ながひさありか
2026-04-28 00:08:39
23259文字
Public STR-Phaidei
 

【サンプル】僕を葬る

「来世も会いに来いって、君が言ったんじゃないか」

2026/5/5・西2ヒ52b・IRL(ファイモス)スパコミDay1発行の新刊です。
※原作程度の残虐な描写が一部含まれます。
※カバーは全面ホロ箔のためサンプル画像はイメージです。
組版サンプル:https://www.pixiv.net/artworks/143513901

二月の無配のブラッシュアップ版です。
108642回ベース、永劫回帰中の各種エピソードの捏造、1ページ後の二人に続きます。1ページ後で終わるので概念上はハピエンですが、基本的には苦しみたい人向けです。
通販は事前を5/2の21時~でBoothにて。残りはイベント後に。
https://arikam.booth.pm/items/8204961

帰郷ラブラブ農家系配信者が公開されてひっくり返ったので、間に合ったらこの続きのラブラブ無配かコピーがイベント当日あると思います。

#108642


 十万八千六百四十二回目の永劫回帰の終わりが見えた。
 ——静かだ。
 少し前まで煩く頭の中と視界と聴覚を苛んでいたノイズも今はなく、ただ静かで冷たい死の気配が辺りに満ちている。松明が燃え、時折火花の爆ぜる音が風に乗って耳に届く以外は、生命の気配はどこにはない。鼻先に纏わりつく血臭が不快で鼻を擦る。が、より一層死の臭いが濃くなるばかりだった。長く重い息を吐く。
 クレムノス兵の屍がそこら中に散らばっている。その先、円形闘技場の真ん中で、彼らの最後の王たる男が死んでいる。
 最も偉大な征服者、最も偉大な守護者、最も強き者。かの瀕死の獅子、国なしの君主、メデイモス。僕を今も《救世主》と呼び、どの輪廻でも「僕」と肩を並べ、そうして、最後には僕に殺される同胞。こうして、最後のクレムノス祭典は幕を下ろした。今までのすべての輪廻でそうだったように、今回も例外なく、僕の勝利で終わりだ。
 百三十四回目の輪廻で、かつての仲間の犠牲を回避するのは無理だと悟った。今ではもう対話を諦め、殆ど作業のように、彼らからなるべく早く火種を奪うことを考えている。痛みや苦しみを長引かせないことが、僕にできる彼らへの最大の情だと思っているからだ。——いや、そう思い込むことで自分を正当化している。どんな言い訳を口にしようと、僕のしていることはただの虐殺で、彼らの尊い意志も何もかも踏み躙っている。対話をすることはもうとっくに諦めている。けれど、それでも歩みを止めていないのは、彼らが「黎明になれ」、とどの輪廻でも、僕の背中を押してくれているからだ。
 僕の意思でこの永劫回帰を止めることはできない。止めてしまえば、彼らの未来を僕が、永遠に奪ってしまうことになる。
 対話を諦めている、と百三十四回目以降、自分にずっと言い聞かせていた。
 だけど、今世のモーディスは「まだ憐情が残っている」と鋭く、僕が心の奥底で抱えているものを正確に読み取った。十万回を越えて輪廻を繰り返す僕と違い、モーディスにとってはこの輪廻がはじめての人生だと言うのに、まるで、僕と一緒に全ての記憶を保持したまま歩んできたかのように、僕の抱えている感情を正しく当ててしまう。
 ……君のそういう所が、僕は本当に大嫌いだ 愛おしい
 君は僕を知らない筈なのに、僕ってそんなに君にとってはわかりやすいのか? 地に伏した死体を見下ろし、心の中で問いかけてみるが、当然、僕の疑問に答えは返ってこない。
 今世でメデイモスが「ファイノン」に弱点を教えたのを見て、唐突に耐えがたい感情が沸き上がった。それが今回、クレムノスに残る兵たちを皆殺しにしてしまった理由だろう。いつもであれば、彼と決闘をして、彼の臣下たちには、なるべく手を出さないようにしていた。彼がそれを望まないことをよく知っていたからだ。
 だけど、今回はそれができなかった。それと同時に、先に、君の信頼を勝ち取った「僕」を殺さなきゃいけないとすら感じてしまった。オクヘイマで最終防衛ラインを護っていた「ファイノン」を殺して、クレムノスにやってきたのが今回の僕だ。
 君は僕が「ファイノン」じゃないことなんてわかっていたのに、どうして僕の言葉に耳を傾けるんだ?
 十万回を超えても尚、君の揺らがない「僕」への信頼が苦しい。
 ただの一度も、君の信頼を得られなかったことがない。
 それが苦しい。
 その信頼は僕の胸に、祝福のように響いている。君の信頼は僕の体にあたたかな火をもたらすのと同時に、じりじりとこの身を確実に焦がして行く。
 君がクレムノスの継承者として僕の前に現れるたびに、燃え尽きた筈の体が更に燃焼し、悲鳴を上げるのがわかる。今の僕は――いや、最初の君と肩を並べた僕以外の僕は、君の信頼に値しない男だとわかっているからだ。
 メデイモス、どうかもう、僕を信じないでくれ。祈らないでくれ。
 君の信頼はあたたかで力強く、いつだって僕に、心地良さと誇らしさを与えてくれるものだった。
 例えどれほど表情が凶悪で嫌悪感に満ちていて、語気が強くとも、「尊敬に値する好敵手だ」なんて言われてしまえば、どうしようもなく舞い上がってしまう。何しろ、君がそれを口にする相手を、僕は僕以外に知らない。
 ……だからずっと、僕は諦めがつかないのだろう。
『君にだけはやっぱり僕を信じていて欲しい』
『僕は望んで君たちを、君を殺しているわけじゃない』
『仕方がないんだ、僕がこんな残酷なこと、やりたいわけがないだろ?』
『なぁ、君ならそれをわかってくれる筈だ。君にだけは、どうしても疑って欲しくないんだ』
 どうしてだろう。何も嘘は言っていないのに、全てが言い訳のように空虚に響くのは。
 僕はこの世を救うために、こんなことを繰り返しているわけじゃない。この世を終わらせないために、終わりのない地獄を延々と繰り返している。僕の知る限り、この世はいつまで経っても、西風の果てにはたどり着けないようになっている。君はもう何度も、僕に西風の果てでまた逢おうと言ってくれているのに、十万回を超えても辿り着くための変数が足りず、また全てを振り出しに戻すしかない。
 クレムノスでは、王たる君を護ろうと立ち塞がる誰もが憎かった。誰も僕に傷を負わせられないことは分かっているだろうに、それでも立ち向かってくる勇敢さと、無謀さ、それから、君への信仰心が憎かった。
 それは本来、僕が担うべきものだからだ。
 君の敵に立ち塞がり、対峙するのは僕の役目の筈だ。君の 弱点を任され、すべての脅威を遠ざけるのも僕の役目の筈だ。なのに、僕の後ろに君の姿はなく、目の前にいるのは君の愛する民で、僕が何度も君に託された人々だった。
……っぐ、」
 目の前が明滅し、激しい電子パルスが頭痛となって僕の体に痛みを もたらしている。慣れた痛みだ、こんなもの、もう何万回と味わっている。
 地に濡れたままの手で額を押さえ、そのぬるりとした感触の気味の悪さに、吐き気がこみ上げた。血臭が再び強く鼻先に漂い、心臓が激しく暴れて息が切れた。頭蓋骨に釘を打ち付けられるかのように、激しい痛みが生じている。喉からは醜い呻き声が漏れているのに、僕の視界は歪んでも、少しも滲まない。
 僕の体にこびりついているこの血は、一体誰の血だ? ……そんなの、考えるまでもない。僕が殺したメデイモスの血だ。
「残る火種は……、《紛争》ただ一つ」
ふらふらと立ち上がり、伏した体へ近づく。黄金の血が広がる中に膝をつき、剝き出しの肩へ触れた。まだ血も、体も温かい。きっと、モーディスの体内にまだ火種が残っているからだろう。

君を不死の呪いから解放したい。
それができるのは、この世で僕だけだ。


 唐突に、強烈で、傲慢な感情が胸中に沸き上がった。それを達成した現実に、後ろめたい悦びが沸き上がる。
 十万八千六百四十二回もの回数、僕は確かに君を救ってきた。死ねない君に、確かな安らぎを与えている。そうだろ?
《紛争》を継いだ君が、三十年クレムノスで防衛をした挙句、とうとう暗黒の潮で狂って、人々やかつての仲間を次々に串刺しにし、喉を噛みちぎり、華奢な手足を引きちぎって、穴の開いた胸から滴り落ちる血を音を立てて飲み干し、からからになった体を放り投げ、踏みつぶし、血走った瞳で汚れた唇を舐めて、赤黒く割れた指先を僕に向けて来たその時だって、僕は君の第十胸椎をヘリオスで正確に貫き、すぐに終わらせてあげることにした。
 君の背を守れるのはこの世で僕だけだ。君の不名誉を終わらせられるのも僕だけだった。
『よく、やった……。救世主』
 聞いたことのない、かすれて、ごぼりと血の泡の混ざった小さな声だった。どうして君がこんなことを。呆然と見下ろし、そう零した僕に、君はもうなにも返さなかった。恐る恐る体を仰向けにした君の、光を失った瞳は天を向き、僕と視線も交差しない。なのに、微かに口許と眦が綻んでいた。まるで、こうなってよかったと安堵して逝ったかのように、穏やかな表情だった。
 同胞の血で金色にまばゆく、赤くまだらに汚れた頬と髪と体が、何故か恐ろしく綺麗だった。君はいつだってこの世の誰よりも、どれほど美しい財宝よりも綺麗だった。死して尚、その事実は変わらない。それが恐ろしい。
ニカドリー 紛争のタイタンも暗黒の潮で狂っていた。万が一に俺がそうなれば、背中から第十胸椎を貫け。それが俺を死に至らしめる唯一の方法だ。いいな、《救世主》。これは、お前にしか頼めない重役だ』
 はじめて君の弱点を聞いた時、僕はあまり動揺していなかったように思う。嘘が下手な君の、質の悪い冗談だろうと思ったからかもしれない。君は笑えない冗談をたまに言うから。
 だけど、それが冗談じゃないって聞いた時は結構ショックだったな。もう随分昔のことなのに、今も悪い冗談だったらよかったのにと考えてしまう日があるよ。
 君のそんな頼みが現実にならなければいい、なるはずがない、だって君ほど強い人間を僕は知らない。君ほど、神に相応しい人間を僕は知らなかったんだから。
 幸いにも、君が狂ったのは今までにほんの数度だ。君はいつだって忍耐強く、暗黒の潮の汚染に最後まで抗うことが殆どだった。何度も何度もステュクスを一人で遡り、亡くなった友人や家族の言葉を振り切り、何度も何度も血に塗れ、傷つき、体を損壊し、恢復し、僕に殺されるその瞬間まで、瞳が黎明のように眩しく輝いたまま、前を見据えていた力強い人間だった。
 ……はじめて弱点を聞いてから、もう十万回以上、僕は君の好意を踏みにじっている。
 君を死の呪いから解き放つだって? 思い上がりもいいところだ。どんな言い訳を考えようとも、僕は輪廻を繰り返すのと同じ数だけ、君を殺している。
 メデイモス、もう僕を信頼するな。警戒して、けして近づかないでくれ。いつだって僕を許さないでくれ。次のメデイモスにも僕が尊敬に値する好敵手だと伝えろ? 冗談じゃない。もう、「僕」と出会う必要なんてない。全ての輪廻で僕は君と対峙することになるんだから、僕がこの徒労を永遠に繰り返す限り、次の輪廻で僕とライバルになんてならなくても問題はないはずだ。ケファレは全てを覚えている。ケファレは僕だ。君には僕がいれば――
「っ、」
 ――余計なことを考えすぎている。いつも通り、淡々と終わらせて、また、最初から繰り返すべきだった。今回はモーディスと会話をしすぎた。喋りすぎだ。もう会話をしたところで意味なんてない。苦しむだけだと分かっているのに、どうしてこんな愚かなことをしたんだ?
 ……深呼吸をし、メデイモスの死体を見下ろす。
 僕はなにも感じていない、体も心も、魂のどこにも痛みを感じていない。
 ――そう、自分に必死に言い聞かせる。
 この苦しみを失ってしまえば人間性を失うことになると彼に言ったくせに、頭ではその逆を考えている。彼を殺してももう、僕はなにも感じていない。そう信じなければ、耐えられそうにないからだ。
 十万八千六百四十二回も君を刺し貫いたのに、まだどうしようもなく苦しい。君の血の熱さも、倒れ伏した体の冷たさも、今や目を閉じていてもありありと思い浮かべられるのに、それでもまだ、どうしようもなく苦しい。
 視界が再び明滅し、ノイズ混ざりのモノトーンに極彩色がちかちかと瞬く。落ち着いた心臓が、体の内側から僕を引き裂くかのように暴れて息が切れる。黄金の血で濡れたヘリオスを持つ手が震え、握っていられなくなる。剣を落とすのと同時に、地に膝と両手を付く。体は震えているのに、目の奥も熱くて痛くてどうしようもないのに、嗚咽が喉から洩れても、瞳からはなにも落ちてこなかった。僕にはもう、涙を流す資格がないからだろう。
 地に伏したモーディスの、最後の言葉が耳を離れない。
 ――常勝を祈る、『救世主』。
 徒労感に溜息が落ちた。彼はいつだってこうだ。言葉は違えど、いつも最後には僕の勝利を祈ってくれる。その信頼が、歩みを止めたがる足を進め、重い体を引きずらせている。
来世があるなら伝えろ、と今回の君も言った。だけど来世なんてないんだ。僕は、僕たちは最初に戻って繰り返しているだけなのだから。
 創世の渦心で「ファイノン」を殺して巻き戻るたび、心の中の英雄と会話をしている間も、桟橋で君のことを考えている。十万を超える輪廻でただの一度の例外もないことだが、今度も、必ず君が生まれて、必ず僕の前に立ち塞がってくれますように、と。
……………………
 ふらふらと立ち上がり、モーディスの体から火種を取り出す。もう何度も何度もやってきたことなのに、何故だろう、君の火種を取り上げる時だけは、皮膚がいつも焼け爛れるように痛むんだ。他の仲間のみんなの時だって、僕は同じように苦しむべきなのに。
 そうして取り出した紛争の火種を取り込むと、今まで以上の熱を体の内側に感じた。じくじくと体内が焼け焦げ、眼球から水分が蒸発するような感覚がする。吐く息の熱さに眩暈を覚えながら、半分ほど開いていたモーディスの瞼を下ろしてやる。口許に微かに笑みを浮かべたまま目を閉じているその姿に、再び、彼の祈りの言葉が脳裏に蘇る。
『次の輪廻があるのなら……その時も、必ずお前の前に立ちはだかってみせよう……。常勝を祈る、「救世主」』
 肺に溜まっていた息を吐き、火の爆ぜる音に耳を澄ませる。頭の中で十秒数えると、モーディスの死体を抱え上げ、死に満ちたクレムノスの内城を歩む。
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