二卵性
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犬が歩けど棒は避ける

要塞職員モブ語り ネームドの犬がいます
https://privatter.me/page/69d780b44b6ad の続き
ヌヴィリオ(かすかに)

メロピデ要塞に就職した理由が、彼氏が要塞にブチ込まれたから、と言うと、全員にこいつバカだな……。という顔をされる。
私だってそうするだろう。でも当時の私はバカ以外の何者でもなかったので、恋に酔っていたのだ。メロピデ要塞に追放されても彼氏に尽くす健気な私。とっとと別れろしかかける言葉がない。救いようがないバカもメロピデ要塞に自主収監されて世のためだったのではないだろうか。
そもそも普通は犯罪者の恋人を職員になんてしないと思うのだが、人手不足だったのか、あっさり採用されてしまった。あの採用面接のことはよくよく覚えている。パレ・メルモニアから公爵の栄誉称号を賜られたばかりの、メロピデ要塞の管理者様がご臨席されていたからだ。当時は素性を教えてもらうことなんてなかったが、見ただけで分かった。あの人は、いや、公爵様は、絶ッッ対に逆らってはいけない人だと。
このへん、私は人を見る目があると自負していた。彼氏が犯罪者になった時点で見る目もクソもないのは置いておいて、逆らってはいけない人というのは本能的にわかる。
実家がブリーダーで、幼いころから犬にまみれて暮らしていたからだろうか。犬の中には明確に序列があり、私はドのつく下っ端だった。気のいい犬たちはド下っ端としてかわいがってくれたが、それでも絶対に逆らってはならない存在がいた。祖父だ。
どんな犬でも祖父の前では腹を出したたし、私がそれから逃れるためには物理的に距離を取るしかなかった。だからってサーンドル河で犯罪者くずれと付き合っていいって話ではなかったのだろうけど。
公爵様は、祖父とは比べ物にならなかった。公爵様に比べたら祖父なんて明灰ハウンドみたいなものだ。明灰ハウンドとケルベロスだったらケルベロスのほうが断然怖い。本当に怖くて、ロクに受け答えできていたか記憶にないのだけど、採用されたので喋れていたのだろう。
無事採用された私に対し、犯罪者のクソは当然のように便宜を図るよう求めた。私だってそのつもりで就職したが、あの公爵様のお膝元ですよ?「違法行為はやめたほうがいい」と言われたらハイ!って元気に答えるしかない。ああいう人には何をやっても絶対にバレる。処罰される。死ぬ。特別許可食堂でサービス食の二食目をこっそり提供するのすら怖くてできなかった。
そしたら当然フラれた。正確には、囚人仲間にあのクソアマ使えねえって言ってるのを聞いた。は?ふざけんな。私のことなんだと思ってんのよ、水の上の生活も捨ててここまでついてきてやったのに、ぶち殺してやる、と結構本気で考えた。どうせ犯罪者になってもメロピデ要塞暮らしなんだから今と大して変わらないし!と思って、それで。
その日、ちょうど就職して一か月目だったので、給与明細をもらったんですよね。
メッッチャ給料よかった。
サーンドル河で同じだけ稼ぐなんて夢のまた夢って感じの月給に、私は現実に引き戻された。これが職員と囚人の差だ。この給料なら月に一度はフォンテーヌ廷でカフェに行けるし、季節ごとに新しい服も買えるかも。最高。あのクソ男を殺すのと引き換えに失うのにはデカすぎる代償、絶対に犯罪を犯しません神様公爵様最高審判官様!と思ったわけです。
そもそも給料の額面くらい雇用契約を結んだときに伝えられていたはずなのだが、実際に目の当たりにするまで微塵も考えてなかったあたり本当にシチュエーションに酔ってたんだなと恥ずかしくなる。元彼のことはきっぱり忘れ、仕事中に遭遇しても完全に無視し、私はあくせく働いた。食事は特別許可食堂で配布されるし、野暮ったい作業着とはいえ仕事中のユニフォームがあるし、薄暗くカンカン音が響く場所でも一人部屋をもらえていたので、衣食住は保障されていた。水の下に気が滅入る人も多かったが、サーンドル河暮らしを経た私は平気なほうだった。天職だなあと本気で思っていた。

ところで、女が何人か集まると始まるのは恋バナだ。
こういう場では看守も職員も関係ない。女性職員は比較的少ないためか連帯意識があり、隙間時間に井戸端会議が始まるのはよくあることだった。私が恋人を追いかけて就職しました!ってゲロらされたのはそういう場で、バカアホドジマヌケ今すぐ即座に絶対別れろと散々言われたのは無事一か月で終了した。
パレ・メルモニアから派遣される看守はともかく、メロピデ要塞に就職する人たちの大半は給料がいいことに釣られるらしい。ただし定着率はそんなに高くなく、公爵様が管理者になる前から働いている人はほぼいなかった。そもそも当時はこんなに給料高くなくて、本当に無法地帯だったんだよと言われると、確かに今のメロピデ要塞はイメージよりも全然秩序があると思う。
その秩序をもたらした公爵様は、たいそうモテた。女性職員の就職理由の第二位はこの公爵様目当てということらしい。顔立ちが凛々しいとか(傷があるけど)、体つきがいいとか(傷だらけだけど)、地位と名誉を兼ね備えた超絶金持ちだとか(メロピデ要塞の管理者だけど!)、おモテになる理由はある……のだが。
でもケルベロスだぞ。
正気じゃない。最高審判官様の恋人になりたいとか言うやつ並みにイカれてる。公爵様~♡とかシナを作って話しかけてる人を見るたびに心臓がギュッとした。喉笛食いちぎられるシーンは見たくないので。
実際の公爵様は紳士なので喉笛は食いちぎらないのだけど、そういう人たちの態度はだんだんと改められる。最初は公爵様と付き合いたい♡なんて宣っている人たちが、じわじわと言動を変えていく様を何度も目の当たりにすることになった。そう、公爵様を神格化していくのだ。
かっこいいとか金持ちでいいとか言ってた口で、公爵様の行いを賛美するようになる。自分に与えられた仕事がいかに重要か語るようになる。この人の手足となって働くことを誇りに思っている、とか言うようになる。しかも一部の男もこれになる。
怖すぎる。給料よくなかったら辞めてますよこんな職場!
私以外にも正気の職員は普通にいるので、というか多数派なので、こういう人たちが出るたびにこわ~とか言って笑っていた。たぶん全員心の底では慄いていたんだろうけど、口に出したらなんか……駄目だよね……という感じだったので。
あと単純に、ガチ恋勢より信者のほうが心臓には優しい。いつ公爵様の逆鱗に触れるかヒヤヒヤしたくはない。それと信者と化した人はしばらくしたらいなくなりがちだ。公爵様が水の上の出来事をよくよくご存じなのと関係あるのかないのか、深くは考えないほうが身のためだ。

「でもあんたよく公爵様に惚れなかったよね」
と、言われるような出来事は一度だけあった。
元彼が囚人仲間と組んで、私に脅しをかけてきた事件だ。仕事してたら急に腕を引っ張られ、拉致られ、いい加減便宜を図れとグダグダまくしたてられたのだ。チンケな軽犯罪でブチ込まれて一年ちょっとで出られるんだから我慢してればいいのに……と思ったが、自分の女がいるって吹聴したのに全然役に立たないことに腹を立てられたらしい。知らんがな。
こういうトラブルに対し、職員は警備ロボを呼び寄せるための子機を持たされている。それをすでに放っていたので、とっとと警備ロボが来てくれないかなあとのんきに待っていたら、
――公爵様が現れた。
当然警備ロボを引き連れてご登場されたのだが、そんなもんいらないとばかりに拳で場を制圧してしまった公爵様を見て、私は警備ロボの後ろでガタガタ震えていた。一緒になって処罰されてしまったらどうしようという考えしか浮かばず、公爵様がこっちを見ただけで「ヒィッ!」って悲鳴が出た。魂もちょっと出てたと思う。
「あんた……、今日はもう休むといい」
「く、クビですか?!」
反射的に聞くと、公爵様は一瞬ぽかんとして、それからククッと笑った。
「まさか。囚人に脅しをかけられてただけの善良な職員をクビになんかしないさ」
神様公爵様最高審判官様、善良な職員を全力で遂行します!
私はよたよたと警備ロボに付き添われて自室に帰り、ちょっと寝て、それからフォンテーヌ廷に遊びに行った。急な休み、ラッキーと気づいたので。
同僚には「図太いよね、あんた」と呆れられたが、全然そんなことないです、繊細です。あの状況で公爵様に惚れるくらいなら警備ロボに惚れてるくらいには繊細ですよ。
チンケな軽犯罪者は刑期が伸びたが、私を見るたびに尻尾を巻いて逃げるようになったのでその後は快適だった。ざまあみろ、とケルベロスの威を借りて鼻を鳴らせばせいせいした。あのツラを拝めただけでもメロピデ要塞に来たかいがあったかもしれない、と公爵様にちょっと恩を感じるくらいには。

とまあ、天職だと思い真面目に働いていても、いつかは水の上で暮らしたいなあと思うときが来てしまう。
私にとってのきっかけは、大変ありきたりなことに、結婚だった。犯罪者でもクソでもない彼氏はフォンテーヌ廷の近くで働く獣医で、公園で犬にまみれていたときに知り合った。水の下には出会いなんてないので、現実はこんなもんです。
さて、メロピデ要塞勤めという職歴は、実は転職には向いていない。水の上の人のメロピデ要塞への忌避感たるや想像以上で、要塞で働いていましたと言ったら犯罪者だったの!?と言われるくらいだ。名誉棄損で訴えたら勝てると思う。
しかし実際に審判してる暇などなく、ではどうするかというと、公爵様にお願いするのだ。公爵様という地位と名誉を以ってすれば、元メロピデ要塞勤めでも紹介状の効力はなかなからしい。今まで転職していった人たちにそう聞いていたので、こういう時のために善良な職員をやっていたんだと思いながら、私は頑張って公爵様に事情を説明した。
三度目くらいにまともに顔を合わせた公爵様は、こう言った。
「あんた、犬や猫は好きかい?」
なんかの隠語?
いや、好きですが……。犬が好きだったから実家を飛び出したくらいには、好きですよ、犬。めっちゃ好き。猫も好き。動物全般好き。一緒に住んだら犬と猫どっちも飼いたいねって彼氏と定期的に話してるくらい好き。でも公爵様と犬猫トークしにきたわけではない。転職のご相談だ。
待て、相手は公爵様なんだから私の素性は絶対バレている。犬猫好きなのだってわかって聞いてるのだろう、絶対。よし、会話の主導権は全部明け渡そう!
「犬も猫も好きです」
「なら頼みたい仕事があるんだが」
「はい」
え、犬猫飼うとか?いやまさか。
「犬と猫の面倒をみてほしい」
マジだった。

ケルベロスって慈善事業するんだ……
と思いながら、私は水の上に引っ越した。フォンテーヌ廷の一角、一等地とは言えないけど本来は到底住めない場所だ。一階はカフェ、二階からは事務所とアパート。ペット可。
そして私は大量の犬と猫の面倒をみることになった。野良の犬猫を保護し、ペットにしたい人と引き合わせるのだが、これがまた想像以上に大変だった。まず、保護するのが大変で、保護したとして人と暮らすのに向いていない子もいる。生まれたてほやほやを保護した日には授乳でロクに眠れもしない。彼氏もとい夫も獣医として就職してくれたので一日中一緒に居られるのは嬉しいが、ここまで覚悟していたかって言うとそうではない。
でも、公爵様のご依頼だ。しかも仕事なので、やるしかない。犬猫との出会いの場であるカフェも運営するしかない。このためにブリーダーの娘に特別許可食堂の仕入れやらせたってことなんですか?もし全部が計画通りだったら、怖すぎる。なんかすごい船も作ってて予言の洪水のとき死なずに済んだし、ケルベロスって予知能力ある感じですか?
このカフェの店員は全員メロピデ要塞の元職員で、顔見知りだったのだが、なぜか私が店長をやらされた。こうなると犬に舐められてる場合ではない。ド下っ端からなんとか雇われ店長くらいにはなれたと思う。今なら祖父に勝てるんじゃないだろうか。
とか言ってたら、とっくにくたばってたんだけど!
結婚したし一応報告するかと十年近くぶりに実家に顔出したら父親に親不孝娘がとものすごい勢いで叱られたが、公爵様に比べたら微塵も怖くなかったのでハイハイと聞き流し、母親に孫の顔を見せろと言われたのでじゃあ二度と会いませんかもねと思った。祖父にお前は女だから子どもをたくさん産めって言われたの、根に持ってるので……
この人たちは、人間のことも動物だと思ってる。ある意味平等なのかもしれないが、私は売り飛ばされるために生まれた動物でないので、家出するし、メロピデ要塞に勤めるし、自由意思で結婚する。この国フォンテーヌにおいて、ペットは人の所有物で財産だ。だからどれだけ犬を増やして売り飛ばしても罪には問われないけど、いつかはそうなってほしい。

まあ、この話のオチは、実家が他国から違法に仕入れた動物を交配し売買していたことが発覚し、しょっぴかれたってことなんですが……
いきなり特巡隊の人がやってきて取り調べられ、気づいたら実家の犬たちはうちで一時預かりして引き取り先を探すことになった。それに伴っていろんな書面を取り揃えてくれた公爵様は平然とこう言った。
「こういう方法もあるってことさ」
生きている限り絶対に違法行為は働きません、神様公爵様最高審判官様!