山城まつり
2026-02-28 19:23:36
20272文字
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suicidal/leniency Karte02 Chapter005~006(新版)

スーリニの文庫化作業をしてるんですけど、Karte02で「肩甲骨粉砕骨折、腰椎圧迫骨折(T12~L2)、肋骨骨折→心筋裂傷(心タンポナーデに対し心嚢穿刺を実施)、頭蓋強打→脳脊髄液漏出、脳ヘルニアの兆候(穿頭ドレナージ実施)、大動脈損傷」としてるなら、「アレ? 脳の手術が優先では??」となり、調べたところそうだったので……(心臓・大動脈からするケースもあるみたいですが)ほな……書き直すしかなくない……? ガチ医療者に「素人が書くな!」と言われそうで、怖くない……? と思い、書き直しました。大変でした。もうゆるしてクレマリー……。

実はこのひとつ前のチャプター、Chapter004「緊急現場医療班」の「ここで穿脳ドレナージを!?」もびみょいらしいんですけど、そこを直すとなんかこう ね どないすんねん となるので悩んでいます もうちょっと考えます

ともあれ一応手術シーンはまさかの全書き直しし、一応形になって大きなミスもなさそうなので(現時点で、ではありますが)、みてみてママ~~~!!の気持ちで載せます。よしなに。

2026.2.28:うそごめん 読み返したけどミスあるかもです 明日以降直します……

感想あるとうれしいです。私がうれしいだけですが……マジで、大変だった…………。









──視点は胸部へと移る。
テオの傍に立つクレマリーは、長い沈黙のうちにその心臓を見据えていた。

沈黙といっても、無音ではない。人工呼吸器の規則音、吸引の低い唸り、遠くで鳴るモニター……
その全てを背景に、彼女は動かずにいる。

目の前にあるのは、まだ鼓動する心臓。だがその鼓動は、どこか歪んでいる。

「──切開する」

低い声が落ちる。空気を切り裂くような一閃。刃を握る指先が、胸部の中央をすらりと撫でた──流れるような手つき、正中切開だ。皮膚、皮下、筋膜……層を分けるたびに血が滲む。だがそれは想定内の出血にすぎない。問題は……この奥だ。
胸骨が、二分される。開胸器が掛けられ胸郭きょうかくを開くと、暗赤色あんせきしょくの血液が溢れ出す。露わになった心臓はまだ鼓動していたが──その周囲は血液に溺れ、緋色の海と化していた。

鈴麗リンリー、吸引」
「は、ハイッ!」

しかし術者のクレマリーの声は決して揺れない。指示を受け、鈴麗が管を当てがった。
引かれていく血液。薄まっていく緋色。その奥を、彼女の視線が穿つ。
……右室前壁に、縦に走る裂傷。拍動に合わせて血が滲む。

……成る程。これが……

──骨片が突き刺さった、患部か。
そう思案した次の瞬間、アルトの声が飛ぶ。

「心停止させる。人工心肺、準備」
「準備、出来てマス!」
「よし……ドレープ、脚を出してくれ。大腿動脈だいたいどうみゃくに送血する」
「ハイ!」

ドレープが折られ、術野が拡張する。クレマリーは手袋を締めながら脚側へ回り、褐色の肌にそっと触れた。
触診。血管走行を探る。筋肉質な若い脚──拍動は、まだ強い。

(ここから、血を送り返す)

胸の内で手順を洗う。同時にメスを入れ、指先を血管へと導いて。
慎重に剥離し、テープで確保。カニューレを挿入──そして固定。
次いで胸部に戻り、右心房にも刃を当てる。鋭い切開と共に暗い血液が滲み出した。すかさず脱血管を挿入し、上下大静脈をまとめて吸い上げる。それを、人工心肺装置に接続し──。

送血──大腿動脈。
脱血──上下大静脈。

「回してくれ」

指示を受けて、人工心肺が回り始める。太いチューブを通じ、テオの体から血液が吸い上げられていく。それはフィルターを通り、明るい紅色へと変化して──管の中に満たされた緋色は深緋ふかひに姿を変え、彼の生命を代弁する。

続いて肺静脈に排液用のベントカテーテルが埋め込まれ、余分な血液がゆったりと吐き出された。……最も、本来血液に余分なものなど存在しないのだが。

上行大動脈基部には小さな針孔はりあなが置かれる。そこへカニューレを滑り込ませ、確実に固定──ラインを接続する。薄橙色うすだいだいいろの心臓は管によってドレスアップされていた。未だ自身の力で鼓動を刻む心臓は力強く、命の言霊を紡ぎ続ける。それは、死を願ったであろうテオの意志とは無関係に。

「クロスクランプ」

大動脈に、遮断鉗子かんしが掛けられる。心臓がゆっくりと眠りにつくように鼓動を忘れていく。
手術室の中に人工心肺の駆動音だけが鳴り響く。それが間違いではないと確かめるように、大動脈基部のカニューレから心筋保護液を投与すれば──ようやく、動かない術野が完成する。

「心停止、確認」

冠動脈が満たされ、心筋は均一に蒼白へと変わる。
それは死ではない。守るための、計画された沈黙だった。

……ここからだ。始めるぞ。優先順位、第一に爆ぜそうな大動脈、その後心筋縫合を行う」

低い宣言が、場の空気を引き締める。静止した心臓は、不気味なほど穏やかだ。

「大動脈……峡部きょうぶ、だな」

台詞の直後、弓部の遠位……弓部より少し先に追加の遮断鉗子が掛けられる。
拍動は既に止まっている。それでも血管は、まだ微かなぬくもりを宿していた。

「切開する」

弓部の奥まった部分……峡部へと刃を入れると、薄く張り詰めた血管壁が静かに開かれる。クレマリーは、そっとそれを覗き込んだ。──峡部は裂けている。内膜はめくれている。まるで、遊び倒した絵本のページのようだ。

「切る。メッツェン」
「メッツェン!」

てのひらにハサミが渡る。彼女は無言のまま、器用に血管へと刃を当て、揃損傷部を切除していった。
──不整な内膜を削ぎ、健常な壁が露出する位置まで整える。
断端だんたんをまるく、均一になるように。この後の縫合に、耐えられる形へ。

呼吸をひとつ。

……よし」

健常な血管の断端が、静かに姿を現した。
ここから先は、再建──人工血管との吻合だ。

彼女はもう、時間の流れも忘れていた。
外科医の時間感覚は、常人と違う。
秒単位で命が削れる空間で、数時間かけて命と向き合う修羅場で、クレマリーの動きは機械のように──否、医術の神のように、正確だった。

手術は順調に進んでいた。
順調に、終局へと向かっていた。

……

向かっていた、筈だった──。