pinopipi
2026-02-25 08:11:04
13578文字
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アンハッピー・バレンタイン

大遅刻バレンタイン2026/ヌヴィフリ/巻き込まれ公爵


【sideリオセスリ】

月に一度の定期報告のため、俺はパレ・メルモニアを訪れた。受付のセドナさんが不在だったから、そのままヌヴィレットさんの執務室の扉を叩いた。
しかし、10秒待っても返事がない。いつもなら、すぐに「どうぞ」と入室許可をくれるんだがな

「ヌヴィレットさん、失礼するぜ。」

扉を開けて入室する。すると、なんとそこには珍しい人物ーーーフリーナ様の姿が在った。

「おっと、これはフリーナ様、ご機嫌麗しゅう。まさか貴女様がいらっしゃっていたとは。許可もなく入室してしまい、申し訳ありません。」
「ごきげんよう、リオセスリ殿。すまない、定期報告の件であったな。すぐに対応しよう。」
「こんにちは、公爵。こちらこそすまない。僕の用事はもう終わったから、これで失礼するよ!………あ!」

フリーナ様は俺に歩み寄り、手提げ袋から小さな包みを取り出して俺に差し出した。

「ハッピーバレンタイン!これ、僕が作ったんだ。よかったらどうぞ!」
「これはこれは。フリーナ様の手作りをいただけるなんて光栄だ。ありがたく頂戴します。」
「ふふっ、キミの好きな紅茶にも合うと思うからぜひ一緒に食べてみてくれ!じゃ、公爵、ヌヴィレット、またね!」

フリーナ様は軽い足取りで執務室を後にした。
俺はフリーナ様を丁重に見送った後、ヌヴィレットさんの方に向き直る。その瞬間、ヌヴィレットさんの様子がおかしいことに気が付いた。まるで凍結したかのように固まっている。
はて、一体どうしたというのか。
ヌヴィレットさんの視線は俺ではなく、俺の手元ーーー正確には、たった今フリーナ様からいただいたチョコに向けられている。ずっと凝視していて、目を見開いたまま微動だにしない。それに、さっきまで外は晴れていたというのに、しとしとと雨音が聞こえる。
おや?と俺は首を傾げた。

「ヌヴィレットさん?大丈夫かい?」

恐る恐るヌヴィレットさんの傍へ歩み寄る。

……あ、ああ、すまない。問題ない。」

とは言っているものの、ヌヴィレットさんはだいぶ顔色が悪い気がした。表情もいつもよりガッチガチに固い。
ふとヌヴィレットさんのデスクの上に目をやると、豪華な包装の青い箱が置いてあるのを見つけた。
一目で明らかに高級品だと分かる完璧なそれを見て、俺は確信した。
ーーーフリーナ様から既製品、もしくは特注品のチョコを貰ったヌヴィレットさんは、手作りを貰った俺に嫉妬をしている、といったところか?いや、どちらかというと"ショックを受けている"と表現した方が正しいか
そう気付いた途端、とんでもなく気不味くなったが、俺は頭をフル回転させ、爆速で最適解を導き出した。

「そのヌヴィレットさん、今日は良い茶葉を持って来たんだ。紅茶を淹れるから、フリーナ様からいただいたチョコを一緒に食べないかい。」

するとヌヴィレットさんはパッと表情を明るくして、それはそれは嬉しそうに目をキラッキラさせて俺を見た。だがそれはほんの一瞬のことで、ヌヴィレットさんはハッと我に返って少し目を泳がせた後、静かに首を横に振った。
この人、こんなに分かりやすかったか

いや、それはフリーナ殿がリオセスリ殿へと贈ったものだ。いただくことはできない。私には違うものがあるので大丈夫だ。」

その瞬間、急に雨足が強まった。
いやいやいや、全ッッッ然大丈夫じゃなさそうだが???とはさすがに言えなかったが、どうしたものかと俺は内心、頭を抱えた。
とんでもなく胃がキリキリする。このままじゃあ定期報告どころではない。普段なら他人の色恋沙汰に首を突っ込むような面倒な真似は絶対に御免だが………ええいこの際だ、はっきりさせておこう。

ヌヴィレットさん。もし違っていたら悪いが、あんたフリーナ様から手作りチョコが貰えなくて落ち込んでいるんじゃないかい?」

ぴく、と一瞬ヌヴィレットさんの眉が動いた。ほーら、やっぱり図星らしい。

……すまない、見苦しいところを見せてしまった。」
「いや、そんなことはないさ。ただ、あんたがそんなに分かりやすく落ち込むなんて珍しいと思ってな。で、悩みがあるなら聞くぜ?どうせ誰にも相談できずに1人で悶々としていたんだろ?」
……リオセスリ殿には全てお見通しか。……確かに私は、フリーナ殿の手作りを味わってみたいと思っている。彼女から毎年チョコレートを受け取っているものの、手作りを貰えていないのは私だけなのだ。……嫌われている訳ではないと思うのだが、それが酷く寂しいと感じている。……私にだけ購入したものを渡すというのは一体どういう心理なのか見当がつかず……リオセスリ殿の見解を聞かせていただけないだろうか。」

ヌヴィレットさんは目を伏せ、肩を落としながらも素直に悩みを打ち明けた。
これは相当拗らせt……いや、悩んでいたみたいだ。頭上に重っ苦しい雨雲が見える。

「レディの心を読み解くのは難しいからなぁ。まぁ、理由としてありそうなのは、最高審判官にはその高貴な身分に見合った高級なものを渡したいといったところか?それか、手作りは安全面を考えて敢えて避けているのかもしれないな。パレ・メルモニアではお偉いさん方への献上品は個人による手作りの飲食物が一切禁止されているんだろ?あの方はそれを一番理解されてらっしゃるだろうから、あんたに渡すチョコはその基準に合わせて用意してる可能性がある。それ以外だと………悪い、俺はフリーナ様とそこまで親しいわけではないもんで、あの方の心情を推し量るのはなかなか難しいな。」
「確かに私の身分が影響していることや、彼女が献上品の基準に合わせて用意しているというのは筋が通っている。フリーナ殿は数百年前からこの店のチョコレートを私に贈ってくれているのだ。彼女曰く、有名店の特注品らしい。」
「へぇ、それはとんでもなく高そうだな……。ちなみにそれはどこの店なんだい?もしかしたら、その店に聞けば少しはフリーナ様の気持ちが分かるかもしれないぜ。」
「成程、一利ある。しかし残念ながら店名は教えて貰っていないのだ。ただ、「今年もいい出来だ」「上手く造形できた」など、フリーナ殿から私に与えられる情報は毎年こういった一言のみだ。」

へぇ数百年貰い続けて未だに店の名前を教えてもらっていないなんてなぁ。俺は水の上のことにはあまり詳しくないが、高級菓子を扱う有名店、フリーナ様御用達、数百年前から続く老舗ってことは、候補はかなり絞られる筈だ。なのに、ヌヴィレットさんはその店を知らない。この様子だと、どこの店なのか見当も付いてなさそうだ。だが、それって少し不自然じゃないか?それに、毎年「今年もいい出来だ」「上手く造形できた」って……まるでフリーナ様ご自身もチョコ作りに関与しているような言い方だな。まぁ、特注品ってことはあの方が味も造形も全て監修しているんだろう。うーんそれにしたって、なんか引っ掛かるんだよなぁ………

………ん?待てよ
"全て監修"
ま、まさか…………!!

「ヌヴィレットさん。そのチョコ、本当に"有名店の特注品"なのかい?"フリーナ様の手作り"っていう可能性は?」

可能性も何も、俺の読みでは9割以上の確率でそれはフリーナ様の手作りだと、そう確信してる。これでストレス性の痛みに苦しむ俺の胃も救われる。思わず口角が上がった。
だが、ヌヴィレットさんは。

……それは………可能性としては非常に低いのではないだろうか。」

全てを諦めたような目。それがフリーナ様の手作りではないと思いながらも、チョコの箱を親指で優しく撫でる様子は、可哀想な程に痛々しかった。
純粋にフリーナ様の言葉を信じ続けている。あまりにも健気だ。それはヌヴィレットさんの良いところではあるんだが、時には損をすることだってある。ーーーそう、今みたいにな。
さぁて、誘導尋問と言ったら聞こえが悪いが、そろそろ白黒ハッキリさせようか。

「そう思った理由は何かあるのかい?」
フリーナ殿本人からプロが作ったものであるという説明をされていることに加え、やはり菓子職人ではない彼女の手作りというには無理があるほど完璧な品だと思う。味、見た目、ラッピング、全てにおいてプロが手掛けたものだと確信できる。」
「じゃあ、初めて貰った時と今で何か変わった点はあるかい?」
「ふむ………初めから非常に良い出来ではあったが、今は完璧なまでに私好みに調整されている。改めて比較してみると見違えるほどの変化があったように思う。」
「へぇ。毎年感想をフリーナ様へ直接伝えているのかい?」
「もちろんだ。初めの頃は特に、フリーナ殿から事細かに感想を求められたので、今では私から感想を伝えるようにしている。」

チェックメイト。思った通りだ。俺の読みは正しかったらしい。

「そうかいそうかい。ヌヴィレットさん、やっぱりそれ、フリーナ様の手作りかもしれないぜ。」
……今の質疑応答で、そのように結論付けられた理由が私には理解しかねるのだが
「そうだなぁ………、あ。そういえば、あんたって水から感情を読み取れるんだろ?そのチョコに込められた感情は読めないのかい?」
確かに、チョコレートに含まれる僅かな水分からも感情を読み取ることは可能だ。しかし、私は公平を保つため普段はこの力を遮断しているので事細かに探ったことはない。ただ、全てを完璧に遮断することは難しいので、微かに好意的な感情は感じていたが、それが彼女自身のものなのか、それとも菓子職人のものなのかは定かではない。」
「じゃあ今回は敢えて力を使って、そのチョコに込められた感情を読んでみようぜ。何か分かるかもしれない。」
「ふむ………試してみよう。」

ヌヴィレットさんは、フリーナ様から貰ったチョコの箱を宝物を扱うような丁寧な手付きで開封し、上品な所作でチョコを一粒摘んで口へ運んだ。ーーーーーすると。

……っ、………?!」

おや?ヌヴィレットさんの様子がおかしくなってきた。口元を手で隠しているが、目元や耳がみるみる真っ赤に染まっていく。土砂降りの雨は急にぴたりと止んで、眩しいくらいの日差しが窓から差し込んでいる。ははっ、やっぱり俺の予想通りだった、ってわけか。あんたってフリーナ様絡みになると本当に分かりやすいんだな。

「どうだい、ヌヴィレットさん。何か分かったかい?」
……あ、ああ。リオセスリ殿の予想通り、確かにこれはフリーナ殿の手作りだった…………
「そうかい。おめでとうヌヴィレットさん。その様子を見るに、両想いだったってことだろ?良かったなぁ。」
…………っ、ああ、感謝する、リオセスリ殿……

ヌヴィレットさんは、フリーナ様からの相当熱い想いを読んでしまったらしい。珍しく汗が尋常じゃない。いや、大丈夫か?少し心配になるくらい様子がおかしい気がするんだが。

「ヌヴィレットさん?水でも飲むかい?」
……いや、大丈夫だ。」

つまり、"まだチョコの後味を堪能したい"ってことだな。ははっ、お熱いことで。これは想像以上に拗らせていたらしい。ヌヴィレットさんもーーーそれから、フリーナ様も。

その後たっぷりと時間をかけて気持ちを落ち着かせたヌヴィレットさんは、ずっと表情筋が緩みっぱなしだった。周りに可愛らしい小花がたくさん飛んでいるような幻覚が見えるほどに。まったく、普段の威厳はどこへやら。これは相当浮かれてるな。それくらいご機嫌が麗しくて、いっそ微笑ましい。誰がどう見ても分かるくらい幸せオーラ全開の最高審判官様に、今から大真面目な仕事の話を振るのは野暮ってもんだ。だから定期報告はもう少し後でにしようと、俺はそのままヌヴィレットさんの様子を見守った。

さすがに喉が渇いたのか、ヌヴィレットさんは愛用のグラスを取り出し、水を飲み始める。数十秒後、一旦執務机にグラスを置き、揺れる水面を見つめながら呟いた。

して、今年のお返しはどのようなものにするべきだろうか。あくまで重くなりすぎず、彼女の想いに確実に応えるには一体何を贈れば……
「うーん、そうだなぁ……。無難なのは菓子や花束だが……去年は何を渡したんだい?」

ヌヴィレットさんの新たな悩みに、俺はあまり深く考えずに言葉を返した。だが、すぐにそれを後悔することになるとは。

「ホワイトチョコレートだ。」
……は?い、今、なんて?」
「む?ホワイトチョコレートだが。……何か問題が?」

何か問題が?じゃねぇ!!!!大・問・題だッ!!!!この人、無知にも程がある!!!!!こんなんでよくフリーナ様に見限られなかったな?????

「ヌヴィレットさん……それ、絶対ダメなやつだ。本命へのホワイトデーのお返しには全く適していない。そもそも、お返しの菓子にはそれぞれ意味があるのを知ってるかい?」
「それは初耳だ。……つまり、私は知らず知らずのうちに過ちを犯していたと?」

仕方がないなと思いつつ、俺は菓子に込められる意味を代表的なものを例に教えてやった。かなり言いづらいが、ホワイトチョコを渡す意味は《あなたの気持ちは受け取れない》だ。それを聞いたヌヴィレットさんは、可哀想なくらい顔色が悪くなっていった。はぁ、また雨が降ってきた。しかもさっきよりも酷い降り方だ。

………ま、まさかそのような意味が。数百年前、"ホワイトデーはバレンタインデーのお返しに白い菓子を贈る日である"と教わったのだが、それはもしや間違った知識なのだろうか……?」
「はぁッ?!誰だよ、あんたにそんないい加減なデマを吹き込んだ大嘘吐き野郎はッ……!!」

有り得ない。こればかりは流石に頭を抱えずにはいられなかった。
デマを吹き込んだ奴が誰だか知らないが、フリーナ様ではないことは確かだ。となれば、大体予想がつく。権力を持つヌヴィレットさんに対して、それを良く思わない輩も少なくはない。当時の政治的ないざこざについて詳しいことは知らないが、どうせフリーナ様との仲を引き裂いてヌヴィレットさんを引き摺り下ろしてやろうとでも企んでたんだろうなぁ
当時の状況をざっくり分析していると、分かりやすく罪悪感に打ちひしがれているヌヴィレットさんが、小声で「ではマシュマロにはどういった意味があるのだろうか?」と質問して来た。
その瞬間、俺は言葉を失った。マ、マシュマロだと!?まさかこの人ッ!!
聞けば、最初の頃はホワイトチョコではなく、マシュマローーーつまり、《あなたのことが嫌い》を返していた時期があったらしい。ヤバい。それは一番ヤバいやつだよ。本当、マジで最ッッッ悪だ。クソッ頭が痛ぇ……
マシュマロを返す意味は死ぬほど言いづらかったが、適当に誤魔化すのは良くない。俺は正しい意味をそのままヌヴィレットさんに伝えた。すると、やっぱりヌヴィレットさんの顔は真っ青……を通り越して、真っ白な灰みたいな色になった。外の天気は相変わらず土砂降りだが、急に風が強まり、雷も鳴り始めた。分かりやすく絶望していて可哀想ではあるが、過ぎたことはもう仕方がない。大切なのは"これからどう取り返すか"だ。
俺はすかさずフォローの言葉を返した。

「だが、それでもフリーナ様は毎年欠かさず本命チョコをあんたに贈り続けていたんだろ?菓子の意味については、あんたのことを理解した上で敢えて気にしないようにしていたのかもな。相当想われてるよ、あんた。」

ポン、とヌヴィレットさんの肩を叩くと、俯いていた白い顔がゆるりと持ち上がる。垂れた銀髪の隙間から覗く朝焼け色が、ほんの僅かに希望の光を取り戻したことを確認してから、俺は言葉を続けた。

「今年はちゃんと自分の気持ちに合った意味を持つ菓子を選ぶといいぜ。ただし、フリーナ様はあんたから返された菓子の意味を考えないようにしている可能性が高い。だから、ちゃんと自分の言葉でも気持ちを伝えるんだ。」
「承知した。何から何まで助言をいただき、感謝する。」
「はいはい、どういたしまして。」

ヌヴィレットさんの悩みをなんとか解決できて良かったが、流石に疲れた。はぁ……今、無性に看護師長が恋しい。とりあえず頓服で痛み止めの薬を処方してもらうとするか。

その後、俺は手早く定期報告を済ませ、真っ直ぐメロピデ要塞へと戻った。