはもう気にしていない。そもそも、お前は俺たちに随分と好意的だろう」
「好意的というか、前にも言ったけど、同僚だからなるべく仲良くしたいと思っているだけだよ。エスカトンのこの世でいがみ合うことに意味なんてないと思わないか? 勿論、過去に君たちとの戦争で、悪いイメージを持ってる市民が多いってことも理解はしてるけど、少なくとも僕には関係のないことだ」
 気まずそうにしつつ石板を受け取ったカスライナは、「ロックを解除してから渡してくれよ」とメデイモスに再度端末を向け、顔認証でロックを解除する。
「殊勝なやつだ」
「石板をこんな簡単に他人に預ける君よりは、殊勝じゃないと思けどね。……これでよし。また決闘がしたくなったりしたら連絡してもいいかい? それともそう言うのは直接が好みかな。あるいは通話? ああそれと、よければ純粋に手合わせも今度して欲しい。僕と同じくらい強い人がいないから、訓練にならなくてさ。そうそう、平和だったら、今度こそ決闘の決着もつけよう。トリビー先生たちとアグライアにも言っておくから」
……どれも好きにしろ。気が向けば相手をしてやる」
 にこにこと笑顔で一気に捲し立てている男から端末を受け取ると、メデイモスは無表情に、簡潔にそう答えた。
 直接来るのでなければ、どの連絡も望みにも答える気はこの時はなかったが、直接来るのであれば、相手をしてやるのも吝かではないと感じていた。 決着のつかなかった決闘は久しく、それだけで既にこのカスライナと言う、優男然とした人の良さそうな男に興味を抱いていたからだ。

   *

「クレムノス人は読書をしないって聞いてたけど、君はそうでもないんだな」
…………………
 バルネア併設の図書室で顔を見合わせるなり、あまりに失礼なことを宣う男に、メデイモスは怒りを覚えるよりも前に、呆れの強さに言葉を失った。遅延して沸々と沸き上がった怒りに目を閉じると、ため息を何度も吐いてから瞼を上げる。ミハニの黎明に白い髪を輝かせ、無害そうな笑みを浮かべた男は、巻物をいくつも抱えていた。
「口を開く前に考えてから物を言え」
「声をかける前に考えたさ。クレムノス人の辞書はぺらぺらだって聞いたから、そもそも現代クレムノスには文字がないか、読めないのかなと思ってたんだけど」
 カスライナはメデイモスの剣呑な表情に全く気付いていないのか、それとも気にしていないのか、涼しい顔で、メデイモスの抱えたいくつもの文献に視線をじろじろと落とし、なおも失礼な評価を続けた。
「おい、市民の諍いに首を突っ込んで頬を殴られるようなお人好しのくせして、俺には何故そんな口を利く? ここで叩き潰されたいのでなければ黙って消えろ」
「まあまあ。からかって悪かったよ。君が意外とクレムノス人らしくないのはわかり始めて来たけど、インドアなところがあるのはちょっと意外だったんだ。それ、古クレムノス語で書かれてるだろ。もしかして読めるのかい?」
 カスライナの視線に誘われるようにメデイモスも視線を落とし、戦術指南書、と古クレムノス語で書かれた表紙を確認してから、顔を上げる。
……お前も古クレムノス語が読めるのか?」
「まさか、タイトルだけだよ。以前、司書さんにタイトルを教えてもらったんだけど、オクヘイマには古クレムノス語を読める人がいなくてね。ここの書物はオクヘイマの外への持ち出しが禁止されてるから、樹庭に樹庭のことは知ってるんだっけ? 学校があるんだけど」
 カスライナの問いかけに、メデイモスは「話を聞いたことはある」と頷いた。それにカスライナも頷き返し、それで、と続ける。
「樹庭にそれを持って行って、誰か読める人に内容を聞きたかったんだけど、できなくてさ。その、もし君がよかったらなんだけど、読み終わった後にでも、かいつまんで内容を教えてくれないか?」
 そわそわと恥ずかしそうに頬を染めて頼んでくる男に、メデイモスは数秒考えた後、「いいだろう」と首肯した。
 剣を振る脳のない男かと思っていたのは俺も同じか、と反省したからだ。
「クレムノスの戦術を学びたいと言う姿勢は評価してやってもいい」
「学べるものならなんだって学ぶよ。……みんなを救いたいんだ」
 そんなことを恥ずかし気もなく、真剣な表情で呟く男に、メデイモスはふむ、と瞳を眇めて息をついた。
 救世主だの英雄だのと持ち上げられて調子に乗っている男かと思っていたが、その実、どうやら己の責務に誠実に向き合っているらしい。そういった姿勢は好ましい。
 そう感じた男と四六時中一緒にいるようになるまで、そう時間はかからなかった。それはメデイモスにとっては意外な現実だったが、不思議と不快感は覚えなかった。
 そんな男だからこそ、きっと己の弱点を教えたのだろう。
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