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2026-05-06 22:47:24
5831文字
Public 天照
 

2話『全てを知るのは』【天照】

※殺人などへの言及の要素を含みます
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現代サイド→2話『知るべき人』【雨照】

前の話→1話『傘の思い出』【天照】


 王宮の応接室。
 先ほどまで聞き取りを対応していた王立軍の女性――ジラに代わってワスの目の前に座った男性は、眉間に皺を寄せながら、ジラの作成した記録を読んでいる。
 肩くらいまで伸びた硬い青色の髪に、鋭く吊り上がった青色の瞳。黒い軍服を身に纏ったその体躯はかなり大きい。先ほど立っていた時の身長を見るに、180cmはゆうに超えていそうだ。
 フィルド=ヴォルス。幼少期から現女王リオン=サーシャンの護衛を務め、現在は26歳という若さながら王立軍の最高責任者、総監という立場で指揮を執っている。
 まつりごとにはあまり関わっておらず、表舞台に立つことが少ないため、名前の知名度に対してその人となりはそれほど知られていない。今目の前に座っている姿を見るに、気の強そうな人かも、とワスは推察する。
 そこに臆する性格ではないワスは沈黙に飽きたこともあり、先に口を開いた。
「侵入者ってのは、大丈夫だったんですか?」
 彼が入室してきた時に話していたことだ。それに、先ほどテラス退治をしていた時も、到着が遅れた王立軍の人が言っていた。
 フィルドは書類から顔を上げずに言う。
「王宮の立ち入り禁止区域にガキが入ったんだ、まあ解決済みだ……全く、何をしているんだか……
 ため息交じりの低い声が響いた。
 立ち入り禁止区域……というのがどこのことを指しているのかはわからないが、王宮全体が用のない一般人には入れないところだし、王宮内にある部屋の一つなのだろう、となんとなく想像してみる。
「ほえーー、子どもが。好奇心オーセーですね!」
 昔学校を探検して、夢中になるあまり入ってはいけない場所に入りそうになったこともあるなぁ、と自身の思い出を頭に浮かべながらワスは笑顔を浮かべた。
 対してフィルドは、深くため息をついた。相変わらず書類に目をやってはいるが、ワスの言葉には律儀に答えてくれるようだ。
「好奇心などで済まされる問題ではない。……ったく……
「あはは、お疲れさまです」
 そこで会話は一度途切れる。

 フィルドが次に口を開いたのは、彼が手元の書類を確認し終えたタイミングだ。
 彼は顔を上げ、鋭い視線をワスに注ぐ。
「お前、魔王の――クラネ=ジメントの、現在の居場所は知らないんだな」
「はい、知らないです」
 ワスは彼の目を真っ直ぐに見つめ返して答えた。フィルドは一瞬目を細めた後大きく見開き、ワスの青い瞳をじっと捉える。
「本当か?」
 自分は疑われているのだと、ワスはそこで初めて気づいた。それもそうか、クラネの実の妹にあたるわけだし。……そもそも、ワスはクラネが魔王だなんて信じていないが。
 やましいことなど何もないので、フィルドの視線に怯むことなく、ワスは堂々と答えた。
「ほんとほんと、むしろわたしだって教えてほしい側だし!」
 現在の居場所がわかるのであれば、寧ろ自分だって知りたい。しかし残念ながら、ワスと話したあと姿をくらましそれ以降、クラネの目撃情報は存在しない。
「他に奴が行きそうな場所に心当たりはあるか」
「うーん……思いつくところはあるけど、クラネがいなくなってからの5年間、何回も行ってみたけどいなかったし……
 ワスは腕組みをしながら、5年前の兄と過ごした場所、兄が落ち込んだ時に訪れる場所を口にする。フィルドは一つ一つ、手元の紙に書き記している。
 話した通り、クラネの行きそうな場所はこの5年間で何回も行った。心当たりは全て、何回も探した。それでも兄の姿は一度も見かけていないのだ。家族であるワスだって、何の手がかりも持っていない状態なのだ。
 今までは家族と、せいぜい幼なじみといった少人数で探していただけだが。
(つまり、今度からは王立軍の人たちも探してくれるってこと……!?)
 ワスははっと目を見開く。国も一緒に探してくれるなんて、百人力どころではない。みんなで探せばすぐに見つかるかもしれないし、またクラネに会えるかもしれない!
 ……そこまで考えて、一つの可能性に気づく。
……あの、もし、クラネが見つかったとして。その後ってどうなるんですか」
「その後、とは?」
「見つかるって言ったけどまあ、捕まる……って言い方が、近いんですかね」
「そうだな。発見したその場合は、身柄を拘束する」
「あー、ですよねー。その拘束した後、クラネはうちに帰ってこれますか?」
「無理に決まっているだろう」
 フィルドの瞳が冷たく光った。王立軍のトップとして国を脅かす魔王を許せないという気持ちもあるのだろうが、それ以上に、何か個人的な激情が彼の中で渦巻いているような気がした。
「奴は既に多くの人間を殺している。死罪は免れないだろう」
 ワスはごくりと息を呑んだ。先ほどのジラの話の中でも、今のフィルドの話の中でも、クラネ=ジメントは人を殺した――それが真実らしい。それはひどく現実離れした話で、まだワスの中に実感としては降りてこない。
 一度大きく瞬きをして、口を開く。
「その、クラネが人を殺したって、ほんとなんですか。見た人とかいるって、こと……ですか」
「いない」
「じゃあ、殺したとは言えないんじゃ――
 少したどたどしく話すワスに対して、フィルドは間髪入れずぴしゃりと言葉を返していく。
「殺していないとも言えないだろう? 姿を見た者は全員殺されている可能性だってある。そうすれば、目撃者は存在しない」
「それって推測でしかない、じゃないですか」
 少女は自分より立場も年齢もずっと上の男に、無謀な議論を持ちかけていることに気づいていない。優しかった大好きな兄が人を殺しているという事実を認めたくない――というより、受け入れきれていないのだ。自警団として活動していたとはいえ、人の死とはあまり縁のない平凡な生活をしてきた少女が、死を身近なものとして感じることに時間がかかるのは当然だし、さらに肉親とそれを結び付けることは困難だ。
「そうだな。しかし、目撃者が一人残らず殺されている方が可能性としては高い」
 フィルドは背もたれにもたれかかり腕組みをする。
「魔王の封印が解かれた日、現場に駆けつけた兵は全員、魔法によって殺されていた。これは確実に、魔王が殺したといえるだろう」
「まあ、そこについては、そうですね」
「そしてクラネ=ジメントは、自らを魔王だと名乗った」
「それも、そう」
「2つの事実を繋げれば、クラネ=ジメントが殺している可能性が圧倒的に高いのはわかるだろう」
「ぐぬ……
 極めて明快に、嫌な事実関係を繋げられた。ワスは頬を膨らませて黙り込む。
 暫しの沈黙の後、ジラの作成した資料のページを捲り、フィルドがワスに問いかけた。
……父親は商人、母親は喫茶店勤めか。魔法とは縁もない職業だな。クラネ=ジメントが魔法について特別詳しかったといったことはあるか?」
 尖らせた口をぱっと開けて頬に溜め込んだ空気を解放し、ワスは首を傾げた。一瞬で緊張感は解けている。あまり感情が長持ちするような性格ではないのだ。
「特別詳しいとかはないんじゃないかな……貴族でもないし。パパとママの家の話知ってるならわかると思うけど、魔法使いの家系とかでもないし。学校には通ってたけど、クラネもわたしと同じで、学校で習ったくらいのことしか魔法の知識はないと思います」
「ふん……
 フィルドは軽く鼻を鳴らした。鼻で笑ったというよりは、どうやら割とふてぶてしい態度が標準の人のようだ。ワスは彼の態度については気に留めず、ぱっと手を叩いて続ける。
「あ、でも頭は良かった! わたしにも勉強教えてくれてたし、魔法とか結構飲み込み早かったみたい、です!」

 話題は移り変わる。
「では、次の話だが。……クラネ=ジメントは、王立図書館については知っていたか?」
「クラネ結構行ってたかも! 本読むのも好きだったし」
 王立図書館は、王都リアスにある国内最大規模の図書館だ。一般書庫には誰でも立ち入ることができ、静かなところや読書を好むクラネもよく訪れていた記憶がある。
「なるほどな」
 フィルドの質問の意図がわからず、ワスは彼の次の言葉を待つ。
「魔王の封印について情報を共有しておくが、魔王が封印された書物は、王立図書館の奥、王国の上層部の者でしか立ち入れない場所にあった」
「ほえーーっ、なんか普通の人は入れないような仕組みになってるんですか?」
「魔法で結界が貼ってある。女王陛下や俺のような側近、王立軍の一部の者だけ、結界を解除する魔法を知っている」
 初めて知る情報だ。本来ワスのような一般人が知る由もない話なのだろう。そもそも、魔王についての知識もワスにはほとんどない。テラスを操って国を壊そうとしている敵、といったくらいしか知らないのだ。
 話を聞いているうちに、ワスに一つの疑問が芽生えた。
「あれ、一部の人しか入れないなら、クラネが入れるわけなくないですか?」
「そうだな。そもそも、封印の書が図書館にあること自体、知る者は限られている」
「知る人が限られてるなら、その中の誰かがクラネを連れてったのかも?」
「俺たちの中に裏切り者がいると?」
 フィルドにじろりと睨まれたワスだが、臆することなく頷いた。
「うん」
「はっきり言うな貴様」
「だってー、そう思ったからー……
 我ながら結構良い推理じゃないか?なんて思ってもいる。
 それに対しあろうことか、フィルドはあっさりと肯定した。
「ふん、しかし実際その通りだ」
 ワスは目をぱちくりとさせた後、見開いて大きな声を出す。彼女の振る舞いから緊張感は完全に失われていた。
「その通りなんか~~い! なんで最初に言わないのー!」
「貴様がどう答えるかに興味があった」
「ほ、ほーーう……
 ワスは大袈裟に眉に皺を寄せた。賑やかに表情を変えていく少女を気にも留めず、フィルドは話を続ける。
「エウペロア家は知っているか?」
「はい、王族のサーシャン家の分家……ですよね」
 思い浮かぶ話題と言えば、
「魔王の封印を解いた罪で、処刑された……あ」
「そうだ。裏切り者はエウペロア家だった」
 ワスは再び目を見開く。本当に裏切り者がいたとは。そしてその事実が自分にあっさり告げられたことに困惑し、一瞬固まった後に口を開いた。
「え、それわたしに話しちゃってだいじょぶなんですか?」
「エウペロア家の裏切りに関しては機密情報ではない。知っている者だってある程度はいる」
 フィルドの後ろに立っているジラの様子を見ても、驚いた様子はない。王立軍の中では共有済みの情報なのだろうか。
「それにしても、処刑って、やりすぎじゃ……
 エウペロア家の人間は、一人残らず処刑されたと聞いている。大人から、ワスと同じくらいの年代の子どもまで。ワスが口にしたのは抱いて当然の感情だ。
「そこは俺が口出しできるものではない、俺から言うことは何もないな」
 フィルドは低く言い放った。彼の担当する範囲は軍事だけで、罪人の処遇など司法には及ばないらしい。
「でも、そうなると、クラネって、その……エウペロア家の人に連れてかれて、魔王の封印を解かされた、とかになりませんか?」
「それは本人を問い詰めないことにはわからんな」
「エウペロア家の人に何か聞けなかったんですか?」
「最後まで罪を否定していたらしい。証拠は残っていたにもかかわらずな。……しかし何にせよ、クラネ=ジメントが図書館前で虐殺を行ったことは事実だ」
「そ、それもー、エウペロア家の人、とか……
「往生際が悪いな。そこまでして兄を庇いたいか?」
 彼は鼻で笑ってワスの方を見た。ここで初めて、ワスは目の前の男から目を逸らす。
 背筋がすうっと冷たくなった。心臓が早鐘を打つのを感じる。
 そうか、自分は兄を庇いたいのか? これほど証拠が揃っていても、兄が人殺しで、国と敵対する魔王だということを認めたくないのだろうか。
「いや、そうじゃなくて……
 ワスが言い淀んでいるところに、フィルドは容赦なく次の言葉を突きつける。
「まあ、残念だが貴様の主張は成り立たないな。図書館前には大規模な魔法の痕跡があった。常人にはあんな魔力はない。特にエウペロア家の人間は、魔力には恵まれていなかったからな」
……そう、ですか」
 瞬きをしようと、震える瞼を無理やり閉じる。
 証拠は揃っているのだ。クラネが国の敵であることは、悪党であることは認めざるを得ない事実なのだろう。潔く認める他あるまい。
 ――それで、認めた後は?
 その先に何があるのだろうか。国を追われる罪人であるクラネと、平凡に育ってきたワスでは住む世界が違う。もはや彼と自分は無関係なのだ。
 クラネが魔王である事実を受け入れて、彼の捜索は国軍に任せ、ワスは自分の生活に帰る。それが一番現実的だ。
 でも、それは何かが違うような。
――でも、わたしは、自分の目で確かめるまでは信じません」
 大人しくしているのは性に合わない。平凡なワスには無関係だというのなら、自ら飛び込んで当事者になればいい。
「勝手にしろ」
「だから、自分の手で真実を知りたいんですけど、王立軍って入れますか?」
「はぁ?」
 ジラが吹き出した。彼女はふふっと笑った後、口元を手で覆う。
 この突拍子もない話に、流石にフィルドも困惑したらしい。眉間に今までで一番深く皺を寄せた後、はぁ、と息を吐き出し不機嫌そうに告げる。
「入りたいなら、それも勝手にしろ。ただし特別待遇はない、入りたいなら入隊試験を受け、正当な手段で門をくぐれ」
「わかりました!」
 傍から見ればクラネが人を殺したことは揺るぎない事実だ。だが、真実はそれだけではないようにワスは思う。
 彼のことを一番良く知っているのは、自分だ。クラネ=ジメントは殺人すらも厭わない魔王――本当にそうなのだろうか?
 その先に何か他の、新たな真実があるのなら、そこに手を伸ばしたい。
(それで、誰かに教えてもらうんじゃなくて、自分で知りたい。自分で真実を掴みたい。全てを知るのは、わたしがいい)
 少女は無謀な希望を抱き、決意へと変える。大きく目を開いて、しっかりと目の前の男を見つめ返した。