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もち粉
2026-04-17 00:27:20
9988文字
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キスは告白に入りません。
カブミス
建国祭の攻防
1
2
3
「ミスルンさん、ちょっといいですか」
夕刻。
最終日の宴へ向かうミスルンを、賓客が宿泊する一角の廊下で呼び止めて、カブルーは勝負をかけた。
「まだ着替えてないのか?」
「ええ、あなたがもう少しよく見たそうだったから。どうですか? 皆には結構褒められたんですけど」
胸に手を置いて、ずいと迫った。
ミスルンはほんの少し顔を赤らめて、目をそらした。
その仕草に手応えを感じ、心の中で拳を突き上げる。
「
……
よく似合っている。それよりどうした? 呼び止めたからには用があったんだろう?」
「いえ、その
……
今すぐ確かめたいことが」
返事も待たず彼の肩を掴み、壁際に追い込んだ。
真正面から迫る。
視線をとらえて、まっすぐに見つめる。
「もう逃げないでください。反射じゃないやつ、今度こそ
――
」
カブルーの声は低く、熱を帯びていた。
ただ、確かめたい。この人の唇に、気持ちがあるかどうかを。
そのとき。
ミスルンの右手がカブルーの肘に下から添えられ、もう一方の手が彼の胸に置かれた。
腕の中、つま先立ちで伸び上がるように、ミスルンが顔を寄せてきた。
黒曜石のような瞳に、カブルーの姿が映っていた。唇に、ミスルンの息がかかった。
(やっぱり
……
! 俺に気持ちがあるんだ!)
近づいてくるミスルンの姿が、スローモーションのように見えたが、身体は全く動かなかった。
――
目を閉じれば、そのまま。
……
いや待て!? ここで目を閉じたら、「ほら、反射で閉じるだろ」とか言われて終わるやつ?
どうすればいいのか分からない。
カブルーは、目を見開いたまま石のように固まっていた。
数秒後。
瞳の奥を揺らめかせたミスルンは、そっと目を伏せ、かかとを床に下ろした。
「
……
やはり、閉じないな」
それだけ言い残して、背を向けて去っていった。
取り残されたカブルーは、礼服の襟元を握りしめながら、打ち鳴らされる心臓を持て余してずるずると座り込む。
思わず頭を抱えた。腕に触れた自分の頬が熱い。
宴の開始を告げる鐘が、遠くで聞こえる。
(
……
これ、目を閉じてたら
……
向こうからキス、してもらえてたんじゃ?)
❖❖
最終日の宴は最高潮に盛り上がり、花火を観るために皆が反対側のバルコニーに詰めかける中、カブルーは、ミスルンと向かい合って立っていた。
そこは、一日目の夜、初めて唇を交わしたバルコニー。
――
始まりの場所だ。
(もう駆け引きとか、不意打ちとか、全部やめだ
……
。俺は、あなたとキスがしたい)
深呼吸をひとつし、ミスルンの両肩に手を置いて、正面からその目を見つめた。
「
……
ミスルンさん。あなたとキスをしたいんです。俺に気持ちがあるなら、目を閉じてくれませんか」
ミスルンは一瞬目を細め、微笑して頷く。
「うん」
心臓がうるさく鳴り響き、手が震えた。
こんな予告してするキス初めてだよ。キスってもっと雰囲気でするものでしょう、と思いながらも、ミスルンの両肩を優しく包み込むようにして、ゆっくりと顔を近づけていった。
微笑んだ口元のまま、ミスルンが銀色のまつ毛を下ろすのが見えた。
小さなリップ音を立ててそっと唇を離すと、カブルーは片手をミスルンの肩から滑らせ、その先の手を握った。
――
これでやっと、恋人同士だ。
カブルーがそう確信を抱いた直後、ミスルンは顔を赤らめ、きゅっと手を握り返すと、そのまま意を決したようにカブルーを見上げた。
「これは
……
私たちは恋人になったということか?」
……
あ、やっぱりミスルンさん言わせるタイプだったか。
カブルーは、少し呆れたように肩をすくめた。お互いいい大人なんだし、この人に至っては特に大人なワケですし。
わざわざ言うものじゃないでしょ? そういうの。
「
……
まあ、そういう雰囲気で、まあ、流れ的に? そうなったっていうことで」
繋いでいない方の手で首の後ろを掻き、なんとなく視線を虚空に彷徨わせた。
するとミスルンは、ほんの一拍置いてから、すねたように言った。
「
……
私には、雰囲気などは察せられない。お前の言葉を、信じるしかないんだ」
ミスルンは、繋いだ手を離そうとしないまま俯いた。銀色のまつ毛に篝火が反射して、泣いているのかと一瞬思った。
彼が泣いているのを見たのはただ一度だけだった。のちに建国記念日になった、あの宴の日。
ああそうだ。どうして忘れていたのだろう。
散々、新たな欲探しに付き合い、食事や手洗いのタイミングまで何くれとなく声をかけていたのに。
最近は表情も豊かになり、仕事の時は、感情より理屈で発言するため、ハンデを感じさせないからだろうか。ほんの三日前まで、この人との恋愛なんて考えたこともなかったからだろうか。
ならば、言葉で伝えてやるべきだ。
そこでカブルーは、はたと気づいた。
そういえば、明確な告白なんて、したことない。
え? 告白ってどうやるの?
頭が真っ白になっているカブルーをよそにミスルンは言葉を続けた。
「お前は、感情のない相手にキスをされそうになっても目は閉じないものだと言った。事実、私が仕掛けてもお前は目を閉じない。
そのくせ、私にばかり反射でなく目を閉じろという」
俯いたまましばらく待ったが、カブルーからの返答がないと悟ったミスルンの手から力が抜けた。繋いだ手からするりと抜けそうになるのを、カブルーは慌てて力を込めて握り直した。
――
生まれて初めての告白は、初めてのキスよりずっと緊張した。
花火の音と歓声が、遠くから聞こえていた。
「ええと、もう一度いいですか?」
「
……
うん」
二人の吐息が重なる距離で、カブルーは今度こそ自然に、もう一度唇を重ねた。
――
それにしても、この人やたらとキスがうまいんだよなあ!
……
でも、負けてたまるか。
軽く触れ合わせていた舌を強く吸うと、カブルーは彼の足が浮きそうになるほど腰を強く抱き寄せ、口づけを深めていった。
遠くで花火の轟きと歓声が続いている。けれど、その音も色も、ふたりには届いていなかった。
聞こえるのは、唇を重ねる音と、互いの息遣いだけ
――
。
かすかな吐息が、ミスルンの喉から漏れた。カブルーの背中に回された熱い手が、小さく縋り付いてくるのを感じて、内心快哉を叫ぶ。その指先が、舌が、こちらに預けられる体の重みが、なにより雄弁に彼の気持ちを語っていた。
この人のキスが、たとえ誰かとの経験で磨かれたものだったとしても、構わない。
これからこの人とキスをするのは、この先、俺だけなのだから。
……
ところでこれ、ベッドへのお誘いも、言葉にしないといけないやつ?
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