自室に引きこもったカバキは扉に背をもたれた。
この扉の向こう側にはトガシがいる。だが、今朝まで一緒だったトガシとは別のトガシだ。
あの日本陸上までの日の、カバキのことを特別に想っているわけではないトガシだ。
好きだと言ってくれたトガシはもうどこにもいない。
「
……タマ蹴りつぶしてやろかな
……」
独り言を声に出すと少し面白くなって、小さく笑った。
カバキはベッドに倒れ込むように飛び込むと、掛け布団を抱きしめた。
つい今朝まで一緒に寝ていたベッドだ。どこかにトガシの匂いが残っている気がして思い切り匂いをかいだ。
――やっぱ嘘やん。
走ったら戻るだろうと思っていた。
だがどこかで戻らないかもしれないとも思っていた。
戻ってほしかった。
戻らないでほしかった。
矛盾を抱えたまま、戻っても記憶が残ればいいというカバキの儚い希望はあっさり消え去った。
あっけなく自分を「僕」と呼んだトガシはいなくなってしまった。
絶対大丈夫だと、絶対忘れないと言ったくせに。
――嘘つきやんか。
帰り道のトガシとの会話を思い出す。
この半年ほどがまったくキレイさっぱりなくなったように、記憶前のトガシがそこにいた。
以前と何も変わりなく。夢から覚めた現実は残酷だった。
何も変わらない。
何も、なかったことになった。
覚えているのは自分だけ。
この人が自分を好きになるなど、やはりないなとカバキは再確認しただけだった。
カバキは抱きしめた布団に顔を押し付ける。
ここで身体を重ねた。今朝、ここで一緒に目覚めたのに。
「トガシさん
……」
壁1枚隔てた向こうに求める相手はいるが、もう求めることはない。
体が震える。
顔を押し付けた布団が濡れていく。布団をますます強く抱き込んで顔を押し付けた。
声が漏れないように、奥歯を噛みしめる。
「ふざけんなよ、ほんまに
……」
声にならない声で叫ぶ。
まだ体に触れた感触を覚えている。
触れた唇の感触も覚えている。
体の奥に入った形も覚えている。
忘れることはできない。忘れるつもりもない。
でも、もう全て手に入らない。割り切らないといけない。
別れたわけでもない。
熱が冷めたわけでもない。
なかったことになっただけだ。
トガシはトガシとして存在している。
それでも、もうカバキが求めた彼には二度と会えない。
最初に夢だと思った。
夢は所詮、夢だった。
夢だと、わかっていた。
夢は結局覚めるのだ。
それでも、できるならもう少し見ていたい夢だった。
「
……ッ
……」
慟哭をすべて布団に押し付けて、カバキは静かに体を震わせた。
いつまでも涙は止まらなかった。
⑦へ→
https://privatter.me/page/69ee2c1a1d32a?p=1#contents
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しゅく様がこちらの話に
FA→を描いてくださいました
…涙!
めちゃくちゃ美しいカバキくんをぜひ見てください
…! しゅくさま、本当にありがとうございます
…!
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