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number21
2026-04-07 00:51:57
5478文字
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雨照
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2話『知るべき人』【雨照】
ファンタジーサイド→
2話『全てを知るのは』【天照】
前の話→
1話『窮地に始まり』【雨照】
◆
一体、何がどうなっているんだ。
朝起きてみれば緊急事態発生の旨を父に伝えられ、珍しく早く起きた兄は侵入者が出たと伝えると慌ただしく部屋を出ていき、父の声で今までのことは訓練だったと放送が入り、戻って来た兄に親父が呼んでるから着いてこいと突然言われ、今はその兄の着替えを待っている。
「ねえ、僕この状況をなんにも理解できてないんだけど。一から説明してよ」
声に苛立ちが滲んでいることに自分でも気づいたが、上手く隠す余裕もなかった。
「オレも微妙に分かってない! まあなんていうか、オレが侵入者だったんだけど親父が上手く誤魔化した的な?」
「はぁ?」
余計理解できない。寝間着を脱ぎ、Tシャツを着ようとする兄の背中から伸びる一対の羽のようなものを横目に見ながら、笹木エンは深くため息をつく。
(まあ、兄さんはいっつも意味の分からない行動ばかりとってるけど。説明も意味不明なのだっていつものことだけどさ)
そうして思考を巡らせる。先程の兄の口ぶりから察するに、これから父による大事な話があるらしい。それまでにできる限りは状況を把握しておきたいのだが。
「いやほんと、混乱させて悪い。でもオレも混乱してるっつーか
……
」
「また何かやらかしたの?」
「まあ、そんなとこ」
「そう
……
」
今さっき「オレが侵入者だった」と兄は言っていたし、普通に考えてイノルがどこか立ち入ってはいけない場所に入ったのだろう。それが大事にならないように、ミコシが何か手を打った。それが先の放送だ、そう推察する。
「怒られた?」
着替え終わった兄に尋ねる。
「
……
怒られたのはちょっとだけ、けどいつもの10倍怖かった」
珍しくしょぼくれているな、そう思う。いつもなら叱られても口を尖らせて、まともに話も聞いていないのに。
「いつもの10倍やばいことをやったってことでしょ。で、どこに行けばいいの」
「あぁ、とりあえずエントランスで待ち合わせってことになってる」
「そう。じゃあ行こう」
一足先に玄関に向かうと、後ろから声をかけられる。
「エン」
「何?」
振り向くと、まだ表情の暗い兄が俯いて立っていた。
「そのさ
……
ほんとにごめんな。危ないとこだった、っていうか。こんな大事になるなんて思ってもみなかったし、マジでごめん!」
そう言って深く頭を下げる。それを見てあぁ、と思う。
あぁ、この人はこういう人だ。後先考えず行動して、周りに迷惑ばっかりかけて、でも自分に非があると分かった瞬間には頭を下げてしっかりと謝ることのできる人間。ミスをいつまでも引き延ばさず、その場で認め、清算することは意外にも難しいことだと思う。
少なくともエンにはできない。そのミスが大きければ大きいほど、つきまとう責任だとかそういったものが恐ろしくなってしまうからだ。たとえ自分が悪いと分かっていても、認めた瞬間に全ての責任を負わせられる気がして、責任感に押し潰されてしまう気がして。
(まぁ、兄さんの場合は謝ってもまた失敗を繰り返すんだけど。それと意味の分からない意地を張ることもあるけど)
しかし意地を張って失敗を認めないのと、責任が怖くて失敗を認めないのは別の問題だ。兄は自分が正しいと信じ誤りを認めず、エンは自分の失敗を自覚していて誤りを認めない。兄の場合はただ純粋に自分の思う信条のため、自分の場合は保身のため。
同じ育てられ方をしてきたのになぜこうも違うのだろう、そう思いつつ自分にできないことをやってみせる兄をエンは尊敬し、羨ましいと思っている。そもそも、彼はそこまで深く考えていないだろうけど。
「何について謝ってんのかよく分かんない。もっと明確に示して」
「は、はぁ? あー
……
えーっと
……
」
口ごもるイノルを鼻で笑って、前を向き直す。
「まあいいや。謝ったってすぐ忘れるんでしょ。兄さんに振り回されるのはいつものことだし、気にしないでいいよ」
「はぁ!? おいエン、さりげなくバカにしただろ!? いつもお前はそうやって
……
!」
一瞬で調子を取り戻した兄の声を背中に受けながら、今度は口角を上げて笑う。
やっぱり彼は賑やかな方がいい。
◆
エントランスで暫く待って、父と合流する。
「エン、ごめんな突然呼び出して。だいたいの経緯はイノルに説明してもらえたか?」
「的を射てない説明ならもらったよ」
「まと?? を、いてない?」
兄が口を挟むのに構わず、エンは続ける。
「まあ、なんとなくは察したから大丈夫。兄さんが立入禁止のとこかなんかに入って、父さんが適当に誤魔化したんでしょ」
「合ってる、流石だな」
感心したようにミコシが笑いながら、エレベーターに乗り込む。エンはそれに続き、当事者のはずが何がなんだか、という顔で眉を寄せている兄を促した。
3人だけが乗ったエレベーターの中、カードをかざして階を選択する父に尋ねる。
「でも、詳しいこととか、これから何をするのかについては何も分からないよ」
「きっとイノルも同じだ。それをこれから説明するんだ。俺がお前たち、もっと言えば多くの人間に隠してきた事実について、をな」
そう話す父の背中を見ながら、前にもこんなことがあったと思い出す。
「なんか前にもこんなことあったよな~。親父隠してること多くね? あん時全部話したのかと思った」
エンの横に立っているイノルも同じことを考えていたようで、呑気に両腕を上げて伸びをしながら口を開いた。
ミコシはパネル操作を終えて振り返る。エレベーターが静かに駆動音を上げた。
「隠してること? まあ、お前たちに伝えられない情報があるのは当たり前だろうな。イノルとエンは魔科研管轄下の学校に通っているとはいえほぼ一般人、組織『外』の人間だ。内部の情報を話すことはあまりできない」
「あ。そっか、確かに」
「あとまあ、一応、俺は組織のトップなわけだし、お前たちとは立場が違う。重要度の極めて高い機密情報だって多く扱っているからな。当然、これもお前たちには話せない」
そりゃそうだ、とエンは心の中で呟く。イノルもこれには納得したようで、一つ大きく頷いた。
「あー、そっか! トップだもんな!」
その後で彼はあれ、と怪訝そうな顔をする。
「あれ、じゃあ、なんで今回は話してくれるんだ?」
ミコシはぎろりとイノルを睨んだ。
「どこかの誰かが勝手に入ったからだな?」
鋭い視線を向けられたイノルは、引き攣った笑顔のまま一瞬固まり、その後苦笑する。
「あ!! えと、すんません」
ミコシは瞳に込めた力を少し緩める。
「まあ、侵入されたからには口封じをして処罰を与えることもできるわけだが」
イノルが大きく目を見開いた。
「え! どうしよう! しょ、処罰!? た、退学
……
とか
……
タダ働き
……
とか
……
?」
助けを求めるようにこちらを見てきたイノルを、エンは静かな瞳で見つめ返す。
「見たからには生かしておけない、ってドラマかなんかで見た気がする」
「ま、マジ
……
?」
「まあ秘密を知られてしまったからにはなぁ?」
エンの冗談にミコシも意気揚々と便乗してきた。彼は腕組みをしてにやりと笑う。
「え、ど、ど、どうしよう、マジで言ってる!?」
「兄さん今までありがと、さよなら」
「エーーーーン!!」
「まあ冗談はさておき」
「冗談
……
冗談
……
えジョーーダン!?」
コロコロと表情を変える兄の様子に、エンはふふ、と笑みを浮かべる。見ていて飽きない人だ。
そうやって父と一緒にイノルをからかっていたところで、アナウンスの音声が響く。
『地下4階です』
エレベーターの扉が開き、まずはミコシが外へ出た。エンがそれに続き、目を白黒させているイノルもがたがたと足を動かす。
着いた先は真っ暗な空間だったが、すぐに白い明かりがついた。ミコシがパネルを操作して照明を付けたようだ。
体育館ほどの大きさの銀色の空間の奥に、これまた銀の両開きの扉がある。
「まあイノルはまだ未成年だしな。俺は保護者という立場でもあるし、今回はお前に責任を負わせるようなことはしないさ」
「お、親父~~
……
あざっす
……
!」
父と兄の会話を聞きながらエンがあたりを眺めていると、隣にいるイノルがしがみついてきた。
「えっ、何? くっつくなら父さんでしょ」
「なんか近くにいたから!」
「はぁ
……
」
「あと親父に似てるし」
「理由雑だな
……
」
エンが父に顔立ちが似ていると言われるのはよくあることだ。ミコシの瞳の色はエンの青色とは違い黒だが、真っ直ぐな黒髪や意思の強そうなツリ目が似ているらしい。
「あとはまあ、俺がカードを誰でも触れるところに置いた結果でもあるから、下手したら俺の過失にもなりそう。そう、結構まずいんだ」
じゃれ合う兄弟の前で、父は笑いながら呑気に言った。
「は?」
エンの眉がぴくりと動く。
「聞いてないんだけど。何それ」
ミコシがわかりやすく目を逸らした。エンは自分のほぼ真横にある兄の顔と、横を向いてわざとらしい笑顔を浮かべている父を睨みながら考える。
「確かに、普通はここには入ってこられないもんね。エレベーターの地下4階なんてボタンは普段は見たこともないし」
先ほど父がカードをかざした時に初めて現れた「B4」の文字を思い浮かべる。エンは右手を顎に当てながらぶつぶつと、考えながら言葉を続けた。
「『カードを誰でも触れるところに置いた』って発言。
……
ここは父さんのIDカードの権限がないと入れないエリアってことになるよね」
ああ、そういうことか。深くため息をつく。
「まあ父さんってだらしないとこあるもんね。どうせ机の上だかコートのポッケだか、適当なとこにカード入れてたんでしょ」
「お、すげ、合ってる」
イノルが感心したようにエンを見る。
「兄さんそろそろ離れてくれない?」
「あ、うぃーーす」
ぴしゃりと言い放たれたイノルは、エンから手を離した。
「で、適当なとこに入れてたから兄さんに盗まれて、侵入されたってわけ」
「おおー、大正解だ。流石だな」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだけど!?」
至極真っ当なリアクションをエンは取る。腕を組んだ息子に睨みつけられたミコシは、肩を竦めてぼそぼそと言った。
「はい、すんません」
こういうところはイノルと似ているような気がする。
「盗んだのが家族って身内で、トラブルは起こしても悪意はない兄さんだったからマシだったけどさ、そうじゃない人に大事なもの取られてたら大変なことになってたよ?」
「すまない、本当に。母さんにも言われた」
目を瞑って深く頷く父の言葉にエンは頷いた。
「ああ、母さんには話したんだ」
エンとイノルの母、笹木レクリも魔科研の職員だ。ミコシの言う組織「内部」の人間にあたる。
「イノルがお前を呼びに行っている間に話した。イノルが盗んだことも、根本の原因は
……
俺のだらしなさというところも
……
」
「ふーん、そっか。じゃあもう僕が言いたいことはだいたい母さんが言ったのかな」
几帳面な母は、エンの尊敬できるところも多い人物だ。短時間で指摘すべきところは厳しく伝えてくれたようだ。
「今エンが言ったようなこともほとんど言われたし、再発防止策についても後で用意する」
「じゃあ僕が言うことは一旦終わりか」
エンは腕を組んだままふぅ、とひと息つく。ミコシは苦笑しながら頭をかいた。見習いたくはないが、こういう抜けたところがあるのもまた彼の魅力にはなるのだろう。
テラスといった正体不明の存在を調査・討伐するという前代未聞の組織を、短期間で作った笹木ミコシの功績は誰もが認めるところである。頭も良く、肝も据わった大層優秀な人間だ。
その上で、部下からは畏怖の念よりも親しみやすさの方が抱かれることが多いらしく、人望も厚い。それは彼が完璧超人だからではなく、こういった欠点を時々覗かせるからなのだろう。見習いたくはないが。
エンの物申しがひと段落ついたと判断したミコシは、改まって真剣な面持ちになる。
「さて、では改めて話をしよう」
◆
「まず、今回話す内容は基本的に、研究機関の限られた人物か、二等以上のシーカーにのみ開示できる情報だ。外部に漏れると大きな混乱を招く可能性があるから、継続的に実績を積んで信頼できると認めた人間にしか伝えない」
「取り扱い注意、だね」
「その通りだ。その上で、なぜお前たちに話すかだが
……
まずは、イノルが実際に見たというのはある。それに加えて」
ミコシの視線は、イノルを真っ直ぐに向けられた。
「イノルに、多少関係があることだからだ。知る権利があると判断した」
「え、オレ?」
名指しされたイノルは目をぱちくりとさせる。そして少し顔を顰めた。
「またかよ
……
」
「まあ、さっきも話してたもんね。父さんが隠してることは多いって。
……
また兄さん関連だとは思わなかったけど」
「なんか急に怖くなってきたんだけど! 今回はオレ凹まなくていい感じか!?」
「
……
恐らく」
イノルとエンにとって、父から情報を明かされるのは2回目なのだ。
イノルには特別な性質があって、エンや家族と共有し、決して他人には明かしてはならない秘密となっている。
エンはイノルの髪、右側だけ白くなっている前髪を眺めながら少しだけ、過去に思いを馳せる。
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