音無 馨(おとなし かおり)
2026-03-13 21:41:13
17781文字
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【かくして、祈りであると】インジュナ小話…と言いつつ、イン(→)(←)ジュナかもしれない

インジュナ礼装感謝!から派生したはずなのに「誕生日を覚えてるってことは命日も覚えてるってことやん😢」という気持ちになり、そういう話。起承転結・完結しました〜✌


……あの、それくらいは私が持っていきますから……
「インドラ様からのご命令なんだから気にすんな〜!」
「それよりも電光石火 はやくいきましょう。インドラ様がお待ちかねです」

ヴァジュラたちは私の部屋に置いてあるいくつかの漫画や本を、室内にあった適当な袋に入れて持ち出し、通路を歩く私の前を軽やかに浮遊し先導する。大した量でもないので自分で持って向かおうと思っていたのだが「ぼくたちの仕事取らないでよ〜」とあっさり奪われてしまって、手ぶらの随行だ。仕方がないのでこの いとまに思索を巡らせるほかない。

「(……此度のインドラ神は、何をお考えなのだろう)」

かつてマスターに向かって『神の考えを推し量るのは無意味だ』と言い切ったのは己だというのに。インドラ神とこうしてカルデアで共同生活をするようになって……いつの間にか私は、日々インドラ神の考えに思い馳せるようになっていた。考えるということは、知りたいからで、知りたいと思うのは、あの方が見せる姿が生前に接した時のそれと、違うからで……。悶々としていたのが顔に表れてしまっていたのか、私が黙り込んだのを不審に思ったヴァジュラたちが振り返った瞬間、見咎めるように二人でこちらの顔を覗き込んできた。

「ん!難しいこと考えなくてい〜よ!インドラ様はただアルジュナと過ごしたいだけだし!」
「人間は何もない休みの日に家族で遊惰放逸 ごろごろと過ごす習慣もあると聞きます、そういうことです」
……なるほど?」

かねてよりヴァジュラたちはインドラ神の口の代わりをすることがあり、時にあけすけにものを言うきらいがあったが、こうもあっさり解説されてしまうと拍子抜けしてしまう。そして、この言葉はヴァジュラたちの脚色ではないのだろう。結果的に断ってしまったが、バレンタインの時期はマスターから貰ったチョコレートを私やアルジュナオルタ もうひとりのわたしに善意から下賜……もといお裾分けをしようとされていたのだろうし、買い物に出たあの日だって、私……息子である、私の誕生日を祝って贈り物をしたいという、インドラ神なりの父としての好意を示してくれていた。人間臭いと謳われる神。必然、私的な感情だってある。……ということを、さすがの私も理解し始めている。私が隠すべきを隠し“英雄像”を守り通し続けていたように、インドラ神にも“神々の王”として在るべき姿を見せなければと考える一面があったことを知った。こう例えるのは不敬やもしれないが……『共感』というのは、やはり大きい。

あれこれ考えて歩いている内にインドラ神の居室がある位置に到着した。来るタイミングを見計らっていたように、荘厳な扉が目の前に表れ、招くように開かれる。ヴァジュラたちが先に入室するかと思って一歩引きかけた途端、ぐるりと私の後ろに回ったヴァジュラたちからぐいぐいと背中を押されていた。

「はやく入って〜!」「後ろがつかえていますよ」
「わ、わかりました」

押し込まれるようにインドラ神の居室に踏み入る。何度か訪ねた空間ではあるが、毎度飽きずにその天界 スヴァルガの一端に触れるような壮麗さに感嘆させられる。地に顕現するにあたり、空の概念を壊してしまったことを懸念してインドラ神が作られた急拵えの特異点の中にも、この居室にも似た空間と玉座が存在していたことを思い出す。空あるところインドラあり、逆も然り──なのであれば、インドラ神が在る場所には天界 スヴァルガが自然に成る、とでも言うのであろうか。……こうも易々と世界の方がインドラ神に添うのだから、『自身が顕現すれば佳い女も自ずと己の前に現れる』と考えて騙されてしまうのも致し方ないのか。ただでさえ、現代の地上に顕現するのは初めてであるからして……などと思った瞬間、脳内に現れたニヤニヤと嗤う邪竜 ヴリトラの顔を急いで追い出した。

「おい」

不敬極まりない思考の矢先にインドラ神の呼ぶ声が奥から聞こえて、仮初の心臓がぐんと跳ねる。見透かされていたのではないかと身構えたが、そんな素振りもなく「どうした、早く来い」と急かす声が続き、慌ててヴァジュラたちと共に声のする方へ足早に駆けた。

「お待たせ致しました!インドラ神!」

要らぬことを考えていた後ろめたさで少しばかり勢いよく返事をしてしまったからか、インドラ神は軽く目を見開き、驚いた顔をされている……ように見える。厚く下ろされる緞帳 どんちょうのような前髪は時折その表情を曖昧にさせた。

「む……いや、そこまでではないが。まあいい……今日は此処をおまえの寝室とするといい」

そう言うや否やパチン、と指を弾く音が響く。インドラ神がそのまま指差した先へ視線を向けると、エントランスよりも華美さを抑えられた調度品と、天蓋のある寝台が置かれた品の良い空間が現れる。──正直に言ってしまえば、カルデア内で宛行 あてがわれた室内すら、増えた小物はあれどありのまま使い続けて簡素な空間に慣れ切った私と比べれば、インドラ神のそれは比べようもなく豪奢であり、落ち着いて休めるか些か不安があったのだが……これであれば幾分か気楽に過ごせそうだ。

「おまえは派手好みではなかろう。ましてや、休みながら読書をするのであれば」
「休んだり、普段の生活においてはこちらの方が性に合うのは確かですが……華やかなものが好みでないわけではありませんよ。目に鮮やかなものは心を明るくしますし、晴れやかな気持ちにさせます」

そしてインドラ神は華やかなものが似合う方だ、という想いを、言外に含めた。

……こちらこそ気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「ん……こんなもの気を遣う内に入らん。 オレがおまえを招いたのだからな。招いた者にとって過ごしやすい環境を整えることも神々の王として当たり前のことだ」

伏せるように逸らされた瞳と共に、インドラ神は室内の奥にある大理石の丸テーブルと、その両脇に置かれた赤みのある革張りのシングルソファへ向かう。そこではたと気付く。インドラ神はおやすみになられないのかと。

「あの、インドラ神は……まだ、おやすみになられないのですか?」
オレのことは気にするな、少し寝酒をするだけだ。おまえは此処を我が家と思って寛いでいくといい」

そう言ってそのまま片側のソファに座ると、テーブルの上においてあった酒瓶を取ってグラスに注ぎ始める。インドラ神が起きているのを目の前にして、私が先に寛ぐのも……と、やや困惑して立ち尽くしていると、後方から呼びかけられる。

「アルジュナ〜!ここに置いとくからね〜!」
「小腹が空いたり、お酒以外の飲み物が欲しい時は隣の部屋に置いてありますので、どうぞご自由に」

ヴァジュラたちが一緒に持ってきてくれた本を寝台の脇にあるサイドラックの上に置きながら、そう説明してくれる。

「ご苦労だった。もう下がっていい」
「はーい!」
「必要な時はいつでもお呼びつけくださいね」

インドラ神にも命じられ、ここですべきことは終わったとばかりにヴァジュラたちはフッと気配を消した。室内には私とインドラ神だけが残され、静寂に包まれる。以前であればこの静寂に居心地の悪さを見出したかもしれないが、変に気を回してインドラ神の言葉の裏を探るよりも、素直に受けとめた方が喜ばれると今ならわかる。

「それでは、インドラ神のお言葉に甘えて……今晩における我が家と思い、過ごします」
……ああ」

グラスが運ばれる口元が綻ぶのを認めて、寝台に向き直ると、靴を脱いでそっと寝台のクッションに膝をかけ、身体を預ける。

……わ、」
「どうした」
「あ……いいえ、こんなにふわふわで……ンン、寝心地が良いと思わず……本を読む前に夢の世界へ誘われてしまうかもしれませんね」

そう言いながらインドラ神の方を見遣ると、まさに上機嫌といったしぐさで酒を煽られていた。

「フ……だろう?カルデアから支給された寝台など、たかが知れている。おまえが気に入ったならばおまえの部屋のものと取り替えてやっても構わんぞ。……いや、むしろ、これから オレの部屋に居を移しても……
「はは……ま、前向きに検討しますね……

話の流れが妙な方向に及ぶ気がして早々に切り上げると、寝台と同じく柔らかく確かな弾力もある、包み込んでくれるような枕へ頭も預け、サイドラックに置いてもらった本から適当に一冊手に取る。刑部姫から貸してもらった漫画だった。今の環境なら絵の多い本のほうが気楽に目を滑らせずに読めるだろうと思って、そのままページをめくり始める。内容としてはいわゆる少年漫画という括りにあたるもので、普段は不真面目で、くだらないことばかり言う無気力な男が、いざという時は仲間のため、大事な人のために剣を取って泥臭く戦うという話だった。清廉潔白ではないが、こういう形の英雄 ヒーローもいる。私には無いもので、だからこそ憧れる。何冊か読み進めたタイミングでインドラ神の方へ視線だけ向けると、変わらず酒を口にしていた。食堂での酒宴とは違いペースはゆっくりとしていて、味わうような趣がある。寝酒とは言っていたが、いつおやすみになられるのだろう……とぼんやり思っていると、当初の想定通り睡魔が忍び寄ってきた。借り物の本に折り目を付けてはいけないと急いでサイドラックに戻すと、早々に睡魔の手を取って、我が身を任せることにした。