<6.5 (③と④の間の番外編)>
カバキが普段あまり行かない駅で用事を済ませると、天気が悪いせいか夕方だというのに既に暗くなっていて、2月も後半だというのにイルミネーションがまだ点灯していた。息を吐くと白くなる。家を出た時よりさらに気温が下がったようだ。きらきらと光り始める街中を見て、カバキはつい2か月ほど前の年末のことを思い出した。
「俺、年末は家に帰るんで」
「えー
……それ今言う?」
クリスマスなので特別、ということでケーキを一緒に食べている最中に告げると、トガシはあからさまに残念な声をあげた。
お互いにプレゼントはなしにしようと決めたので食事だけでも、とケーキを買って雰囲気を楽しんでいたクリスマスである。
「猫に会いたいんですよ」
スマホから写真を見せるとトガシが「かーわいー」というので、カバキはにんまりする。
「あ、そんなカバキくんの顔初めてみたな」
その顔のままで待ってて、とトガシがスマホを出そうとするのでカバキは顔を無表情に戻す。
「写真とらないでくださいって言いましたよね?」
「大丈夫だよ。ね、さっきの顔して見せて」
「嫌です」
「ケチ。じゃあ、ケーキと写真とろ」
そう言ってトガシは止めるまもなくケーキを真ん中に自分をふくめて自撮りを撮る。
「消してください」
「大丈夫。パスかけたところに保存してるから、普通には見れないんだよ」
トガシはスマホをしばらくいじると、ほら、と渡してくる。カバキは色々いじってみるが、たしかに通常の写真フォルダにはたわいもない景色やバイト中に撮っただろうスポーツグッズの写真しかなかった。アプリの一覧をあれこれ探してみたり、フォルダも探してみるが出てこない。
完璧には納得しないまでも出せないものに対して文句が言えないので、カバキは不満を残したままスマホを返す。
「ね、大丈夫でしょ?色々調べて設定したんだけど、これは僕以外は開けないから。たとえ探れたとしても、パスもかかってるし大丈夫」
「
……そういうこと、出来ると思ってませんでした」
「ひどくない?一応二十代なんだけど」
記憶が戻る前のトガシだったら絶対にできなかったとカバキは思う。
「でも、もしそれが見つかったらどうするんです?」
案に誰に、とは言わない。カバキが不安の目を向けると、トガシは目を伏せて微笑んだ。
「絶対見つからないってば。もし見つかったとしたら、僕の記憶が残ってるんだろうね」
だから大丈夫、とトガシは笑う。
「いいでしょ。僕のささやかな楽しみ奪わないでね」
「わかりました。でもどんな写真残してるかは見せてください」
「だめ」
「トガシさん!」
腕をのばすとトガシはスマホを避難させて、生クリームのついたイチゴを口に押し付けてきたので、思わずトガシの手ごとカバキは食べる。
「あ、生クリームプレイでもする?」
食べられた指を引き出したトガシがナイスアイデア、のように言うのでカバキは顔が熱くなる。
「しません」
「せっかくなのに」
笑うトガシの口に、カバキはお返しとばかりチキンを押し付けた。
「それじゃ、2日には帰るんで」
「うん、じゃあね。写真も送ってね」
「
……変なメッセージは残さないでくださいね」
「わかってるよ」
駅まで送りにきてくれたトガシに、カバキは釘をさす。
「思ったより人いるね」
「まぁ、年末ですもんね」
トガシが何か言いたげに見つめてくるので、カバキは眉を寄せる。
「だめですよ」
「なんでわかったの?」
「キスしたいって顔してます」
「ばれちゃったか」
トガシは口元を手で覆う。
「じゃ、いきますね」
「うん、ゆっくりしてきてね」
手を振るトガシに少し微笑んで、カバキは改札に入った。
電車を待つ間に、乗り換えの確認と新幹線の時間を確認する。
離れるのは4日程度。たった4日。4日未満。たいした時間ではない。
それでも
――明日、記憶が戻るかもしれない。もちろん、戻らないかもしれない。
年明け2日に帰った時にいまのトガシがそのまま迎えてくれるかもしれない。
でも、もし急に戻ったら?しかも今日までの記憶がなくなってあの日本陸上の日まで戻ってしまったら?
全ては想像。でも、絶対にないとは言えない。
電車が到着する音がする。
カバキは到着する電車を見ながら、手にしていたスマホから連絡先を探した。
「
……おかえり。ずいぶん早かったね」
別れた時とまったく同じ場所に立っていたトガシに、カバキはため息をついた。
「そっちこそ、ずいぶん長い間見送ってたんですね」
「色々考えちゃって」
「俺もです
……だから、今年は帰らないことにしました」
新幹線もキャンセルした、と伝えると、トガシは目を伏せる。
「
……ありがとう」
「いまは
……一緒にいたいです」
「ネコ
……会えなくてごめんね」
カバキは首を振って歩き出した。
「帰りましょ。あとで実家に電話するんで、猫に会わせてあげます」
「あ、それ嬉しい」
猫の名前を聞かれて伝えると、トガシが何でそんな名前なの、と変な顔をしたのでカバキは笑った。
「年越しそばでも買います?」
「いいね」
明日はないかもしれない。年が明けたらこの関係は幻のように消えるかもしれない。
――なんとなくやけど
……。
あまり長くはない気がする。
――もう少しだけ
……もう少しだけ。
カバキはそっと、右を歩くトガシの左手の小指に、自分の人差し指を絡めた。
年末はやはり帰らなくて良かったと、カバキは改めて思う。
ふと、不動産屋の前で足を止める。1LDKの値段の相場を見て、また歩き出した。
「
……生クリームプレイ、しとくべきやったな
……」
思わず呟いて自分で苦笑する。吐いた息が白くなって冷たい空気に溶けて消えた。
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