宝箱から溢れる追懐

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
ウ視点。

久しぶりの自宅掃除中に、宝物を見つけたウ教。



俺がまだカムラノよそおいを纏って、ハンターとして狩場に出続けていた頃のこと。それも上位ハンターになりたての頃だったと思う。

下位の狩猟依頼とは異なってモンスターたちも格段に手強くなり、なかなか思うように狩猟成果を上げられず、焦ったり気落ちしたりする日が続いていた頃だ。

(そう……このカードをもらった、あの日も……狩猟に手間取った日で……)

ちょうど、この日のような天気だった。

当時の俺の心境とは正反対の、皮肉のように晴れ渡った快晴の黄昏時たそがれどき

茜色の空、白に見紛みまごうほどの金光を放つ斜陽の輝きの下で、どっしりとした疲労、そして自分自身の未熟と不甲斐なさを思い知りながら、里への帰路についた日。

辛うじて狩猟に成功したものの、狩猟時の立ち回りに反省点が多く、無用の怪我も多かった覚えがある。
回復薬などが底をつき、現地でアオキノコや薬草調達をしながら何とか完遂した狩猟で、心身共に満身創痍の日だった。

(……だめだな……俺、ハンター向いてないかもしれない……)

里の門を通ってすぐの、朱色の太鼓橋の上をとぼとぼと歩きながら、俺は深く溜息をつく。

里の皆は、その若さでもう上位ハンターになったのかと励ましてくれる。

けれど、当時の俺は、それをありがたく思いながらも心のどこかで、そんな期待と激励をとても重く受け止めてしまっていた。

一刻も早く強くなり、里のみんなの、里長やハモンさん、ゴコクさまたち強者の力になりたい。
だというのに、それがまだ叶わないことを突きつけてくる現実と共に、期待と激励は重く、鋭く、俺の心の奥深くにまで食い込んできて。

「──はあぁ……

満身創痍になった今日の狩猟対象は、実は傘鳥さんちょうアケノシルム。

下位で最初の頃に狩猟した相手であるアケノシルムだが、その強さに驚いたこともあり、不覚をとった。
過酷な大自然の中で紡がれる、弱肉強食の摂理を生き延びてきた個体の強さは本物だ。

下位の時より強烈な、まるで不意を突くような素早い後ろ蹴りを何度も受けたことによる怪我の痛みも強い。

だがそれよりも、自分自身への失望や無力感による心痛が凄まじかった。重く軋むような心の感覚に吐き気さえ覚えそうになりつつ、深く息を吐き出す。

(上位ハンターの相手にするモンスターは、やっぱり下位とは比べ物にならないな……強い個体ばかりだ。こんな……俺の力じゃ……)

無意識に、俺はまた溜息をついていた。 

目が眩むような斜陽の中、どす黒い苦悩の吐息は色を帯び、俺自身のみならず里の皆の目に見えてしまうのではないかと危惧しそうになる。深い、あまりにも深い溜息。

里の皆の激励を、期待を、感謝をもって未来への希望や今後への意欲にするのではなく、まるでとげ付きの足枷のように、鋭く、重く変えてしまう自分が、嫌でたまらなかった。
皆のようになれるのかと不安を感じてしまう弱い自分が不甲斐なくて、恥ずかしくてたまらなかった。

強くなりたい、早く皆の助けになりたい、里を守る力になりたい。

その思いや覚悟は本物のはずなのに、百竜夜行に備えるどころか通常狩猟にさえ手間取る自分が情けなくて、消えてしまいたくて──消えてしまいたいと思ってしまうことそのものも、不甲斐なくて。

(まずいな、考えていると挫けちゃいそうだ……今は早く休もう……)

体と足、何よりも心を引きずるように、太鼓橋を渡りきった──そんな時だった。

「いらっしゃいませ! いらっしゃいませー! ウツシにいに、ちょっとよっていってー!」

どんよりと暗雲立ち込めた俺の内部に吹いた、元気いっぱいの清々しい風。

可愛い勇声がしたのは、橋を渡りきってすぐ、たたら場へ続く本道の脇に並んだ建物の軒下から。

すぐにそちらに目を向ければ、俺に笑顔で声をかけてくれたのは、幼い頃の我が愛弟子。

低い小さな木箱の上に赤い風呂敷を広げ、その上にこまごまとした雑貨を並べており、本人はその木箱の後ろに立っていた。
所謂いわゆる『おみせやさん』だろう。

愛おしく思うと同時に、その景色に何故かとてもほっとして、全身から痛みも力も抜けるの感じながら、俺は彼女の方に歩み寄る。

「やあ! とっても可愛いお店だね! それにとてもいい場所にある! すごいなあ!」
「えへへへっ、おかえりなさい! あっ、いらっしゃいませ! おしごとがえりに、なにかおひとついかがですか!」
「ん、ふふふっ……そうだね! 素敵なものがたくさんあるし、お買い物して行こうかな!」

俺への『おかえりなさい』もかかさなかった可愛いあの子の『おみせやさん』。
木箱の上に陳列されていたのは、朱色をした折り紙の鶴に、桜色をした折り紙の桜、綺麗なビイドロ玉に、つるつるに磨かれた小石など──とても個性的で魅力的な品揃え。

その全てが、不思議と鮮やかに、何よりも輝いているように見えた。無垢な輝きが、俺の内側のどす黒いどろどろとしたものを、分厚い暗雲を晴らしてくれるように感じられた。

赤い風呂敷のかけられた低い木箱の前にしゃがんで、キミの『おみせやさん』の商品を改めて順番に見やる度、折れかけた心が穏やかに癒されていく。

「ふふふっ、どの商品も素敵で迷ってしまうなあ! 店長さんのオススメはどれですか?」
「えーとね、ほんじつのおすすめは、しあわせのびーどろだまです!」

これです、とあの子が片手で掴んで元気いっぱいに見せてくれたのは、小さな無色透明のガラスの中に桜の花びらを閉じ込めたような、濁りのない小さな玉。
燦爛とした斜陽を七色に跳ね返す様は、さながら夕暮れの宝玉のよう。

そんなビイドロ玉を両手で受け取る俺の表情は浄化されたように、無意識に蕩けてしまっていたと思う。

「うわあ……とっても綺麗だね! 持ってると幸せになれるのかな!? ぜひそれを頂きたいな!」
「うふふふ、ありがとうございます! ぽいんとかーどはおもちですか!?」
「えっ!? ぽ、ぽいんと、かーど!?」

あまりにも予想外の言葉に、この時ばかりは俺の双眸もビイドロ玉になっていたと思う。
何故か狩猟の時よりも動揺してしまって、大いに目が泳いでしまった。

「す、すみませんっ、も、持ってない、ですっ……
「えへへへっ、わかりました! じゃあ、あたらしくつくりますね!」

キミは木箱の後ろに置いてあった袋の中から、桜色の、長方形の小さな和紙と小さな判子を取り出した。
もうそこに『俺の名前』が芸術的に、一生懸命書いてあるのが、愛おしくて、ますます胸が温かくなる。

キミは木箱の隅にカードを置いて、そこに判子を一つ押してくれた。カードの中に、赤い朱肉で、最初の桜の花が咲いた瞬間のことを、俺は生涯忘れないだろう。

幼いキミはそれを満足そうに見つめて頷いてから、両手で俺に『ポイントカード』を差し出してくれた。

「はい、どうぞ! とうてんのぽいんとかーどです! おなまえつきです! これでいつでも、このおみせでおかいものできますよ!」
「わあ……! あ、ありがとうっ! この幸せのビイドロ玉は、おいくらですか!?」
「あっ、おねだん! えーっとね、えーっとえーっと、おだいは、さっきいただきました! ウツシにいにのニッコリです!」
「えっ……!? あ……!」

その言葉を聞いた時、はっとした。

久しく、こんなに笑っていなかったことを思い出したから。
キミと会えて笑顔になれた途端、心を重く塗り潰そうとしてきた不穏なものが、軽くなっていくのを感じたから。

春より優しく温かく、蒼穹そうきゅうよりも澄んだ笑顔で、キミは俺に両手でビイドロ玉を渡してくれた。

「どうぞ! こちら、おしなものです! これでウツシにいには、まいにちニコニコまちがいなしだよ!」
「──あ、りが、とう……! ありがとうっ! 本当に綺麗だ……! カードと一緒に、ずっと! ずっとずっと大切にするねっ!」

受け取ったばかりのビイドロ玉と、ポイントカードと、キミの笑顔を順番に見つめているうち、俺の心にはすっかり太陽が昇り、春爛漫。

可愛い小さな店主に一礼した刹那、俺の中には期待と希望と、微かな不安の入り混じった問いが、頭をもたげた。

「ね、ねえっ、店長さん! ごめんね、ちょっと聞いてもいいかい?」
「んー? いいよ! なあに?」
「そ、その……!あ、明日…………

きゅっと唇を噛み締めて、俺は片手の『幸せのビイドロ玉』を握りしめた。不思議と、心が奮い立つ。

「明日もっ……このお店って、やってるのかなぁっ……!?」

我ながら、何を聞いてしまったのだろう。

心の奥底で恥じらいのような、自己嫌悪のような、申し訳なさのような、あらゆる感情が混じり合って、その時の俺の表情は固くなっていただろう。

けれどキミは、それをほぐしてくれるかのように、陽だまりの笑顔を浮かべながら「うんっ!」と嬉しそうに頷いてくれて。

「あしたもやってるよ! おかいものするときは、ぽいんとかーど! わすれないでね!」
「うん……! うんっ! ありがとう! 俺、明日も忘れずに持って行くよ!」

次の日、黄昏時に狩猟を終えて里に帰還した時、本当に、同じ場所に『おみせやさん』はあった。

昨日、ビイドロ玉が置いてあった場所には、新たに竹とんぼが並んでいたのをはっきりと思い出せる。

「ウツシにいに、おかえりー! いらっしゃいませー! きょうのおすすめは、てんちょうおてせい! イヤなこともスイスイできちゃうたけとんぼでーす!」

店長お手製の言葉があまりにも可愛くて、愛おしくて、俺は思わず「ふふっ」と声をこぼして笑ってしまう。
竹とんぼは俺もハモンさんに教わって作ったことがあり、とても懐かしくなった。

小さな店長さんオススメの竹とんぼは、よく見ればヤスリがけが均等ではなくでこぼこで、削れ過ぎているところがあったり、ヤスリがけが不要なところにまで及んでいたり。

恐らく竹とんぼそのものはハモンさんが作って、仕上げのヤスリがけを頑張ったのだろう。幼いながらに『おみせやさん』から、品物を減らさないために、一生懸命に。

「すっごくカッコイイ素敵な竹とんぼだね! よく飛びそうだし、イヤなことも苦手なことも何でもできちゃうような気がするよ! オススメ、下さいな!」
「はーい! ありがとうございます! ぽいんとかーどは、おもちですか?」
「はいっ! お願いしますっ!」

絶対に忘れまいと持ち歩いていた『ポイントカード』を、小さな店長さんの手に渡せた時、俺は心の底から生きる喜びを感じた。

笑顔のあの子が『ポイントカード』に桜のハンコを押して、カードと共に両手で差し出してくれた竹とんぼを受け取った時の感覚は、忘れられない。でこぼこしながらも曲線がすべすべの、あまりにも優しい感触。

その日から──俺はこの『ポイントカード』を持って、あの子の『おみせやさん』に通い詰めた。

雨が降っても風が強くても雪が降っても、あの子は『おみせやさん』をかかさず開いてくれた。

撫でるといいことがある小石、美味しいものを食べられるおまじないのかかった松ぼっくり、みんなと仲良くなれるどんぐり──あの子の用意してくれるものには、いつもそんな名前がついていた。
あの子が自分で考えているのだと思うが、ポイントカードの件も含めて本当に凄い子だと感心してしまう。

そこで買った可愛い品物、俺にとっての宝物が日毎に次々と増え、ポイントカードにもどんどん桜の印影が増えていった。


──ウツシにいに! おかえりなさーい! きょうもいいもの、たくさんあるよー!


どんな時も、キミは『おみせやさん』を開いて待っていてくれた。

狩場でその景色を、出迎えてくれるキミの笑顔を想うたび、何があろうと、生きて帰らなければと思えた。
どんなに無様でも知ったことじゃない、かまわない、大切なキミを待ちぼうけになどさせるものかと、がむしゃらになれた。

折れかけていたはずの心は飛翔しながら、希望に満ちていく。

──はいっ、ぽいんとかーど! またあした、しょうひんふやして、おみせひらいてまってるね!

ほぼ毎日、キミの『おみせやさん』から買った品物と、花の印影が咲きこぼれるポイントカードを大切に受け取って、家に帰って、それを眺めるうち──俺の中に改めて決意が、覚悟が定まっていった。

泣き言なんて言っている場合じゃない、その時間があまりにも勿体無い。

俺は、あの子を守るんだ。
あの子が、みんなと笑って暮らせるこの里を、絶対に守るんだ。

いつもあの子が安心して笑ってくれるように。あの子を愛する人が、大切な場所が、失われないように。

俺は、もっと、もっともっと──誰よりも強くなってみせる。
二度と泣き言なんて思い浮かばないくらいに。

(何があっても……キミを、守れるくらいに……キミに頼ってもらえる男に!)

焦り、煮詰まっていた俺だったが、思い切って基本に立ち返ることを決意する。

ハンターになる以前からも積み重ねていた基礎鍛錬から順番に、丁寧にやり直して──その結果、面白いほど、上位狩猟も苦ではなくなっていった。
相手の動きが見え、反応ができるようになっていた。

紛れもなく、俺を救い、奮い立たせてくれたのは、あの子なのだ。

@acadine