kuzu
2026-03-07 23:21:44
8601文字
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相棒/♦︎光沢

いつのまにか相棒という言葉は呪いのように纏わりついていた。どうにもできなった。どうしようもなかった。※祖母捏造あり




「ナイスボール」
 そんな言葉が隣から聞こえてきた。
「栄純くん?」
 囁きのような呟くような言葉。投げてた栄純くんの同室の後輩に向けて言うのには少しテンポのズレた、それでいて、小さすぎる声。彼らしくない、その口の動きに首を傾げた。僕の声に反応なしない、栄純くんの目線の先には奥村くんがいた。
「いいな……
 まるで思い出をなぞるようなその声に、さっきの言葉は奥村くんの口の形をなぞったのだと気がついた。

 金丸くんと東条くんを筆頭に、僕らは引退後初めて後輩たちの公式戦を観戦しにきている。秋季東京都大会。僕らなしでも青道高校野球部をそのプレーで表す彼らを見るために、僕らはスタンドに座っていた。
 洋さんが引退してから、僕たちはだいぶ苦しんだ。先輩たちの存在の大きさに。主将になった金丸くんなんて必死だった。それだけ僕らの一個上の世代はすごかった。主将なんてたくさんの仕事を抱えていただろうに。そんな中、ただひたすらに前を向いて後輩たちとの未来をもっとも見ていたのは僕らのエースだった、栄純くん。でも、それももう一年も前の話。
 栄純くんがエースになってから、僕らはそれぞれの役割に必死だったから一緒にいることが減っていた。けど、引退後は再び肩を並べることが増えた。今だってそうだ。
「春っち」
「何?」
「俺、最低な先輩になっちまったかも」
「ふーん。そっか」
 初めの方は誰にも負けない声だった。ベンチでの彼を思い出すほど。それなのにだんだんを静かになっていた。ボールを追うことのないその目線はキャッチャーボックスに降り注がれていた。
「どうして、そう思うの?」
 先程まで全く合わなかった目線があった。困惑を存分に浮かべたまるで迷子みたいな瞳。
「いいなって」
「何が?」
「奥村に?投げれて?」
「何それ。キャッチボールなら僕も付き合えるよ」
 わかっていながら、揶揄うふりをする。きっと栄純くんはバッテリーの時間ややりとりが、羨ましいのだろう。そんなの僕だって、何度もグラウンドの上で思ったこと。
「そう、だな」
いつの間にか試合は9回裏。青道の守備、一点を追われる状況。守り切れば勝利。僕たちがよく出くわしていた場面。静かな栄純くんはほっといて試合の行く末を見つめた。

 無事に青道の勝利で収めた後に金丸くんが瀬戸くんと連絡をとっていてくれたようで、球場の外で後輩たちがやって来るのを待つことになった。その中で、栄純くんは突然足を動かした。
「俺、帰る」
「はぁ?!何言ってるんだお前」
「まぁまぁ、信二」
「そっか。気をつけてね」
「栄純帰るの?奥村に会わなくていいの?」
 それぞれの反応を見せる僕たちに栄純くんは一瞥して、曖昧な目線と音だけの返事をして僕らに背を向けた。
「あいつ、どうしたんだよ」
「俺にはわかるけどね」
「どういう意味だよ、東条」
「うーん。ほら投手って独占欲強いから」
「東条くんの言うとおりだと思うよ」
「やっぱり?」
 後輩たちに見つかるまで、金丸くんは僕たちの話をあまり理解できない様子だった。それでも、どこかでこの2人はまたバッテリーを組むと思っていたから、からかっていられたのに。

「奥村、大学違うとことにしたんだって」
 だから、まさかこの言葉を聞くことになるなんて思わなかった。秋大のあの後にミットを抱えてきた奥村くんの表情も、卒業式のあのセリフもなんだったのだと思う。
「そう……誰から聞いたの?」
 珍しく、地面に影を作ってベンチに座る栄純くんの横に腰をかけた。
……浅田」
 奥村くんの名前が出なかったことが結果の全て。今の2人を象徴する距離感。バッテリーを組んでいたときはあんなにムカつくほど近くにいたのに。
「相棒って……
 その言葉を言う栄純くんがあまりにも覇気がなくて驚いてしまう。あまりにも魅力的で厄介な言葉だと思う。それだけで何もかも決定付けたように見える。けれど、この2人の間では何も定まっていなかった。
 
「君たち、バカみたい」
 
 思わずそんな言葉がでてしまった。まるで優しい自分の兄貴みたいだと、自嘲した。