かんら
2026-04-24 21:21:28
7991文字
Public
 

雪月花は、彼

義炭 原作捏造軸 炭目線

「炭治郎」
 その声に、その名前を呼ばれることは、どれほどの価値があるだろう。
自分でさえ計り知れない宝物を受け止めるように、返事をした。

雪花


「義勇さんの声って、分かりやすいですよね。聞き取りやすいです!」
……そうか?」
 ようやく岩柱の稽古を合格した炭治郎は、義勇と一緒に黄昏の街中を歩いていた。
次の稽古場、水柱邸へ向かう準備が整った時に、運良く悲鳴嶼と打ち合わせをする彼と出会えたので、共に向かう約束をしていたのだ。
夕暮れ時、折角ならと二人で蕎麦を食べた後の帰り道。体も心も温まっている炭治郎は、ぽんぽんと話が止まらない。
「さっきも呼ばれたとき、人の話し声が近くだったのに、なんだかハッキリと聞こえたんです」
……
「善逸はいつもこんな感じで音を聞いているのかなあ。あっ、善逸は俺の同期で」
「知っている。耳がいいんだろう」
「そうです!心音で感情も分かるみたいで、凄いですよねえ。確か、特に聞き取りやすい音もある、って……
 そこまで話して黙り込む。その先を思い出したからだ。
『好きな人の音は絶対にすぐ分かる!意識してなくても聞こえてきちゃうもん!』
「お前の鼻と同じだな」
「っ、はい!」
本当に同じかもしれない。
好きな人の声や、匂いはよく分かる。
 少しの間があったものの、再び口を開けばお喋りは止まらない。炭治郎が話して、義勇が相打ちを打つ。それだけなのに、穏やかに嬉しそうな匂いがするから、余計に止められなかった。

 気づいた時には宵の口。あまり話していた実感はなかったが、屋敷に着くまで会話が途切れなかった。案内された客間に荷物を置いた時、義勇から声がかかる。
「これから夜警に出る」
「分かりました!準備します!」
そう返事をしたら、驚いたような匂いがした。何かあったのだろうかと首を傾げると、言いづらそうに、しかし淀みなく言葉が続く。
「いや、俺一人で見回るつもりだった。鬼の出現もほぼ無い。隊士は稽古が優先だ」
「そうですか……
残念に思ったが、確かに今までの柱稽古では夜警など行っていない。それなのに、当たり前のように同行するつもりだった自分に驚く。
……お前は休ませるつもりだったが、一緒に着いてくるか?」
「はいっ!行きます!」
無意識に、まだ義勇と一緒にいたかったのだと自覚した返事は、分かりやすいくらいに明るかった。



 稽古の肩慣らしだ。哨戒しながら俺の後ろを着いて来い。
移動中、俺を見失ったと判断したら切りかかる。鬼の襲撃だと思え。
だが、本物の鬼を見つけたら退治が最優先だ。

 そう言われて走り出したが、どのくらいたったのだろう。炭治郎は一度も足を止めずに走っている。そして義勇との実力差をありありと感じていた。
(速い……!それに判断も、早い!)
 街中、屋根の上。山道、木の枝。いつもより哨戒区域が広いとは言っていたが、縦横無尽に駆けていく。しかし、通ってきた道を思い返せば、辺りの警戒に最適解なルートだった。
何より立ち止まらない。滑らかに緩急をつけて、周囲を見極める。純粋なスピードだけではなく、足場の選定から視線の動かし方まで、全てに無駄がないのだ。
 そして恐らく、炭治郎の様子までしっかりと把握している。
先ほど山中で一瞬だけ見失ってしまった時、すかさず鋭い一撃が襲ってきた。
見失ったと気を張り詰め、匂いで周囲にいると分かったからこそ防げたが、それがなければ深手を負っていただろう。距離を取るため後ろに下がると、義勇が刀を納めた。
「そこまで。反応は悪くないが、防御と攻勢に移るまで僅かな隙間がある」
「はいっ!」
「気をつけろ。移動する」
彼は端的に評価すると再び走り出す。その一連の動きさえ、あらかじめ決められた動作を繰り返しているだけだと錯覚してしまいそうな、なだらかさだった。

「休憩だ」
「あ、ありがとうございます……
 やっと立ち止まった義勇に追いつくと、そう言って水筒を渡してくる。炭治郎はゆっくりと深呼吸をしながら受け取った。
現在、二人は山奥の廃村にいる。こういった空き家は鬼の住処になりやすいが、既に潜んでない事を確認済みだ。一息つけたことに安堵して水を飲む。
「丁度ここで半分だ。順調に進んでいる」
「はい!良かった……
「だから次は速度を上げて、見失わなくても攻撃する。勿論、周囲の警戒も疎かにするなよ」
「ひぇっ、もっと……。が、頑張ります!」
流石と言うべきか、容赦のない変更に水筒を落としそうになった。呼吸を整えて、半分は終わったんだ、長男だから大丈夫、と己を鼓舞する。もはや暗示に近い。
 ふと見上げると、義勇の横顔が月明かりに照らされていた。辺りが開けてて遮るものがないから、綺麗に輪郭が浮かび上がっている。その様子に、ポツリと言葉が思い浮かんだ。
「義勇さんって、月みたい……
「何故だ?」
「えっ!……あ、声に出てましたか!?」
「ああ」
 不思議そうにこちらへ顔を向けた義勇に、炭治郎は慌てふためく。ただ見惚れていただけなのに、まさか本人に届くとは思ってなかった。
「あのですね、えーっと、月みたいに凄いなって!今みたいに明るくて頼りになりますし!」
どうせなら夜警中の義勇さんが凄いと話し始めたかったのに、と余計な考えが横切りながらも、素直に気持ちを伝える。
屋敷への帰り道のように、嬉しそうな匂いがするかと思いきや、一気に複雑になった匂いがした。
……物好きだな」
苦いような、曇っているような、軽いような。
感情は分からないが、少なくとも喜んではいない匂い。褒め言葉のつもりだったのに、何か、良くなかっただろうか。
「義勇さんは……あんまり、月が好きじゃないんですか?」
彼は質問に黙ったまま、炭治郎が持っている水筒を取り上げて懐に仕舞う。答えたくないのかもしれない。それでも、複雑な匂いの正体が知りたかった。
じっとかんばせを見つめていると、観念したかのように口が動く。
……月は、夜中しか出ないだろう。鬼が出る時間だけ顔を覗かせる。太陽のように滅する力もない」
「それは、そうですが……
「常に夜を照らす訳でもない。満ち欠けがあり、天候にも左右される。月明かりさえあれば生き延びた一般人も、後遺症が残らなかった隊士もいる」
……はい」
「そもそも、鬼が十二鬼月などと名乗っている。だから……月をそう褒める奴がいるとは思わなかったんだ」

「でも、俺は月が好きです」

 それだけは譲れないと、真っ直ぐに義勇を見つめる。彼の青い瞳と視線が合い、やはり、月光のようだと頭の片隅で思った。
「義勇さんが言っていることは分かります。それでも、星とは比べものにならないくらい光っているんです。たった一つだけで、導きみたいに」
……そうか」
顔を注視しているのに、表情は全く変わらない。しかし、彼の匂いは少しだけ柔らかくなった、気がした。
「月じゃ納得出来ないなら、太陽でも星でもいいですよ!あっ、見回りしてた時の動きとか川の流れみたいだったし、水なんてどうでしょうか!水の呼吸です!」
「俺は人間じゃないのか……?」
「人間の義勇さんはそれくらい凄いってことです!」
……休憩は終わりだ。行くぞ」
 薄くなった複雑な匂いを残して走り出した義勇を慌てて追いかける。
呆れたように出た溜息のような、密やかな笑い声は、炭治郎に届かなかった。



無事に夜警を終えたかどうかは、月だけが知っている。