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来羅
2026-04-11 07:00:00
14873文字
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サンプル
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人形夜話サンプル(風信)
6/28(日) 星に願いを 2026 -day1- にて発行予定の観用少女パロ本です。信一が見た目も中身も子供なのでインモラルな内容です。あとサンプルにはありませんが、占と兄貴に特別な繋がり(not恋愛)があったり、このキャラはこんなことしない的なご都合主義な展開があったり、そもそもお前は誰だ状態に別人だったりするので、ご注意ください。本当にご注意ください。
よろしければ部数アンケートにご協力ください!→
https://forms.gle/ozuYve2PSNz9RS2eA
1
2
3
4
睡蓮が花開くように瞼が震えた。
ゆっくりと開いた黒瑪瑙にも似た艶やかなまるい瞳がふるりと揺れる。ぱちり、ぱちりと、瞬き二回。焦点を結んだ瞳がその姿を捉えて、丹花の唇がふうわりと弧を描く。
「
………………
」
目が、合った。合ってしまった。
少祖はびくりと肩を揺らして、椅子から弾かれたように立ち上がる。
「っ、四仔
……
!」
まずいことになった、とは思った。
少祖は本質的に売り物である人形というものからは嫌われている。まさか目覚める人形があるとは露ほども思わなかった。
「
………………
龍哥、アンタ何をしたんだ」
「何も、何もしていない。ただ、」
うつくしい人形だ、と目を止めたのだ。
漆を重ねたような黒い巻き毛に縁どられた細い頤。ふっくらとした頬は薄紅色で、透き通る肌には染みの一滴もない。長い睫毛が影を落としていた。身にまとう藍と白銀の糸を縒って縫われた長袍は、金糸の昇り龍が施されている。
西洋のアンティーク椅子は座面が高い。深く腰掛ければ細い足は浮く。足元には刺繍の花が咲いていた。少女の靴に比ぶれば大きなその靴は黒地に刺繍は色鮮やか、足首に絡みついた赤い組紐にはどこか危うい色がある。
うつくしい人形だ、と思ったのだ。
少年の人形は珍しい。
噂では亡き恋人の面影を形作っているらしいという四仔の手掛ける人形は、いつも少女の姿をしている。
だから次に思ったのは、改めて、そうか、これは少年か、と。
少祖はその視線を往復させて目を瞬いた。
蝋燭の揺らぎに少年が笑んだかのように錯覚した。明かりのせいだ。まるでその姿が淡く発光しているかのように見えてどきりと鼓動を跳ねさせる。
手を伸ばしたのは、無意識のことだったのだろう。
何度も言うが、目覚めるとは全く思いもしなかったのだ。
龍城幫という名の小さな店を構えて数十年。こんなことは一度たりともありはしなかった。
少祖は人形に嫌われている。
大きな瞳が少祖を見上げていた。そのほころぶ笑顔は自分に向けられていいものではないはずだ。
「四仔、」
「リセットするのは面倒なんだ」
「だが」
「アンタも知ってるだろう。中古品は売れなくなる」
まして、少年ならなおさら。
言葉にしなかった四仔の思いは察せられた。
廃棄、という一言が頭を巡ったのは一瞬だ。それはさすがに胸が痛い。顔を顰めた少祖に、四仔は鼻を鳴らして肩を竦める。
「もうコイツは目覚めたんだ」
「
………………
」
「アンタが主人だ、龍哥」
人形が笑う。
少祖だけを見ている。
怯える少祖をどう思っているのか、抱っこをせがむように差し出された両手を拒否する術は持たなかった。
観用少女──プランツドール。
それは『名人』の称号を持つ職人たちが丹精込めて作り上げた『生きる人形』のこと。たいていは六~十歳前後の幼女の姿をしており、眠りながら持ち主に出会えるのを待っている。
少祖はいわゆる人形屋だ。
廟街のメインストリートから外れた路地を曲がって三ブロック。喧騒も届かないひっそりとしたビルとビルの間にその店はあった。看板はない。赤い格子に遮られたガラス窓から居並ぶ人形たちが見えるだけの『わかる人にのみわかる』店だ。
金額にして七桁をゆうにくだらない人形は、持ち主を自ら選ぶ。波長の合う人間以外は目覚めさせることすらできない彼らは、ゆえにどれだけの富をなげうったとしても簡単には手に入らない。
そうして人形は主人と定めた持ち主だけに目を覚まし、笑いかけ、生きるのだ。
食事は専用のミルクと砂糖菓子。それから持ち主の愛情。愛情がなくては人形は枯れてしまう。
少祖は枯れた人形を見たことがあった。
愛情が足りなかったのではない。この手で『壊した』人形が、みるみると枯れていったのを最後まで見ていた。
それ以来、人形たちからは嫌われ、少祖が手入れをしても輝きはしない。一抹の寂しさはあれども、店主としては助かっていた。
────今日までは。
いつまでも売り物用の椅子に座らせていることもできずに、奥の部屋へと運んだ人形は、何が楽しいのか少祖の顔だけを見て、にこにことしている。
殺風景ながらも生活感のある小さな部屋にはその輝きは似合わない。
床に置くにはあまりに忍びなく、ひとつしかない椅子に座らせれば、離れたくないとばかりに人形が抱きついた。
「離してくれ。
……
どこにもいかない」
少祖が持て余しているのがわかるのだろうか。
それを聞いて、人形がまた笑う。
少祖のためにのみ生きる人形。
ぞくりとした罪悪感に思わず目を伏せた。
「
…………
参った」
本当に、いったいどうしろというのか。
四仔からは法外な値段を取られて得たこの人形は、維持費にも金がかかるのだ。
払えない金額ではなかったが、世間の持ち主たちが身を削ってでも尽くしたい気持ちはとんとわからない。
癒されるのだと持ち主たちは言う。
その笑顔を見て、人形に求められることが生きる糧になるのだと。
「参った」
せいぜいビール一本と、たまの煎釀三寶だけが週の疲れを癒す単調で退屈な日々を暮らす少祖には、もったいない逸品だった。
ちらりと人形を見る。
また、目が合った。
『名でもつけてやれ。愛着が湧く』
四仔の呆れた声を思い出す。
そんなことをしたら、さらに困るではないか。かといって、このままでいいとも思えず、少祖は天を仰いだ。
うつくしい、人形。
人形だ。
人形だとわかっているのに。
人形とは思えない表情豊かで愛らしい、それは少年の。
「
………………
信一」
ふいに口をついた名に、少祖自身驚いて目を見開いた。
きょとんとした人形が、『信一』が、はじけるような笑みを浮かべた。口をぱくぱくとさせ、おそらく初めて得た名前を繰り返しているのだろう。紅潮した頬が緩んで、ぱたぱたと足をばたつかせ、あふれんばかりの喜びを露わにする姿を見れば、少祖もその愛らしさに目を細める。
「
……
気に入ったか?」
こくりと頷く信一が体を揺らして少祖に笑った。
こんなことで、こんなに喜ぶのかと思えば悪い気はしなかった。
少しばかり手間のかかるペットを飼ったのだと思えばいい。またもや人形たちに嫌われるようなことをひっそりと考えて、やれやれと息を吐く。
ぐう、と腹の虫が鳴いたのはそんなときだった。
少祖の、ではない。
びくりとした信一の顔が笑顔から一転、赤く染まって小さな両手が隠してしまう。
「なんだ、腹が減ったのか」
目覚めたばかりだ。そのはずだろう。
けれどもふるふると首を振る信一は、余程恥ずかしかったのか、顔を背けて小さくなる。
それでいながら、ちらりと指の隙間から見上げる瞳は潤み、少祖の反応を窺っていた。
「信一、それは悪いことじゃない。大丈夫だ」
一瞬、触れるのを躊躇った。
あまりに細い手首は、がさつな自分が掴めば簡単に折れてしまいそうだ。
「おいで。一緒に食おう」
結局自ら触れることはできずに、少祖はそっと手を差し出した。
恐る恐る、顔を覆っていた小さな手が少祖の手の上に乗る。柔く温かなそれを握りつぶしてしまわないように、軽く握って揺らした。
人形専用のミルクを小鍋に注いでコンロの火を点ける。人肌まで温めてから与えるように、とは少祖が持ち主たちに日頃きつく言い聞かせていることだ。まさか自分が実践することになろうとは、あまりに信じられなくて小さく笑った。
信一は少祖の腰に抱きついて、ぺたりとその頬を押し付けている。
待っていなさいと言ったところで、否と首を振った信一は、けれどもやはり火は怖いらしい。それでも少祖から離れようとはしないのを、そんなに腹が減ったのかと笑えば、ムッとしたように唇を尖らせた。
少祖は、ちゃんと、観用少女という人形が主人のために笑い、生きるものだと知っている。知っているのに、まるで人間の子供に懐かれてでもいるかのように錯覚するほど、信一は少祖にべったりだった。普通は、もっと、大人しいものではなかったか。
「信一」
試しにその名を呼んでみた。
すぐに見上げてくる瞳はその名を自認している証だ。
「マグカップを取ってくれるか?」
今度は食器棚を指差してみた。
ぱちぱちと瞬いた瞳が、少祖を見上げ、それから指の先へと視線を巡らせる。
やはり無理か。人形は六歳~十歳程度の知識はあるとされているが、それは後天的な要素が強いとも言われている。目覚めてすぐに自らものを見、自らものを認知し、自らものを考える人形はあまりいない。少祖が知る限り、そんな人形は二体目だ。
しかし信一はぱっと少祖から離れると、間違えることも躊躇うこともなく棚からマグカップをふたつ取り出すと、危なっかしい足取りで少祖の元へと戻ってきた。
「
………………
」
にこにこと差し出す信一は褒めてほしいと言わんばかりの顔で見上げている。
呆気に取られて反応の遅れた少祖は、間違えたのかと思った信一がへにゃりと眉根を落として俯くまで、思わずその顔を凝視してしまっていた。
「っ、信一、違う、合ってる。間違ってない。すごいな、ちゃんとわかるのか」
膝を折って目線を合わせ、今度こそ両手でその頬を覆うように触れ、顔を上げさせた。不安そうに少祖を窺う信一の頭を撫で、もう一度すごいぞと声をかければ、ようやく顔がほころぶ。その顔はもう得意げなそれだ。
まるで犬だな、と信一が聞けば怒るであろうことをまた思う。
姿形の違う犬を飼ったのだ。それが血統書付きだと思えば、痛い財布もしかたがない。
マグカップのひとつにミルクを注ぎ、もうひとつには普洱茶を淹れた。茶器は別にあるが、そもそも少祖にこだわりはない。
この期に及んでも、この大雑把な自分が人形に選ばれるなど何かの夢か悪戯かと思いたかった。けれども四仔にそんな暇はないし、そんな性格でもない。熱い普洱茶は夢でもない。
「ゆっくり飲むんだぞ」
大きめのマグカップを小さな両手が大事そうに掴む。紅を引いたかのような赤い唇がそっとカップの縁に触れ、傾くマグカップに合わせて白い喉がこくりこくりと鳴った。
世の中の持ち主たちが見れば、目を剥いたことだろう。彼らに、人形にはひと匙ずつ与えるように告げているのは少祖だ。それを思って苦笑いする。信一の飲みっぷりを見るに、ひと匙ずつなど追いつかないに違いない。そういうところは持ち主である少祖に似てしまったのかもしれなかった。
「美味かったか?」
大きく頷いた信一が空になったマグカップをずいと差し出した。
お代わりをくれということなのか。
「いや、それは」
さすがに駄目だろう。
「急に飲んだら腹を壊すぞ」
窘めると、唇を尖らせた。それでも少祖を見つめる瞳には甘える色が乗っている。そしてその目はまだ口をつけていない少祖のマグカップへと向けられて、少祖は慌ててカップを遠ざけた。
「これは絶対に駄目だ」
人形が口にしていいのは、専用のミルクと砂糖菓子のみ。
人間の飲食物を口にすれば、たちどころに成長してしまうのだ。人形にとっては毒にも等しい。
「信一、これは約束だ。俺がいいと言ったもの以外は食うなよ」
一瞬、不貞腐れるだろうかと思った。
けれども信一は少祖の真剣な声にしっかりと耳を傾け、真面目な顔で大仰に頷いた。
六歳~十歳の子供どころじゃない。信一は場の空気すら読んで理解しているように見える。
こんな人形は初めてだった。
けれどもミルクを飲んだ信一はしきりに目を瞬かせ、体を右に左にとゆらりゆらりと小さく揺らした。
飲んだら眠くなったらしい、そんなところは、まだ幼い。
「
…………
参ったな」
時間にして、ほんの一時間ほどだ。
手に余るとばかり思っていた信一に、もう微笑ましさを感じ始めている自分に苦く笑うことしかできなかった。
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