音無 馨(おとなし かおり)
2026-03-13 21:41:13
17781文字
Public
 

【かくして、祈りであると】インジュナ小話…と言いつつ、イン(→)(←)ジュナかもしれない

インジュナ礼装感謝!から派生したはずなのに「誕生日を覚えてるってことは命日も覚えてるってことやん😢」という気持ちになり、そういう話。起承転結・完結しました〜✌


「今日が何の日なのか、思い出しました」

レトルトカレーを一通り食べ終わって、私は食後のデザートの代わりに果物の皮を剥き、切り分けて食べていた。同じテーブルにはインドラ神と共に、先の異変を察知して大慌てで現れたヴァジュラたちもその両隣に座している。もちろんその二柱 ふたりの分も食事を出した。穏やかというには些か静か過ぎる食卓を皆で囲み、今日の日は何ぞやと語り出そうとする私に向かって、躊躇うようにインドラ神が口をうすく開いて──閉じた。ヴァジュラたちも気遣わしげにインドラ神の方へ視線を送ったが、一様に沈黙した。

「ありがとうございます」

“譲って頂いた”ことを感謝する。今日という日を形容する様々な表現が浮かぶ中で、慎重にそれを選び取って、口にした。

……英雄アルジュナが、その輝ける生涯を終えた日」

人類史に刻まれた厳然たる事実を、後世の人々が伝え聞いただろうありのままを、模範解答する。敢えて腫れ物に触れぬような“それ”を聞いたインドラ神は、やや顔の角度を落としながら、何かを思い出すように何処か遠い所を見ていた。

……そして、 オレの息子が死んだ日だ」

アルジュナ わたしは『 こう』の結果を、インドラ神は『』の気持ちを同じテーブルにのせた。どちらも正しく真実である。かの最期の瞬間、身体を包んだ雪原の冷ややかな空気が肌を掠めた気がした。

「そうと気が回らず、申し訳ありません」
……おい、おまえが謝ることではないだろう、それは」

人は生きて死ぬものだ、とインドラ神は言い聞かせるように仰った。そうだろう、きっと百も承知なのだ。わかっていても身体が動く。例え目の前にいるのがかつて生を謳歌していたアルジュナそのものでなくても、ただの影法師だと頭で理解していても、損なわれるかもしれないのは悲しい。今を生きるマスター……彼女 りつかが、サーヴァントであっても親しんだ相手に不必要に苦しみ傷付いて欲しくないと懸命に願うように、インドラ神も今を生きている御方。良くも悪くもサーヴァントとして長く確立し、自身の生誕も死没の日も何処か遠いものになってしまった私と違って、いまだに鮮明で生々しい記憶であるのかもしれない。──おかしなことだ、まるで私の方が“人間らしくない”。そうしてまた沈黙に包まれるかと思った時、インドラ神がその流麗な前髪をぐしゃりと鷲掴み、口火を切った。

……此処に来て、やれ正月だのバレンタインだのホワイトデーだの……おまえやあの人間 マスターに教えられて、人間たちが作った記念日の類をひとつひとつ意識するようになった。だから オレはおまえの誕生日を祝った。人間が考える『記念日』という文化も存外悪くない……いいや、日々極上だった」

大きな手のひらで覆われ、俯いた顔の表情は伺い難いが、そこにある感情を見透かすことは不思議とできた。

「ただ、だからか……おまえの“命日”にあたる日が近付いてきた時……何とも据わりが悪くなった。どうにも……手の届く範囲におまえが居ないと落ち着かぬ気分になってな……。しかし、それをおまえに伝えるのも憚れた。いらぬ気遣いをさせたいわけでもなし……」 

はあ、と深々と溜め息を吐く声が聞こえる。これは幸せが沢山逃げていきそうな勢いだな、と真剣な空気に見合わぬふざけた感想が過った。

……呆れたか、このような気弱な姿を見せる オレを」
「まさか、何を仰いますか」

顔を抑えていない、テーブルに乗せられていたインドラ神のもう片方の手を自身の両手でしっかり包んで即答する。びくり、と微かな震えが伝うのを感じながら力を込めた。

……ありがとうございます。カルデアでの日々を、私と過ごすひとつひとつを……一喜一憂を大きく傾けるほどに、こんなにも大事にしてくださって」

内から湧き上がる確かな本音。偉大なる神々の王、その名の通り多くを治め、見、的確な判断を下さねばならぬ御方が……今はきっと、その過程で抑え込んできた心を少しずつ表しているのだと思う。かつて“こうあれかし”と気を張っていた私自身が、カルデアに来てから過ごす時間が長くなるほど、何かと記念日やイベントに巻き込まれては少しずつ心が解けていったことを思い返す。今はそれが、インドラ神の番になったように思えた。不遜な考えかもしれないが『カルデアにおける先輩』として、その気持ちを受け止めたい。

「これからも人ある限り、様々な記念日が生まれ、そこを起点に人の笑顔が増えることでしょう。賑やかで華やかな所を愛される、インドラ神に相応しい人の営みが。だからこそ、インドラ神のこれからの長い生の中で、悲しみだけでなく……喜びだと感じることがより多くあれば嬉しいと思います。そしてその喜びの中に……今、私と過ごすこの時を、含めて頂けるのであれば……
 
握った手により力を込めて、名案だとばかりに前傾姿勢で語りかける。

「たくさん、思い出を作りましょう。いいえ、……私が、作りたいんです」

せめてここに在る間は喜びで満たされていて欲しい。私と過ごす日々を惜しんでくれた貴方が、憂いなく晴れやかな気持ちで天界へ帰れるように。貴方が取り乱す姿を見たからこそ私は──インドラ神を父以上に、一人の愛しい方として見つめている己を飲み込んで、祈った。私は、私自身の幸せ以上に、私が愛した方々が幸せである姿を願っている。

「そうと決めたらさっそく部屋で出来ることをたくさんやりましょう!」

ガタン、と背を預けていた椅子を後ろに倒す勢いで立ち上がった私を、インドラ神も両隣のヴァジュラもキョトンとした顔で私を見つめ返している。

「持ってきた本ですが、皆で一緒に読みませんか?私がすでに読み終わったものもありますから……
……本を?」
「ええ!同じ本を皆で読んで、感想を思い思いに語り合うのも楽しいものですよ。ガネーシャ神もよく刑部姫や巴御前たちと一緒にやっています。お菓子や飲み物があればなお、良い……ちょうどここに揃っていますし」

並べてあったカップ麺やレトルト食品と一緒に混ざっている、スナック菓子を探し当てながらそう誘いかける。インドラ神はそんな私を物珍しげに見上げていたので、少し身を屈めて目線を合わせた。

「本当は、夜通しではしゃいでしまうのはあまり褒められたことではないのですが……たまには良いですよね?」

本来、インドラ神に見せるべき私の姿ではないことは重々承知で、思い切ってそう笑いかける。らしくない自分を見せてしまったとインドラ神ばかりが気に病まれぬようにと、そう思っての行動だったが……。当のインドラ神はそんな私を見つめて「あ、」「う……」と言葉を詰まらせて──頬を紅潮させていた。それを正面から受けてしまった私も、途端に気恥ずかしくなってしまった。慌ててお茶を濁すように「本、持ってきます!」と上擦った声で宣言してその場を後にしてしまった。お互いに慣れぬことをしているな……と、苦笑いしながら。



「え〜!?コイツ……どうなっちゃうの!?」
「ああ……そのキャラクターの今後は今、私が読んでいる方の巻でわかりますよ。もうすぐ読み終わるのでしばしお待ちを」
「この物語に出てくる連中は騒々しい奴らばかりだな。信念は見所があるが……おい、ヴァジュラ。読み終わったなら オレに貸せ」
「はい、インドラさま。こちらを」

言った通りに、漫画の回し読みを始めた私たちの姿は端から見ればだいぶ奇異な光景だろう。しかし此処にあるのは私とインドラ神、そしてインドラ神の一部であるヴァジュラたちだけだ。ただでさえインドラ神の領域であるこの部屋に、他者の目が介入することもない。誰に気兼ねすることもなく、私たちは伸び伸びと過ごしていた。

「あ!アルジュナ、それ食べてみたいんだけど」
「?、こちらですか」

私が手に持っていたチョコのかかった棒状のクッキーを指しながら、緑のヴァジュラが言う。自身の口に運び掛けていたそれをそのままに緑のヴァジュラへ向けると「あーん」と口を大きく開けたため、自然と私が食べさせる形になった。

「ん!なかなか美酒佳肴 おいしいじゃん!バレンタインの時も思ったけど、人間が作るお菓子も悪くないね〜」
「ふふ……お口に合って良かったです」

その姿に反して中身はインドラ神の武器であり神性を分け与えられた存在、そうと分かっていてもやはり見た目や言動に引きずられて、子どもをあやすような扱いをしてしまう。微笑ましく見つめていると、正面から視線を強く感じた。さもありなん、インドラ神がこちらのやり取りをじっと眺めていたのだ。

……あ、インドラ神も食べてみられますか?」
「う……うむ……貰おう」

手元の箱からもう一本菓子を取り出し、インドラ神に手渡すつもりで向けた先……インドラ神が先のヴァジュラ同様に大きく口を開けていた。ぴかぴかと発光する口内が眩しいまである。私は目をちかちかさせながら素っ頓狂な声をあげた。

「え」
…………あ?」

私に呼応するようにインドラ神も素っ頓狂な声をあげる。瞬間、バシンと音を立てて口を手で覆い「……違っ」と呟いたのが聞こえため、大慌てで否定した。

「違いません!!!!!」

思いのほか大声が出て三柱 さんにんにギョッとされたが、ここで退けぬと口を覆っているインドラ神の手を剥がした。

「どうぞ……ッ!!」

ずいと差し出した菓子と私を白黒した目で見比べながら、インドラ神はおそるおそる口に運ぶ。私といえば、手を離すタイミングを逃してギリギリまで菓子を持っていたため、インドラ神の唇に己の指が当たりそうになって少しばかりドギマギした。

「お、お口に合いましたか……?」
「ん、んぐ……うむ……美味い、ぞ……

一戦交えたような緊張感の中でするやり取りではないぞ、それは……と冷静な私……もとい、 クリシュナの彼が呆れたように吐き捨てる声が耳朶に届いたような気がしたが(うるさいぞ)と心の中で唱えて気を静めた。ヴァジュラたちはといえば、私たちのやり取りを見つめては隠すように笑っている。はあ……と妙な脱力感に襲われながら椅子に座り直して、私も少し笑ってしまった。

「ええっと……まだ、お食べになりますか」
「ああ、頼む……
「では、ぼくたちも頂きます」
「ちょーだい!!」

三者三様に次を所望され、それぞれの口に菓子を与えていると……何だか雛鳥に餌付けをしているようで余計におかしくなってきて、不敬だ何だと考える感覚すら麻痺してしまったが、先ほどまでこの空間をひしめいていた悲愴な空気は霧散していた。私ばかり食べさせているのを見兼ねて、今度は私が三柱 さんにんからあれこれと食べさせられて、逆転したのは言うまでもない。



……確かに今日は私の命日だったかもしれませんが……皆で一緒に本が読めて、食卓を囲めた記念日にもなりました」

一段落ついたところで、ゆったりとしたソファーに席を移動した。先ほどまで休んでいたベッドと同じくらい心地のいいクッションに背をもたれかけながら、私はそう口にする。誰かの悲しみの日は、誰かの喜びの日にもなる。そういうことをどうにかインドラ神に伝えたかった。

「次は一緒にカレーを作る記念日とか、あるといいですね。他にも……
「記念日というのは、そう……いくつも設けていいものなのか」

インドラ神が確かめるような声音でそう尋ねる。そこに根の生真面目さが垣間見えて、解きほぐすつもりで返答した。

……現代には好ましい方からサラダの味を褒められて、何でもない日を『サラダ記念日』にしようと語る歌もありますからね。いいと思います。細かいことを引き合いにして、気楽に決めてしまっても……そうして決めた記念日を生き甲斐にして、人はまた前に進めるのです」
……そう、か。そうか……なるほどな」

……何だかいやに噛み締めているような気がしたが、気の所為かと思って受け流す。

「今日は本を読んで過ごしましたが、部屋で出来ることは現代なら他にも沢山あります。例えば音楽や映画を鑑賞したり、ゲームをしたり……もし、インドラ神がよろしければ……
「ああ、やろう。おまえと共に出来ることなら、何だって……

力強い肯定に心が温かくなる。と、同時に温まる身体が、改めて私を眠気に誘い始める。ゆるゆると閉じかける瞼を何とか持ち上げながら、インドラ神に応えようと口を動かす。

……嬉しいです、本当に。夢みたいだ……ずっと天高い所におわす貴方を見上げていたのに、こうして隣で何気ないことでも、一緒に分かち合ってくださるなんて、……夢みたいだ。…………………

最後の方は何と言っていたのか自分でもよくわからなかった。下手なことを言っていないといいのだけれど、と思いながら、視界は少しずつ暗幕をかけられていった。







アルジュナは隣で静かな寝息を立て始めた。新しく開けた酒をグラスに注いで揺らしながら、寝る時ですら品の良く収まる我が息子の愛しい寝顔を見つめ、確認するように囁く。

……おまえと共に出来ることなら何だってする、と言っただろう」

アルジュナがオレを見つめる瞳の中に込もる熱に、憧憬以外のものが含まれている。ある意味でそれは、オレの得意とする類の感情だ。……嗚呼、オレが要らぬ動揺を見せてしまったのは失態だった。さぞ気を遣わせてしまったことだろう。アルジュナに対して感情を上手く抑え込めぬ己を改めて自覚して、思わず自嘲する。

「おまえがオレを慮る必要など無い、……と言えるようにせねばな」

グラスの中の酒を一気に煽る。深く息を吐いて、隣のアルジュナの頬に触れた。

「おまえがオレへの想いを伝えても良いのだと、……気にせず身を預けても良いのだと心から思えるように」

そのままアルジュナの顔を少し上向けて唇に──は、指で触れるだけにして、前髪を鼻先で除けて額に口付けた。アルジュナとこれから築くだろう数多の記念日の中に、いつかこの情を交わす日が来ることを誓いながら。