ゑ/圓堂
2026-03-28 22:00:00
7283文字
Public 是空本丸
 

【刀剣乱舞】主数Twitterログ01【創作男審神者×数珠丸恒次】

Twitterに文庫ページメーカーで上げた小話まとめたかじゅず編。今年に入ってから今日までに上げたものをまとめました。
冬の白い吐息にまつわる小話『滲む、』
風邪をこじらせた隆治を数珠丸が看病する小話『献身の名の下に』
仕事道具の手入れをする隆治と複雑な想いを抱いてそれを眺める数珠丸の小話『明鏡止水の細波』
中傷状態の数珠丸に初めて遭遇する隆治の小話『瑠璃色の石榴』
の四本立てです。


【献身の名の下に】

静かな畳敷きの部屋に、がらがらとした咳がいやに響く。元凶はこの部屋の主である、是空本丸現審神者の東雲隆治自身だ。
彼は今、何年振りか判らぬほどの重度の風邪を引き、かれこれ二日は布団の中で寝たきりとなっている。

症状が出始めたのは現世の自宅であった。
すぐさま病院にて検査を受け、外出を禁止される類のものではないという医者のお墨付きは貰えたものの、確実に寝込むことが予想されたため、隆治は「暫く本丸には顔を出せぬ」と刀剣男士らに伝えるつもりで、這う這うの体で自宅の天井裏から通じている本丸へ事態を報告しに行ったのだが——当然、それを聞いて刀剣男士らが納得する筈もなかった。
無事隆治は彼らによって手厚く保護され、しっかりと本丸で彼らから看病されている。
そのおかげで今朝には散々苦しめられた高熱も下がり、喉の痛みも幾らか落ち着いて、肺が痛むほどの咳も今は残滓程度に治まっていた。

治癒のために消耗させられた体力と、発熱によって悲鳴を上げていた関節の痛みの余韻が未だに隆治を布団の中で大人しくさせているが、正直なところ——今の隆治は暇を持て余していた。とはいえ、その事実は隆治のような人間にとっては、そのように軽い言葉で片付けられるものではない。
常日頃、睡眠時以外は何かしらの作業を絶やせぬ性分である隆治は『何もしていない時間』というものにある種の恐れを抱いているのだ。
現に今、正常な機能を取り戻し始めた彼の脳髄は、彼が思い出したくないものや日頃目を背けている思考や感情を、次々と生産し始めている。これは——非常に良くない。
折角体調が良くなっても、精神を蝕まれてしまっては元も子もない。病は気からというが、それは真実その通りなのである。
精神の不調が肉体の健康状態に隙を作り、また新たな病原体を迎え入れてしまうことになる。隆治はそれを重々承知していた。

まだ休みたがっている己の肉体を、隆治は無理矢理に持ち上げて起こす。
再び咳がこみ上げ、耳障りな音を室内に撒き散らした。儘ならぬ身体に、珍しく隆治は舌打ちの一つでもしたい衝動に駆られたが、ぐ、と飲み込む。
些細な苛立ちに構うより、兎にも角にも何か気の紛れることを見付けたかったのだ。
久し振りに本でも読むか、仕事道具の手入れくらいなら布団の中でも出来るだろうか——ゆっくりと肩を上下させ呼吸を整えながら思案していると、隆治の目の前の障子戸がすうと開いた。

「おや、起き上がれるようになられましたか」
「、数珠丸さん」

失礼します、と断って部屋に入ってきたのは、内番姿にエプロンを纏った近侍の数珠丸恒次であった。
何やら小さな土鍋の乗った盆を手にしたまま、器用に戸を閉め隆治の傍らへと正座する。相変わらず、その一連の所作には衣擦れの音一つ感じられぬ。

「そろそろ食事を摂られた方が良いかと思い、雑炊を作ったのです。起きていただこうと思っていたので、丁度良い頃合いでした」

食べられそうですか——そう言いながら、躊躇なく数珠丸恒次は隆治のやや汗の残る額に掌を押し当てた。
今しがたまで水仕事をしていたのであろう、しっとりと冷えた皮膚の感触に、隆治は生理的な——或いはまた別の感情に起因する——反応によって、ぞくりと背筋を震わせた。
低温の心地好さと、触れがたきものに触れられている後ろめたさとが、 綯交ないまぜになる。

「発熱も落ち着きましたね」
「ああ——もうかなり良くなったよ。手間かけさせて悪かったな」

複雑な胸の内を無かったこととしつつ隆治は、有難く頂くよ、と雑炊の盆を受け取った。
土鍋の蓋を取ると、正に出来たてであることが容易に解るほど、勢いよく湯気が立ち昇る。
嗅ぎ慣れた繊細な出汁の香りが、数日間ろくに食物を口に出来ていなかった隆治の食欲を刺激した。

シンプルな卵と葱と刻み生姜のみの雑炊が、病み上がりたての隆治の五臓六腑に沁み渡る。
素直に美味しいと感じながらも、自身が普段から使っている出汁と遜色のない風味や香り、控えめな味付けとのバランスなどに感心するにつけ、こんな時でさえ元料理人の性分が抜けぬものか——と心中密かに自嘲した。

「うん、美味い。いつの間にかすっかり料理上手になったなぁ、数珠丸さんも」
「ふ——全て貴方譲りですよ。自画自賛、とも言えますね」

いつになく愉快気に、数珠丸恒次は答える。
明確に彼の薄い唇が弧を描くのを、隆治は恐らく初めて見たのではないか——と不思議な心持で眺めた。

——こんなことを言うのは些か不謹慎かもしれませんが」
「ん?」
「主を看病するという任務も、悪くないものですね」

麗らかさを纏った声音でそう言うと、数珠丸恒次は早々に空になった食器を手に、瞑目めいもくの笑みを湛えて隆治の部屋を辞した。
明らかに彼は今、この状況を愉しんでいる——それが手に取るように解る。

隆治は釈然とせぬ感情を湧き上がらせながら、しかし彼が上機嫌であるのならばたまに寝込むのも悪くはない——と思い直したのであった。