‪ ꪔ̤
2026-03-19 23:49:59
18230文字
Public
 

拝啓、『その人』ではないあなたへ

俺を選べ記念日に書きたかったスバベアのお話
CP要素はありませんが、ペト→スバの描写多めです
時系列は聖域後とプリステラの間くらい



  ◆


 ――花畑で待つこと早数時間。作った花冠の数が片手では足りなくなったころ。
 外が少しずつ薄暗くなってきて、さすがになにかあったのかと心配になってきたスバルはそわそわと落ち着きなく花畑のなかを彷徨いていた。

「やっぱり今からでも王都に向かったほうが……いやしかしすれ違いでもしたらそれはそれで本末転倒か……。こんなときこそオットー印の伝書鳩でもいたらよかったんだが、なにせ俺にはまだ鳥の言葉がわからねぇ……

 頭を抱えながらぶつぶつと呟くスバルの姿は傍から見れば実に奇妙で気味悪いものであっただろうが、幸い今は一人である。思う存分思考を口に出せるのはありがたいが、そのぶんだけ不安は煽られた。

「はっ、そもそも女の子――それも幼女たちを二人きりにしたことが間違いだったんじゃ……ううん、だからってあの空気のなかで俺がついていくなんてできなかったし……むしろあの場だと、俺ってちょっと邪魔者だったよな……?」

 言いながら絶望感でひとたび目の前が暗くなるが、よくよく考えれば二人は幼女ではあれどスバルよりもずっとしっかり者のペトラと、いざというときに頼りになるベアトリスのコンビだ。それにペトラの話では、オットー印の見守り隊がベアトリスに付いていると聞く。
 まぁだからといって、スバルが二人を心配に思うことに変わりはないのだが。
 
「とりあえず信じて、待つ。俺にできることと言えば今はこれぐらいしかねぇよな、うん」

 うんうんと頷いて、スバルは左手を開き、ぐっと握った。
 そういえば、今日はまだあの小さな柔い右手を握っていない。その事実に気付くと、なんだか途端に寂しくなった。
 上着のポケットから少し不格好な封筒を取り出す。ベアトリスへと宛てたそれは気付けば持ってきた便箋を使い切るほど超大作になってしまって、我ながらベアトリスに対する愛の深さを実感したのだった。

 書きながら頭に過ぎらなかったかと言えば嘘になるが、こんなに分厚い便箋の束をもらったときのベアトリスの反応を考えると些か胃が痛くなる。せめて苦笑いで済んでもらえたら助かるが引かれるのだけは避けたい。
 あの炎の夜から概ね関係は良好(と思いたい)であるし、なんだかんだベアトリスもスバルに対して好意をもっていてくれそうではある。が、

「まだちゃんと好きとは言われてねぇからな……俺の愛のデカさにうざがられなきゃいいが……

 今更かとは思うし、なにより400年で凍り固まった孤独はこんなものでは溶かせはしないだろう。いくらナツキ・スバルが暑苦しい男とはいえ日にち薬というものが世間にはあるのだ。
 それでも未だにスバルばかりが「好き」「大好き」「愛してる」を伝えているこの状況に多少の不安はある。こうしてスバルの頭でぐるぐると考えていても仕方のないことではあるが、それでも。

……あいつが毎日楽しいってんなら本望なんだがな」

 ベアトリスへ、と書いた封筒の表面を指でなぞる。
 この世界の文字の読み書きが未だに少し不慣れなスバルに、ベアトリスはスバルでも読みやすい本を選定してくれ、その練習に付き合ってくれた。
 こうして誰かのために長文のラブレターを綴ることができたのも、ひとえにベアトリスのおかげである。
 
 ――天気のいい昼間に屋敷の外に連れ出して二人で泥だらけになって遊んだことを思い出した。屋敷に戻ったときのラムの形相はそれはそれは恐ろしくて二人で服を洗ったこともあったな。
 ――マヨネーズ作りを手伝ってもらったこともあった。最初は卵の殻が入ったり上手く割れなかったりしていたけれど、コツを掴んだ最後のほうになるともう割らなくてもいい卵まで割りだしてペトラと大慌てで止めたんだっけな。
 ――屋敷のなかを歩いていて誰かに声を掛けられるたびに背中に隠れてたのに、今は自分から話しかけに行くくらいみんなと馴染んできたみたいだし。
 ――一生懸命作ってくれた花冠、枯らしたくなかったな。エミリアたんに氷漬けにしてもらえばよかったって落ち込んでた俺に、ベア子は何回だって作るって言ってくれたっけ。ここに来るたび作るの上手くなってるな、そういえば。有言実行のプロフェッショナルだなベア子は。

 一日、一日。ベアトリスと過ごした思い出が鮮明に残っている。自身がベアトリスのなかで色褪せない存在でいようと誓ったのに、気付けばこんなにも、前よりもずっとずっとベアトリスの存在は大きくて。だから、

「いつか必ず置いていく俺に……ずっと一緒にいてくれなんてそんな傲慢なこと言う資格はないのかもしれねぇけど、」

 どれもこれも、本音で、本気だから。

「ベア子ー! あいしてるーー!」

 前方にちらりと見えた金髪のツインドリル目がけて、スバルはありったけの声を張り上げる。
 すると、スバルの声が届いたのかその毛先がぴょこんと可愛らしく跳ねた。

「超超超プリティーで! ラブリーで! パーフェクトキュートなベアトリスのことが! ナツキ・スバルは大好きだぞー!!」
「きっ、聞こえてるかしら! そんなに大きな声で恥ずかしいこと言うもんじゃないのよ……!」
「届いてるならよかった。おかえり、ベアトリス」
「た……ただいま、なのよ……

 顔を真っ赤にして駆け寄ってきたベアトリスの頭をひと撫でして、安堵に吐息する。そしてあとからゆっくりとベアトリスの後ろを見守るように歩いてきたペトラにも視線を移し、

「ペトラも、本当にありがとうな」
「えへへ。スバルの頼みだからねっ。ベアトリスちゃんとのお買い物、すっごく楽しかったし!」
「そうか。やっぱりペトラに頼んでよかった、助かったよ」

 柔らかな茶色髪の幼い頭を慈しむように撫でると、ペトラとまた心から嬉しそうに目を細めた。

「なにも危ないことはなかったか?」
「ちっとも!」
「なのよ」

 それならよかったと、二人から少し離れた位置にいる鳥や猫たちに「もう大丈夫だ」と目配せをする。すると合図を受け取った動物たちは任務完了とばかりに自分らの住処へと帰っていった。

「ほら、ベアトリスちゃん」
……ぅ」

 ペトラがベアトリスの背中を勇気づけるように二回、ぽんぽんと軽く叩く。がんばって、と僅かに肩を押されたベアトリスは目線を忙しなく右往左往させると、もごついていた唇を意を決したかのようにきゅっと引き絞った。

「すっ――スバルに、手紙を書いたかしら!」
――……っ俺に……?」

 小さく頷いたベアトリスが、後ろ手に隠していた可愛らしい薄黄色の便箋をスバルへと差し出す。決して薄くはないそれを、スバルは震える手で受け取った。

「スバルに、ずっと謝りたかったことがあるのよ」

 凛とした声が、鼓膜を揺らす。
 こうなったときのベアトリスは最強だということを、彼女の傍らで短くも濃い時間をともに過ごしてきたスバルは知っていた。

「大嫌いなんて言って――ごめんなさい」

 俯いて、ベアトリスが声を落とす。
 いつのことを言われたのかスバルには瞬時に思い出せなかった。それくらい、スバルにとっては今ベアトリスが陽の下を歩いていることに比べたらどうということはなくて、でも。

「ずっと後悔してたのか、お前……

 スバルの言葉に頷いたベアトリスはさらに言葉を紡いでいく。
 ここに向かう途中、ペトラがベアトリスに語ったスバルとの出会いや思い出、恋心を思い返しながら、ひとつひとつ思いを口先で綴った。
 素直になれないと悩むベアトリスに、ペトラは「そんなベアトリスちゃんも大好きだよ」と言ってくれた。
 大嫌いと口にしてしまったことを後悔していると打ち明けたら「ベアトリスちゃんは許してほしいから謝るの? それとも謝りたいから謝るの?」と、ペトラは自身の経験から優しく諭してくれた。

「ベティーは、……っベティーは、本当は、スバルのことが好き……! 大好きかしら! 禁書庫に閉じこもってたベティーを、お母様との約束に縋りついて誰かに殺してもらう日を夢見てたベティーを、スバルは連れ出してくれた……
「違う、それはお前が自分で幸せになりたいと思ったから、だから!」
「でもそのきっかけをくれたのはスバルかしら!」

 涙声がスバルの反論を否定する。必死の訴えにスバルはそれ以上言葉を紡げなかった。

「あの日からベティーの毎日はきらきらで、楽しくて……それは間違いなくスバルのおかげかしら。だからそれは否定しないで欲しいのよ! ベティーはずっとスバルにそれを言いたかった、ありがとうって、そう言いたかったかしら……!」
「そんな……そんなの、俺のほうが」
「聞いてほしいかしら。スバル、……スバル。ベティーは、スバルのことが好き。ベティーに幸せを、一番を選ばせてくれたスバルのことが、ベティーは大好きかしら。だからひとつだけ、ベティーに我儘を言わせて欲しいのよ」

 スバルは言葉なく頷く。
 口を開けば涙がこぼれてしまいそうだったから、もう何も言えやしなかった。

「スバル……スバルには、ベティーとずっと――ずっと、一緒にいて欲しいかしら」
――
「わかってるのよ。ベティーとスバルの生きる時間の長さは違う。ひとりぼっちの永遠をベティーは選ばなかった。そのことに後悔はひとつもないかしら。でも、」

 ベアトリスが右手を差し出す。
 それはあの日のスバルと同じように。
 あの日、ベアトリスがそうされたように。

「ベティーは、ベティーが選んだ『その人』じゃないスバルに、最後のその瞬間まで一緒にいて欲しいのよ」

 ぼろぼろと涙を流すスバルの手を、ベアトリスがしかと握る。選んだ後だからこそ許されるその行為は、もはやベアトリスの特権とも言えた。
 好き。大好き。あいしてる。ごめんね、ありがとう。
 どれもこれも、口にした傍から気持ちが溢れ出してくる。
 とめどなく落ちてくるスバルの涙を重ねた手の甲で受けながら、これが鮮烈に生きることなんだろうと、ベアトリスは胸がいっぱいになる感覚を噛み締めた。

「俺も――俺も、お前が大切だよ。ベアトリス」
「ふん、そんなこともうとっくにわかってるかしら」
「そっかー……なぁベア子、ちょっと笑ってみて」
「と、突然なにを言い出すのよ」
「俺ベア子が笑ってんの見るの好きだからさ。できればずっと見てたいんだよ」

 そんなの、とベアトリスが口ごもる。
 気恥しそうに握ったままのスバルの手を弄り回し、そしてもう一度「そんなの、」と口にすると、スバルにだけ効くとどめを刺した。
 
「そんなの、スバルがいてくれたらいつだってベティーは笑顔かしら……
――っあーーもう、ベア子お前……そんなのちょっと可愛いがすぎるだろうが……!!」
「わきゃーなのよ!」

 耐えきれずに感極まったスバルが、とうとうベアトリスの身体を持ち上げその場でぐるぐると回る。
 ベアトリスはその浮遊感を楽しむと、徐に腕をスバルの首に回し満面の笑みを湛えた。

「スバル、スバルっ」
「ん、どうしたベア子」
――あいしてる! かしら!」



  ◆



「それ、ベアトリスちゃんに渡さないの?」
 
 スバルの背中で寝息を立てるベアトリスを微笑ましく思いながら、ペトラはスバルの上着からはみ出ている分厚い封筒を指差した。

「あー……これなぁ……

 気まずそうに頬を掻きながら、スバルが言い淀む。
 紛れもなくベアトリス宛であろうそれは、結局二人が一層絆を深めたあとも渡される気配がなく、未だにポケットのなかで日の目を見るのを待ち侘びている状態だ。
 手紙をもらったベアトリスが顔を輝かせる様子はペトラでさえ目に浮かぶが、それならなぜ渡さなかったのだろう疑問に思う。

「もう少し今がちゃんと確定してから渡そうと思ってさ」
……? ふーん?」

 スバルが口にした答えは些かペトラには難しいもので、けれどきっとなにか理由があって今は渡せないであろうことだけは理解できた。それならばもうペトラが出しゃばる必要はないと次に聞きたかった質問を投げ掛ける。

「ねえスバル。わたしも、スバルにお手紙書いてもいい?」
「おう。むしろペトラからならいつでも大歓迎」
「やったぁ! 楽しみにしててねっ」

 ――スバル、だいすき。
 心のなかから思いをぶつけたペトラは、少し浮ついた足取りで屋敷への帰路をスバルとともに辿る。
 お友達と、想い人。その大好きな二人と一緒に過ごした非日常が大人になってもきっと糧になるとそう信じて、ペトラはまだ渡せない恋文を服の上から一度だけ握りしめた。