来羅
2026-04-11 07:00:00
14873文字
Public サンプル
 

人形夜話サンプル(風信)

6/28(日) 星に願いを 2026 -day1- にて発行予定の観用少女パロ本です。信一が見た目も中身も子供なのでインモラルな内容です。あとサンプルにはありませんが、占と兄貴に特別な繋がり(not恋愛)があったり、このキャラはこんなことしない的なご都合主義な展開があったり、そもそもお前は誰だ状態に別人だったりするので、ご注意ください。本当にご注意ください。
よろしければ部数アンケートにご協力ください!→ https://forms.gle/ozuYve2PSNz9RS2eA





「へー、これが噂の」
 興味津々、といった顔の男が髪を摘まもうとするので、信一はひゃっと肩を竦めて逃げた。けれども談笑中の少祖の背後へと隠れてそっと伺えば、ニタァと笑った男が手をワキワキさせて近づいてくるので、少祖の服をぎゅっと掴む。
「十二、やめねぇか」
「はい、大佬」
 十二という名の男は、その声にすぐさま姿勢を正した。が、声をかけてくれた虎の顔が少祖へと戻ると、またニタリとした顔が信一を見る。
 信一のような人形は珍しいらしい、とは信一も知っていた。
 周りで眠る同胞はみな一様にうつくしい少女たちだし、彼女たちはあまり自我を出さない。言葉を交わせるわけではないものの、なんとなく人形同士で通じるものもあった。
 皆が持ち主を待っている。
 そして彼女たちは皆、少祖を怖がっている。
「だって、まさか龍哥が人形育ててるなんて、びっくりでしょ」
 信一を揶揄うのをやめた十二は、虎の隣に腰を下ろすと、だらしなく脚を開いて寄りかかった。
「しかも少年!」
「まぁ、それは確かにな」
 どういういきさつだ、と問うた虎に、少祖が肩を竦めた。
 目が合ったのだ。
 この人だと思った。目を覚ましたいと思った。
 愛おしむように人形を見回す眼差しの温かさと、触れることを躊躇うように、それでも伸ばされたその手に触れたいと思った。触れられたいと思った。
 少祖だけの人形になりたいと、あのとき思ったのだ。
「何かのバグかもしれん」
 けれども信一がこんなにも少祖を求めているというのに、少祖の反応はつれない。伝える術がないというのはなんともどかしいことか。
 いつまでも背中にしがみついていたら、困ったように振り向いた少祖が「おいで」と手を差し出した。喜んでその手を取れば、抱き上げられて膝に座らされる。信一が目覚めたこの世界で、最も安心できる場所だ。嬉しくて、嬉しくて、その体にしっかりと抱きつく。
……懐かれてんな」
「人形だからな」
「そりゃ、そうだが」
 ちらりと十二を窺えば、まだ信一を見ていた。だから少祖からは見えないところでべっと舌を出して留飲を下げる。が、どうやって気づいたのか、抱き直した少祖から「信一」と咎められて、信一は唇を尖らせて見上げた。
「そんな顔をしても可愛いだけだぞ」
 尖らせた唇を抓まれる。小さく笑う少祖の眼差しは、やはり温かい。
 早く少祖と出会えて本当に良かったと思う。信一を目覚めさせられたのは少祖だけだけれども、この先、少祖の優しさや温かさに気づいて目覚めたくなる人形はきっと他にもいるはずだ。
 人形にとって主人は唯一無二。
 残念ながら逆はそうではないけれども、信一は少祖が他の人形を目覚めさせることは望まない。ゆえに、ここにいる同胞たちへも、この先四仔が生み出すであろう人形たちにも、少祖は自分だけのものなのだと牽制を欠かさないつもりだった。
 それはもちろん、この意地悪そうな男も同様だ。
 またちらりと十二を見やって、ぎゅっと少祖にしがみつく。
 甘える信一を少祖は厭わない。
 少祖が守ってくれることを信一は疑いもせず、実際、少祖は困った奴だとばかりに片眉を上げたけれども、信一を膝から退かすことはなかった。だから安心して、また信一はぎゅっとしがみつく。
「溺愛って感じっすね」
「薄ら寒ぃ」
 言いたい放題のふたりを前に、少祖は肩を竦めた。
 揶揄いに乗ってやるには、図星を突かれすぎている。
「今度何か菓子でも持ってきますよ」
「いや、十二、信一は食べられない」
「え?」
「人形は専用のミルクと砂糖菓子しか食べないんだ」
 へー、と驚く十二の目がキラッと光った、のに気づいたのは信一だけではなかった。
 十二、と咎める虎に、まぁまぁと少祖が苦笑する。
「信一」
 そしてその声に、色めき立ったのは信一もだ。
 少祖の膝からぱっと飛び降りてキッチンに急ぐ。冷蔵庫の上段。宝石箱みたいな缶をそっと取り出して、信一は少祖の元に戻ると、再びその膝に乗った。
「缶?」
「ちょうどいい入れ物がこれしかなくてな」
 貰い物のチョコレートが入っていた、らしい。それが何なのかは知識としてしか知らないものの、信一には今入っているものの方が宝物だ。
「ひとつだけだぞ」
 そっと開けた缶の中、きらきらと白い粒が光る砂糖菓子は薔薇や牡丹をかたどった美しい意匠をしていて、目にするだけでも楽しい。ほうっと息をついた虎が、人形用の特別製かと呟いた。
「一粒、いくらだ?」
「知らん方がいいぞ」
「恐ろしいな」
 人形は金がかかる。
 それもまた、信一は知っている。
 窺う信一に、少祖はぽんぽんと頭を撫でた。否定はしない。だが、惜しみもしない。
 だから信一は卑屈に思うこともなく、今日はどれにしようかと指先を彷徨わせる。そんな信一の横から、ふいに伸びてきた手が砂糖菓子を抓んだ。
「これ、どうだ?」
 見れば十二が薔薇の砂糖菓子をひとつ指先に挟んで、信一の口元に押し付けてきた。
 今度は何を企んでいるのか、首を振った信一に少しだけ残念そうな顔をした十二が自分の口へと運ぶ。
「甘っ!」
「砂糖だからな」
「ちなみに、十二、それ一粒でお前の時給三時間分だからな」
「マジで!?」
「今月分から引いといてやる」
「マジで!?」
 タダ働きか、と天を仰ぐ十二にふたりが笑う。
「お前」
 人形は贅沢品だ。
 人形そのものも、服も、食べる物も、金がかかる。
 十二も呆れた顔を隠しもしない。しかしながら、その口から洩れたのは揶揄ではなかった。
「愛されてんだなぁ」
「!」
 悪い男ではない、らしい。
 少しだけ、ほんの少しだけ、頭を撫でさせてやってもいいかもしれないと信一は思った。
 愛されている。
 それは、人形にとっては極上の食事だ。
 へらりと笑って少祖を見上げる。
 ひとつ頷いただけの少祖は何も言わない。言わないからこそ、その眼差しが信一に伝える。
「どれにするか決めたか?」
 これと指差したマーガレットの砂糖菓子を少祖が抓んで信一の口元に運んだ。今度は素直に開けた口にひんやりとした塊が乗る。甘い甘い砂糖がしゅわしゅわと舌先で溶けた。砂糖の粒がついた少祖の指先も追いかけて口に含んだ信一が、ちゅっと音を立てて指先に吸い付く。
「いけないものでも見てる気分……
 ポカンと口を開けて顔を顰めた十二がおかしい。笑った信一に、十二が頭を抱えた。
「龍哥、そいつ、外に出しちゃダメだ」
「何言ってる」
「ここ、廟街。危険すぎる」
「出すわけないだろう」
「お前、信一、武術習うか? きっと役に立つぞ」
「余計なことをするな、十二」
「だって、龍哥」
 ぶじゅつ、というのはわからなかったが、役に立つ、という言葉にはぴんと耳を立てた。
 信一は少祖が大好きなのだ。彼の役に立つなら、どんなことでもやりたい。
 けれども渋い顔の少祖は明らかに乗り気じゃない。そんな少祖に畳みかけたのは虎だった。
「そこは考えた方がいいな。お前もわかってるだろう」
 色々な人間が出入りする廟街、というこの街は危険らしい。
 よくない輩に盗まれた人形が裏社会では高値で取引されているのだ、と虎は言った。そんなことをしても人形には意味がないというのに。主人と引き離された人形は二度と光り輝くことはないし、枯れていくしかない。
 信一は少祖の袖を軽く引いた。
…………やりたいのか?」
 渋々といった少祖が眉間に皺を寄せる。
 必要ない、とおそらく多くの持ち主たちは言うだろう。人形はただ笑って主人のためにあればいい、と。実際、人形を守るための警備を配している人間も少なくはなかった。
 少祖はそういう類の持ち主とは少し違った。
 自分で守れるのだと言う。その強さを信一はまだ見たことがなかったけれども、少祖が強いというのならば、自分もまたそうありたい。
 目を合わせて数秒。目を逸らすことなく訴えれば、根負けした少祖が溜め息をついた。
「途中で音を上げるなよ」
 約束できるか、と問われてしっかりと頷く。
「甘やかしてんなァ」
「可愛いからな」
「お前の口から人形にそんな言葉を聞くことになるとは」
「雨でも降るか?」
「槍でも降りそうだ」
 ふん、と鼻で笑った少祖が虎を小突いた。