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number21
2026-03-20 00:25:23
5286文字
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雨照
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1話『窮地に始まり』【雨照】
ファンタジーサイド→
1話『傘の思い出』【天照】
前の話→
プロローグ【雨照】
次の話→
2話『知るべき人』【雨照】
1
2
◆
「ん~~
……
」
目が覚める。見慣れた天井。イノルはのそのそと起き上がる。
確か昨日あれに飛び込んだ後、元の場所に帰って来ていて、そのまま家に戻って寝たんだった。追手は「こちら側」までは来なかったらしい。
(なんだったんだ
……
)
ふわぁ、と大きく開けて欠伸をする。
カーテンが開けられた部屋の外は明るかった。時計を見ると、午前8時。休日のイノルにしてはかなり早い目覚めだ。
「二度寝するか
……
」
「おはよう兄さん、珍しく早いね」
声を掛けられる。
二段ベッドの上段から身を乗り出すと、机に向かう椅子に座っているエンがこちらを見上げていた。
「あー
……
今もっかい寝ようとしてたとこ
……
」
もう一度布団に潜ろうとした時、ふと気づく。
「なあ。なんか
……
下騒がしくね
……
?」
研究室などがあるこの施設では、夜でも誰かの作業する音が響いて騒々しいことがあるが、その時の機械の作動する音とは違う。
誰かが指示を飛ばす大きな声、焦りの混じった声、どこか怒りを伴う声。
大勢の人が一斉に動いているような、そんな騒がしさがあった。何かあったのだろうか。
「あぁ」
その答えをエンが示す。
「深夜、侵入者が出たんだって。誰も行けないはずの最深部に入ったとか。まだ捕まってないし、今日のところは部屋から出るなって、父さんが」
「侵入者
……
?」
ぽかんとする。
「最深部って、ここの一番地下のとこだよな?」
「そうだね」
「
…………
」
布団の上に座ったまま、呆然とする。
(もしかして、侵入者オレのことじゃね?
……
大事になってる!?)
「なぁエン、親父今どこ?」
「え? 総長室にいると思うけど
……
」
「ちょっと行ってくる!」
「はぁ? 話聞いてた!? 危ないから部屋から出るなって言ったんだよ!? しかも父さんは普通に仕事中だし!」
「言わなきゃいけねぇことがあるから!!」
癖のある黒髪を手でぐしゃぐしゃといじり、耳を覆い、一部が白い前髪もかき上げる。昨日と同じ、寝間着に上着一枚という格好で部屋を飛び出す。
「ちょっ!?
……
はぁ
……
何考えてるんだあのバカ兄貴」
イノルの持っているIDカードは住人用だ。居住区のある5階と1階しか往復できない。
(あ~~~~めんどくせえ~~
……
)
まず1階のエントランスに向かう。その道中でせわしなく動く人々の様子が目に入った。
受付スタッフに話しかける。イノルが小さい時からずっとここに勤めている顔見知りの女性だ。
「すんません! IDカード貸してくれ!!」
「イノルくん? いきなりどうしたの
……
? ごめんね、今緊急事態で、渡すことはできないの」
「どうしても、今、親父にしないといけない話があるんだ! 申請書なら後で書くから!」
頼む!と頭を下げて頼み込む。相手はイノルの切迫した状況を理解してくれたようだ。
「総長に
……
? 分かった、けど後でちゃんと理由を話してね!」
「ありがと!!」
再び頭を下げて彼女に礼を言い、カードを持ってエレベーターに駆け込む。職員と思われる同乗者も次々と乗り込んできた。皆落ち着かない様子だ。
(オレのせいだ
……
親父に謝らないと
……
つーか、これって親父の責任になんのか?)
そうしたらどうなるんだろう、責任を取ってクビ、とか、賠償みたいなことさせられるとか、嫌な想像が頭の中を次々と通り抜けて行く。
自分は、取り返しのつかない事を引き起こしてしまったのだろうか。
それ以上何かを考えることを許さず、エレベーターは2階へと到着する。
(何をどうしたってもう無駄だ。とりあえず、親父に謝って、他の皆にも謝って、それで
……
)
「あ~~分かんねぇ!」
勢いのまま、バタン、と総長室の扉を開ける。部屋にいた何人かの職員、そして中央の机に座っていたミコシが一斉にこちらを見る。
考えるのは性に合わない、行動あるのみだ。腹を決めろ、笹木イノル。
「親父!! 悪かった!」
「イノル
……
? 何をしに来た。というか部屋にいろとエンに伝えたはずだが?」
「侵入者は、オレなんだ!!」
直球に言葉を投げる。
人がたくさんいる部屋にその叫びは吸い込まれるはずだったが、やけに響いたような、そんな感覚がした。
父の眉がぴくりと動いた。
「見ての通り、今はそれどころじゃないんだ。くだらない冗談は持ち込まないでくれ」
「いやほんとなんだ!! オレが嘘つけるほど頭が良くないの知ってるだろ!!」
「
……
それもそうだが」
そこに納得されたことに少し悔しさを感じる。
「おい、それってどういうことだ」
「彼って確か、総長の息子さんよね
……
」
周囲のざわめき声が大きくなる。その中心で、ミコシはこちらをじっと見据えている。丁重に研がれ、磨かれた剣の先のような、その眼光の鋭さに気圧された。
「その話、本当なんだな
……
?」
「
……
あ、あぁ、オレが、昨日
……
地下に入った」
「そうか。ご苦労だった。奥の部屋で休んでいなさい」
「は、は?」
ご苦労?そんなことを言われる覚えはないが。
「休んでいなさい」
「は、はい!」
再度、突き刺すような低い声音が飛んできて思わず返事をする。父の机の隣、扉の先にある応接室に入り、そこにあるソファーに腰かける。
(ど、ど、ど、どういうこと? 親父怒ってるよな、どーー見ても怒ってたよな、『ご苦労』って言ってたけどご苦労っていう顔してないよな!?)
嫌な汗がどっと噴き出す。そんなイノルの耳に、ある放送が入る。
『現在関内にいる全職員に通達する。こちら、総長の笹木ミコシ。只今をもって、特別訓練を終了する』
「く、くんれん??」
『繰り返す、特別訓練を終了する。本訓練は当機関の警備体制が万全かどうか確認すべく、私ともう1人の協力者のもと行った、職員全員を対象とした抜き打ち訓練だ。侵入者など最初からいない、安心して通常業務に戻ってくれ。訓練の実施要項及び講評については、後で資料を配布する。各員でよく確認しておくように。以上』
「? え??? ん、ん?????」
頭が疑問符で埋め尽くされる。
扉の向こうを、怒号が飛び交っている。
「どういうことですか笹木さん!」
「言葉の通りだ。少し息子には協力をしてもらった」
「息子さんが地下に入った、って言った時、あなただって少し驚いていたじゃないですか! 初めて知ったって顔してましたよ!」
「そうか?」
「すっとぼける気だこの人
……
」
「まあ元々こういうところあったけどさ
……
」
「あぁそうだ、息子に話をしてこなければ」
「逃げる気ですか
……
後でちゃんと説明してくださいよ!」
「分かっているさ」
かちゃり、と扉が開いてミコシが顔を覗かせる。
「待たせたな」
「な、なあ、何がどーなってんのか、全然分からねーんだけど
……
」
「
……
その前に、何か言うことは?」
父の声、纏う空気が一瞬で、先程の冷え切ったものに戻る。
彼はゆっくりとイノルの向かいのソファーに腰を下ろし、静かにこちらを睨みつけた。金縛りのような感覚に陥る。目を逸らすことも、動くこともままならない。こんなに憤っている父を見たのはいつ以来だろう。怒鳴らないことが余計に恐ろしく感じた。
「ご、
……
ごめんなさい」
自分がすごく小さくなったように感じる。
「決して近づくなと言っていたはずだが。お前のせいで、朝から館内は大混乱だ。こんなに多くの人を巻き込んで
……
善悪の区別もつかない人間に育てた覚えはないんだけどな」
「ほんとに、反省してるって
……
」
事情聴取みたいだ。イノルは思う。不法侵入の容疑といったところか。取調室にしては座り心地のいい椅子だけど。
「どうやってあそこに入れたんだ?」
「
……
親父の
……
上着からカード取って
……
いつも入れっぱだろ」
「
……
なるほど」
父は目を丸くし、そして俯いて何かを考える。ようやく解放された、と自分がほっとしているのを感じた。
余裕ができたところで、一つの事実に気がつく。自分のことを棚に上げて言うのも少々おかしな話だが。
「よく考えたらさ、親父にも落としどころあるじゃん」
「"落としどころ"ではなく"落ち度"な」
「どっちでもいーんだよ。そんなに大事なカードだったら、オレの手の届く場所に置かなきゃよかったのに」
「
……
なるほど。幼児の手の届かない場所で保管しろ、と」
「オレもう17なんだけど!?」
再び父と目が合って、そして2人同時に吹き出す。
「ふっ、はっははは!! 俺も説教する立場にはないというわけか」
「ほんとほんとー。やっぱオレをこんな人間に育てたのは親父だな」
「自覚しているなら少しは改善したらどうだ。それに、同じ育て方をしたがエンはこんなことしないぞ」
「あいつと比べんなよ
……
」
張り詰めていた空気が緩むのを感じる。イノルは背筋を伸ばした行儀のよい姿勢を改め、ふう、と一息ついて背もたれに寄りかかる。
「まあ上手く誤魔化せたし、」
「組織のトップとしてそんな適当な言い方はどうかと思うけどな
……
」
「騒ぎを起こした張本人が何を言う」
「スンマセン」
「しかし、都合よく使わせてもらったよ。今回の件でセキュリティ体制の強化の必要性を知らしめることができた。今まで警備にはなかなか費用を回せていなくてな。支援団体のよく分からない『必要経費』の要求とか、幹部の接待なんだか知らないが、これまたよく分からない出費が重なって経費が無駄に膨らんでいたんだ」
にやり、と口角を上げて笑う父を見て悟る。自分は上手く利用されたらしい。こういう狡さや賢さを兼ね備えた人間だからこそ、組織の長の座についていられるのだろうと思う。
「どうしたんだ? そんな顔をしていると幸せが逃げてくぞ? お前の失敗もなかったことにできた、役に立たない経費も削れる、警備の穴も見つかって一石三鳥じゃないか、ははは!」
「警備の穴ってか
……
それはお前がだらしなかったせいだけどな
……
」
「それもそうだな、今日から仕事道具は幼児の届かない場所で保管しておこう」
「そのネタ引きずんな!!」
はああ、と大きなため息をついて部屋の時計を探す。時刻は午前9時を回っていた。
「朝から疲れたわ~
…
」
部屋に帰って二度寝しよう、なんて思って目を擦る。
そこで思い出した。
「そうだ、一つ聞きたいことがあったんだ」
「どうした? 俺はそろそろ仕事に戻ろうと思ってたんだが」
緩んだ空気を自ら引き締めるように、深く息を吸って、吐く。
「地下
……
最深部? で、見たもんの話なんだけど」
再び、部屋の空気が冷え込んでいくような感覚がした。
「変な、額縁みたいな。あれ、なんなんだ?
……
お前は何を隠してたんだ?」
魔科学研究機関の最高責任者である彼は、静かに口を開く。
「一般の人間には伝えられない内容だがしょうがない。エンを連れてきてくれないか」
「お、おう、分かった」
「あと、ちゃんとした服に着替えてこい」
「え?」
忘れていた。寝間着のまま飛び出してきたんだった。
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