緑色した流れ星

MHRウ教×ハ♀。夫婦。
待ち遠しかった約束の日に。



王国から遠く離れたカムラの里。夫婦の小さな家の中で、娘の嗚咽がようやく鎮まり、それが、泣き疲れたような寝息に変わった頃。

夜は深まり、孤月がゆっくり沈み始めた、無音の時間。

王国の夜空で目撃された鮮緑の流れ星は、彼女の家の真上でも流れた。だが、ここで星は落ち、足音も気配もさせず、地に降り立つ。

そうっと玄関引戸を滑らせて、微かな月明かりが射し込む家の中に入った、いな、帰ったのは。

……ただいま……愛弟子」

静寂の中に、あまりにも微かに、優しく響いた声の主はウツシ。

洗練された強者ツワモノの技術で足音も気配も消したまま、適当に脚装備を外して土間に置き、そっと框から畳の間に上がって行く。

畳の間に並び敷かれた布団は、二枚。恐らく帰りは明日になるとウツシ本人から聞いていた娘であったが、自分の布団だけを敷く気にはなれなかったらしい。

眠りについていても何かを感じ取ったのか、布団の中で「んん……」と寝返りを打った彼女だが、目覚める気配はない。

月光の中、空っぽの布団が丁寧に敷かれている光景と共に、最愛の妻の頬に残る涙の痕を見つけたウツシは、眠る彼女の隣、主を待って空っぽの布団の上に腰を下ろす。

気配を消して娘を見つめたまま、やはり泣かせてしまったかと申し訳なさそうに眉を下げた。

(……こんなに、待っててくれていたなんて。ごめんよ……愛弟子……。愛しい……我が妻よ……)

今すぐにでも、妻の涙の痕に口付けをしたかったウツシだが、起こしてはいけないと、ぐっとこらえつつ──彼は座ったまま、腰に着けていた小さな革鞄の中から、小さな細長い短冊のような紙を取り出した。

(……んふふ。ユクモの、宿泊チケット……愛弟子、喜んでくれるかな……)

帰宅前、ウツシは里長フゲンより「任務を終えたら時を問わず報告に参じよ」との命を受けており、それに従う形で報告を終えていた。

その際、改めて夫婦での休日の許可を得ようとしたのだが、それより早くフゲンから、今回の緊急任務を達成した感謝やねぎらいと共に「連休を取れ」との言葉、そしてユクモで使える宿泊チケットを受け取ることとなった。

改めて休日を得たという話をお土産にしようとしていたウツシだったが、それ以上のものが得られたことに目尻は下がって笑いじわが深まり、口角は大きく上がる。

チケットを娘の枕元にそっと置いてから、改めて見つめた最愛の人の寝顔は、いつまでも見ていられる──が。

(早く……早く、キミの喜ぶ顔が見たいなあ……)

愛する人への想いと共に胸は高鳴って、妙に気持ちがはやる。
おもむろに鎖帷子を外し、肩当てを、胸当てを外し、一通りの装備を脱いでから──ウツシは改めて、ごろりと布団の上に横たわった。

(俺がいないはずの夜でも、キミは、こうして俺の布団を敷いてくれて……)

一時は耐えたウツシだったが、やはり、我慢しきれそうにない。熱く鼓動する心音に背を押されるような形で、彼は静かに、娘の頬に唇を寄せていく。

……ごめんね、愛してるよ……。今度こそ、一緒に……

くっきりと残った娘の涙の痕に、そっと触れるだけの口付けを落とし、そのまま、優しく彼女の唇にも触れる。

寝息に混じり、熱く、湿った、ウツシにとってはこの上ないほど魅惑的な、甘い吐息。すぐにでも喰らいついて、飲み干してしまいたくなる衝動を懸命に抑え込んだ。

……おやすみ。……俺の、愛弟子。俺の、愛しい人」

ゆっくりと顔を離しながら、自分自身にも言い聞かせるように、ウツシは娘の隣の布団の中で瞼を降ろしていく。

翌朝──布団から跳ね起きて、幼子の時よりも声を上げ、大喜びをして見せた娘。

それを万感の笑顔で見届けたウツシは彼女を引き寄せるように抱きしめると、そのまま約束を果たすように、彼女の唇に自身の唇を重ねた。

……。続きは、ユクモでもしようね?」

最愛の夫の言葉に、ほんのりと林檎色に頬を染めた娘が「はい……!」と、笑顔で、大きく頷いて。

嬉しそうに、軽やかに、彼女は畳の間の片隅、昨晩から置かれたままの、荷物と一緒に幸せもいっぱいに込められた二つの大きな革鞄に、ようやく手を伸ばす。 

今日はとても温かく、清々しい光風が吹き抜ける、昨日よりも清爽せいそうとした青空が鮮やかな快晴。

今日という日以外にいつがあるのかと、そう思えるほどの行楽日和だった。


@acadine