かんら
2026-04-24 21:21:28
7991文字
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雪月花は、彼

義炭 原作捏造軸 炭目線

「義勇さん」
 ふいに口から出た言葉には、誰からも、何からも反応が帰ってこなかった。
その名前を呼んだ事に驚いて立ち止まる。

月花


 今、炭治郎は田んぼのあぜ道に佇んでいた。
しかし、ここには先程呼んだ名────水柱・冨岡義勇はいない。
そして後ろに木箱を背負っていないし、周りに人影もなかったから、反応が帰ってこないのは当然であった。ついでにおしゃべりな鎹鴉も近くにいない。もちろん、鬼すらも。

 自分が放った言葉に首を傾げたが、独り言を誰にも聞かれなくて良かった、と炭治郎は再び歩き始める。
今日は蝶屋敷の使いで遠出していた。町から離れた場所にある藤の花の家紋の家から荷物を受け取る──柱稽古がキリのよい所で終わり、顔を出した時に頼まれたのだ。勝手に請け負っていったとアオイは証言するだろうが、そんなことは些事である。
 それよりも、田畑と山しか見えない、なんの変哲もない風景の中で彼の名前を言ったのか。炭治郎の頭はその疑問で満たされていた。
(うーん……?義勇さんはいないし、人もいないから誰かと見間違えた訳でもないし。……なんでだ?)
忘れてしまった用事や約束でもしていたか、と記憶の中を掘り起こしてみても、何も思い当たらない。柱稽古を始めてからは義勇に会っていなかったし、会話にすら出てこなかったはずだ。
そこまで考えてはた、と気付く。
(あれ、あんなに近くで過ごしてたのに────遠い)
 いや、違う。元の距離感に戻っただけだ。たとえ命の恩人で兄弟子であろうと、柱とはおいそれと会えなかった。付きまとっていたあの日々が特別だっただけ。
それに、現在は他の柱ともよく顔を合わせている。稽古を進めていけば、いずれ義勇ともそうなるだろう。
隊士と、柱の距離感で。
大勢のうちの、一人として?
……それは、なんだか…………。いや待て、別のことを考えているぞ)
最初の疑問はなぜ義勇の名を呼んだのか、だ。
そちらを解決しないと至るところで彼の名を出すことになる、とよく分からない心配をし始めた時、視界の端に捉えたモノ。
あ、そうか、と急に答えが分かった。
「雪だ」

 炭治郎にとって、雪は好きでも嫌いでもない。しかし、あの残酷な出来事と全て始まりが結びついてて、どうしようもなく特別な景色でもあった。
 雪を見るたび、家族を失った痛みが大きくなり、禰󠄀豆子を人間に戻すという決意が湧き上がってくる。
それと同時に、義勇からの叱責も思い出すのだ。
悲しかった、蹲りそうだった、情けなかった。
心はとっくに限界を超えていた。
そんな炭治郎を厳しく突き離した人。
厳しく突き離した、だけではない人。
 あの言葉の数々は辛かったのか、嫌だったのか、嬉しかったのか、今でも分からない。感情はあやふやなまま、記憶だけは鮮明に色付いていた。
だからだろうか。雪は悲しいだけの風景にならなかったし、いつまで経っても鮮やかな出来事は、彼と景色が結びついてしまうくらいに特別となった。

 炭治郎にとって雪は、傷であり、誓いであり、義勇の形をしている。

 突拍子もなく彼の名前を呼んだ理由なんて、無意識に嗅ぎ取った雪の匂いから反射的に出してしまったのだろう。
それ程までに義勇の存在が深く根付いていた事に驚きはしたが、すぐに納得した。むしろ炭治郎の特別だと証明されたようで、嬉しかったのだ。
(俺の心には、もう義勇さんがいる)
たとえ手紙が返されずとも、会えなくとも、その事実があるのなら──それだけで大丈夫で、なんとかしてしまえるような気がした。
 空を見上げると、はらはらと絶え間なく白い粒が落ちている。この調子では積もるだろう、ずっと見ていたい好奇心を眠らせて蝶屋敷へ足を早めた。
ああ、でも。雪の匂いでもなく、独り言でもなく。
本物の彼の匂いを見つけて、名前を呼べたらいいのになぁ!





「義勇さん!」
新雪を見たかの如く彼を呼ぶ願いが叶うまで、あと数時間後。