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2026-03-19 23:49:59
18230文字
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拝啓、『その人』ではないあなたへ

俺を選べ記念日に書きたかったスバベアのお話
CP要素はありませんが、ペト→スバの描写多めです
時系列は聖域後とプリステラの間くらい


「すっ、スバル――じゃない! あのねスバル様、大変なの! じゃなくて、大変なんですっ!」

 慌ただしく足音を響かせて新人メイドのペトラ・レイテが厨房の扉に体当たりさながら駆け込んできた。
 夕食の支度をするために食材の選定をしていたベテランメイドのフレデリカ・バウマンと、献立の相談に乗っていたナツキ・スバルが揃って目を丸くする。

「ど、どうしたんだよペトラ。なにかあったのか?」
「ペトラ。どんな理由があろうと皆さまが口にする食事を拵える場所に駆け込むのはいただけませんわ。お気を付けくださいましね」
「ご、ごめんなさいフレデリカ姉様。次から気をつけます。でね、それでねっ、本当に大変なの。ベアトリスちゃんがね――いなくなっちゃったの……!」

 ペトラが涙声で告げたその事件は、ベアトリスもとい契約精霊である彼女と契約しているスバルにとって、まさに青天の霹靂と呼ぶに相応しい出来事であった。


 

拝啓、『その人』ではないあなたへ




 ベアトリスがいなくなった。
 ペトラのその一言で屋敷内は一気に騒然と――ならなかった。
 精霊の少女の失踪による焦燥で顔色を変えたのは、日々朝から晩まで許す限りの時間を共に過ごしているスバルと、スバルからお世話係として任命され、その役を全うしつつ友人関係を築いているペトラの二人のみであった。
 聞き込みを行い拍子抜けした二人は、しかし、そこから導き出された結果を確かめるべく王都へと繰り出していた。

「とはいえ、エミリアたんにまで完璧に隠されてたらわかんなかったけど……そこはさすがE・M・Tってとこだぜ。期待を裏切らない」
「うん! エミリア様の素直なところに感謝だねっ。オットーさんもたくさん手掛かりをくれたし、フレデリカ姉様はみんなで食べるおやつまで……
「なんだかんだベア子に過保護なのは俺だけじゃねぇと思うんだよなぁ」
「ふふっ。ベアトリスちゃん可愛いもんね」
「だろ? 世界一プリティキューティーでラブリーなドリルロリだよあの子は」

 ぽんぽんと会話を弾ませながらスバルとペトラはベアトリスの可愛いところを言い合った。
 拗ねたときのちょっと膨れた頬っぺたが可愛くてつい突きたくなるとか、真剣に本を読んでるときには上唇がちょっとだけ尖るだとか。
 それ以外にも最近食べたフレデリカ手製のリンガのタルートが特にお気に入りで、おやつの時間が近づくとそわそわし始めるとか、怖い夢を見た日はいつも以上にくっつき虫でトイレに行くのすら困っただとか。
 最初は手を繋ぐことに毎回緊張してすぐに遠慮がちに手を離してしまっていたけど、気付けば自然に繋いでくれるようになっただとか。
 ……そんなことを照れくさそうに話してくれる姿がいじらしくて可愛い、だとか。
 それぞれがベアトリスへと抱えた気持ちが交差して、ふいにあの炎の夜から共に過ごしてきた日々を思い返したスバルは目頭が熱くなるのを感じた。喉の奥がきゅっと窄む。

……スバル様?」
「今は二人きりだし、様はつけなくてもいいぜ? 練習したいってんならとことん付き合うけどな」
「えっと……えっと……じゃあ今だけスバルって呼んじゃおうかな。スバル、どうしたの? ベアトリスちゃんとの思い出に浸っちゃった?」
「ペトラは本当に賢いな。そのとおりだよ」

 ペトラの頭のうえでスバルが手を二回弾ませる。大正解をもらったペトラは太陽のように眩しく「やったぁ」と破顔した。
 決してなだらかな道ではなかったと思う。むしろベアトリスがスバルの手を取ってくれたのはベアトリス自身の幸せの選択であり、そこにスバルは賭けただけで特別なことをなにかしたわけじゃない。
 ただ彼女を信じて、思いを伝えた。何度も名前を呼んだ。情けなく縋って、ちょっと発破をかけたりはしたけれど。
 それでもここ最近のベアトリスの笑顔を見ていると、やっぱりあの禁書庫から連れ出してよかったと心から思えるのだ。あっという間だったと言われようが、自分の命が本当に朽ち果てるその日まで、ベアトリスのなかにいるスバルの存在は大きければ大きいほど、思い出は鮮明であれば鮮明であるほどいい。彼女が自ら手を繋いでくれる日々に、特別じゃない日なんて一日もない。

「それにしても、ベアトリスちゃんはどこのお店に行ったのかな? オットーさんもそこまではわからないって言ってたよね」
「認識阻害ローブを被ってる以上、こっちがベア子だってわかってやんねぇとどうしようもないからなー」

 うーん、と二人して腕組みをして頭を捻る。
 そう、厄介なのはベアトリスがエミリアから借りた認識阻害ローブを着用してしまっていることだった。
 なぜそれを二人が知っているかといえば、貸した本人から直々に証言を得ているからである。いや、得てしまったというほうがあれは正しい。なにせエミリア本人は思いっきりその事実を隠す気満々であり、だが悲しいかな嘘の才能がなかったせいで全ての行動が筒抜けてしまったからだ。
 以下、ベアトリスの行方を知らないかと尋ねた際のエミリアの証言である。
 
『べ、ベアトリス? 知らないわ! えっと、知らないってことはないんだけど、その……そう! ちょっと街にお買い物に行くって言ってて! あれ、これは言ってもよかったのかしら……でも言わないでとは言われてないし……うん、たぶん大丈夫よね。ベアトリスが一人で王都に行くなんて私も心配だもの。え? あっ、違うのよ? ローブはベアトリスに頼まれて……じゃなくて、私もそのほうが安心かな? って思ったの! だから二人とも、そんなに慌てなくて大丈夫。オットーくんも見守りをつけるって言ってたし、私のローブも被ってるはずだから。ね? それに、なにかあればロズワールがすっ飛んでいくって言ってたから――!』
『すっ飛んでいくってきょうび聞かねぇな……
 
 ――以上。
 ロズワール手製の『認識阻害』の術式が施されているローブ。それさえなければ些か癪ではあるがオットーの加護とそのコミュニケーション能力を少しばかり頼ることもできたが今回はそれも叶わない。
 今しがた脳内オットーが盛大にため息を吐いたが、そのまま小言を言われる前に思考を無理やり切り替える。
 もう間もなく王都に着く。人はもちろん増え、格段に道も多くなる。ともすれば片っ端からベアトリスが訪れそうな店を当たって小さな女の子が来ていないかどうかを調査する必要が出てくるかもしれない。

「どうやって見つける?」
「んーああ見えて意外と……でもねぇか、見たまんまドジっ子だからなベア子は。そこらで裾を踏んづけて転んじまっててもなんらおかしくはな――
「きゃんっ!!」
……きゃん?」

 スバルの言葉を遮るようにあがった幼い声にペトラがいる右側へ視線をやるも、ペトラは声の主は自分ではないと首を振った。
 となれば自ずと目線は前へと移動し、しかしそこには誰も立ってはいない。そう、立ってはいない。四つの瞳が僅かに視線を下げ捉えたそこには――

「おーい。膝大丈夫か、ベア子ー」
「す、すす、スバル!? なんでここにいるかしら!?」
「あはは……

 ――認識阻害ローブの裾を踏んづけすっ転んだであろうベアトリスが、王都へと続く一本道の途中で涙目で二人を見上げていた。


  ◆


……むう」
「なぁベア子ー、そろそろ機嫌直してくれよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「ふん。ベティーは怒った顔だってぷりちーかしら」
「それは間違いないけども!」

 まるで、はじめてのおつかいに失敗したちびっこだ、とスバルは思った。
 転生する前の世界ではそこまで好き好んで見ていたテレビ番組ではなかったが、その存在は知っている。なお、スバルの母親である菜穂子はスバルにその任務を企てた際、初手でマヨネーズ五本の購入を命じたためにスバルはマヨネーズでぱんぱんに膨らんだリュックを背負ったまま亀よろしくひっくり返ったことがある。しばらくはマヨネーズのパッケージを見るのも嫌になったほどの苦い思い出だ。
 もそもそとフレデリカが作ってくれたお菓子を頬張ってはいるものの、未だに浮かない顔をしているベアトリスへどう声を掛けたらいいものかとスバルは考えあぐねた。
 よりにもよってスバルに内緒で出ていったのだから、スバルには外出のことはバレたくはなかっただろう。しかし見つけてしまったものは仕方ない。
 昼もすっかり越して夕方に差し掛かっているし、なによりペトラもいる手前あまり遅くに帰るのは避けたかった。

「もし行きたい店があるってんなら、また明日にでも一緒に来るのじゃダメか?」
……のよ」
「ん?」
「それじゃ意味がないかしら! スバルはなんにもわかってないのよ!」

 ぼろりと少女が蒼穹の瞳から大粒の涙を零した。

「ベ――、」

 契約を結んでからは滅多に見ることがなかった悲痛な表情に、スバルは思わず言葉を詰まらせる。
 状況を察したペトラが、ベアトリスの背中を柔くさすってやるとベアトリスはなおもしゃくり上げて子供のように泣き声を響かせた。

「な、内緒にしたかったのにっ! ベティーも、ベティーだって、スバルにさぷらいず、したかったのにぃ……!」
「サプライズ……

 ベアトリスが涙ながらに口にしたその単語で思い出せるは、もう数ヶ月も前の出来事だ。
 禁書庫から出たばかりでスバル以外に心を開かず、何処に行くにもスバルにべったりだったころ。
 スバルはベアトリスの世界をもっともっと広げてやりたくて、屋敷のみんなとサプライズパーティを企画したことがあった。
 豪華な食事を囲みながら、それぞれが各々ベアトリスにプレゼントをしたり、ベアトリスとやりたいことを伝えたりして、あれから少しずつベアトリスは屋敷のみんなと会話をするようになった。スバルにとっても感慨深い思い出だ。

「その気持ちだけで十分……って言っても、お前は納得なんてしてくれないんだろうな」

 小さな頭を撫で付けようと伸ばした手が、すんでのところで動きを止める。
 ベアトリスがその出来事を宝物のように扱ってくれている。その事実だけで思わず視界がぼやけてしまうくらい、スバルは嬉しかった。
 叶うなら今すぐ手を大きく広げて抱きしめてしまいたいと思うほどに胸が彼女のいじらしさでいっぱいになる。
 嬉しいの一言ではとても言い表せないなんて言ったところで、きっとベアトリスは半分も信じてはくれないのだろうけど。

「ペトラ、悪い。もう少しベアトリスに付き合ってくれるか?」
「頼まれなくてもそのつもりだよっ。ベアトリスちゃんとわたしはお友達だもんね」
「ん、そう言ってもらえると助かる。……ベア子」

 スバルは膝を折ると、しゃがみこんでいるベアトリスとの目線を同じ高さにした。覗き込んだ双眸は泣いたせいか目尻がほんの少し赤くなっている。
 端に溜まったその雫を払うように指先を滑らせ、そのまま両の手のひらで柔らかなその頬を包み込んだ。

「俺は、どこで待ってたらいい?」

 もう、サプライズではなくなってしまったかもしれないけれど。それでもこの先でベアトリスが綴る未来はスバルにだって到底知ることができるものではないから。

……ここからすぐ近くの、花畑……
「あそこな。オーケー、わかった。危ないことだけはすんなよ?」
「わ、わかってるかしら! 子ども扱いするんじゃないのよーっ!」

 しょぼくれた姿からいつもの威勢のよさを取り戻した姿に安堵したスバルは人知れず安堵の息を吐きながら一度だけ目の前の小さな頭を撫でた。
 ベアトリスが待っていてと、そう願うのなら何時間だって、何日だってスバルは待つ。待てる。それくらいのことなんてことないのだ。待ちぼうけのプロであるベアトリスの記録を塗り替えてやろうと発起しているくらいには、スバルはベアトリスを心から愛おしく思っているのだし。

 先に行ってるな、と軽く手を振り指定された地へと先に向かう。
 彩り豊かな花が咲くあの場所は王都から少し外れた郊外にあって、ベアトリスはそこが特にお気に入りだった。スバルにとっても、ベアトリスが見よう見まねで作った初めての花冠を照れくさそうに贈ってくれた思い出深い場所である。
 なるほど。どうやら今日という日はスバルが思う以上にとても大切な日らしい。
 スバルはジャージの上着のポケットからいざと言うときのためにと持ってきていたあるものを取り出した。
 愛おしい己の契約精霊の本懐を遂げるための手伝いは、日々目を見張るほどにメイドとしての実力をつけているペトラにお任せをしよう。
 ペトラが口にしたように、二人は友達だ。友達になら言えることもあるだろうと、スバルはなんとなく痛むような頬を擦りながら緑の青年を思い浮かべると、ペン先を便箋へと走らせた。