もち粉
2026-04-17 00:27:20
9988文字
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キスは告白に入りません。


カブミス
建国祭の攻防

そういえば、明確な告白ってしたことない。

「キスする雰囲気」ってあるだろ?
ふと視線がぶつかって、会話が途切れて、見つめ合う。沈黙の中で鼓動の音ばかりが耳に響いて、気づけば唇が近づいてる。
それまで全然そんな関係じゃなかった相手と、ひとつのキスで恋人になることだってある。一晩限りか、しばらく続くかは――まあ、相手次第。

恋愛って、お互い空気読んで、自然に始まるもの。そう思ってた。


 ❖❖

三日間の建国祭に沸くメリニ城下と黄金城。
初日の宴は、延々と続く来賓の挨拶のあと、ライオスの「みんな存分に食べてくれ」という一言で幕を開けた。

挨拶回りを終え、ライオスの隣にヤアドが控えているのを確認したカブルーは、少し風に当たりたくなってバルコニーへ向かった。
空には満天の星が瞬き、地上では祭りの明かりが煌めいていた。庭の篝火が揺れ、薪と料理の香ばしい匂いが夜風に混ざって鼻をくすぐる。

扉を後ろ手に閉めると、大広間のざわめきが遠ざかる。
カブルーは大きく伸びをし、深く息を吸い込んだ。
祭りの喧騒から切り離された静けさに、ふと緊張がほどけた。――この瞬間だけは、誰の視線も気にしなくていいのだ、と彼は思った。

バルコニーにぽつりぽつりと佇む先客たちの中に、友人の姿を見つけた。
「お疲れ様です」と声をかけて近づくと、ミスルンが振り返った。
意外そうに目を見開いた彼は、手にしていたワイングラスを軽く掲げて挨拶を返した。
「カブルーか。こんなところにいていいのか? お前は忙しいだろう」

「準備期間中は、寝る間もありませんでしたよ。でも、あとはそれぞれの担当に任せているので。最終日のパレードでライオスの警護役をやるくらいです」
「そうか。ならば、お前も祭りを楽しめるな」
「昼間は結局、会議やら打ち合わせやら入ってますけどね」

カブルーが肩をすくめると、ミスルンも小さく笑って同調する。
「国内の要人が一堂に会する機会なのはわかるが、三日で全部片付けようとするのは無理があるだろう。警備だけでも大変だろうに」

かくいうミスルンも、西方の代表として城に二泊の予定だ。
「それはそうなんですけど、予算の都合もあって、一度にやった方が効率的なんです」
「なるほどな」


会話は穏やかに続いていたが、気がつけば、周囲は寄り添い合うカップルばかりになっていた。
自然と声が落ち、二人の間合いが少しずつ近づいていく。

カブルーが手すりに手を添え、何気なく横を見ると、ミスルンも隣で手すりに腕を乗せ、体重を預けていた。
指先でもて遊ぶ空のグラスが、篝火の揺らめきに合わせてかすかに光を放つ。その光に照らされ、彼の銀色の髪が淡く揺れていた。

――妙に静かだな。

祭りの喧騒が遠のき、ミスルンだけが浮き立って見える。
ほんのりと漂うのは、彼の衣装に炊き染められた香だろうか。ほのかに甘いようなその匂いを吸い込みながら、カブルーは隣に立つ友人に、胸の奥がかすかに緊張するのを感じていた。

ミスルンは元から口数が多くない。二人でいる時は、ほとんどカブルーが話しているのが常だった。カブルーの緊張が伝わったのか、いつの間にかミスルンの言葉も少なくなっていった。
ふたりの間を微かな風が通り抜け、それを追うように動いた視線が、不意に交わった。

その瞬間、言葉は完全に途切れた。

カブルーは刹那、息を止めた。ミスルンも魅入られたように動かない。
目が合ったまま、時間が静止する。
ゆらり、とカブルーの頭が動いた。

――まずい。

そう思いながらも、吸い寄せられるように顔を近づけた。
友人としての安定感が、突然ぐにゃりと足場を失ったようだった。
視界の端で、ミスルンがゆるやかにあごを上げながら、まつ毛を伏せるのが見えた。

唇が触れあった瞬間、驚くほど自然に形が噛み合った。硬すぎず、柔らかすぎず――まるで昔から互いを知っていたかのように。
ふたりの呼吸が混ざり、音が消える。肌の温度だけが、境界を越えて伝わってくる。

そうか――この人と恋人になるんだな。

今まで考えたこともなかったが、きっと俺たちはうまくいく。ただ唇を触れ合わせているだけなのに、身体の奥がじんわりと心地よかった。

離れ際、わずかに唇を啄まれてカブルーの胸が跳ねた。
ふわりとアルコールと、花のような香りが鼻腔を掠めた。
ゆっくりと目を開けた。五秒前までただの友人だったはずの彼が、庭の明かりに照らされ、とても綺麗に見えた。

……ミスルンさ――

抱き寄せようと伸ばした手が届く前に、ミスルンはこてんと小首を傾け、黒い瞳を瞬かせながら心底不思議そうに言った。


「なぜ?」