来羅
2026-04-11 07:00:00
14873文字
Public サンプル
 

人形夜話サンプル(風信)

6/28(日) 星に願いを 2026 -day1- にて発行予定の観用少女パロ本です。信一が見た目も中身も子供なのでインモラルな内容です。あとサンプルにはありませんが、占と兄貴に特別な繋がり(not恋愛)があったり、このキャラはこんなことしない的なご都合主義な展開があったり、そもそもお前は誰だ状態に別人だったりするので、ご注意ください。本当にご注意ください。
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 ──まるで人間のようだ。
 信一が目覚めてから数年が経った。
 その間、信一がやりたがったのは十二が提案した武術ばかりではない。文字を覚え、計算を学び、たまに訪れる客をもてなす信一は、しゃべらないことを差し引いても今や一端の人形屋だ。
 それでも変わらず、信一が蕩けるような笑みを見せるのは少祖だけで、その髪や体に触れさせるのも少祖だけだった。
 とうに忘れたはずの何かがちりちりと焼けついた。
 胸の奥深くにしまった何かが疼いた。
「信一、今日も助かった」
 頭を撫でてやれば、それだけでは足りないと飛びついてくるのを受け止める。強めに抱きしめてやって、頭を撫でて、もう一度抱きしめた。この湿度の中でも信一の肌は白磁のように艶やかで、さらさらとした髪は指通りも滑らかだ。絡むことのない髪をそっと撫でて整えてやる。そこまでやってようやく小さな甘えん坊は少祖から離れた。
 少祖に褒められることが何より嬉しいと書いてある顔は、日に日に輝いて見える。
「少し成長したか?」
「まさか」
 近くのカフェからコーヒーのデリバリーにやってきた洛軍が、そんな信一の顔を見て不思議そうに首を傾げた。
 そんなはずがない。
 人形は成長などしない。ただひとつの例外を除いて。そのことを少祖は誰よりもよくわかっている。
「でも最近の信一は時々びっくりするほど大人びて見える」
 それは、言われずとも少祖もまた気づいていたことだ。
 強く、賢く、乾いたスポンジが水を吸うように様々なことを吸収していく信一は、目覚めたばかりの無邪気さだけの笑みとは違っていた。
 おかしな人形もあったものだと思う。
 そうはいっても、人形は人形。
 顔のつくりが変わるわけでもなく、単に見る者の感覚に信一の頑張りが先入観となって見え方に影響を与えているにすぎない。
「ほら、信一もそうだって言ってる」
 けれども笑いながらそう言う洛軍に合わせて、信一が大きく頷いた。
 大人になればもっと少祖の役に立てると思っているらしい。その一途さが可愛らしく、またいじらしく、少祖はまた胸の奥がちりりと疼く。
「それにしても、お前には懐くな」
「十二や四仔にも懐いてるだろう?」
「アイツらは懐くまでに時間がかかったんだ」
「そうなのか?」
 なんでだろうと首を捻る洛軍は、その通り、信一が一目見て警戒することのなかった稀有な人物だ。もっとも、今は別の意味で警戒されているのだが、少祖よりも洛軍の方がその健気さに気づいていて微笑ましく思われている。
 その元凶となるものを取り出した洛軍に、少祖はあからさまに肩を落とした。
「それより龍哥、これどうにかしてくれ」
「ゴミ箱はあっちだ」
「毎回どうなったって聞かれる俺の身にもなってくれよ」
 ほとほと困ったと眉尻を落とす洛軍は、いまどき古風な手紙をひらひらとさせた。宛名はすべて『龍城幫』店主様。皆が少祖のことを屋号をつけて呼ぶので、本名を知っているのは僅かしかいないのだ。
「そうは言ってもな」
 肩を竦める少祖には、もううんざりといった疲れが浮かぶ。
 中身は見るまでもない。
 差出人は洛軍の勤めるカフェの常連のお嬢さんらしい。少祖を見かけて思いを寄せるようになったというありきたりな恋文はこれで何通目になるのだったか。
 貰うたびに読まずに捨てさせているが、そのたびに機嫌が悪くなる信一を宥めるのに大変なのだ。今もまたぶすくれた顔がじっと少祖を見ている。
「お前も律儀に貰ってこなくていいんだぞ」
「いや、なんだか断り切れなくて……すまない」
 洛軍から手紙を受け取って、信一を振り返る。
 人の想いを踏みにじる行為は忍びなかったが、見ず知らずの女性よりもこの物言わぬ、されども雄弁な瞳の持ち主の方が大事なのだからしかたがない。今回も封を切ることすらせずに、ゴミ箱に放る。
「モテる男は辛いな」
 洛軍の苦笑いに、少祖は肩を竦めた。
 何を好き好んで、と思えど、少祖は自分の容姿が人目を引くことは自覚している。
 年齢こそ盛りを過ぎたものの、凛とした姿、太く凛々しい眉、涼やかな切れ長の瞳に高い鼻梁、低く深みのある声、そのどれもが人を惹きつけるのだ、とは虎の談。
「何がいいんだか」
 溜め息をついた少祖だったが、膝によじ登ろうとする信一はじっと見上げて唇を捻じ曲げた。
「はは、信一の方がアンタの良さをわかってるみたいだな」
 信一が小さな手を伸ばしてサングラスを引き抜いた。素の状態で見つめ合うこと数瞬、納得したのか満足そうに頷いてサングラスを戻す。
…………信一」
「格好良いってさ」
「どうだか。素顔なんぞ見てられん、サングラスをしておけということかもしれんぞ?」
「そんなことないって、龍哥がよくわかってるくせに」
 信一がまた怒るぞ、と言われて視線を下に向けた。頬を膨らませる信一は、何度も首を振る。その頬を指先で突いて空気を抜けば、抗議する口が指先に噛みついた。痛くはない。ただの甘噛みだ。まるで犬だなと言えば、指を食む力が強くなり、洛軍の笑い声が響いた。
「龍哥の負けだな」
 言われるまでもない。信一との間に勝敗があるとするならば、常に負け続きだ。
「子育てにてんてこ舞いで、ほかを考える余裕はないと伝えてくれ」
「育たないんだろう?」
「言葉の綾だ」
 コブ付きだと思われて離れてくれればそれでいい。そうでなくとも、実際、少祖には信一のことで手一杯の毎日だ。
 ずっとこの先、ひとりであることを受け入れていた。
 確かに知っていたはずの愛情はもう遠く、寂しいという感情も、孤独も、慣れてしまった心は錆びついて久しい。
 信一はそんな全てを諦めた少祖に贈られた光であり、宝だ。
 人形を恐れ、人形から恐れられる少祖が、共にあることができる唯一の存在。
「信一」
 この子がいれば、それだけで十分なのだ。