number21
2026-03-31 00:36:07
4443文字
Public 天照
 

1話『傘の思い出』【天照】

※殺人への言及の表現を含みます
---
現代サイド→1話『窮地に始まり』【雨照】

前の話→プロローグ【天照】

次の話→2話『全てを知るのは』【天照】



「クラネは……わたしが知ってる中で、一番優しい人でした! だから、あの、魔王になって……その、人を傷つけたり、こ……ころ、す、ってのとは、一番遠い人だと……思う」
 これまで到底発することのなかった「殺す」という言葉の響きに酷く違和感を覚え、たどたどしく口にする。
 ワスは取り調べを受けていた。ルシア王国、王宮の中にある応接室。貴族や特別な立場でない平民であるワスが王宮に立ち入るのは、これが初めてだ。
 取り調べといっても問い詰められているわけではなく、魔王の関係者である可能性があるということで簡単に話を聞かれているだけだ。ワスは客人として丁重に扱われていた。現にふかふかのソファに座っているし、目の前のテーブルではハーブティーが良い香りを漂わせている。茶と一緒に出された茶菓子も美味しい。
 ワスとしては、未だにクラネが国から敵視されている魔王という存在であることは信じられない。それ以前に、5年間行方不明だった兄が生きていたという事実で頭がいっぱいだ。
「今日だけで一年分頭がぐちゃぐちゃしてるよ~……
 顔をくしゃくしゃにしながら目の前のカップに手を伸ばす。中身を一口飲んで、ふぅ、と一息ついた。良い匂いだ。
 こんな状況だろうと呑気に茶を飲み菓子を食べられるのは、ワスの打たれ強さがあってこそだ。本人はそこまで強く自覚をしていないが。
 ワスの目の前、帽子を被った女性が苦笑いを浮かべる。先ほど、クラネに同行を依頼した王立軍の女性だ。彼女は取り調べの最初に自己紹介をしてくれた。名はジラというらしい。
「そうですよね……しかしワスさんはすごいですよ。私があなたの立場だったら、もっと取り乱していたと思います」
「ぜんぜん、これでもすっごく混乱してるんですよ! してるんだけど、慌てても仕方ないっていうか……あと、このお茶とお菓子が美味しくてほっとしました! これのおかげかも! あ、あとあと、王宮の椅子ってふっかふかですね! 寝れちゃう……
「ふふ、少しでもリラックスできたなら何よりです」
 忙しなく口を動かすワスにジラは微笑みかけ、言葉を続ける。
「ご両親が到着したら、またご一緒にお話を聞ければと思います。それとは別に、総監がいらしたら事情聴取があるかもしれませんが、それまでは一旦、くつろいでいてくださいね」
 これまで魔王が何者であるかを王立軍側は掴めていなかったらしく、それが1人の少年で、出身や血縁者が判明したというのはかなりの大事だそうだ。
 ワスが話を聞かれている間に、両親の元にも王立軍から遣いの者が出され、話を聞きつつこちらの王宮に向かっているらしい。

 ワスとしては未だに、優しかった兄が魔王という存在になっていたなんて到底信じられない。
 しかし、魔王の封印が解かれたとされる日と、クラネが失踪した日は奇しくも一致した。
 王立図書館にあるという、かつての魔王が封印された魔導書が盗まれたのだと、ジラが教えてくれた。その日に魔王の封印が解かれ、封印を解いた人物の手によって王立軍の兵士の命が数多く奪われたらしい。
 クラネの失踪日はよく覚えている。彼がいなくなった年月をずっと数えているから。
 彼が行方不明になる前の最後の会話はよく覚えていない。どちらが風呂に先に入るかとか、そんな取り留めのない会話だったように思う。記憶に留めるほどの違和感はなかったはずだ。


 ワスが茶菓子を齧っていると、応接室の扉が開いた。
 入ってきたのは背の高い屈強な男性だ。淡い青色の髪に吊り上がった眉。同じく青色のツリ目は鋭い眼光を宿している。
 ワスでも知っている、国内の有名人。王立軍総監にして現女王リオン=サーシャンの王配――フィルド=ヴォルス。
 ジラの表情が少し緊張を帯び、その場から即座に立ち上がると帽子を外し彼に向って礼をした。
 威圧感を放つ彼は、ワスを一瞥した後で口を開いた。
「侵入者が出たかと思えば今度は魔王の身元が判明したとは、全く……事件が起こる日というのは1つでは済まされないらしいな」