宝箱から溢れる追懐

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ視点。

久しぶりの自宅掃除中に、宝物を見つけたウ教。



土間、更に正確には玄関引戸の更に奥、外から響いてきた声。いつかのように元気いっぱいの可愛い声に、俺の体は無意識に反応して立ち上がろうとしてしまい──

「おお、愛弟子っ!? あいたァッ!?!」

収納の暗闇の中で、キミを求める俺の大声量と、ごつん!と収納の天井に頭をぶつけた鈍い音が、同時に響く。

慌てた様子でデンコウが「大丈夫ニャ!?」と声をかけてきてくれた。

俺は四つん這いの姿勢のまま後退し、まずは収納から頭を外して「大丈夫大丈夫!」と不安そうなオトモを安心させるべく笑ってみせる。我ながら誇るべき石頭だ。

気配が近寄って来ている様子はないので、恐らく彼女は律儀にも敷居を跨がず外で俺の応答を待っているのだろう。
そわそわしながら立ち上がり、俺は迷わず土間のかまちへ急ぎ足で向かった。

「愛弟子! 嬉しいな、来てくれたんだね! 遠慮しないで入っておいで!」
「ありがとうございます! 失礼しまーす」

玄関引戸げんかんひきどをそっと滑らせつつ、足取り軽やかに入って来てくれた愛しいキミ。

オトモたちも彼女に向けて「ニャア!」や「ワウウ!」と楽しげな声を上げ、俺の目尻も蕩ける。
彼女は俺のオトモたちに手を振りながら土間に立つなり、框に立つ俺を見上げ、不安そうに眉を下げてくれた。

「ウツシ教官。さっき痛そうな音と声が聞こえて来ましたけど……大丈夫ですか?」
「うんっ? あ、ああ、さっきのね! 大丈夫大丈夫! 久しぶりに家の掃除と片付けをしててね、その音さ!」
「あ、お掃除中だったんですね。大丈夫なら良いんですが、痛いの我慢しないで下さいね?」
「大丈夫大丈夫っ! 本当に全然痛くないよっ! ありがとうっ!」

ささやかなやり取りの中にさえ、キミの成長と不変の優しさを感じて、ますます胸が熱くなる。
ぶつけたところなんて、その感動に比べたら痛くも痒くもなく、自然と口角が上がって笑顔が溢れた。

「愛弟子、わざわざ来てくれるなんて嬉しいなあ! キミも今日はお休みかい?」
「はい! ウツシ教官もやっとお休みだって聞いたので、良かったら久しぶりに気晴らしで、一緒にうさ団子でもどうかなーなんて思ったんですが……お掃除中でしたら、ご無理なさらずに」
「ありがとう! キミからお誘いしてくれて、すっごく嬉しいよ! そこの戸棚の整頓だけ終えてしまうから、少し待っててもらえるかな!? すぐ終わるから!」
「もちろんです! むしろ何かお手伝いできることありませんか!? お邪魔でなければお力になりたいです!」

胸の前で両手を握り「ご遠慮なく!」と自ら申し出てくれたキミの姿は、とても明るく頼もしい。

里の英雄『猛き炎』と呼ばれし強者ツワモノとなり、すっかり多忙になったキミだが、疲労を感じさせない様子につい甘えそうになってしまって「ありがとう!」と笑顔を意識した。

「そう言ってもらえてとても嬉しいよ! ただ今回は本当にすぐに終わるから、キミの力はもっと大変な時にとっておこうかな?」
「ふふふっ、そうですか? いつでも呼んで下さいね?」
「うん、そうさせてもらうよ! ごめんね、ちょっとだけ座って待っててくれる?」
「分かりました、ありがとうございます。あっ、急がずやって下さいね?」
「キミは優しいね、ありがとう!」

キミが框に歩み寄って腰を下ろそうとした姿を見届けてから、俺は心を踊らせつつ踵を返し、再びオトモたちの待つ戸棚の方に向かった。

せっかくあの子が誘いに来てくれたので、出したものを一旦しまうことにする。収納の中の拭き掃除等は帰ってからにしようと思い、戸棚の前で再び両膝をついた。

両手を使って、急いでカムラノ装が入った箱をしまい、作りかけのお面たちが入った箱と道具箱をしまい、そして最後に──先ほど宝物を入れ直して蓋を閉めたばかりの古びた木箱、俺の宝箱が、また視界に入った。

(思えば……キミは、幼い頃からいつも俺を案じてくれていた。誰よりも強く、深く、俺の無事を願ってくれていたね……)

どんな狩猟に赴く時も「ぜったいかえってきてね!」と、出立しゅったつする俺に向けて、小さな手を一生懸命振り続けてくれた。

その言葉に、その姿に、どれほど支えられてきたことか。あの時の『おみせやさん』だけじゃない、キミはいつも俺に希望や救いを与えてくれて──……

…………!」

改めて思い出しながら、思わず言葉を漏らした俺は、無意識に目を見開く。

刹那、清々しい澄風すみかぜが胸の奥まで吹き抜けたような、涼やかな気付きの感覚があった。

脳裏に、先ほど出てきた宝物たちの映像が駆け巡って、見開かれていた俺の目は、次第に穏やかに下がっていく。

(ああ──そう……そうか。キミは……俺より早く、俺のことを、ずっと……!)

教官と呼ばれるようになって久しいが、実に愚かだ、今になってやっと気付くなんて。

俺がキミを見守り続けているように、キミも、俺を見守り続けてくれていた。
幼い頃からずっとずっと──もちろん、多忙だった俺を案じて、気晴らしにうさ団子でもと声をかけにきてくれた、今も。

……愛、弟子」

ぽつりと、誰にも聞こえないような小声で呟き、俺ははやるような気持ちでまた宝箱を開けた。

オトモたちには先ほどの俺の声が聞こえていたようで、二人は不思議そうに顔を見合わせている。

俺は夢中で、宝箱の中に入っていた竹とんぼを手に取ってから、宝箱を戸棚の収納の中に大切にしまった。
片手に竹とんぼの感触をしっかりと感じながら立ち上がり、框に座って待つキミに駆け寄って行く。

「お待たせ、愛弟子!」
「いえ、全然。むしろ急がせちゃいましたよね、すみません」
「全然! じゃあ茶屋に行こっか! オトモたちも一緒にいいかな?」
「もちろん! みんなで行きましょ!」

当然、俺と愛弟子のこの会話はデンコウとライゴウの耳に届いていたようだ。

二人はまた顔を見合わせ、デンコウは「やったニャー!」と飛び跳ねて喜び、ライゴウは尻尾を大きく振りながら「アオオン!」と一鳴き。

そんな俺のオトモたちの様子をにこやかに見守るキミの姿を、俺は改めて見つめ直した。

心臓が静かに、次第に、素直に、トクトクトクと、緊張を帯びつつも甘やかに高鳴り始める。

「ね、ねえねえ、愛弟子! うさ団子食べたらさ、久しぶりに一緒に竹とんぼをしない?」
「えっ、竹とんぼ?」

キミは框から立ち上がって俺の方に向き直りながら、可愛い双眸をビイドロ玉のように真ん丸にしていた──が、すぐにそれは優しく細められていった。

「ふふふふっ、竹とんぼ、いいですねえ。わたしも縁台でたまにやります、結構飛ばせるようになったと思いますよー?」
「素晴らしい! 童心忘れるべからず! 成長したキミの竹とんぼの腕前も楽しみだぁ!」
「それ、教官のマイ竹とんぼですか? ふふ、教官がどれだけ上手に飛ばすのかも楽しみです!」

俺の片手が握る小さな竹とんぼを、キミは興味深そうに一瞥いちべつし、とても嬉しそうに笑ってくれた。
観察せよという俺の教えを常に、もはや無意識に実践できているのはさすがだ。

キミに懐かしの竹とんぼを見せながら頷き、俺は「んふっ」と笑声しょうせいを溢す。

「これは俺の大切な、宝物の竹とんぼなんだぁ。俺も久しぶりに持ったけど、この優しい感触がすごく懐かしいよ」
「そうなんですね? むむ、すごく古そうですけど……ンッ、あれ……?」

訝しげに、何かを思い出そうとするように、キミは眉をひそめて俺の手の中の竹とんぼを見つめ続ける。

けれど、俺はそれを制するように片手を下げ、框から草履で土間に降り立ち、空いていた片手でキミの手を取った。守り続けたい、愛おしい手。

「さあ! 茶屋に行こうか、愛弟子! ふふふっ、久しぶりにキミと一緒の時間、楽しみだなあ! 俺、結構お腹空いてたみたい!」
「わ、わ、ウツシ教官っ……!」

ほんのり頬を林檎色に染め、俺に手を引かれるキミの表情は、驚きと戸惑いから次第に、照れたような、蕾が花開くような笑顔に変わっていく。

茶屋は逃げませんよ、と言わんばかりに少しだけ呆れたような、けれど、とても温かい穏やかな笑顔が眩しかった。
昔からずっと変わらない、いつまでも守りたい最愛の笑顔。

そんなキミの手を引いて、家の外に駆け出る。

目が眩みそうになるほどの、雲一つない明澄めいちょうな蒼穹が出迎えてくれて、続くように鼻をくすぐる桜と煙の混じった郷里の匂いに、ますます心が和む。

そして、オトモたちやキミと共に茶屋に向けて駆ける風は、薫風くんぷうに勝るほど清々しい。

「ウツシ教官! ふふっ、全くもう! そんなにお腹空いちゃったんですか!?」
「あはははっ、そうだったみたい! 何だか、すごく……すごく、ほっとしたから!」
「ほっと、ですか?」
「うんっ! 愛弟子! 愛弟子……本当に、本当にありがとう!」

溢れ出た感謝の言葉に、キミは、何が何だか分からないとでも言いたげに、不思議そうに首を傾げて、本当に愛おしい。

でも、キミは、すぐにたおやかに微笑んで──俺の手を握り返してくれた。

「それは、こちらこそ。いつも見守って下さって、傍にいて下さって──ありがとうございます、ウツシ教官! 」
「! ……愛、弟子」

嗚呼──お礼を伝えたかったのは俺の方なのに、キミも俺に感謝を伝えてくれるのか。

成長したキミの手を、俺もまた握り返していた。温かな手から伝わる力に、涙ぐみそうになる。

もう片手で思い出の竹とんぼを握り、里の景色と風に五感を預ければ──俺の決めた道は、今もなお歩み続けている道は、決して間違いではないのだと確信できて、とてつもなく安堵した。 

愛しいキミと手を取り合って、笑い合って、愛する郷里の中を駆ける至上の幸せ。

茶屋までの道のりがもっと長ければと願ったのは、初めてだった。

俺たちの後ろを元気に追ってくるオトモたちの足音も、茶屋に着いた瞬間のヨモギちゃんの「いらっしゃいませー!」という元気な声も、桜雲の中、真紅の毛氈もうせんが敷かれた縁台が並ぶ景色も──全てが、これからも守り続けたい、かけがえのない愛おしいもの。

その中で幸せそうに微笑むキミに、俺は、今も救われ続けている。

(──ありがとう。大好きだよ、愛弟子……)

キミの横顔に向けて心の声を紡ぐが、きっと、キミには聞こえていないだろう。

俺の心はときめくように、温かくも軽やかな鼓動を刻み続けていた。手の中の竹とんぼが熱を帯びて、ぽかぽかと温かい。
俺を俺たらしめる、俺の礎の中へと沁み渡っていくような温もりだった。

縁台に座った俺の足元には、デンコウとライゴウが行儀良く並んで座り、俺の隣で共に座るキミは、足をぶらぶらさせながら、大切に竹とんぼを持っている俺の横顔を不思議そうに覗き込んでいた。

「何だっけなあ、その竹とんぼ……見覚えがある気がするんですよねえ」
「ははははっ、ゆっくり思い出してごらん」
「むうー」

咲きこぼれる桜を背景に、昼時の穏やかな温もりの中、花も煙も仲良く混じり合う優しい風に撫でられて──かつて災厄に晒されていたことが夢幻ゆめまぼろしかと錯覚してしまいそうになるような、安寧そのものの景色の中。

やがてキミは「忘れちゃった」と、小さな笑みを浮かべた。

愛弟子、『これ』は俺の宝物なんだよ。
俺にとって、ずっとずっと大切にしたい、守り続けていきたい、愛おしい宝物。

キミには笑っていてほしい。平和な郷里で、幸せに、花と人々に囲まれながら。
その『人々』の中に、俺がいることも許してもらえるなら、これほど幸せなことはない。

これからも俺は俺として、俺の決めた道を歩み続けよう。
愛おしいものを、大切なものを守るために。

心地良い澄風すみかぜと、陽射しを浴びて純白に煌めく桜の飛花の中、俺はキミの隣でこっそりと口角を上げ、笑い皺がくっきりと表れるほど目尻を下げた。

後でキミと一緒に、共に守り抜いてきた景色の快晴に向けて、この竹とんぼを飛ばす時間が、楽しみで仕方ない。

この時間は、俺の宝物になるのだろう。生涯忘れ得ぬ、宝箱の中には入らない、とても大きな宝物。

風が織り成す桜吹雪の中で得たそんな確信は、あまりにも心地良かった。



@acadine