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音無 馨(おとなし かおり)
2026-03-13 21:41:13
17781文字
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【かくして、祈りであると】インジュナ小話…と言いつつ、イン(→)(←)ジュナかもしれない
インジュナ礼装感謝!から派生したはずなのに「誕生日を覚えてるってことは命日も覚えてるってことやん😢」という気持ちになり、そういう話。起承転結・完結しました〜✌
1
2
3
4
「────、ん
……
」
する、と羽が触れるような感触が頬を擦り、微かに
眼裏
まなうら
が白む。脳が覚醒しきるよりも前に、眼球が部屋の光を取り込もうと動き始めた。水面へ浮上するような意識に合わせて、泳ぐようにシーツの上を身じろいで──何かに動きを阻まれる。
「
………………
?」
瞼を開けると、寝台の天蓋部分が見えた。白く薄いシフォンのような布地のカーテンが周囲を覆い揺らめいて、外界と寝台を淡く隔てている。今日、私はインドラ神の居室に招かれて休んだ
……
それは覚えている。故に目に飛び込んでくる景色に驚くことはなかった。自身の胸の上に乗った長く黒い腕を追って、右隣を見るまでは。
「
…………
ッ、!?」
大声をあげそうになる喉をぐっと締める、飛び跳ねそうになる身体を抑えつける。わずかに震えるだけで済ませた己を今ほど褒めてやりたいと思ったことはなかった。
……
インドラ神が私のすぐ横で眠られている。私の身体を胸元に抱き寄せるように腕が回され、特有の芳香が私の鼻腔に届くほど、その優美かつ精悍な
顔
かんばせ
が眼前いっぱいに広がっていた。この寝台は私の体格でも余裕のある大きさで作られてはいたが、二人で
……
しかも、並大抵の人間よりも巨躯であるインドラ神が横になるには些か足りていない。長い足を少し折り曲げて、窮屈そうにしながらも、私の身体に密着することで何とか収まっているような状況だった。寝酒が思ったより深くなって自身の寝所に移動するのが億劫になったのか?と詮無いことを考えてしまったが、私を抱くように眠る姿で、とうにそれだけではないと察しがついている。私の意識がまだ微睡むように霧散していた時に、頬に落とされた感触は──きっとインドラ神の手のひらだった。
いつからだろうか、『もしやインドラ神は本当に私に会いに来るために地に顕現されたのか?』と思い至ったのは。私がそう独りごちたのを聞いた
……
その時分に共に歩いていたマスターは、横で怪訝な顔をしたかと思うと「
……
へ、ああ
……
今?今やっと
……
?ッはあ〜〜〜」と大袈裟なほど溜め息を吐いて、廊下にべたんと内股で座り込んだ。慌てて「汚いですよ!」と身体を持ち上げた私と目線が揃ったマスターは、そのまま私の額を軽く指で弾いた。デコピンというやつだった。
「うッ」
「や〜っと気付いたね!にぶにぶめ!
……
まあ、でも
……
生前のアルジュナとインドラ様の関係ってきっと、今と違ったと思うから比較しようがなかっただろうし
……
。今だってインドラ様は照れ隠しだか何だか知らないけど、遠回しな言い方する時あるから良くないんだけどさ
……
。でもアルジュナ以外はとっくに皆、インドラ様がアルジュナに会いたかった“だけ”で降りてきたって気付いてるよ」
さ、下ろして?と両腕をバンザイの形に上げたマスターをゆっくり床に置きながら、私はマスターの私見を聞いた。
「待ってください、
アルジュナオルタ
もうひとりのわたし
もですか?」
「わかってるよ」
「
……
な、う
…
うぐ
……
」
思えばインドラ神が顕現された時、空の上の特異点にいると我々が知る前から
……
オルタの私は何かを知る素振りで、私にアドバイスとヴィマーナの設計図を贈ってくれたのだった。ただでさえ異聞帯の父神と一体となっているオルタの私だからこそ、私よりもインドラ神の意図するところを正しく察しているのかもしれない。オルタの私が時折、私に向けていた『しょうのない子』と言わんばかりの目線に、解がもたらされた瞬間でもあった。
私はまだ薄ら高鳴る心の臓をそっと手で鎮めながら、眠られているのを良いことに、常ならば有り得ぬ積極性でインドラ神の顔をまじまじと見つめた。自然に目を合わせても射貫かれるような強い眼光が瞼の奥に秘められ、力が抜けているからか
……
不敬ながらあどけない顔立ちを感じさせる。それは英雄アルジュナとしてだけではない“私”を求めて降りて来てくださった貴方の
表情
かお
。神々の王である貴方、武勇の神である貴方、私の
……
父である貴方。あらゆる側面、その中で
……
私の父である貴方として今、此処に在る。それを思う度に、凡庸な人間としての“私”は歓喜を覚えてしまう。数多の他者と同じようにその鮮烈な雷光に心焦がされた私は『父と子』という関係性ゆえに、数多の他者と違ってその側に侍ることを許されている、僥倖
……
。もう一人の父の要請とはいえ、神々に子を願い、実際に授かった我が母は苦労の多いことだっただろう。いつも気丈に私たちを育んでくれた母の、当事者でない故に想像するほかないことではあるが
……
そのおかげで、こうして今がある。
家族に、友に、民に
……
周囲の沢山の人々に愛されている。そして、インドラ神にも。己の内にある“黒”を受け入れてからは、私的な
感情
おもい
を過度に忌避することはなくなった。無きものにするのではなく、有ると認めた上で、それをどう御するかが大事なのだと。だからこそ、私自身がどうこうと言うよりも
……
インドラ神にとって、これは良いことなのかと考えてしまう。
『──ムッコは優しさと妄執を取り違えてはいけないよ。亡者に惹かれすぎると、帰ってこれなくなる』
去る移動特異点
……
サーヴァント・ノアが、カルデアへ試練と称して方舟と共に襲撃した際に、現地へ赴いていたロウヒが、何かにつけて心を砕くマスターへ向けて嗜めるように説いた言葉。カルデアに残って防衛を張っていた私はたまたま管制室のモニターでそれを耳に挟んだだけだが、妙に頭に残っていた。まるでこの日の為だったように言葉が耳の中で反響する。今を生きるマスター・藤丸立香と同じように
……
インドラ神もまた今を生き、なおも生き続けていく。インドラ神自身がその身を
擲
なげう
とうとしない限り
……
永く、きっと人類の最期の瞬間まで。ともすれば、その後も。そのような御方が、すでに私に会うため“だけ”にいくつもの無理を重ねられている事実が
……
途端、私に小さな不安を過ぎらせる。私がどんなに今、生者と同じく振る舞っていても所詮は亡者の影絵。口では不遜に振る舞われるがその実、慈悲深い貴方はそれを──。
「
……
考え過ぎだ、」
口の中で転がすように呟いて、そっと
頭
かぶり
を振った。私が生まれる前も逝った後も、途方もない数の人々の生と死を見送ってきた神であるのだから、そんなことわかりきっておられるはずだろう。わざわざ地に降りて来られたのだって、久方ぶりに我が子の顔を見られるのであればそれに越したことはないと思われてのことだ。私も同じ立場ならきっと、そうしたいと願うから。
(少し、頭を冷やすか
……
)
起き抜け早々に要らぬことばかり考えてしまったと自嘲する。これでは休まるもの休まらない。このまま起きるにせよ寝直すにせよ
……
気分転換をしたくなった。そういえばヴァジュラたちが隣室に軽食を置いていると言っていたことを思い出した。有り難く頂こうか。そう決めたはいいが、なればこの寝台から
……
インドラ神の腕の中から抜け出さなくてはならなかった。少しばかり離れ難い気持ちを振り払い、彼の方の穏やかで充足に満ちている眠りを妨げないように、ゆっくりと少しずつ、己の身体をインドラ神の腕の中から引き抜いていく。腕が外れ、寝台の淵まで来たところで、おそるおそる上体を起こして床に足をつける。振り返ると、インドラ神は先ほどと変わらず静かな寝息を立てていた。目覚めていないことにホッとしつつも、抱く相手が居なくなって空虚になったインドラ神の腕の中を見つめて「すぐに戻りますから」と思わず囁いた。聞こえていようがいまいが、何も言わずにこの場を離れるのは少しだけ気が咎めたのだった。
ヴァジュラたちが指していた方向に歩くと、広いテーブルが鎮座していた。その上には上質な菓子や果物はもちろん、カルデアの食堂から分けてもらったのかパンやカップ麺、レトルト食品まで
……
インドラ神が自発的に用意しなさそうな現代的なものもたくさん並べてある。私が何を食べたいと思ってもいいようにという考えが透けて見えた気がして、口角が緩やかに上向いた。時計を確認していないので体感だったが、まだ日付が変わったくらいだろう。深夜に間食をするのは行儀のよくないことである
……
が、たまの羽目なら外しても良い。つくづく私は変わったなと思いながら、テーブルの上を品定めする。ここはやはりカレーか、と置いてある中で一番辛味が強いものとご飯のパックを手に取ると「そういえば肝心の電子レンジはここに置いてあるのか」と初歩的な疑問に至った。無ければ最悪、食堂まで足を運んで構わなかったがそこは気が付く御方だ、きちんと別のところに電気ポットなどと一緒に用意してあった。電源が入っているのかの疑問は野暮なことだろう、まさにその電気
……
雷を司る神の居室にそんな当たり前のことを尋ねても。読み通り電子レンジの扉を開くと、ピ!と元気の良い返事でディスプレイが瞬かせた。箱に書かれた温めに要する時間をよく見てフタを開けると、ルーの入った袋の蒸気孔が表に出るように電子レンジに入れ、時間を指定してスタートボタンを押す。静かな室内にジー
……
と機械音が響くのをぼんやり聞いて待っていると、隣室から物音がした気がした。耳をそばだてると、寝台が軋む音がする。
「
……
アルジュナ?」
インドラ神が起きてしまわれたようだ。もう少しお休み頂いて良かったのにと思いつつ、いなくなった私を探して呼ぶ声に「はい、ここに」と返事をしようと思った、刹那──。
「
……
ッ、アルジュナ
……
!」
インドラ神は鬼気迫る声で私の名を重ねて呼んだ。肩が跳ねるように上がって、思わず驚いて返事をしそびれた
……
それが良くなかった。室内の温度が一気に下がって冷えていく、稼働していた電子レンジから異音がする。明らかに一変した空間が、インドラ神の身の上にただならぬことが起きているのを知らせている。このままでは不味い、急いで返事をせねばと思うのに、満ちるプレッシャーに喉が引き絞られて声を出すのにも難儀した。手で首元を掴み、無理矢理開いた気道と口から出てきた咳と共に、名を叫ぶ。
「ぐ、げほ
……
ッ、い、インドラ神
……
!」
「──、
……
!!」
床を踏み抜くかと思うほど大きな足音が、小走りにこちらへ向かって来る。ああ良かった、気付いて頂けた
……
。首元を抑えていた手を胸へ撫で下ろし、迎えたインドラ神の顔を見て──息を呑んだ。まるで何かに手酷く傷付けられて、その痛みに耐えられず歪めてしまったような。どんなに苦難の多い戦闘に身を置いても
……
それこそあの日、空の上でヴリトラと御身の忌避される姿を顕してでも、戦っていた時にだって見せなかった顔だ。呆然としている私のもとへ、インドラ神はあっという間に歩み寄る。私の両肩を掴み、形を確かめるようにゆっくり腕に向かってなぞると、そのまま強く抱き寄せられた。隙間なく合わせられた肉体を通して互いの熱が全身に行き交う。必然、インドラ神の厚い胸元に顔を埋めることになった私は、ばくばくと大きく疾く拍動する心音に包まれる。されるがままにその音を聞きながら『今日が何の日なのか』を唐突に思い出し──インドラ神が多くを語らず“ただ一緒に過ごしたい”と私に願った真意を正しく理解した。そして、同時に罪悪感が芽生える。私の腕でも回し切れるかと思うほど広いインドラ神の背に添えるように手を伸ばした時、荒れ狂う異変が凪いだのを確かに感じた。
ピーーーーーーーー
電子レンジから放たれる間の抜けた音が、私たちの間に横たわる神妙な空気に水を差す。インドラ神の心理的負荷により引き起こされた空間異常に影響されて、先ほどまで異音を唸らせていた電子レンジは、トラブルを乗り越えて無事に己の仕事を全うしたらしい。再度ピーーーと自己を主張するそれに苦笑して、私はインドラ神の腕の中でその御顔を振り仰いだ。
「
……
レトルトカレーですが、一緒に食べませんか。インドラ神が口にして頂くには少しばかり、品質が見合わないかもしれませんが
……
私は好きなんです」
先んじて平時と変わらぬ口調でそう尋ねた私に対し、インドラ神は気まずげに逡巡された。きっと『神々の王らしからぬ振る舞い』を見せてしまった自身に、息子からもっと違う反応が返ってくるのではないかと、構えておられたのかもしれない。それでもぎこちなく口の端を上げて何とか笑みを象られると、静かに頷かれた。
「
……
ああ、貰おう」
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