無窓居室
2026-04-20 03:49:59
5220文字
Public Pixv投稿企画
 

帰ってきたあの人(Pixv執筆応援プロジェクト10月)

人間の男性(※オリキャラ)と結婚して別れた👹と😈が再会する話。
👹と人間の男性の間に産まれた子ども(※オリキャラ)とか出てきます。大丈夫そうな方のみご覧ください。

 拭いたばかりのような雲のない空から白金色の光が降り注ぐ昼下がりだった。
 街路樹のケヤキの枝葉を縫ってこぼれ落ちる日差しが、季節の最後のぬくもりを留めるカフェのテラス席で、ブラックとアカネは向かい合って席に着いていた。

「結婚しようと思うんだ」

 運ばれて来たフレーバーティーの花柄のカップに、視線を落としながらアカネが言う。ブラックがよく知る頃の彼女が注文したことのない飲み物だ。鬼の体が寒さに耐えられないわけでもないだろうに、身につけて離さないアイボリーのカシミヤマフラーもウールのステンカラーコートも、元から華やかな顔立ちに薄く刷いた化粧も、初めて見るものだった。

「いいんじゃないですか」

 こともなげにブラックは答えた。ブラックがアカネの意志を後押ししなかったことはない。悪魔は望みを叶えこそすれ、妨げる存在ではないから。

「式の日取りは決まってます?」

 アカネの表情は読みづらかった。嬉しそうにも、どこか寂しげにも見える顔には、それでも幸せであろうとする決意が宿っている。それが目について離れないので、野暮な詮索ごっこをやめることにした。

「来年の6月。きてくれたら嬉しい」

 少しの緊張を含んだ声が告げるのを、ブラックは微笑んで聞いた。もちろん、と答える自分の声色を、見知らぬ親切な誰かのもののようだと思いながら。
 アカネが破顔する。よく会っていた頃の、純粋な明るさを取り戻したようにも見える。
 ブラックはやっと手元のコーヒーに手をつけた。後は最近手がけている動画の話や、友人達の近況の噂話など、取り留めのない雑談をするうちに、アカネのスマートフォンが鳴った。

「あ、ごめん。そろそろだ。ブラックと居ると時間を忘れちゃうな……名残惜しいけど、行かないと」

 眉を下げて苦笑する。そんな言い訳じみたそぶりも昔の彼女ならしなかっただろう。以前のアカネはいつもブラックに反発しながら、一緒に居たいと思えばいつまでも一緒に居た。夜を越え昼を越え、何を差し置いてでも。
 そもそも悪魔でありながら人間界でYouTuber活動を始めたブラックと、鬼の使命を捨てて地獄からブラックを追って来たアカネなのだから。二人はその気になれば世界の果てまで行くことができる子ども同士だった。その子ども時代を、アカネは終わらせる決心をしたのだ。

 革のハンドバッグを持ってアカネは席を立った。一人分の会計をきちんと済ませて、一度だけこちらを向き、手を振ってから駆けて行く。
 踵の低いパンプスを、しかし彼女は履きあぐねているようで軽くよろめいた。道路沿いの木々の紅葉より鮮やかな赤いポニーテールが不安定に跳ねる。辛うじて転ぶのを耐えた背中が人の流れの向こうへ消えて行くのを、ブラックは長いこと見送っていた。