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無窓居室
2026-04-20 03:49:59
5220文字
Public
Pixv投稿企画
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帰ってきたあの人(Pixv執筆応援プロジェクト10月)
人間の男性(※オリキャラ)と結婚して別れた👹と😈が再会する話。
👹と人間の男性の間に産まれた子ども(※オリキャラ)とか出てきます。大丈夫そうな方のみご覧ください。
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テラス席から見える街路樹に若葉が現れ、雨の匂いと共に濃くなった緑が夏の太陽を遮り、秋の落ち葉が道を覆い、枝に雪の花が咲く。それが幾度か繰り返されたある日、ブラックは道路の向こうから近づいてくる一つの影を見た。見間違えるはずのない赤い髪に尖った耳の。
ブラックは何の身振りも示さず、口に運んだコーヒーのカップ越しにその人影へ視線を送った。目が合い、驚きに見開かれる赤い瞳。相手も同じようにブラックを探していたのでなければあり得ないことだ。ブラックは毎回、あの日と同じ時間に同じ席へ座るようにしていた。
いつかと同じく向かい合って座り、二人はまた、手がけている動画や友人達の噂話を始めた。アカネが頼んだ飲み物がほうじ茶だということだけが当時と違っていた。以前ほど多くないはずの共通の話題をきっかけに会話はあの日よりも二人らしく弾む。
そしてアカネの傍らには、小学校に上がるか上がらないかの歳だろう女の子が、ホットミルクのマグカップを両手で持って座っていた。
話が途切れたので、アカネはココアで濡れた娘の口元を拭こうとした。髪を下ろし、ベージュのトレンチコートにブーツを合わせた装いは上品な母親そのもので、若いままの容貌にそぐわない。
女の子はワンピースにニットのボレロを羽織っていて、母親譲りの澄んだ目を瞬かせたかと思うと、急に席から離れて道路の脇まで走り出して行ってしまった。一本のケヤキの木の根元でしゃがみ込み、落ち葉を拾って遊び始める。秋色に変わった木の枝を透かす秋の陽が、ステンドグラス越しの光のようにその景色の上に溢れかかった。
アカネは止めも追いもせずに我が子を見守っている。まだ幼い娘を連れて不意にかつて住んでいた町へなど現れた理由を、ブラックも何となく察していた。
「すごく良い人だった。でもやっぱり、アタシは鬼で、あの人は人間だから
……
」
やがて静かに口を開いたアカネが、力なく首を振る。その仕草に現れた傷の生々しさに、ブラックは驚きを感じた。
「
……
違うな。鬼だからじゃなくて、アタシが上手くできなかったんだ。人間をじゃなくて、あの人を、上手く思いやってあげられなかったんだよ。アタシが
……
もっと
……
」
かつてブラックがどんなに手ひどくからかっても、アカネをこれほど深くは傷つけられなかったことを思う。悪魔の仕業にもまして鬼の娘を苦しめるとは、人間の愛の不用意さとはどんなに残酷なものだろう。無思慮な優しさの、どれほど恐るべきものだろう。
「本当に優しい人だったからさ、あの人だけが頼りって相手が現れると、応えずにはいられなかったんだと思う。アタシも悪かった。ちゃんと人間と同じようにならなきゃって
……
そればかり考えてて。でも、最後までアタシのことを思いやってくれてたんだよ。あの子のことだって、争わずにアタシに譲ってくれたし」
互いの血を分けた一人娘を手切れの
購
あがな
いに渡して寄越すなど、ブラックにとっては最も重い裏切りだ。どちらかが命を失おうとも必ず奪い取るのが悪魔の誠意である。しかし、ブラックはそれを口には出さなかった。
アカネは悲しくも穏やかな眼差しを娘に注いだまま話していた。自分の不出来さが我が子から父親を引き離してしまったと考えているのかもしれない。娘はそれを知ってか知らずか、黄色い落ち葉を一枚摘み上げながら道路の方を指す身振りをした。
「どうしたんだ?むやみに指をさしちゃいけないよ、戻っておいで
……
」
ブラックが席を立って子どもに近づいた。遊びをやめさせるためではない。隣に立って小さな指が示す方を見ると、路肩にサターンイエローの小型車が停まっている。ブラックは女の子に視線を戻して足元から赤く色づいた葉を拾い上げた。
「これは、あれですかね」
道の向かいの消防署の車庫を指しながら言えば、女の子はパッと表情を輝かせた。木の根元に積もった落ち葉の中から、縁が金を帯びるように色を移ろわせた茜色の一枚を見つけて言う。
「ママの」
ブラックは、それよりもう少し茶色がかった落ち葉を取ってボレロの胸元の編み目に挿した。女の子の、昔のアカネよりも低い位置で結んだポニーテールと、瓜二つの形の目と同じ色の。
女の子を連れて席へ戻ったときには、まだ中身が残っていたはずのブラックのコーヒーカップは下げられてしまっていた。アカネが済まなさそうに肩をすくめる。
「ごめん、ボーッとしてる間に
……
」
「ここの店員さん、たまにそそっかしいですからね。よくある事ですよ」
「しょっちゅう来てるのか?」
「ええ」
少しの間があった。アカネが何を思いながら娘とブラックのやり取りを見ていたか、ブラックがなぜこの店へ通い続けていたか、互いに何となく理解できた。
「もしこの子が認めて下さればですが、育ての父親にオレちゃんを候補に入れてもらえませんか。結婚して下さい、アカネさん」
女の子は胸に落ち葉をつけたまま、片手に茜色の葉を持ち、もう片方の手をブラックとつないでいる。無邪気だが人の心の動きには聡そうな瞳が二人を見上げていた。
「返事は今じゃなくていいです」
このときの感情はブラック自身にも分からなかった。自分の全てを賭けた友愛か、相手を顧みない所有欲か、それ以外の何かなのかも。どうでも良いことだった。
「本当はあの日、この場所でこれを言うべきだったのかと考えたこともありました。でも、これで良かったんだと思います。この言葉は今ここで言うべきだったんですね。最初から」
声もなくブラックを見るアカネの目の色を、秋の日が眩しく照らしていた。
2024/12/16
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