かんら
2026-04-24 21:21:28
7991文字
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雪月花は、彼

義炭 原作捏造軸 炭目線

 知らない。
雪の中で初めて見た顔が、
月を体現しているような人が、
花が咲くように綻ばせて笑うなんて。
俺は、何も知らなかった。


雪月



(あ、禰󠄀豆子と義勇さん)
 定期検査が終わり、療養中の部屋に戻った炭治郎の視線は、窓枠を越えた二人に注がれていた。禰󠄀豆子が手伝いで洗濯物を取り込んでいるところに、リハビリを終えた義勇が通りかかったのだろう。
換気のために窓が少しだけ開けられているが、残念ながら声までは聞こえない。しかし、少なくないやり取りをしてから、義勇も手伝うことになったようだ。その様子を見て涙腺が潤みそうになる。
 無事に人間へ戻れた妹と、共に死闘を超えた兄弟子。その二人が話している光景を初めて見た時、泣いてしまったのは記憶に新しい。
今だって涙にはならなかったが、この潤んだ瞳を二人に見られたら、その時と同じように慌てて、同じように笑うのだろう。この瞬間、炭治郎が見つめている幸せな雰囲気のように。
禰󠄀豆子は昔の記憶よりも愛らしく笑い、義勇は少し前なら到底想像できない顔で、晴れやかに笑う、はずだ。
…………義勇さんの、笑顔)
二人とも、今はこちらに背を向けていている。
簡単に想像がつくのに、何度も見ている彼の笑顔だけは、上手く頭の中で思い描けなかった。

 片目で遠距離を見続けることに少し疲れてしまい、名残惜しくも寝台へ横たわる。
一人で歩けるくらいには回復してきたが、全快には程遠い。目を瞑るとすぐに眠気がやってきそうだった。
 うつらうつらとした思考で義勇の事を思う。彼が笑うようになった事、それは本当に喜ばしい。鬼がいなくなり、柱という役目が終わって、本来の気質が現れたのだろう。あの全てを支えるように、耐えられるように張り詰めた雰囲気が和らいだ。
ようやく彼を、義勇たらしめる正体が知れたのだ。嬉しくない訳がない。
 それなのに、少しだけ違和感を感じてしまう。刀を携えていた時の彼と、目が覚めた後に笑いかける彼が、どうにも繋がりきらないのだ。
……理由は、なんとなく分かっている。
きっと、炭治郎の中で積み上げていた義勇を、特別に、大事にしすぎていた。
心の支えにしていると少し前に自覚したはずなのに、想像以上に大きかったらしい。まるで神様仏様の様に信仰していたみたいだ。

ただの、一側面にすぎないのに。
笑顔さえ、知らなかったくせに。
あんなに人間らしい、人なのに!

 彼の笑う姿を見るたびに嬉しくなる。
そして、寄る辺にしていた彼は偶像だと、何処にもいないのだと突きつけられるみたいで、苦しくもなる。
理想を押しつけて、寂しくなって。なんて身勝手なんだろうと、ため息をついてしまった。
(これから慣れていかなきゃ、ダメだよな)
片目も、片腕も、彼の笑顔も。
特別な人とはいえ、身体の欠損と同列に思えてしまうことに乾いた笑い声が落ちる。
「義勇さん、ごめんなさい」
これからは、しっかりと今の彼と向き合おう。そう思いながら独り言を呟いた。……なのに。
……炭治郎?」
「ぎっ、義勇さん!?」
ドアが開く音に気付かずに放った言葉は、図らずも当人へ届いてしまうのだった。

 驚いた勢いで立とうとしたら、そのままでいい、と言われてしまう。
「見舞いのついでにと、禰󠄀豆子から着替えと羽織を渡す役目を頼まれたんだが……。どうしたんだ?」
「あ、ありがとうございます!でも、なんでもないんです、ホントに!」
中途半端に起きてしまったし、寝そべっているのも悪いと思ったら、寝台の上で膝を抱えた状態になってしまった。しかも顔を隠せていないので、さっきの言葉は嘘だと分かるだろう。だが正直には伝えられそうにないと、折りたたんだ足に顔を埋めそうになる。
丸くなった炭治郎を見た義勇は、少し思案した末に、触れないことにしたようだ。
……そうか。窓は閉めておくか?」
「いいえ、開けたままで!風を感じたいです!」
「なら、もう少し開けておこう」
そう言った彼は近くの棚に荷物を置いて、窓を開けていく。
(ああ、優しいな。……とても)
きっと炭治郎の中にいる、昔の義勇だって同じ行動をする。だから、今の彼だってすんなりと受け入れたいのだ。視線を外せないくらいには、もっと知りたいのだから。
 義勇の動きを追っているうちに、窓はもう開け終わっていた。
そして、何故か炭治郎の羽織を手に取って頭に被せてくる。
「えっ?な、」
「炭治郎」
甘やかすように、優しく名前を呼ばれたら、見えない、という抗議は喉から出てこない。
そうして生まれた沈黙の中、羽織の上から頭を撫でられる。
「これは、独り言だ」
……あ。寂しい匂い)
「話したくないなら、何も話さなくていい。だが、お前が俺に謝る事など、一つもない」
その言葉に、無性に泣き出しそうになった。悲しいのは義勇で、嬉しいのは炭治郎の方なのに。だというのに、ずっとこの瞬間が続いてて欲しくなる。
そんな願いは叶うわけもなく、撫でていた手が止まって静かに離れた。
「また来る。ゆっくり休め」
……待って、下さい!」
思わず、羽織から抜け出して義勇の手を掴んでいた。珍しく驚いた顔を見る余裕もなく、そのまま腕を引っ張って寝台へ座らせる。
「あります、義勇さんに謝りたいこと!」

 義勇さんが笑う時、ビックリするんです。
いい意味で、あの頃の義勇さんはどこにもいないんだって。
それがとても嬉しくて、少しだけ寂しいんです。どうしても、昔の姿も思い出してしまうから。
そう思うのは、ちゃんと今の義勇さんを見ていないのかもしれない。
だから、ごめんなさい。

 しどろもどろになりつつ、この感覚が伝わるように説明をした。自分でも言葉選びが下手だと分かるのに、義勇はだんだんと喜色を湛えている。
不思議に思いながらも、必死に言い終わった後には、笑い声が少し溢れていた。
「義勇さん……?」
「ああ、すまない。でも、それは逆だよ」
「逆……?」
「お前のそれは、名残惜しいと思えるくらい、俺のことを見て、知っていたからだ。変化が分かるからこそ、寂しいんだろう」
「知ってる、から」
いつの間にか羽織は再び彼の手にあり、今度は肩にかけられた。そこまで離れてなかった距離がさらに近くなる。
「そうだな……。桜は、いつも咲いているわけじゃないだろう。散った後は新緑になり、その葉も落ちる。季節が巡ることは世の常だ。だが、分かっていても落ちる花弁は惜しいと思わないか?」
詩でも諳んじるように、楽しそうに話す。こんなにお喋りな義勇は初めて見たかもしれない。また知らない一面だ、と目の前にいるのにどこか遠くに思う。
「沢山の人から俺のことを、変わった、笑うようになったと言われる。だけど、悩むほど、切なくなるほど昔の俺を知っているのは、炭治郎しかいないよ」
それがとても嬉しいんだ、と言いながら顔を覗き込むように目線を合わせられる。いつかの月光に例えた瞳が、炭治郎を射抜いた。

(──ああ、知らない)
こんな義勇さんは、知らない。
花、どころじゃない。ありとあらゆる美しさを、この世すべての幸福を形にしたように笑う。
そんな顔を俺に、俺だけに向けている。
まるで彼の幸せは、炭治郎の中にあるのだと言わんばかりの、永遠を感じた。

「なあ、教えてくれ。お前しか知らない冨岡義勇は、どんな人だ?」

 その言葉に、なんて返そうとしたのだろう。 
ずっと彼のぼやけた輪郭を話し続けようとしたのか、はたまた名前を呼んだら最適解な答えが思いついたのか。
どちらにせよ、炭治郎の声は一音たりとも発せなかった。

 義勇の口が、炭治郎の口を塞ぐ。
気がついた時には、離れていく顔を呆然と見送っていた。
なんで、どうして、と問いかける言葉すら思いつかず、ただ体温が上がっていくのを感じることしか出来ない。
その様子を見て、義勇はからからと笑った。
「これが一番、伝わった」