ゑ/圓堂
2026-03-28 22:00:00
7283文字
Public 是空本丸
 

【刀剣乱舞】主数Twitterログ01【創作男審神者×数珠丸恒次】

Twitterに文庫ページメーカーで上げた小話まとめたかじゅず編。今年に入ってから今日までに上げたものをまとめました。
冬の白い吐息にまつわる小話『滲む、』
風邪をこじらせた隆治を数珠丸が看病する小話『献身の名の下に』
仕事道具の手入れをする隆治と複雑な想いを抱いてそれを眺める数珠丸の小話『明鏡止水の細波』
中傷状態の数珠丸に初めて遭遇する隆治の小話『瑠璃色の石榴』
の四本立てです。

【滲む、】

東雲隆治しののめたかはる が現世から持ち込んだ自身の仕事に一区切りをつけ、本丸の自室に備え付けられた壁掛け時計に目を遣ると、既に夕刻へと差し迫った頃合いになっていた。そろそろ夕餉の支度に取り掛からなければ——隆治は凝り固まった長い手足をぎくしゃくと動かして、立ち上がる。
本来、三度の食事は厨当番の刀剣男士らに一切合切任せていてよいのだが、かつて情熱を捧げて料理の道を究めんとしていた隆治としては、どうにも他人に食事の支度を全て委ねることは出来ぬ。已むを得ぬ事情で道半ばに潰えた夢ではあるが、だからこそ、今でも隆治は料理をすること、そして出来上がった料理を振舞うことが今でもこの上なく好きなのである。

自室と外廊下を隔てる障子戸を開くと、目の覚めるような冷気が隆治の全身を撫で、通り過ぎていった。
新たな年の一月目も終わりに差し掛かろうとしている時分らしく、今日は朝から断続的に小雪がちらついている。積もる程度ではないものの、半日も外で活動していれば髪や肩を白く染めそうな具合だということが、ぴったり閉め切られた雨戸越しにも判る。隆治がふ、と小さく吐息を漏らすと、たちまち眼前は乳白の水蒸気に覆われた。



不意に、視界の片隅に微かに映り込んだものが隆治の心を捉え、彼はそちらへと目を向ける。
部屋を出て右手に進んだ廊下の突き当り、外と廊下を隔てた硝子に音もなく向き合う影が一つ——近侍である数珠丸恒次であった。

色彩の乏しい薄暗い景色の中で、瑠璃色を纏う彼だけが浮き立って見える。刀剣が人の身を得て顕現した付喪神——まさに神と呼ぶに相応しい佇まいだ、と隆治は普段以上に強く感じた。瞑目した横顔に然したる表情はなく、その心の内を推し量ることは出来ぬ。声を掛けることさえ憚られるような空気に満ちていたが、それらを気に留めることなく気さくに振舞うことが正解であることを、これまでに彼と過ごした月日の中で隆治は重々承知していた。

「数珠丸さん——

気安く声を掛けながら近寄ると、隆治が想像していたよりも遥かに数珠丸恒次は——それでも傍から見れば至極平静を保たれているようにしか見えぬのだが——驚いた素振りを見せた。本丸に属する刀剣男士らの誰よりも気配を消すことに長けながら、誰よりも他者の気配に敏感である筈の数珠丸恒次にしては、大変に珍しい反応である。余程深く思考していたようだ。

「ああ、悪い。邪魔したかな」
「いえ、私の方こそ失礼いたしました——つい物思いに耽ってしまい」

数珠丸恒次は長い睫毛に深く閉ざされた眼差しを隆治へと向け、詫びた。
そしてすぐさま再び外界へと視線を戻す。

「雪、好きかい?」

いつかの積雪の日に、白銀の世界で静かに瞑想していた彼の姿を脳裏に浮かべながら、隆治は問うた。
数珠丸恒次の横顔は、あの日と寸分違わぬようでありながら、しかし今その奥深くには幾許かの感情の片鱗が微かに見て取れる。

「ええ——そうですね。きっと、好きなのでしょう」

やや思案して、数珠丸恒次はそう答えた。隆治に聞かれたことにより、初めて自身の心の機微に触れたとでもいうような、知見を得た歓びがうっすらと相貌に表れている。
語尾に混じる吐息が、雪景色を透かす冷え切った薄玻璃を白く染め——



嗚呼、『生きている』のか————



隆治は今更ながらに、彼の内に息づく生命の証を知覚した。
そして、ただそれだけの事実に動揺する胸中を悟られぬよう、無為にちらちら舞う雪へと目を向けたのであった。