山城まつり
2026-02-28 19:23:36
20272文字
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suicidal/leniency Karte02 Chapter005~006(新版)

スーリニの文庫化作業をしてるんですけど、Karte02で「肩甲骨粉砕骨折、腰椎圧迫骨折(T12~L2)、肋骨骨折→心筋裂傷(心タンポナーデに対し心嚢穿刺を実施)、頭蓋強打→脳脊髄液漏出、脳ヘルニアの兆候(穿頭ドレナージ実施)、大動脈損傷」としてるなら、「アレ? 脳の手術が優先では??」となり、調べたところそうだったので……(心臓・大動脈からするケースもあるみたいですが)ほな……書き直すしかなくない……? ガチ医療者に「素人が書くな!」と言われそうで、怖くない……? と思い、書き直しました。大変でした。もうゆるしてクレマリー……。

実はこのひとつ前のチャプター、Chapter004「緊急現場医療班」の「ここで穿脳ドレナージを!?」もびみょいらしいんですけど、そこを直すとなんかこう ね どないすんねん となるので悩んでいます もうちょっと考えます

ともあれ一応手術シーンはまさかの全書き直しし、一応形になって大きなミスもなさそうなので(現時点で、ではありますが)、みてみてママ~~~!!の気持ちで載せます。よしなに。

2026.2.28:うそごめん 読み返したけどミスあるかもです 明日以降直します……

感想あるとうれしいです。私がうれしいだけですが……マジで、大変だった…………。


6節 四つの緊急手術




手術室の照明が、世界を隔離するように白く燃えていた。
テオの頭部は固定され、頭皮は既に広範囲で剃毛ていもうされている。消毒液の匂いが鼻腔を刺し、バイタルモニターが刻む電子音が神秘的だ。
その静寂を破り、ローザが戦いの開始を告げる。

「麻酔入りました、血圧上86、下44です」

それを確認した医師達はこくりと頷く。オリヴィエが手を掲げたまま、ひとつ大きく息を吸った。

「OKローザ、まずはノルアド入れろ。血圧を90まで上げる」
「了解」
「それを待って、減圧開頭術並びに大動脈置換術、心筋縫合止血術をやっていくぞ。割り振りは大動脈と心臓がクレマリーで、脳が俺。ルミエールはクレマリーの──」
「いや」

刹那、クレマリーの否定が短く落ちる。ルミエールは、彼女にそっと目を向けた。

「私は一人でやれる。オリヴィエ、ルミエールはお前のところの助手につけろ」
「え……!? 僕が、脳手術の助手を……!?」

予想もしない一言に、ひっくり返った声が肺から漏れる。隣のオリヴィエも、眉間にうっすらしわを寄せた。

「おいおいクレマリー、ルミエールは心臓外科の専攻医だ。脳外のうげの助手なんて……
「オリヴィエ。ではお前は、これからも彼に心臓しか任せないつもりでいるのか?」
「それは……

言い淀む。その姿を双眸に捉え、彼を見据えた。

「〈スアサイダル症候群〉の腫瘍は、全身のあらゆる臓器にできうる。そして〈EFMAT〉が診る患者は、骨折、脳挫傷、気胸、心筋裂傷……さまざまだ。この病と向き合うという事は、全身を診られるようになる必要があるといっても過言じゃない、そうだろう?」
「だけどクレマリー……ルミエールはまだ専攻医だぜ? そんな無茶、」
「無茶、か?」

彼女は鋭い視線で穿つ。オリヴィエの背後で、ルミエールの細い身体がびくりと跳ねる。

「彼なら出来る。彼ならこなせる。それが〝信じる〟という事ではないのか、オリヴィエ」
「で、でもさ……〝信頼〟と〝無茶振り〟は違うだろ。俺だって常識は覆すためにあると思ってるけど、だけどルミエールは──」

……
そこで、言葉が区切られる。オリヴィエは言葉を探し、クレマリーはじっと彼を見ている。否──〝此方を〟見ている。
ルミエールは一度、拳を握った。指先は手袋越しでも分かるほど冷たく、微かに、微かに震えている。
──まぶたの裏に、三月の術室で見た惨劇が蘇る。血飛沫が視界を染め、モニターが泣き叫び、命がひとつ、闇へと堕ちかけた記憶。運命に嘲笑われ、深き深淵に沈みかけた命を眼前にして、自分は奇跡に縋るほかを無くした。
自分は、何も出来なかった。前回は、クレマリーに全てを委ねたのだ。だから僕は──。

『──新人にしては出来が良いな。将来有望なドクターだ──誇れ、ルミエール』

脳裏に、声が蘇る。あの日、あの手術室で、彼女に言われた一言だ。

『失敗やアクシデントはどんな手術でも起こり得る。どんな凄腕の医者であろうと最初は誰もが混乱していた……〝失敗知らず〟の医者なんて居ないんだ。手術にトラブルや、アクシデントは付き物だ……お前のような新人が葛藤しながら一人前に成長するためにベテランの医師達は居る。私は居る。そうでなければ新しい医師など育たないからな』

声が、鮮明に回帰する。あの日の震えが、あの日の決意が、あの日の誓いが──色鮮やかに蘇る。

……そうだ)

僕は、医者なのだ。彼女の手を取った、彼女と歩む事を決めた、医者なのだ。〈スアサイダル症候群〉という奇病と闘う事を決めた──医者なのだ。
机の上に山積みにされた論文を思い出す。脳。心臓。肺。消化器。四肢。……自分を歩ませてくれる、教え導いてくれる道標みちしるべ
この一か月、ルミエールは多忙だった。クレマリーに論文の山を踏破しろと命じられ、講習会にも参加させられ、そして、いくつかのオペで助手を務めたりもした。

──それは、今のような時のためなのだ。
彼を救うために、必要だったのだ。

もう、迷いはしない。出来ないと、自分の道を閉ざしたりしない。
専門医からすると、知識も足りない。経験も足りない。でも、それでも……

「──やります」

凛とした声が、喉から漏れた。クレマリーとオリヴィエが、同時に此方を向く。
ルミエールはそれに臆さず、続けた。

「僕、やります」
「ルミエール……

オリヴィエが不安と驚きをないまぜにした声で応える。それに、大丈夫だと言うように。自分も戦えると示すように。

「僕だって、〈スアサイダル症候群〉の専門医です。覚悟なら、その時決めました」
……。」
「オリヴィエさん、手伝わせてください。脳外科の専攻医より、全然力はありませんが……それでも」

──それでも此処には、僕しかいないから。
その言葉を聞いて、オリヴィエは目を見開いた。マスクが少し動き──唇が僅かに開かれ、けれどそこから声が漏れる事はなく。

「オリヴィエさん、やらせてください」
……、」
「僕だって、力になりたいんです。僕だって、闘いたいんです」

だって。
サファイアの瞳に、もう翳りは無かった。

「──言い訳は、もうしたくないから」
「!!」

オリヴィエの動きが、止まった。世界の動きが、止まった。
ピッ……ピッ……ピッ……。モニター音が、一定のリズムで鳴っている。暫しそれだけが室内を占める、沈黙が落ちていたが──。

……覚悟は、出来てるな?」

彼はそう、問いかけた。強く、頷く。

……勿論です」
……本気か?」
「本気です」
「本気の本気だな?」
「本気の本気です」
……。」

一拍、間を開けて。

……よし、分かった」

彼の視線が、鋭くなる。そして次の瞬間──凛々しい声で、指示が飛ぶ。
誰もが頷く。誰もが誓う。救済劇の、幕開けだった。

「──血圧100の62に変化。心拍48、サチュレーション91」
「OK、これ以上は危険だ」

その数値は未だ危うい。だが、まだ繋がっている。オリヴィエは無影灯むえいとうが光を投げかける術野を睨みながら、唇をほどいた。

「じゃあ──始めるぜ」

その声は、刃よりも先に空気を切り裂いた。
術野灯の白光の下、ルミエールとクレマリーがガウンの裾をひるがえす。その動きはまるで戦闘前の騎士のようで、しかし自分達が向かうのは戦場ではなく、沈黙した頭蓋だった。
胸の奥で、心臓が一拍、重く鳴る。

「頭皮切開、メス」
「メス」

白銀の剣が渡るその金属の冷たさを、視覚だけで感じた。刃が皮膚に触れた瞬間、僅かな抵抗があり、それが直ぐにほどける。線は浅く、しかし確実に引かれる。

「電メス」
「電メスです」

続いて電気メスが走る。焦げた匂いが立ち上り、空気が一層引き締まる。焼灼しょうしゃくの匂いはいつだって、命の縁を歩いている証だ。緋色が滲み、やがて切開線は深さを増し、組織は層を分けて道を開いていく。

そっと、吸引管を差し込んだ。音は低く、滑らかで、血液が引かれていく様はまるで小川が流路を得るようだった。大丈夫──そう、自分に言い聞かせる。

「吸引、いいぞ。骨切るぜ」

その言葉が落ちると同時に、ドリルが渡される。
キュイ、と硬質な音。小さな穴が、正確に、いくつも穿たれていく。
ルミエールには、それが夜空に灯る星のように見えた。無数ではない。だが、意味を持つ配置。まるで──星座のような。やがてそれらは線で結ばれる。電動のこぎりが唸りを上げ、骨をなぞる。
ギュイィィィン──。
振動が空気を伝い、床を伝い、そして助手席に立つルミエールのてのひらへと届く。骨を削る微かな震えが、体内の奥底まで入り込んでくる。頭部が僅かに揺れるたび、呼吸が浅くなっていく。けれど、補佐を続ける己の手は引きやしない。

──骨片が、外された。
その下から現れたのは、灰白色の膜、硬膜。脳を守る最後の要塞。けれどそれは、見て分かるほど……明らかに膨らんでいる。

……圧、高ぇな」

ルミエールも息を呑む。目の前にある硬膜は、今にも破裂しそうな風船のようだった。内側から、何かが押し上げている。頭蓋という檻の中で、脳は逃げ場を失っている。
だが、オリヴィエの声は、直ぐに穏やかさを取り戻す。続く声は麗らかで、胸中の不安を鎮める力を抱いている。

「硬膜切開するぜ。吸引準備」

ぷつ、と刃が当てられる。その一瞬、術野の空気が止まったように感じた。そして次の瞬間──。

「!」

じわり、と。脳が、息を吸う。
切開線が走った途端、膨隆ぼうりゅうしていた脳実質が、ゆっくりと外へ向かって膨らんでいく。ああ、やっと息ができると肺を膨らませるように、逃げ場を得た圧が解き放たれていく。

「徐脈改善……心拍52に上昇!」

ローザの声に、緊張がほどける色が混じる。それを聞き、ルミエールもまた、胸の奥で小さく息を吐いた。
──この少年はまだ、生を選び直そうとしている。まだ、救えるのだ、と。

だが、術野は一拍も待たない。思案しているうちもオペレーションは止まらない。
オリヴィエは既に血腫けっしゅへと手を進めていた。暗い赤の塊が、慎重に、慎重に除去される。壊死した組織が、丁寧に掻き出されていく。
ルミエールは補佐に徹した。余計な動きはしない、余計な感情も、今は出さない。ただ──彼の手技が最短距離で命に触れられるよう、整える。

「ルミエール、脳ベラ。やってみな、軽く圧排するんだぜ」
「え、えと……こう、ですか」
「おう、優しくな。強く押すなよ、無闇に触れないのがコツだ。脳ってのは、怒ると取り返しがつかねぇモンだからな」

その言葉は冗談めいているが、本気の色を含んでいた。ルミエールも知識だけで知っていた──脳幹を圧迫すれば、全てが終わるのだと。それを脳裏で反芻すれば、ヘラを握る右手が微かに揺れた。震えそうになる指先を、必死に制御する。

──滑らせたら。
──深く入れすぎたら。
──終わる……

その瞬間、対面から伸びたてのひらが、手を包む。

「大丈夫」

温かい。

「大丈夫。いいぜ、その調子だ──ルミエール」

甘いテノールの声が、バイタルサインと混ざっていく。ルミエールはそれを受け取り、羽ばたいた。彼の手のぬくもりを受け取りながら──。

……うし、OK。縫合する、30」
「はい、30」
「Merci」

彼の手に、糸が渡る。硬膜にぷつりと針が刺され、銀のモノフィラメントが存在を謳う。きらり、きらりと光を弾いて煌めき、縫合線は美しい弧を描いて閉じていく。その手捌てさばきは、何度見ても芸術に近い。
ルミエールはただ見惚れた。──美しい、と、そう。
その言葉が吐息と共に漏れて……彼の表情に、一筋の色が差す。

「──よし」

ぷつん。糸が、銀色に輝くハサミ──メッツェンバウムで断たれる。硬膜は緩やかに拡張縫合され、圧の逃げ道を確保したまま閉じられる。

「頭は、一旦安定だ」

電子音が、一定のリズムで謳う。

「心拍60に回復」

ローザの声が響く。テオの命は、まだ落ちてはいない。
ルミエールはふと、オリヴィエの隣に目を遣った。彼もまた、そちらへ──胸部、生命の中枢に目を向ける、ひとりの医師へと目線を投げる。
続いて、穏やかな言葉が渡された。

……クレマリー、胸、どうだ」

それに彼女は、一瞬だけ此方に目を遣った。くれないの瞳が、此方を経由して術野に落ちる。

手術はまだ、終わりを告げてはいなかった。
むしろ──ここからが本番だ。